穏やかな希望
街道の途中、街からかなり離れた場所でマルコス達は野営していた。少しでも早く砦に向かう為、強行軍で進んで来たので丁度街の中を通った時にはまだ昼間だった。仕方なく先を進み夕方遅くに野営を決めたのだった。
馬車を円形に配置し、その真ん中で焚火をした。オレンジの炎は、皆の顔を淡く照らすが誰の顔にも笑顔はなかった。
「十四郎様、今頃何してるのかな……」
ノインツェーンは膝を組んだ脚に、顔を埋めて呟いた。
「そうね、何をしてるのかしら……」
隣に座るリズも十四郎の事を思い浮かべると、何だか心細くなった。
「あの……私、なんだか不安で……」
俯いたまま、ノインツェーンが呟いた。
「心配なの? 十四郎様の事」
「その、少し違うんです……十四郎様は絶対に大丈夫です……不安なのは、その……私自身で」
リズの問いに答えるノインツェーンの言葉は、少し震えていてリズを驚かせた。勇猛果敢で最強の戦士である青銅騎士の言葉とは思えず、思わず顔を覗き込んだ。
「リズ様、驚かれるのは無理もありません。正直、私も不安で堪らないのです」
何時もは凛としたゼクスも、苦笑いで言った。
「あの、私もです」
今度はココが頭を掻く。
「ココまでも……」
「不安ではないが、心細い」
リルは言葉とは裏腹に表情を変えなかったが、冗談を言ってる様には感じなかった。
「十四郎の存在が大き過ぎるのだ。一緒に居れば、限りない安堵で包まれるが、いざ居なくなると不安に襲われる……その包容力は、神にも等しい」
俯き加減のラナは、炎と見詰めながら呟いた。
「十四郎様が、神様ですか?」
内心では同意しても、リズは一応反論してみる。
「神に近いと言うだけだ。神だとは言ってない。あなたは、どうなんだ?」
顔を上げたラナがリズを見詰め、その横顔はとても穏やかだった。
「ラナ様の言う通り、私も不安です……そして、神様という例えも分かります……でも、十四郎様に言ったら、きっと笑って否定するでしょうね」
リズの言葉が、その場の全員に十四郎を思い浮かばせた。当然、少し照れながら笑って否定する姿を。それは勿論、ダニーやフォトナー達とて例外ではなく、十四郎を思い浮かべるだけで胸の中が暖かくなった。
「あんたは、仲間に入らないのか?」
馬車の反対側に座るランスローに、マルコスが声を掛けた。
「興味無いな。私が興味あるのはビアンカ殿だけだ」
座ったまま星空を見上げたランスローが思い浮かべるのは、ビアンカの笑顔だけだった。
「そうか」
「あんたも思うのか? 奴の事を神に近い存在だと……」
戻ろうとするマルコスの背中に、ランスローが声を掛けた。
「さあ、どうだろうな」
言葉とは裏腹に、マルコスも十四郎の姿を思い浮かべていた。
________________________
皆が寝静まった夜更け過ぎ、ココがマルコスを揺り起こした。
「すみません。気付くのが遅すぎました、もう囲まれてます」
「どんな奴らだ?」
起き上がったマルコスは、直ぐに周囲を見回した。確かに鋭い殺気に包囲され、気付かなかった自分にも、腹が立った。
「盗賊の類ではありません。訓練された兵士です、恐らくはアルマンニ……」
「兵士だと?」
最悪のシナリオがマルコスの脳裏を駆け巡る。だが、マルコスは気を取り直して指示を出した。
「姫様をフォトナー殿の配下でお守りしろ。子供達も一緒だ、残りは敵兵の迎撃に当たる」
「分かりました」
ココは指示を伝えに走る。立ち上がったマルコスは、直ぐに支度を整え愛用の弓を握り締めるが、微かに震える指先に苦笑いした。
「俺も、本当は思ってるさ……十四郎に来て欲しいと」
聞こえないくらいの小声で呟くと、マルコスは自らの頬を打ち気合を入れ直した。
_________________________
馬車を寄せ、遮蔽物としている時、マルコスの脳裏に一瞬何かが煌めいた。それが何であるのかは、分かる様な気がして思わず笑みを漏らした。
「敵は三十前後、完全に四方を囲まれてます」
「私が血路を開きます、突破した後の殿はノインツェーンに」
ココの報告に合わせ、ゼクスが進言した。当然、ノインツェーンも大きく頷く。
「突破出来たとして、回り込まれ側面を突かれたら総崩れだ」
腕組みしたマルコスは、ゼクスに強い視線を送る。
「ですが、普通に戦ったのでは消耗するだけです」
「だが、リスクは犯せない。我々の目的は、ここでは無いのだ」
堂々としたマルコスに、全員が小さく頷く。
「だが、どうする? 突破無しで持ち堪えられると、お思いか?」
ランスローはマルコスに詰め寄るが、マルコスはその視線を真っ直ぐ返した。
「先に言っておく。根拠はないが、多分大丈夫だ」
「何だそれは?」
呆れ顔のランスローは、同意を得ようと他の者達の顔を交互に見た。だが、その顔はどれも自信に満ち溢れ、不安など微塵も感じさせなかった。
「何なんだ?! まさか、あいつが来るとでも思ってるのか?」
思わず声を荒げるランスローを、リズが穏やかに窘めた。
「あなたは感じませんでしたか?」
「何をですか?」
「暖かい、感触を……」
リズは目を伏せ、愛おしそうに言った。ランスローは慌てて周囲を見るが、誰しもが同様に目を伏せる。
「ランスロー、お前も分かってるのだろう?」
ラナはランスローに穏やかな視線を送り、その隣でバンスが大きく頷いていた。
「私は認めない!」
更に声を上げるランスローだったが、本当は確かに感じていた……とても、穏やかで優しい包み込む様な感覚を。