本当の魔法
「魔法使いが……」
愕然とした顔で報告する配下の騎士は、震える身体を押さえられないでいた。
「見てたよ……」
馬から降りたアインスも、十四郎の動きに動揺を隠せなかった。動きが速い訳ではない、太刀筋が凄まじい訳でもない……ただ、舞う様に相手を倒していた。
「ツヴァイ……行って……」
呟く様に言うアインスの言葉を受けツヴァイが飛び出す。遅れてフィーアとフェンフが続いた。
殆どの味方は地面に倒れている。ツヴァイは素早く目配せをすると、フィーアとフェンフが左右に別れて十四郎に突っ込む。
正面からツヴァイが斬り掛かり、同時に左右からフィーアとフェンフが襲い掛かる。音で相手の位置を察知してると踏んだツヴァイは、無言で指示を送り二人も無言で従った。
超速で接近するが、その足音は殆ど消して剣を振り翳した。十四郎は低く剣を構えたまま、動かない。だが、ツヴァイは自分を見詰める銀色の瞳に確かに光を感じた。
振り下ろした剣が十四郎に迫る! だが、ツヴァイの前から十四郎が一瞬消えた! そして次の瞬間には腹部に衝撃が走った。意識は簡単にツヴァイの元から離れ、眠りに落ちる様に地面に倒れた。
目の前でツヴァイが倒れるのを見たフィーアは瞬間的にフェンフを見るが、その瞬間に意識が跳んだ。フェンフはフィーアの身体を撫ぜる様に刀が振るわれるのを視界に捉えるが、気付いた時には十四郎が横をすり抜けていた。
そして遅れて来る一瞬の痛み? 否、暖かさみたいな感覚を感じた時には、意識は彼方へと離れて行った。
「何で? どうして?……」
目の前で呆気なく倒されたツヴァイ達を見て、アインスは目を疑った。
「参ったな、あの三人を簡単に倒すとは……」
呟いたローボは苦笑いするが、リズを始め他の者達も唖然とするしかなかった。十四郎は、刀を下げたままアインスの方に向かう。
「本当に見えないの?」
言葉では平然を装うが、アインスの心境は驚愕と言うより怒りだった。全身の震えは、その怒りの象徴で、思う様にならない苛立ちは爆発寸前だった。
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「ねぇ、本当は見えてるんでしょ?」
顔は笑っているが、アインスの声には棘があった。
「いいえ、見えてはいません」
十四郎は真っ直ぐにアインスを見詰めているが、その銀色の瞳見てアインスは怪しく笑う。
「何? 目が銀色になってるよ」
「その様ですね」
十四郎は刀を少し上げると、一旦構え直した。
「何? 僕を斬るの?」
「ええ」
表情を変えずに即答する十四郎を、アインスは激しく睨んで大声を上げた。
「見えないくせにっ! 僕に勝てる訳ないじゃないかっ!」
叫んだと同時に剣を抜き、そのまま真正面から斬り掛かる。その剣の速さは以前とは比べ物にならない位に速く、アインスの自信の裏付けでありプライドそのものだった。
確信の剣は十四郎の肩口を切り裂くはずだった。肉を断ち切る感覚と、飛び散る血の臭いが充満するはずだった……だが、アインスの剣は宙を彷徨い、真横をスローモーションで十四郎が横切った。
その瞬間! 腕や肩口に衝撃と激痛が走り、意識が体を離れようとする。アインスは血が滲む程に歯を食いしばり意識を強引に引き戻すが、目前で優美にターンする十四郎の姿が網膜の中を横切った。
最早痛みは感じない、感覚や音もアインスの中から消え失せた。十四郎が斬ったのは身体ではなく、意識そのもでアインスは昏倒の闇に静かに包まれた。
残る敵兵は僅か……十四郎は、向き直ると静かに言った。
「まだ、やりますか?」
だが、騎士が逃げる事は”死”と同義であり、残った者は自らを鼓舞する為に雄叫びを上げながら十四郎に突進した。
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その場に立っているのは十四郎だけだった。刀を仕舞うと、十四郎はマルコス達の元に戻って来た。マルコスも直ぐに十四郎に異変に気付く。
「お前……その眼……」
「これですか? 毒にやられました。何も見えません」
頭を掻きながら十四郎は普通に言った。
「見えないって……」
それ以上の言葉がマルコスからは出なかった。フォトナーやダニーも金縛りにあった様に動けず、ラナも魔法にに掛けられた様に言葉を失う。
「そうだ、重症の人が」
十四郎は急に手当を続けるリズの元に走って行った。
「リズ殿、大丈夫ですか?」
「ええ、止血はなんとか出来ました」
「よかった……」
安堵の溜息を付く十四郎だったが、リズは顔を強張らせ十四郎の瞳を見詰めた。
「本当に……見えないんですか?」
「はい……そんな顔しないで下さい。見えないだけですから」
十四郎の笑顔が、リズに分からない。ただ、全身を通り過ぎる悪寒とは違う感覚をリズはもう一度十四郎の笑顔で占ってみた。
答えなて出るはずもなかったが、確かに分かった事は一つだけだった。それは、今の安堵感が表している穏やかな自分の精神状態なのかもしれない……リズは、ぼんやりと思った。
「魔法ですね」
穏やかな表情で呟いたバンスを、ランスローが少し強い視線で見た。
「どこがですか?」
「あなたも、本当は気付いてるはずです……見て下さい、皆の顔を」
バンスに促され、ランスローは交互に皆の顔を見た。どの顔も穏やかな安堵感に包まれ、薄笑みさえ浮かべていた。自分だけが安堵とと言うより”嫉妬”に近い精神状態である事が、少し恥ずかしい気持ちになり、ランスローは視線を逸らせた。
「ランスロー……認めれば、楽になる」
優しい表情のラナの言葉は、ランスローの胸にそっと触れた。