怪物の復活
「七子様……魔法使いの動向を掴みました」
部屋に入って来たドライが鋭い眼光で、七子を見た。
「続けろ」
視線を向けないまま、七子は椅子に片肘を付く。
「魔法使いは現在イタストロア国内にいます。大道芸人として、旅をしている模様です」
「大道芸人だと……」
口元を綻ばせ、七子がドライに視線を向けた。
「はい……しかも、イタストロアの入国にはプリンセス・オブ・ライアを使っていました」
「マカラの船を沈めたのは、十四郎と言う事か?」
七子の中で何かが繋がった。
「おそらく」
「お前の考えは?」
視線を外さないままで、七子はドライの目を見据えた。
「本当の意図は分かりませんが、予測でよければ」
ドライの口調は、あまりにも淡泊で七子は少し苛立ちを見せた。
「勿体ぶるな」
「イタストロアの動向を探る為にしては大人数ですし、姿を見せた場所がエスペリアムに近い事が気になります。やはり、真の目的はエスペリアムにあると」
「エスペリアムと、どういう関係がある?」
「それはまだ……」
言葉を濁すドライだが、口調は変わらない。
「目的を探れ」
七子は言い放ち、席を立とうとするがドライは続けた。
「はい……もう一つ、ご報告が」
ドライは頭を下げたまま言った。
「アインスの件か……」
浮かした腰を椅子に戻すと、七子は小さく溜息を付いた。
十四郎に打ち負かされて以来、アインスは魂を失った人形の様になっていた。一言も言葉を発さず、膝を抱えたまま部屋に閉じ籠っていた。
「先日行われました、青銅騎士のランク決定のトーナメントに出て来たのです」
「ほう……何があった?」
七子はドライの報告に口元を綻ばせた。
「推測ですが……名前を失う事が、戦いに敗れた恐怖に打ち勝ったのかもしれません」
「そうかもしれんな」
相槌を打った七子も、そう思った。青銅騎士は序列に拘るが、特にアインスは異常に執着する事は周知の事実だったから。
「暫定のナンバーワンより、確定のナンバーワンに返り咲き、アインスの名前を守りました……八人を惨殺して」
ドライは抑揚の無い声で言った。
「また、使えそうか?」
「剣は格段に速くなっています……そして、残虐性も以前にも増して更に」
「そうか……」
一言だけ言った七子は、ゆっくりと背を向けた。怪物が永い眠りから目を覚ました……本当の怪物となって。
七子は嫌な予感に包まれるが、それを楽しみに思う自分と少し冷めた目で見ている、もう一人の自分の存在が確かにあった。
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窓の無い部屋だった。ドアを開けたドライは小さな蝋燭の向こうに座るアインスを見て、背筋が冷たくなった。
無垢な子供の様な容姿のアインスは、そこにはいなかった。顔立ちは然程変わらなくても、その瞳はガラス玉の様に光を吸収していた。
「どうだ、また七子様の為に働けるか?」
「僕に言ってるの?」
声は変わらないはずなのに、ドライの耳にはアインスの声が人の声には聞こえなかった。まるで、本当の悪魔がいたなら、多分こんな声だろうとドライは真剣に思った。
口元だけで笑うアインスの顔は更にドライに冷や汗を促し、自分でも気付かないうちに華奢な体が小刻みに震えていた。
「あの、魔法使い……殺していいなら、七子の為に働くよ」
まるでドライの緊張を楽しんでるかの様に、アインスは暫くして答えた。
「それは、七子様が決める事だ」
口では命令調に言ったが、まだドライは震えが止まらなかった。
「そうだね……決めたら、また来て」
やっと会話が終わったと言う安心感にドライは包まれ、部屋を出て行こうとしたが、その背中に氷の様なアインスの言葉が投げれた。
「よかったね……ドライ」
”何が良かったのだ”……ドライは背筋を凍らせながら、心の中で呟いた。
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「予定変更だな」
出発して直ぐにマルコスが十四郎に耳打ちした。
「その方がいいかもしれませんね」
直ぐに十四郎も賛同した。イアタストロアと言う国柄、ビアンカが踊る事はトラブルに巻き込まれる可能性を限りなく100%に近付ける。マルコスは他の者にも意見を聞いたが、ビアンカを除く全員が賛成した。
「どうして公演を止めるの?」
全く自覚の無いビアンカの問いに、呆れ顔のリズが説明した。
「この国であなたが踊る事は、盗賊の輪に中で金銀財宝を見せびらかすのと同じなの」
「えっ?」
まるで分ってないビアンカに、またリズが大きな溜息を付いた。
「バンス……もし、私が盗賊に捉えられたら、十四郎は助けに来てくれるだろうか?」
馬車の中で、ラナは十四郎の背中を見ながら、そっとバンスに語り掛けた。バンスは小さく頷くと、小声で答えた。
「多分、あの方は命を懸けて助けに参るでしょう」
その答えは、本当はラナにも分かっていた。例え相手が誰でも、きっと十四郎は助けに行くだろうと。それが、悔しかった……自分が唯一の存在でなく、誰でも一緒と言う事が。
しかし、女の勘はビアンカだけは違うと分かっていた。同じ様に命を懸けて救われても、ビアンカは違うのだと……その悔しさが、自分を今この場所に来させたのだと……認めたくはなかった。