降臨
前回と同じ踊りなのに、観衆の反応はまるで違った。ビアンカが舞台に出るだけで大歓声が巻き起こり、リズ達の緊張は最高潮に達した。だが、肝心のビアンカには緊張の欠片もなく平然としたいた。
「ビアンカ……どうしたの? これだけの観衆が目に入らないの?」
呆れ顔のリズは、次の踊りまでの間奏の間に顔を真っ赤にしながら聞くが、当のビアンカは全く動じずに答える。
「えっ? 確かに大勢の人がいるね」
「大勢って……」
”それだけかい”と、心で叫んだリズは、大きな溜息を付いた。
「あそこ……」
ふいにリルが指差す方向には、微笑む十四郎の姿があった。そして、ビアンカの視線を追うと十四郎に向かい、ピッタリと張り付いていた。
「他は、目に入らないって事か……」
納得はしたが、改めて呆れるリズだった。しかし、次の踊りの前にビアンカは一旦袖に戻ると、刀を背中に背負って出た来た。リズやノインツェーンにも剣を渡し、リルには弓を手渡す。
「皆、次の踊りは剣舞にするよ! 十四郎がそうしろって!」
満面の笑みでビアンカは言うが、剣を手渡されたリズ達は呆れ顔で顔を見合わせた。
「……そんなの、練習してないし……」
目をテンにリズに、ビアンカは更に眩しい笑顔を向けた。
「大丈夫! 適当にやれば、何とかなるよ」
「適当って……ビアンカ様……」
「そうだな」
呆れ顔のノインツェーンは開いた口が塞がらないが、リルは平然と頷いた。
「全く……どうなっても知らないよ」
剣を腰に差しながら、リズはボソっと呟いた。
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曲が始まるとリズは驚いた。予定されてたアングリアンの曲ではなく、モネコストロの円舞曲だったからだ。
だが、驚いたのはそれだけではなかった。ビアンカ背中から刀を抜くと正眼に構え、気合もろとも振りかぶり、斬り下ろす。そまま、手首を返すと横に薙ぎ払い、今度は斜めに斬り下ろした。
その動作さは、まるで舞の様に美しく、観衆の目はビアンカに釘付けになる。その後も曲に合わせ、ビアンカの剣舞は続く。リズ達も即興で剣や弓を振り回すが、ビアンカを手本に真似た動きをすると、自分でも驚く位に美しく踊る事が出来た。
曲が終わり、ビアンカが刀を仕舞うと大喝采が巻き起こる。割れんばかりの拍手と喝采は鳴り止まず、会場は異様な雰囲気に包まれた。
だが、その興奮もローボが舞台に現れると一変した。誰もが目を疑う……神獣ローボはイアタストロアでも”神”として畏怖されていた。
「ローボ、どうしたの?」
驚くビアンカが首を傾げるが、ローボは平然と言った。
「乗れ」
「えっ?」
「いいから、乗れ」
仕方なくビアンカはローボに跨る。ローボは仔馬位の大きさはあり、ビアンカを簡単に乗せる事が出来た。一番驚いたのは集まった群衆で、殆どが体を硬直させ言葉さえ出なかった。
そして、ローボは人の言葉を群集に向けた。
『この者は、我が妻となる……すなわち、神となるのだ』
「ローボ、何言ってるの?」
「いいから、黙ってろ」
唖然と呟くビアンカに、今度はビアンカだけに分かる言葉でローボが囁いた。
「あの、ビアンカ……どう言う事?」
リズは言葉を震わせ、ノインツェーンやリルも唖然としていた。
「さあ、分からない」
首を傾げるビアンカだったが、その表情は困ってる様には見えずリズは更に混乱した。
「まさか、あの狼!」
舞台袖で見ていたランスローが飛び出そうとするが、ラナに腕を掴まれた。
「待て、ランスロー」
「しかし、ラナ様」
焦るランスローだったが、真剣な顔のラナに言葉を詰まらせる。
「我がアングリアンの伝説に、人の女を妻にする狼の話がある。選ばれた女は、やがて狼の化身となり、そして最後には女神となる。ここ、イアタストロアでも、同じ様な伝説がある。十四郎に聞かれ、話すと、その方法で行こうと言う事になった。あの女が女神になれば、誰も手出しは出来ない」
ラナは真剣な顔だが、少し嬉しそうだった。十四郎と長く話せたのだから、仕方ないだろうと、横ではバンスが笑顔で見守っていた。
一応、納得はしたがランスローが見ている前で、ローボは舞台を駆け下りビアンカを乗せて森へと消えた。
群集はそれでもまだ動けずに、ビアンカが消えた森を見詰めていた。
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森の中に入るとローボが立ち止まり、ビアンカを背中から降ろした。
「ローボ、どう言う事? あなたには、ブランカがいるでしょう?」
真剣に怒るビアンカが可笑しくて、ローボは少し噴き出した。そこにアルフィンに乗った十四郎が駆け付け、シルフィーも一緒に来た。
十四郎の説明で、なんとかビアンカは納得したが、まだ機嫌は直らない。
「ビアンカ、機嫌を直して。お芝居だったんだから」
「シルフィー、あなたも知ってたの?」
宥めるシルフィーを見て、ビアンカは頬を膨らませる。
「お前は単純だからな、知らせない方が迫真の演技が出来ると思った」
少し笑いながらローボが言うが、アルフィンの言葉にビアンカは赤面して言葉を失った。
「ローボ、ビアンカの気持ちも分かってあげて。ビアンカは誰のお嫁さんになるか、もう決めてるのよ」
「えっ?」
赤面するビアンカを見ながら首を傾げる十四郎を、今度はシルフィーが背中を押した。だが、ローボは、急に真剣な目を十四郎に向けた。
「この一件は、これで終わるだろうが、邪悪に満ちた物凄い殺気が近付いている……勿論その殺気は、お前に真っ直ぐ向けられている」
「そうですか」
あまり驚いた様子の無い十四郎の様子は、かえってビアンカの胸を締め付けた。