盗賊ラドロ
「アルフィン殿、気配は感じますか?」
森に入って暫くしてから、十四郎がアルフィンに聞いた。十四郎自身、気配に近いものを感じるが、アルフィンの嗅覚や聴覚には遠く及ばなかった。
「敵愾心が凄い、まるで火が点いたみたい……かなり近いよ」
背筋が寒くなる様な気配にアルフィンは身震いした。
「止まって下さい」
「えっ?」
十四郎は止まる事を指示し、驚きながらもアルフィンは立ち止まった。
「アルフィン殿は戻って応援を呼んで来て下さい」
「十四郎はどうするの?」
「先に様子を探ります」
「それならワタシも行く!」
「狭い森の道です、囲まれれば如何にアルフィン殿でも不利です。ここは、応援を呼ぶのが賢明だと思います。ただし、道を大きく迂回し、敵の背後から回り込む様にと伝えて下さい。多くの敵を確実に倒すには、この方法しかありません。これは、アルフィン殿にしか出来ない事なのです」
最後の言葉が、アルフィンを説得する決め手になった。
「分かった。必ず伝えるから、待ってて!」
頷いたアルフィンは、全力で走り出した。見送った十四郎は微笑むと、森の奥に向けて歩き出した。
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「お頭、偵察の奴が馬を返して一人でやって来ます」
報告を受けた大男は、頬の大きな傷を触りながら首を捻った。男はイアタストロアで最も恐れられる盗賊ラドロだった。腕力だけでなく剣の腕も超一流、しかもその頭脳は剃刀の様に研ぎ澄まされていた。
ラドロ達盗賊の間でも、ビアンカの事は噂になったいた。多くの盗賊がビアンカを狙っていたが、その勢力がイタストロア随一のラドロが動く事によって、他の盗賊は様子見と言う姿勢を取っていた。
ある意味、十四郎達にとって全ての盗賊を相手にしなくて良いと言う結果だったが、古来イタストロアと言う国では最高の女=最高の宝物という図式が成り立ち、例え序列があり襲われるのが同時ではなくとも、襲われる事が多発化するのは避けられない事実だった。
森の奥深くの中心部。そこには多くの手下を従えたラドロが、ビアンカを手に入れる為に待ち構えていた。
「どんな奴だ?」
野太い声のラドロは偵察から帰った男を睨んだ。
「異国の騎士の様ですが……」
「どうした?」
報告をした目の鋭い男ダンテはラドロの右腕で、鷹の目と呼ばれる最高の偵察者で口籠るなど初めてだった。
「それが、物凄い殺気がある様な無いような……」
「何だそれは?」
呆れた様な口調だったが、ラドロは急に鋭い視線でダンテを見た。
「はい、それが今までに感じた事のない気配なのです……言葉では表しにくいのですが、敢えて言うなら……」
「どうした?」
物凄い視線でダンテを睨むラドロだったが、ダンテは正面から視線を受け止めた。
「ラドロ様が一番嫌いなモノです」
「ふぁはっはっは!」
雄叫びの様に豪快に笑った後にラドロは急に押し黙り、再びダンテを睨んだ。
「確か、ベルッキオを倒したのは……」
「はい、異国の騎士……モネコストロの魔法使い」
「確かめろ……もし、そうなら楽しみだ」
不敵な笑みを浮かべ、ラドロは立ち上がる。
「踊り子の方はどうしますか?」
「後回しでいい。どうせ一本道だ……」
ラドロの脳裏では踊り子を手に入れ、魔法使いと対峙する……考えただけでも、笑いが込み上げて来る。上機嫌のラドロは、酒の瓶を取ると一気に飲み干した。
しかし上機嫌のラドロをよそに、ダンテは胸騒ぎが止まらなかった。仕入れた情報と目視した十四郎とギャップは、嫌な予感を通り越してダンテを不思議な感覚で包み込んでいた。
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「ビアンカ殿」
何度目かのランスローの言葉に、やっとビアンカが振り返る。その憂いに満ちた表情はランスローの心臓を鷲掴みにするが、宝石の様に美しい瞳はランスローを見ていなかった。
