二人の魔法使い
駆け付けたランスローが見たのは、十数人の騎士に対峙するビアンカの姿だった。直ぐに駆け寄ろうとするが、ツヴァイに強く腕を掴まれた。
「放せ! お前達! 何を見ている!」
叫ぶランスローに、ツヴァイは強い視線で言い放つ。
「見ていて下さい。ビアンカ様の戦いを」
「しかし、相手が多すぎる!」
それでも引かないランスローを、今度は弓を構えたココが凄い迫力で押さえる。
「銀の双弓の名の賭け、ビアンカ様はお守りします。どうか、このまま……」
仕方なくランスローは出るのを待つが、剣に手を掛け直ぐにでも飛び出す態勢だけは取っていた。
「この女、例の踊り子だ。傷は付けるな、アルベルト様に殺されるぞ」
「しかし、いい女だぜ……」
「ああ、少しは楽しみたいな」
取り囲んだ騎士達は口々に呟き、顔を見合わせて笑った。
だが、ビアンカは全く動じる事無く真っ直ぐ立っていた。そして、周囲の騎士が取り囲んだのを確認すると、ゆっくりと左手を鯉口に添え、そのまま、やや膝を曲げ右手で柄を握り、鯉口を捻った。
囲むのはいいが、傷付けず捕獲する事を考えていた騎士達は、意志の疎通が出来てなく、飛び掛かるタイミングが合わせられていなかった。
先に動いたのはビアンカだった。前方ではなく、振り向くと同時に瞬速抜刀、後ろの一人を峰打ちで袈裟切りにし、そのまま手首を返しながら、その左右の騎士を続け様に横薙ぎで一閃した。
瞬時に三人が倒された騎士達は急にスイッチが入り、ビアンカに襲い掛かる。
「危ないっ! 前から三人!」
思わずランスローが叫ぶが、ビアンカは跳び掛かって来る三人を完全に無視して、超速で横移動! 傍の二人を立て続けに斬り伏せた。
その瞬間、飛び掛かった三人の内、先頭の騎士の剣がビアンカに迫る! 瞬間、刀を返し下方から斬り上げると剣は真っ二つに折れ、カウンターの前蹴り! 騎士が後方に吹っ飛ぶ! その体に身を寄せながた跳び、残り二人に近付くと瞬時に上から斬り下ろし、間髪入れず下から斬り上げた。
ビアンカの動きが止まると二人はゆっくりと倒れ、今頃になって残りの騎士達が戦慄に包まれた。
見ていたランスローも唖然を通り越し、驚愕した。流れる様な動きの中で次々に敵が倒れて行く、しかも剣を受けたのは一度だけ……ランスローの頭は思考を停止し、ただ剣を持つ手が震えていた。
「まるで……魔法だ……」
一人の騎士が呟くと、横の騎士が逃げ出した。それに呼応して、残った騎士達も叫びながら逃げていった。
ビアンカは、小さく溜息を付くと素早く刀を仕舞った。
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殆どの敵兵はマルコス達の餌食となった。腕や脚を射ぬかれ戦闘不能になるか、ゼクスによって気絶させらたかのどちらかだった。
「何もしないうちに、敵は全滅か……」
唖然と呟くフォトナーを残し、マルコスとゼクスは馬に飛び乗る。
「フォトナー殿! 後は任せました!」
そう言い残しマルコスは全速で十四郎の元に走り、ゼクスも続いた。
「任せるって……何を?」
フォトナーは唖然と呟くしかなかった。
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十四郎は刀を抜くと、突進して来る騎士に突っ込む。そして、騎士達が剣を振り上げた時には勝敗は決まっていた。
アルベルトの位置からでは、十四郎に群がる騎士達の背中しか見えず、怒号や悲鳴が聞こえて来るだけだった。だが、それも長くは続かいない。動いている様に見えた騎士達の動きが止まると、次々に倒れて行った。
そして、気付くと立っているのは十四郎だけだった。
「何も見えませんでした……確かに大勢で切り掛かったのに、立ってるのはあの男だけです」
体を震わせ、側近の騎士は茫然と呟く。言われなくても、アルベルトも同じだった。訳が分からずただ、体中から汗が噴き出すだけだった。
そして、十四郎は刀を右手に持ち下に向けたまま、ゆっくりと近づいて来る。悲鳴にも似た叫びで側近の騎士は部下に号令を掛けた。
「行けっ! 一人だ! 一人の敵に怯むなっ!」
確かに一人だが、十四郎の放つ殺気は尋常ではない。尻込みするだけで、誰も行こうとはしなかった。
「行けっ! 行かなければ斬るっ!」
剣を振りかざした側近の騎士の剣幕に、数人が叫びながら突進した。十四郎はそっと身を低くすると、一気にダッシュ! 突進して来る騎士達と高速で擦れ違った。そのまま刀を仕舞うと、通り過ぎて行った騎士達が次々と倒れた。
今度は間近で見たが、やはりアルベルトには騎士達が倒れた訳が分からなかった。しかも月明りの下で見えた十四郎の表情はとても穏やかで、それは逆に驚愕さえ超え、恐怖と言う闇でアルベルト包み込んだ。
そこに、ビアンカの元から逃げ出して来た騎士達が、恐怖の形相で合流した。
「お前達! 踊り子はどうしたっ!」
血相を変える側近の騎士の叫びに、逃げて来た騎士の一人が叫んだ。
「あの女は人ではありません! 魔法使いです!」
その言葉は、アルベルトに最大の衝撃となって伝わった。
「魔法使い、なら……ここにも、いる」
震える声で言葉を絞り出したアルベルトの喉は、カラカラに乾いていた。
「十四郎はどこだ?」
丁度その時、マルコス達がリルの所に到着した。リルは先行する十四郎を途中で追うのを止めた。これ以上一緒にいれば、十四郎の足手まといになると判断したからだった。
「あそこ……」
そこには、満月の淡い光に照れされた十四郎の背中があった。その前方には、驚愕の表情で固まるアルベルト達が、奇妙なコントラストで月明りに霞んでいた。