最強の騎士
王宮の入り口で預けていた刀を受け取り、十四郎は腰に差した。
「ほう、変わった剣だ」
不敵に笑うアレックスに十四郎はペコリと頭を下げると、左手を鯉口に添え、右手で柄を握り、左足を引いた。お馴染みの構えだが、ビアンカには新鮮に見えた。
「十四郎さんの構え、前に見た事がある様な……」
「はい、ビアンカ様は何度も見ていますよ」
マルコスの言葉は、ビアンカに不思議な感覚を抱かせた。全く覚えてないのに、見た事のある感じはビアンカの胸の中で小さな痛みに変わった。
「何故、抜かぬ?」
「これが、私の構えです」
アレックスは剣を抜かいない十四郎の構えに、経験した事の無い殺気を感じた。多分、斬り掛かれば直ぐに剣を抜いて受けるのだろと想像は出来るが、見えないのにタイミングなど分かるのかと、アレックスは考えた。
ただ、それだけではない。剣を抜いて構えるアレックスだったが、自分からは仕掛ける事が出来なかった。仕掛けようにも身体が拒否反応を示し、脳裏では自分が斬り伏せられる状況ばかりが浮かんだ。
背中を汗が伝い、剣を握る手も汗でベトベトになる。最強と呼ばれるプライドだけが、今この場にアレックスを立たせていた。
しかし、時間は冷酷に過ぎて行く。君主の前で醜態を晒す事は、騎士にとっては最高の屈辱であったが、それが分かっていても動けなかった。
「動きませんね」
「動けないんです……最強と呼ばれるアレックスには、十四郎の強さが分かるのです。我々の様な凡人には理解出来ない、達人と呼ばれる者の勘です」
不思議そうなビアンカに、少し震えながらマルコスが説明した。
「何故動かぬ?」
同じ様にエイブラハムは、隣に立つフェリペに聞いた。
「あの魔法使いの力は、アレックスを凌いでおります。それを敏感に感じ取ったアレックスは動けないのです」
「アレックスより強いと申すか?」
「はい……桁違いに」
驚くエイブラハムだったが、フェリペは背中の悪寒が止まらなかった。
「参ります……」
だが、その静寂は十四郎が破る。刀に手を掛けたまま、飛び出すと神速で間合いを詰めた。
「くっ!」
アレックスは思わず剣を振り上げて十四郎に斬り掛かる。当然、その剣の速さは尋常ではないが、十四郎は刀を抜く事もなく簡単に躱した。そのまま、超速ターンで横向きに右手だけで抜刀、届くはずのない切先がアレックスの横腹を霞めた。
「何っ!」
鎧の胴が裂け、痛みが全身を駆け抜ける。咄嗟に下がるが、左手を添えた十四郎の刀が斜めから斬り降ろされる。その太刀筋は目にも止まらず、下げていたアレックスの剣が真っ二つに折れた。
「行け!」
その瞬間、フェリペが叫ぶと同時に黒い影が飛び出して来た。
「まさか……バレンシアガの亡霊……」
目を見開くマルコスの視界に、全身黒装束の男達が大写しになった。
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「あれは?」
「エスペリアムの諜報と暗殺を陰で担う集団です。その存在は極秘にされ、誰も見た者はいません……見る事は死に繋がると言われています」
声を震わせるマルコスは、黒い数人の男達を改めて見た。顔さえ黒いマスクで覆い、目元だけがガラス玉の様に鈍く光り、マスクには赤い一筋の口が描かれていた。
そして、一見何も持ってない様に見えるが、四方から十四郎を取り囲むと、ナイフを投げた。
「しまった!」
おもわずマルコスが叫ぶ! ビアンカが口を両手で押さえ、悲鳴を押し殺す! だが、十四郎は自分に当たりそうなナイフだけを確実に、刀で防いだ。
「まさか、当たりそうないやつは無視して、危険なモノだけを防いだのか?」
アレックスは震えが止まらなかった。全部防いでいた方が、驚きは少ない……瞬時に受けるナイフだけを選んでいた事が、正に驚愕だった。最早、加勢を送られた屈辱など何処かに飛び、ただ十四郎の実力に驚くしか出来なかった。
驚くのはそれだけではない。十四郎は受けたと同時に振り返り後ろの男を斬り伏せ、相手に防御する隙を与えずに次々と倒して行った。その速さは目にも止まらず、時折光を反射する刀の煌めきだけを、見る者の網膜に焼き付けた。
ほんの一瞬の出来事だった。気が付けば、亡霊と呼ばれる男達は全員が床に倒れていた。
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「十四郎……大丈夫でしょうか?」
宿では、リズが心配そうに呟く。
「大丈夫ですよ」
ツヴァイはそう言うしか出来なかったが、何故が自分の言葉が信じられた。
「十四郎の事、信じられないのか?」
リルが綺麗な瞳でリズを見詰めた。
「そんな事ないよ……自分の事さえ信じられないけど、十四郎様の事は信じられる」
リズも自分で言っていて、不思議な感じに包まれた。
「本当に不思議なお方です……どんな困難の前でも、信じさせてくれる」
ゼクスは遠くを見詰める様な表情で呟いた。
「ミランダ砦での出来事……この旅での出来事……沢山の奇跡を見て来た……やはり、あの方は魔法使いなんでしょうか?」
フォトナーも十四郎の戦いを思い出し、大きな溜息を付いた。
「十四郎は間違いなく魔法使いです……この私でさえ、魔法に掛けられたのですから」
少し俯き加減でラナは呟いた。
「そうですね……青銅騎士と呼ばれた私も、今……この場所にいます。それは多分、魔法に掛けられたから」
十四郎を思い出しながら、ノインツェーンも呟いた。
「魔法って……何なんですかね?」
「多分……皆を幸せにする事だと思う」
少し笑いながら問い掛けるダニーに向かい、リズは微笑み返した。全員のココロは、十四郎の元に飛んで行った……ふて腐れた様に腕組みするランスローを除いて。