公演
十四郎達はペースは上げ、公演予定の街は素通りして次の街で宿を取る事にする。しかし、ビアンカの評判は移動する速度より早く次の街に広がっていた。尾鰭や誇張はあるにせよ、ビアンカは女神として祭り上げられる程になっていた。
「参りましたね」
「全くだ。ある程度は予想してたが、まさかこれ程とは」
馬を並べたリズが深刻な顔を向けると、マルコスも大きな溜息を付いた。想定を遥かに超える人気は、公演予定外の街でも凄まじく、一行が街に入っただけで大勢の群集に取り囲まれた。
「どうしたのかしら?」
気付かないのはビアンカだけで、ポカンとした表情で群集を見ていた。当然、自分が騒動の元なっている事にも全く気付かず、一目見ようと集まる大勢の人々を他人事みたいに眺めていた。
しかもイタストロアと言う国柄、求婚者は後を絶たない。領主や貴族、街の権力者から盗賊や騎士団員など、枚挙に暇がなかった。
「あなた、どうするの? これだけの求婚を?」
呆れ顔のリズが呟くが、ビアンカが頬を染めて俯いた。
「私は……リズ、あなただけに見せてあげる」
ビアンカは懐から大事そうに短刀を出す。美しい金糸の袋から取り出した短刀には、蝶の紋章が輝いていた。
「どうしたの? それ?」
短刀の美しさにも目を奪われるが、その紋章がリズの目に眩しく見えた。
「真桜さんに貰ったの……」
頬を染めるビアンカに、溜息を付いたリズは腰に手を当てた。
「だから、誰?」
「十四郎の妹……これは柏木家の嫁の証」
更に赤くなるビアンカは、愛おしそうに短刀を胸に抱いた。
「すごいじゃない! あなたが正当な十四郎様の……」
「しっ! 声が大きいよ。これはまだ、十四郎には内緒なの」
慌ててリズの言葉を遮るビアンカは、前を行く十四郎の背中を見詰めた。
「何でよ。この際、はっきりと宣言しなさいよ」
小声で呟くリズだったが、本当に嬉しそうに短刀を抱き締めるビアンカにそれ以上何も言えなかった。
「ビアンカ殿! 私が群がる男どもを蹴散らして差し上げます!」
そこに顔を紅潮させたランスローが現れ、慌ててビアンカは短刀を胸に仕舞った。
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「どうします? この街で宿を取りますか?」
騒ぎにも動じない十四郎は、頭を抱えるマルコスに聞いた。
「野営は、また襲われる可能性がある。もう直ぐ日が暮れる、それしかないだろう。それより、ローボはどうした? 街に入ってから姿が見えないが」
「ローボ殿は、人の臭いに咽ると森に行きました。明日、街を離れる時に合流するそうです」
「そうか……」
森の住人マルコスにとって、十四郎の手前呼び捨てにはしているがローボは神であり、照れ臭くて言えないが、その神と通じる十四郎は言わば使徒にも近い存在に思えた。
だが、ふと思う。どちらが神でどちらが使徒なのかと……。その思いは十四郎の見せる神の領域に達する圧倒的な強さと、あまりにも脆い人としての弱さ故に思考の片隅で揺れていた。
複雑な思いがマルコスの中で渦巻く。だが、そんな思いも街の代表に会った時には何処かへ消え失せていた。
「街への滞在は許可しますが、どうにか公演を、せめて踊りだけでも披露して頂けませんか? 街の外からも人が溢れ、収まらない状態になっています」
疲労困憊の代表達は、混乱の中で懇願した。
「ここでまた踊れば、逆効果なのでは?」
リズがマルコスに耳打ちするが、それも十分に考えらる。だが状況は、踊りを披露しなければ先に進めない状況になったいた。
「逆手に取り、披露してしまえば国境越えの口実になるかもしれません。あまりの人気に、公演が出来ずに急いで来たと……それに、入国にもプラスになる可能性が。そんなに素晴らしい踊り子ならエスペリアムでも見てみたいと」
今度はココが耳打ちし、マルコスもココの意見に賛同した。確かに口実には好都合、混乱も収められる……だが、それは苦肉の策。他には手立てが無かった。
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「また踊るの?」
驚いたのビアンカだけで、リルもノインツェーンも混乱を回避するにはそれしかないと思っていた。リズだけは胸騒ぎが、頭の隅から離れなかった。
これ以上ビアンカが追われる事になればとココロを悩ますが、全く意に介してないと言うか、気付いてもいないビアンカに大きな溜息を付いた。
だが、事態は拒否さえ許さず、仕方なくビアンカ達は舞台に立った。
「物凄い人……」
舞台の端、と言ってもあまりに人数が多い為に街外れの草原に作られた応急の舞台で、驚きの声を上げるビアンカだった。
「どうしてだか分かる?」
「どうしてかしら……」
少し意地悪くビアンカの顔を覗き込むリズだったが、全く気付かないビアンカに思わず微笑みが漏れた。
「ビアンカ様! 落ち着いて参りましょう」
何時もより更に衣装を大胆にしたノインツェーンは、足元を震わせた。
「お前の方が落ち着け」
呆れ声のリルが突っ込むが、ノインツェーンは身体全体を上気させていた。リズだって脚が震えるが、落ち着いて見えるビアンカに不思議そうに聞いた。
「ビアンカ、何ともないの?」
「さっき、十四郎が似合うって……」
ビアンカは、はにかむ様に赤面した。
「そっちかい……」
目をテンにしたリズは、それ以上何も言えなかった。舞台袖から見ても、何人いるかさえ分からない大観衆。歓声が起こるとダニー達の演奏など、簡単に掻き消えてしまう。
「全く……とんでもない事になった」
あんぐりと口を開いたマルコスだったが、落ち着いた十四郎の様子に首を捻った。
「何だ? やけに落ち着いてるな?」
「ええ。この踊りを最後に、ビアンカ殿を追う人も少なくなるはずです」
「何だと?」
意味有り気な十四郎の言葉に、マルコスは更に首を捻った。