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異世界維新 大魔法使いと呼ばれたサムライ   作者: 真壁真菜
第三章 確立
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言葉

 月明りに煌めく金色の髪、透き通る細い手足が一瞬前の戦いとギャプになった。ランスローの胸は激しく動悸しながら、喉元まで迫る苦さを唇を噛み締めて我慢した。


 頭で考える前に、思わずビアンカの背中に腕を伸ばす。触れたい衝動、もっと先の抱き締めたい衝動がランスローを支配した。もう少しで指が触れる……その瞬間、視界の端に白い影が飛び込んだ。


「ビアンカ! 十四郎は、まだ戦ってる!」


 シルフィーの声がしたと同時にビアンカは飛び乗り、ただの一度もランスローに視線を向ける事はなかった。そして、シルフィーは空を駆ける様に直ぐにランスローの視界から消えた。


「絶対に手に入らないモノもあります」


 ココはビアンカの背中を見送りながら呟いた。


「そんな事はない……」


 拳を握り締めたランスローは、振り向くとココを睨み付けた。


「そうでしょうか……」


 ランスローの強い視線を、ココは穏やかに受け流した。


___________________________



 淡い月明りに照れされ、ビアンカの視線の先に十四郎の背中が映った。無事が確認出来ただけで、ビアンカは安堵の呼吸で全身の空気を入れ替えた。だが、十四郎の向こう側には今だ多くの騎士達が立ち並んでいた。


「十四郎!」


 シルフィーから飛び降りたビアンカは、十四郎の前に出て刀に手を掛けた。シルフィーは直ぐに離れた場所に佇むアルフィンの元に駆け付ける。


「こっちはどう?」


「大丈夫よ、十四郎は……」


 シルフィーは少し息を切らせながら聞くが、アルフィンは穏やかに呟いた。


「あいつだ! あの女だっ!」


 ビアンカの元から逃げ出した騎士の一人が叫ぶと、一斉に他の騎士達が身構えた。


「美しい……」


 他の騎士達は見開いた目に恐怖を映すが、一人だけ違うモノを見たアルベルトが茫然と呟いた。


 どんなに強く、破壊的な力があったとしても美しいモノは美しい。そして、どんな事をしても手に入れたい……その感覚は、恐怖さえ超越していた。


 だが、どんなに好意を込めて見詰めても、ビアンカの美しい瞳には敵意が溢れていた。自らの一番大切なモノに、危害を加えようとする憎い敵として。


「どうして私をそんな目で見る?!」


 大袈裟なゼスチャーで、アルベルトはビアンカに向かって叫ぶ。だが、更に強い視線を返したビアンカが叫び返した。


「十四郎に手出しはさせない!」


 異なる気持ちの視線は交わる事はない。マルコスがそんな反比例する視線の中に割り込もうとした時、十四郎が声を上げた。


「ご理解頂けたのだと、思ってましたが」


「理解だと? ……その踊り子を渡さない、お前達が悪い」


 前に出たアルベルトは憎しみの目で十四郎を睨み付けた。


「誰にも渡すつもりはありません」


 凛とした声がビアンカの胸に響く、心臓が止まりそうになる。自然と体は震え、見開いた瞳から一筋の涙が流れて十四郎の背中が霞んで見えた。何より十四郎の言葉の内容が、頭の中で何度もリフレインする。


”誰にも渡さない”その言葉はビアンカにとって、掛け替えの無い言葉だった。


________________________



 緊迫した睨み合いは、リルが縛られた男を連れてやって来た事で動き出す。


「話せ」


「こいつら、あんたらを皆殺しにして踊り子を奪う気だ。その後に俺達を殺して、罪を擦り付ける計画だったんだ」


 男の言葉は十四郎の胸の中に決して小さくはない怒りを芽生えさせるが、十四郎は黙ったままアルベルトを見詰めた。その目は憐れんでいる様にも、悲しんでいる様にも見えた。


「それが、どう言う事か分かってるのか?」


 怒りに満ちた表情でマルコスが問い詰めるが、完全に居直ったアルベルトは剣を抜いて叫んだ。


「殺せ! さもなければ、我々に待ち受けるのは死だ!」


 配下の騎士達も顛末は予想出来る。この事が公になれば死罪は免れない……助かる為にの方法は一つしかなかった。最初の一人が雄叫びを上げて斬りかかると、雪崩の様に十四郎達に襲い掛かった。


「ビアンカ殿、大丈夫ですか?」


 大勢が切り掛かって来る瞬間にも係らず、振り向いた十四郎が心配そうな顔でビアンカを見た。その顔が真っ直ぐ見れないビアンカは、黙ったまま小さく頷く。


「マルコス殿! ビアンカ殿を頼みます」


 叫んだ十四郎は破邪を抜くと、八双に構えた。最初の騎士が大きく振りかぶり斬りかかると、十四郎は騎士の剣を目掛けて刀を一閃! 根元から折れた、と言うより斬れた剣が地面に落ちた。


 柄だけになった剣を持った騎士は恐怖で動けなくなる。十四郎はその横を視線も向けずに通り過ぎると、次々に騎士達の剣を切り裂いた。


「何なんだ……あの剣は……」


 目の前で繰り広げられる光景は、アルベルトの常識では計り知れなかった。数人が剣を斬られただけなのに、残った騎士達は動けなくなる。たとえ十四郎が傍まで来ても、騎士達は金縛りにあった様に体を硬直させた。


「もういいだう、今引けば見逃してやる」


 マルコスは更に強い視線でアルベルトを見るが、視線を泳がせたアルベルトは答えようともしなかった。


 十四郎は刀を下げ気味に持ち、アルベルトに近付く。気付いたアルベルトは、奇声を発しながら剣を抜いて無茶苦茶に振り回した。


「まだ、お分かり頂けませんか?」


 十四郎は一言だけ言うと刀を一閃させアルベルトの剣を切り落とし、返す刀を更に一閃! 今度はアルベルトの豪華な鎧が真っ二つになった。勿論、身体には傷一つも付けずに。


「はは、ははは……」


 放心状態のアルベルトは魂が抜けたみたいに笑うが、十四郎は刀を仕舞うと柄頭で鳩尾を突いた。一瞬、目を見開いたアルベルトはそのまま前向きに倒れた。


「どなたか、連れ帰って下さい」


「早く連れて行けっ!」


 落ち着いた十四郎の声に他の騎士達は動けないでいたが、マルコスの怒鳴り声にビクッとした後、アルベルト連れて逃げ帰って行った。


「私達も行きましょう」


 ビアンカもまた動けないでいたが、戻って来た十四郎の言葉に我に返った。


「ビアンカ大丈夫?」


「泣いてたの?」


 心配そうなシルフィーの横で、アルフィンも声を震わせた。アルフィンに微笑むと、シルフィーの首筋を撫ぜたビアンカは小さな声で言った。


「ええ、もう、大丈夫……」


_____________________



「なあ、バンス……私は、何をしに来たんだろうな」


 遠く、月を見上げながらラナは小さく呟いた。脳裏では十四郎と一緒に戦うビアンカの姿が、ぼんやりと浮かんでいた。


「姫殿下は、きっと確かめに来られたんだと思います……」


「何をだ……」


 振り返ってバンスを見るラナの顔は、とても穏やかで悲しそうだった。


「それはご自分が一番ご存知のはず……」


 バンスもまた、穏やかな表情をラナに返した。


「……」


 その問いには答えず、ラナはそっと目を閉じた。



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