続く戦い
夜明けを待たずに出発したが、眠気など隣を行く十四郎の横顔が忘れさせてくれる。何度も何度も横を向いてはビアンカは、ココロに栄養を与えていた。
「寝て無いんだから、あんまり横ばかり見てると危ないよ」
心配したシルフィーが声を掛けるが、ビアンカはまるで気付かない。
「十四郎……この先で、凄く嫌な気配がする」
急にアルフィンが耳を立てて呟いた。
「うん、かなりの数だね」
並んでいたシルフィーも、耳を立ててブルっと鼻を鳴らした。
「十四郎……また何か……」
幸せな気分を一転させたビアンカが、心配そうな顔で十四郎の顔を見た。
「大丈夫ですよ」
穏やかに笑う十四郎の顔がビアンカを瞬間的には安心させるが、嫌な予感は容赦なく背中に張り付く。
「どうした?」
直ぐにマルコスが近付いて、様子を聞いた。
「アルフィン殿とシルフィー殿が、この先で何かあると言ってます」
「この先? ココ! この先はどうなってる?」
十四郎の話を聞いたマルコスは直ぐに察知して、ココを呼んだ。
「この先は深い森ですが、抜けるのには時間はかかりません」
「どう言う事だ?」
ココの話に合点がいかないマルコスは、首を捻りながら聞き返した。
「簡単に言いますと、道が通ってるのは深い森の一部、突起部分の様な場所なのです」
聞いていたビアンカは胸騒ぎを覚えるが、十四郎の横顔は普段通りに見えた。
「通り抜けるのは容易だが、関所の様になってると言う事ですね」
頷いた十四郎は頭の中で状態を想像した。
「セキショ?」
ココがポカンとするが、苦笑いの十四郎が言い直した。
「その、国境の門みたいなものです」
「そうか……それじゃあ、ココ……」
頷いたマルコスはココに偵察の指示を出そうとするが、十四郎は言葉の途中に割って入った。
「私が見てきます」
「十四郎、何を言ってるの?!」
驚いたビアンカが目を見開いた。
「私とアルフィン殿なら、あっと言う間に終わりますよ」
首筋を撫ぜられ、十四郎の言葉に有頂天のアルフィンは嬉しさで舞い上がる。
「シルフィーも、心配しないで。大丈夫だよ」
心配顔のシルフィーに、嬉しそうなアルフィンが尻尾を振った。
「万が一の事を考えて、他の皆さんはここで待機して下さい。ここなら見通しも良いですし、後戻りも出来ます。ツヴァイ殿! 後はお願いします!」
確かに十四郎の言う通り、今の場所なら対処は容易そうだった。十四郎は馬車の手綱を握るツヴァイに声を掛ける、ツヴァイは無言で頷くと後方のゼクスにもサインを送った。
「分かった、頼む」
頷くマルコスを押しのけ、ビアンカが叫んだ。
「私も行きます!」
しかし、十四郎は笑顔で首を横に振る。
「ビアンカ殿は、ここで皆を守って下さい。偵察ですから、一人の方が良いのです」
「でも……」
泣きそうな顔で食い下がるビアンカを、十四郎は穏やかな笑顔で見詰めた。
「お願いですから……」
「……はい」
小さく返事したビアンカを、もう一度見詰めると十四郎とアルフィンは風の様に森の中に入って行った。見送るビアンカは、いたたまれない気持ちになるが、シルフィーが優しく声を掛けた。
「大丈夫、いざとなれば、風よりも速く十四郎の元に連れて行くから」
「ありがと、シルフィー」
ビアンカはそっと、シルフィーの首筋を撫ぜた。
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「また十四郎は行ったのか?」
「はい、その様で……」
ラナの問いに、バンスは小さく返事した。イタストロアの騎士との揉め事が終わったばかりなのに、早くも次の問題にぶつかってしまう。
ラナは溜息を付きながら、十四郎の笑顔を思い出した。屈託の無い笑顔はラナの脳裏で気持ちを優しく包むが、リルの声に現実に引き戻された。
「十四郎は魔法使い……この世のあらゆる災難と戦い続ける運命だ」
「だからどうしたと言うのだ」
ラナは精一杯背伸びしてリルを見るが、リルはそっと視線を逸らせ、代わりにノインツェーンがラナを真っ直ぐに見た。
「覚悟は、お有りですが? 戦いは永遠に続くかもしれん……昼夜を問わず、寝る間も与えない程に」
「それは……それなら、あの女にはあると言うのか?」
ラナは言葉に詰まるが、馬車から見えるビアンカの背中がラナの気持ちを奮い立たせる。
「ビアンカ……アイツは違う。ワタシ達とは、何もかも……」
リルは視線をラナに戻した後、今度はビアンカに視線を流した。
「そうだね……悔しいけど、ビアンカ様には敵わない」
ノインツェーンも、少し呆れた様に呟いた。ラナだって本当は分かっていた、分かり切っていた……でも、認めたくはなかった……だけだった。
「ビアンカ殿……」
ランスローが声を掛けるが、ビアンカは振り向きもしないで十四郎が走り去った方向を見詰めていた。
”絶対に手に入らないモノもあります”ココの言葉が、手の届きそうな距離にいるビアンカの存在を幻の様に感じさせた。
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「また敵か……」
馬車の中で、ダニーは疲れた様に呟いた。モネコストロを出てから、気が休まる時がない。仲間達も疲労に色は隠せず、誰も口を開こうとはしなかった。
「お前達、革命を目指してるんだろ?」
手綱を握るツヴァイが、背中で言った。
「そうだよ……」
気の無い返事に、ツヴァイは呆れ声で言う。
「ならば、目を見開け。十四郎様の戦いを目に焼き付けろ。あの方は、必ず歴史を変える」
ダニーの胸に、ツヴァイの言葉が突き刺さった。
「今度は何だ?」
馬車の手綱を握るゼクスに、馬で並び掛けたフォトナーが聞いた。
「先の森で不穏な動きがある様です」
まるで驚いた様子の無いゼクスの声が、フォトナーを不思議な感覚で掴む。
「青銅騎士は、驚いたりしないのか?」
少し皮肉を込めたフォトナーの言葉だったが、ゼクスは穏やかな笑顔で返事した。
「別に青銅騎士だから驚かないのではありません。我らは十四郎様に使える身、あの方は紛れも無く魔法使い様なのです……十四郎様と一緒にいれば、何も恐れるモノはありません」
”魔法使い”その言葉は、確かにフォトナーにも実感出来た。