「どうすれば、あなたを手に入れる事が出来ますか?!」
我慢していた言葉が、ビアンカの前で破裂した。
「……」
答えられるはずもなく、ビアンカは視線を逸らした。
「私を見て下さい! 私は誰よりもあなたを愛しています!」
箍が外れたランスローの叫びは、マルコスの叫びと激しく交差した。
「いい加減にしろ! 今はそれ所ではない! 現実を見ろ!」
「私にはビアンカかしか見えない! 現実など、どうでもいい!」
ランスローの叫びが広い草原に響き渡るが、それでもビアンカはランスローを見る事はなかった。
「例え、この世界にあなたとビアンカしかいなくなっても……ビアンカはあなたを選びません」
近付いて来たリズが悲しそうな顔で、力を抜いた言葉を告げた。
「出会ったのは私が先だ! 後から来たアイツになんか、渡してたまるか!」
リズの言葉など、聞かなくても分かっていた。ビアンカの瞳が最初から自分など見て無い事は百も承知だった……だが、ランスローは叫ばずにはいられなかった。
「もうよさぬか、ランスロー」
ラナの悲しそうな声に振り返ると、ラナの瞳からは大粒の涙が零れていた。
「ラナ様……」
茫然と呟くランスローに、ビアンカが静かに言った。
「私は、あなたに愛される資格などありません……私は、醜い人間です……十四郎は多くの人を救う為に命懸けで戦っています……でも、私は……十四郎が私の為に、私だけの為に……」
途中から言葉を途切れさせ、震えながら俯くビアンカの姿は、ランスローの傷付いたココロを癒してはくれなかった。
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「四方から、同時に襲え。手加減は無用だが、殺すな」
ダンテが連れて来た男達は、盗賊団の中でも選りすぐりの男達だった。どうしても胸騒ぎが収まらないダンテは、十人程を連れて来ていた。
一気に距離を詰めた男達が十四郎を取り囲んだ。
「この中に、話の分かる人はいますか?」
眉一つ動かさず、十四郎は落ち着いた声で言った。ダンテの違和感は絶好調に達する、如何に腕に自信があっても、この人数に、しかも一目で分かる手練れに囲まれて、この落ち着き払った態度は信じられなかった。
「私が話しを聞こう」
離れた場所から見ていたダンテは十四郎の前に出た。近くで見た十四郎の優しい面持と、全く動じない態度を目の当たりして、改めてダンテに言葉に出来ない違和感を与えた。
「あなた方の狙いは何ですか?」
「分かってると思うが……」
穏やかな十四郎の声はダンテの違和感を更に強めるが、敢えて話に乗って様子を窺う事にした。
「そうですか……この人達は、家族や大切な人はいるのですか?」
少し俯いた十四郎に声のトーンが変わる。一瞬悪寒を感じたダンテだったが、言葉を返す。
「盗賊にそんなものはない」
「……盗賊ですか……あなた方は、何の罪も無い人から、大切な人や物を奪うのですね」
「当たり前だ、それが盗賊……」
更に低くなる十四郎の声。ダンテが言い返そうとした時、十四郎の目が一瞬光り金縛りに合った様に言葉が続かなかった。
「命までは取りませんが、二度と剣や方を持てなくします」
その声には迫力があり、思わずダンテは後退った。
「ダンテ様、如何致します?」
傍の大きな槍を持つ男が指示を求め、その声でダンテは我に返った。
「やれっ!」
ダンテの号令で男達が一斉に襲い掛かる。ダンテの目には、寸前まで剣を抜かない十四郎が映るが、瞬きの間に数人の男達が地面に倒れた。
「何があった……」
唖然と呟くダンテが見たモノは、両手親指が変な方向に曲がって地面に横たわる男達だった。
「骨だけでなく、腱も裁ちました。残りの指で生活は出来るでしょうが、二度と剣は持てません」
瞬時に半分になった男達が一斉に後退りする、ダンテは目を見開いたまま呼吸をするのさえ忘れた。