友達
国境を越えると明らかに人々の風体は変わった。白色人種の多かったイタストロアと比べると、コーカソイド系の人々が多く見受けられた。
最初の街で一応は公演を行うが、人々の反応は熱狂的だった。イタストロアの様に”女性”が絶対ではなく、全ての演目に拍手喝采が贈られた。
ビアンカは記憶が無くて踊りには参加していなかったが、身体が覚えているのか曲に合わせて隅の方で踊っていた。
「何をしてる?」
呆れ顔のラナに聞かれ、ビアンカは赤面した。
「あの、その、身体が勝手に……あなたは、何もしないの?……綺麗だから、踊ればいいのに」
「私は……そんなの出来ない」
記憶を失ったビアンカにとってラナは皇女ではなく、ただの同年代の女の子だった。
「そうかなぁ、簡単だよ」
「だって……やった事ないから」
「ほら、こうやって」
ラナの手を取り、笑顔のビアンカが教える。幾ら記憶を失ってるとは言え、全く自分を特別扱いしないビアンカを見ていると、ラナは不思議な気持ちになった。
十四郎を巡る確執はココロに残るが、新鮮な感覚は不快ではなかった。今まで同年代で対等にして来た”友”などいなかった、望むべきもなかった……同年代以外でも同じ事だったが、やはり同年代と言うのは特別だった。
「ここは人目に付く……裏の方へ行こう」
思わずラナはビアンカの手を取り、裏手に向かった。
______________________
人気の無い場所で、生まれて初めてラナは踊った。微かに聞こえて来る音楽に合わせ、ビアンカの手解きを受けながら。
自然と笑みが漏れた、何も考えず踊りに没頭出来た。そして、何時しかココロから笑う事が出来た……それは、ラナにとって代え替えの無い物になっていた。
「どう、やれば出来るでしょ?」
「そうね、案外簡単だった」
腰を下ろしてビアンカが微笑み掛けると、ラナも笑顔で答えた。そして何時の間にか、ラナの言葉遣いは”普通”になったいた……とても自然に。
「でも、変な感じ……何も覚えて無いなんて……」
ふいにビアンカが膝の間に顔を埋めた。
「変なって感じって……どんな?」
少し興味が湧いたラナが問い掛けた。
「そうね……普通は自分が誰かなんて思って生きてないけど、自分を認識出来てこそ行先や道が分かる……今の私は、次に何をすればいいのか分からない……」
漠然としか分からないビアンカは、精一杯説明した。
「辛いね……」
自分だったら、どんなだろうとラナは思った。十四郎に興味を持ち、それが憧れに変わり、今はここまで付いて来た。報われるとは思ってないが、希望も捨ててはいない……出会ってしまって事、全てを捨てた事に後悔なんて無い……だが、そんな胸が破裂しそうな思いが消えて無くなってしまう……それだけは嫌だと思った。
「あなたは、私の事を知ってるの?」
「ええ、あなたは近衛騎士団最強の女騎士……」
「私が?」
驚いたビアンカの顔が可笑しくてラナは噴き出すが、直ぐに真剣な顔を向けた。
「十四郎の事、覚えてないの?」
「十四郎?……あの人か……そうね、覚えて無い……」
少しは胸の痛みを感じたが、ビアンカにとって十四郎の存在は曖昧だった。
「あなたは……」
言おうとしたが、言葉にはならなかった。それは嫉妬なのか、ラナにも分からなかった。
「ねぇ……」
ビアンカが少し顔を赤らめ、ラナに聞いた。
「何?」
「私はビアンカって言うそうだけど、あなたの名前は?」
「もう、今頃……私はラナ」
大きな溜息でラナが答えると、ビアンカは俯きながら呟いた。
「ラナ、私達、友達だった?」
「うん、友達だった」
笑顔で答えたラナを見て、ビアンカは満面の笑顔になった。その後も二人は他愛のない話をして、気付くと夕暮れだった。
「戻ろうか?」
先に立ち上がってラナが、手を差し伸べる。だが、急にビアンカが周囲を気にした。
「どうしたの?」
「囲まれてる……」
ビアンカの目が騎士の目になった。
___________________
「待って下さい」
飛び出そうとするランスローを、バンスが止めた。
「何を言ってるんですか? 姫殿下とビアンカ殿が危ないんですよ」
「見た所、盗賊の類ではなさそうです」
「ですが、あの風体は堅気じゃない、どう見てもゴロツキです!」
落ち着いた表情のバンスに、ランスローは声を荒げる。確かに、見た目は街の若者達と言った感じだが、真面そうには見えない。
「様子を見ましょう」
「そんな!」
それでもバンスは落ち着いた表情を崩さない。
「記憶を取り戻すには”きっかけ”が必要なんです」
「しかし、手遅れになったら」
「ランスロー殿、態勢だけは取っていて下さい……ギリギリまで様子を見ます」
「分かりました。飛び出すのは、私の判断で行きます」
やっと納得したランスローは直ぐに身構え、バンスも態勢を整え様子を窺った。