判断
森を抜けると廃墟の屋敷が見えて来た。さぞかし豪邸だったのだろうと推測出来る巨大な佇まいは、その大きさ故にかえって退廃的雰囲気が漂っていた。
「見るからに邪悪な建物だな」
フンと鼻を鳴らしたローボが立ち止まると、吐き捨てた。
「アルフィン殿、ここで待っていて下さいね」
十四郎はアルフィンの首筋を撫ぜると、優しく言った。
「どうして、私も行くよ!」
鼻息も荒くアルフィンは嫌がるが、ローボの鋭い視線に驚いた表情を浮かべた。
「お前、付いて来るなら、ただの馬を演じろ」
「どう言う事?」
言葉の意味が分からないアルフィンは、小さく首を捻る。
「相手は十四郎の弱みに付け込んで来る。十四郎にとって、お前が特別な存在だと知れれば必ずお前を狙う……その意味が分かるか?」
ローボはアルフィンを見据えて言葉を重くした。
「分かるよ……私の為に十四郎が不利になるんだ」
「付いて来るなら忘れるな、お前はただの馬だ。戦いが始まれば、直ぐに逃げるんだ」
「分かった」
更に強いローボの言葉に、アルフィンは俯きながら呟いた。
「アルフィン殿。まだ先は長いですから……一緒にメグ殿の所に帰りましょうね」
また首筋を撫ぜた十四郎に、アルフィンはそっと寄り添った。脳裏には優しいメグやケイトが浮かび、改めて帰る場所があるって少し嬉しくなった。
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屋敷の周囲は瓦礫が散乱し、入口などは完全に埋まっていた。入るなら窓からだが、小さな窓からはアルフィンは中には入れない。
「私はここで待つ……」
寂しそうにアルフィンが呟くと、十四郎はまた顔の辺りを抱き締めた。
「待っていて下さい、直ぐに戻ります」
「先に行くぞ」
二人の様子に、ふと笑みを漏らしたローボは先に窓に飛び込んだ。遅れて続く十四郎の背中を、心配そうなアルフィンが見送った。
夜更けと言う事も手伝い、真っ暗な部屋の空気は冷たく澱み、カビと朽ちた木材の匂いが充満していた。
「この奥だ」
「ええ、ここまで来れば私にも分かります」
その気配には覚えがあった。無邪気の中の邪気……忌まわしい記憶が蘇る。
「あの時、終わらせるべきだったのかもしれないな」
ローボの言葉は十四郎のトラウマを呼び起こす。だが、十四郎は自分の言葉を思い出すとローボに言った。
「何度でも打倒します……相手が諦めるまで」
大きく溜息を付いたローボは、本当に諭す様に言う。
「お前らしいな。だが、判断を誤るな……その志が大切な者を失う切っ掛けになる場合もある。その時は躊躇うな、亡くした者は二度と帰らない」
「肝に銘じます」
十四郎自身も分かっていた……判断の大切さを。
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「ビアンカ、大丈夫だから」
何度もシルフィーはその言葉を言った。
「うん。分かってる」
ビアンカも、何度もそう答えた。
「ビアンカ様、シルフィーは何と?」
同じ事を繰り返すビアンカとシルフィーの会話に、堪らなくなったツヴァイが質問した。
「シルフィーは私を心配しているんです」
無理に笑顔を向けるビアンカがベール越しにツヴァイを見た。その真っ直ぐで美しい瞳に、ツヴァイとてキュンとなり、慌てて話題を変える。
「あの、ビアンカ様……その剣は十四郎様の剣と似てますが?」
「ええ、これは刀と言います。片刃で、こちら側は斬れないんですよ」
刀を抜いてツヴァイに手渡し、受け取ったツヴァイは息を飲んだ。刀の輝く様な美しさ、金属だとは推測出来るが、その輝く材質には全く心当たりはなかった。
「どこでこれを?」
「信じられないでしょうけど、私は十四郎のいた”世界”に行ったんです。そこで色々な人達と知り合い、この刀を手に入れました。この刀なら、十四郎と同じ戦い方が出来る……そう信じてます」
言葉を紡ぐ様にビアンカは話した。
「そうですか……ご存じだとは思いますが、私達は刺客として十四郎様に挑みました。当然歯が立つはずもなく、呆気なく打ちのめされました。そこで私達は、十四郎様に命と未来を頂いたのです」
ツヴァイも同じ様に言葉を紡いだ。
「私達にも出来るでしょうか?」
ビアンカは空を見上げて、自分に聞く様に呟いた。
「出来ると……信じたいですね」
ツヴァイも空を見上げ、同じ様に呟いた。