与えられた闇
三方から同時の”気”が襲い掛かる。その速さは殆ど同じで、十四郎は抜刀すると腰を回転させて周囲を薙ぎ払う。だが、刀は宙を斬り裂く感覚で手応えは無かった。
三人は十四郎の刀の軌道を読み、それぞれの態勢で太刀筋を躱した。まず、十四郎の初太刀を躱し態勢を整えるとツヴァイとフェンフが左右から斬り掛かり、フィーアはバックアップに回る。
十四郎は二方向からの攻撃に対し、再び回転で相手の剣を受け流す。その速さと同時性は十四郎の反撃を抑制し、強制的に守勢を押し付ける。
そして、二人が引いて態勢を整える時間を稼ぐ為にフィーアが斬り込む。その剣は速さより重さに重点を置き、剣を受けた十四郎の腕や脚に激しい衝撃を与えた。
片手で振り降ろしただけで表情さえ変わらないが、明らかにラドロの様な剛剣だった。十四郎の脚は床を滑り、足首を捻ってなんとか滑りを止めるが、その隙にツヴァイが懐に飛び込んで来る。
その高速剣を掃う様に受け流すが、受け流された剣を瞬間に返すと十四郎を斜め上から斬り降ろした。十四郎も瞬速で手首を返すと、その高速剣を受けるが、その刹那今度はフィーアの剛剣が迫る。
「高速剣と剛剣、上手く受けるな……」
ソファーに腰を下ろしたアインスは、頬杖を付いたまま口元だけで微笑む。
十四郎は強く床を蹴るとフィーアの剛健を受けるのではなく避ける事を選択するが、移動した場所にはフェンフの少女の様な表情が待ち構えていた。
その表情は十四郎の刀を一瞬止めさせ、反対に鋭い突きを受ける事になる。
「外見に惑わされるな!!」
ローボの叫びは当然で、十四郎は自分でも気付かないうちに力を抜いていたのだった。しかし、フェンフの繰り出す突きは鋭く十四郎の喉元を襲う。下がっても下がる分だけ加速して、喉の方に伸びて来た。
「何っ!」
思わずフェンフが叫ぶ、完全に見切って突いたはずの場所に十四郎はいなかった。それどころか、フェンフの背後に十四郎が立っていたのだ。
「何だ今のは?」
ローボも目で追えない十四郎の動きに目を見開く。十四郎はフェンフの突きより速く、前に出て擦れ違っていたのだった。
「参ったね……人があんなに速く動けるの? やっぱり人じゃないのかな……」
あまりにも人間離れした十四郎の動きにアインスは驚きの声を上げるが、顔は嬉しそうだった。そして、三人を睨むと低い声で言い放つ。
「だめだよ……それじゃあ」
その声を聞いた途端、フィーアが剣を投げ捨てる! そしてフェンフも剣を投げ捨てると十四郎に突進した。瞬時に刀を返し、フィーアの肩口を打つがフィーアは物ともせずに突っ込んで来る。
確かに鎖骨が砕ける手応えはあるが、全く怯まずに向かって来るフィーアを見てローボが叫んだ。
「忘れたのかっ! マカラだっ!」
完全に忘れていた十四郎は、瞬時に横薙ぎで斬り伏せるがその刀の向きは峰であり、ローボは舌打ちした。フィーアの身体が”く”の字に折れる! その背後から今度はフェンフが飛び掛かる! 十四郎はすかさず刀を振り降ろそうとするが、瞬間にフェンフの泣きそうな顔が視界に飛び込んだ。
一瞬の躊躇! その僅かな隙にフェンフは十四郎の胸に飛び込んだ。体を密着されては刀は振るえない。十四郎は仕方なくフェンフを突き飛ばすが、その陰から今度はツヴァイの剣が十四郎を突いた。
その剣は、フェンフを盾にする様に脇の隙間から十四郎を襲う。咄嗟に下がるが、切先が十四郎の胸に微かに触れた。
「どうした十四郎!!」
思わずローボが叫ぶ。僅かに触れただけなのに十四郎は片膝を付き、刀を杖にして顔を強張らせた。十四郎の胸からは一筋の血が流れ、身体を震わせていた。
「何だ、これは……」
十四郎は胸を押さえ、その痛みが尋常で無い事に疑問を抱いた。ほんの数ミリ、切先が刺さると言うより”触れた”だけで全身に痛みが走り、視界がボヤける。
「まさか、毒かっ!」
ローボが十四郎の元に駆け寄り、身体を支えた。
「そうかもしれません……目が……」
十四郎の視界は、周囲からゆっくりと闇に飲み込まれて行く。
「はい、よくやった……もう下がれ」
手を叩いたアインスは満面の笑みで三人を下がらせると、十四郎に笑い掛けた。
「その毒は視力を奪うんだ。大丈夫、死にはしない。そんな事したら面白くないからね……あなたはね、僕と同じ気分を味わうんだ……絶望と言う気分をね」
そう言い残し、アインスは三人を伴い部屋を出て行った。
「だから気を抜くなと……」
「でも、死にはしないそうですから」
声を荒げるローボに、十四郎は苦笑いした。
「全く……お前って奴は」
ローボは大きな溜息を付きながら、十四郎の身体を支えた。
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ビアンカが駆け付けた場所では、旅人が数人の盗賊に囲まれていた。旅人は若い夫婦の様で、母親は赤ん坊を抱き締め震えていた。父親は慣れない様子で剣を構えるが、盗賊達に大笑いされていた。
「そんな構えで何が出来る? 大人しく女房と子供を差し出せ、そうすれば命はだけは助けてやるよ」
リーダー格の大男は、楽しそうな顔で髭を触る。
「妻と娘は絶対に渡さない!」
父親は震える手で剣を握り、妻の前で叫んだ。
「なら、死ぬか?」
リーダー格の男は、肩に剣を乗せて不敵に笑った。そこに物凄い速さでシルフィーが駆けぬけ、超高速でターンすると盗賊達の前で止まった。
「何だお前は?!」
「お前達こそ、死にたくなかったら去れ」
ビアンカは声を押し殺ろすが、その美しい声に盗賊達は色めき立った。
「女かっ! ベールを取れ!」
興奮する盗賊達を完全に無視し、ビアンカは母親に抱かれる赤ん坊を見た。純白のストールに包まれ、大事そうに母親に抱かれたその愛おしい姿に、ビアンカの胸はキュンとなる。
「その子の名前は?」
「……サーシャです」
思わず聞くビアンカに母親は強く抱き締めると、震える声で答えた。
「可愛い名前ですね」
ビアンカはそう言うとシルフィーから、ゆっくりと降りた。置き去りの盗賊達は頭に血を登らせ、ビアンカを取り囲んだ。
「もう大丈夫ですよ」
母親に優しく告げると、ビアンカはベールを取った。零れ落ちる金髪が月明りを乱反射して、漂う空気さえ煌めきに変えた。目を見開き身体を硬直させた盗賊達は、口々に呟いた。
「……女神だ……」