銀色の魔法使い
十四郎は負傷者の介護をリズ達に任せると、敵兵に対峙する。すかさずローボが足元にやって来る。
「……だが、驚いたな。迷う事無く、一直線でこの場所だ」
ローボが驚くのは無理も無かった。十四郎は、まるで道さえ知ってる様にアルフィンを誘導した。一度も迷わず、一度も躊躇する事無く……。
「自分でも不思議ですが、迷いなどありませんでした」
背中で十四郎は言うが、その声は自信に満ちていた。
「体の痛みはどうなんだ?」
少し心配顔のローボが十四郎の横顔を見るが、痛みがある様には見えなかった。
「痛みですか……関節の痛みは残ってますが、動けます」
十四郎はゆっくり刀を抜くと、低く構えて敵兵に歩み寄る。
「本当に行くつもりか? お前は見えないんだぞ」
ローボは十四郎の背中に問い掛けるが、答えは聞かなくても分かっていた。その証拠に、十四郎は一切の躊躇もなく突き進んでいた。
直ぐに支援に入る体制を取ったローボは、やや後方から付いて行く。敵兵は十四郎より、その後方のローボに気を取られる。
牙を剥き唸るローボの威嚇は凄まじく、その眼光は見る者全てを大きな畏怖で支配した。当然向かって行くのは十四郎の方で、一気に数人が襲い掛かる。
それを見越し、ローボが出ようとした瞬間! ローボの身体が硬直した様な感じに包まれ思わず声を上げた。
「十四郎!」
夜空にローボの雄叫びが響き渡った。だが、次の瞬間ローボは目を疑った。殆ど動きらしい動きをしてないはずの十四郎の足元には、斬り掛かった全ての敵兵が倒れていた。
「何がどうなった?……」
目を見開き、呟く事しか出来ないローボを残し、十四郎は次の敵集団に向かう。その歩みは決して早くはないが、敵兵たちは後退る。十四郎の身体からは青白い陽炎の様なモヤが湧き立ち、対峙してはならない神々しさが溢れていた。
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「アインス殿、魔法使いが現れました」
「えっ、見えないはずだよ。どうやってここまで来たの?」
報告に驚くアインスだったが、ローボの存在を思い出して薄笑みを浮かべた。
「いかが致しますか?」
「そうだね、今はまだ殺さないよ。もっと、苦しめてからじゃないと。まずは、仲間の連中を目の前で……あっ、見えないか」
思い出した様に笑うアインスは、十四郎の視界を奪った事が嬉しくて堪らなかった。
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「ローボ殿、皆を頼みます」
「しかし、お前……」
十四郎は刀を下げたまま背中で言うが、ローボは心配そうな声を上げる。
「私は大丈夫です。確かに見えませんが……分かるんです」
「分かるって、何がだ?」
思わず身を乗り出すローボは、十四郎に身を寄せる。
「……全てですよ」
十四郎はローボの背中にそっと手を置く。その背中には暖かい感触が溢れ、ローボは仕方なく下がる。だが、意味が分からないローボは十四郎の背中を目で追った。
動きは速くはない。十四郎は摺り足で移動するが、無駄な動きはしない。最短距離で敵に向かうと、見えない事を知っている敵は一気に襲い掛かって来る。
だが見た目は派手な動きはしてないはずなのに、次々に相手が倒れて行く。まるで刀で撫でているだけの様に見えるしなやかな太刀裁きは、見る者に不思議な印象を与えた。
「戦ってるといった感じがしない」
「そうだな、倒れてく奴の顔に”痛み”は見てとれない」
唖然と呟くリズの言葉に、マルコスも同意する。今までとは全く違う十四郎の戦い方は、その圧倒的強さも然る事ながら、印象は穏やかに見えた。
「まるで魔法ですね……魔法の杖を一振り、相手は眠る様に倒れてゆく……」
夢見る様にノインツェーンが呟き、リズやゼクスもそうだと納得した。
「あれが本当の十四郎の……魔法……」
目を見開いたラナも茫然と呟き、ランスローやフォトナーも言葉が出なかった。
「現れただけで……全てが変わった……」
震えるダニーは十四郎の背中に神秘的な輝きを感じ、鳥肌が立った。
「全く……底の知れない奴だ」
同じ様に鳥肌を立たせたマルコスも呟くが、誰一人十四郎が視力を失っている事には気付かなかった。
十四郎は次々に相手を倒して行く……本当に魔法を使ってる様に。