罪と罰
十四郎は真っ直ぐラドロの元に向かう。その表情から十四郎を占おうとするラドロだったが、穏やかにも怒ってる様にも見える曖昧な表情は、ラドロの経験でも全く分からなかった。
それどころか、異常に怯えるダンテの気持ちが分かる気さえした。
「あなたが頭目ですか?」
目の前の十四郎は小柄で優しい面持で、言葉自体は穏やかだが不思議な威圧感があった。
「俺がラドロだ。お前は誰だ?」
「私は柏木十四郎、旅の者です。あなた方が私どもの踊り子を奪いに来ると言う事の様ですので、成敗に参りました」
十四郎は低い声でラドロを強く見る。その視線はラドロにさえ悪寒を走らせるが、ラドロとてイタストロア随一と呼ばれる盗賊、更に強く十四郎を睨も返した。
「我々全部を相手にするのか?」
振り返るラドロの元には数十人の手下が、凄い形相で十四郎を睨んでいた。
「勿論です」
普通に答える十四郎の様子は、ラドロのプライドを激しく傷付けた。ラドロが目配せすると、手下が十重二十重と十四郎を取り囲む。
その様子は誰が見ても十四郎が不利どころか、絶体絶命なのだが、まるで意に介してない様子の十四郎の態度がラドロとダンテを嫌な予感で包んだ。
徐々に包囲の輪が狭められる、だが十四郎は刀を抜く気配さえ見せずにいた。そして、体の力を抜き左手を鯉口に添えると、右手を柄に添えた。
初めて見る構えにラドロは意識しなくても息を飲む、十四郎は若干体制を低くすると左足をやや引いた。
次の瞬間、後方の男達数人から斬り掛かる。中には槍で突く者もいたが、十四郎に剣が届くはるか前で男達の動きが止まった。
「何が起こった?」
唖然と呟くラドロが見たモノは、槍を真っ二つに斬られた者や、剣を落とし指を押さえながら地面を転げ回る男達の姿だった。
十四郎は剣を抜いて無い様に見えた。それどころか、微動だにして無い様にも見えた。
「私が見た時と同じだ……あれは、魔法なのです」
声を震わせるダンテを振り向いたラドロが見るが、その顔には全く血の気が無かった。
「俺に罰を与えに来ただと……」
ラドロの震えは完全に意味が変わった……その原因は、恐怖を通り越した”怒り”だった。
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森の中を全力で走るシルフィー、その少し先には案内を買って出たアルフィンが先行していた。ビアンカの胸は何かが刺さった様に痛みが続いていたが、手綱を握る手に力を込めて耐えていた。
木々の間から眩しい光が目に入り、一瞬目を閉じる。しかし、目を開けた瞬間銀色の影がアルフィンの背中に飛び乗るのが分かった。
「ローボ!」
アルフィンが驚きの声を上げ急ブレーキを掛け、ビアンカも咄嗟に手綱を引いてシルフィーを止めた。
「ローボ、どうして?」
話し掛けるビアンカを見て、驚くのはローボの方だった。
「何故話が出来る?」
「詳しい事は後で。それより、どうしてここに?」
「十四郎が、こちらに向かったと聞いてな。船など使って、追い付くのに苦労した」
アルフィンの鞍の上で、ローボは苦笑いした。
「十四郎を助けに来てくれたの?」
嬉しさが込み上げるビアンカは、思わず泣きそうになった。
「助け? 十四郎に助けなど必要ない。私は、見に来ただけだ」
「十四郎が一人で盗賊の所に行ったの!」
泣きそうな声のアルフィンが、ローボに振り返った。
「心配ない。十四郎にとって、盗賊など何人いても関係ない」
「普通の当盗賊じゃないの、ラドロ。聞いた事ある?」
「奴か……あまり、いい噂はないな」
ふ~んと、ローボは鼻を鳴らした。丁度そこに、ランスローが駆け込んで来る、アルフィンの鞍に乗る巨大な銀色狼に、ランスローは反射的に剣を抜いた。
「誰だ? そいつ」
鋭い目で睨むローボの視線は、剣を持つランスローの手に汗を流させた。
「ランスロー、アングリアンの十字騎士よ」
「ほう、あの有名な騎士団か」
ビアンカの説明にローボは口元を緩める。
「ビアンカ殿、その狼は?」
少し声が震えるランスローに、ビアンカが説明した。
「モネコストロの聖域の森の守り神、神獣ローボ。私達とは知り合いと言うか、十四郎の友達なの」
”神獣ローボ”聞いたことがあった。ランスローは改めて十四郎の不思議さを実感する。そして、本当に魔法使いではないのか、と心の中で思った。
「友達か……」
ローボはビアンカの言葉に薄笑みを浮かべた。だが、その微笑みさえ、ランスローにとっては背筋が凍る微笑みだった。
「とにかく、先を急ぎましょう」
ビアンカの言葉で、一行はまた走り出した。
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「ココ! 道はどうだ?」
馬を走らせながら、先頭を行くココにマルコスが叫んだ。
「大丈夫です。聖域の森に比べれば裏庭みたいなものです」
振り返ったココは、真剣な顔で答えた。
「十四郎様が心配だ! 最短距離で頼む!」
「分かった」
心配顔のツヴァイに、ココは笑顔で返事した。
「お前の兄上は凄いな」
ノインツェーンは少し頬を染め、リルに呟いた。
「ココの事が好きなのか?」
顔色一つ変えず、リルがノインツェーンを見る。
「そうだな、十四郎様の次くらいかな」
脳裏に十四郎を思い浮かべ、ノインツェーンは本格的に頬を染めた。
「十四郎にはビアンカがいるんだ。お前では逆立ちしても無理だ」
フンと鼻で笑るリルに、ノインツェーンが食って掛かる。
「お前こそ、ビアンカ様の名前を出す割には十四郎様ばかり見ているぞ!」
「何だと!」
走りながら額を合わせ、火花を散らす二人にゼクスが呆れ顔で言った。
「いい加減にしろ、その元気はもう少し先まで取っておけ」
なんとか二人は別れるが、嫌な予感が胸の奥から離れないリズは、そんな二人の遣り取りを見て少し気持ちが軽くなった。
「二人供……」
リズが何か言おうとするが、途中で言葉が途切れる。リルもノインツェーンも不思議そうにリズの顔を見るが、リズは曖昧に笑った。
「何でもない……気にしないで」
本当にリズ自身にも分からなかった。本音を口に出し、自分に正直になれる二人が羨ましかったのかもしれないと、リズは胸の奥で自らのココロの内を分析した。
そして、強く目を閉じ首を振って後ろ向きな自分を振り払う……今、考えるのは十四郎の無事だけだと。
森の緑は何時もと変わらずそこにあるが、ツヴァイ達の目には一瞬で流れ去る。見ている場所が、見ているモノが完全に違った。全員が見詰める先には、一人で戦う十四郎が完全な輪郭で映っていた。