二頭の神馬
「敵は三方から来ています」
索敵から戻ったココが報告すると、真っ先に十四郎が聞いた。
「主力はどの方向ですか?」
「北側です」
十四郎は聞くと同時にアルフィンに跨り跳び出して行った。呆れ顔のマルコスは、残り二方向の人選を告げた。
「西側はビアンカ様、ツヴァイとノインツェーンをお連れ下さい。南側はゼクス、フォトナー殿と一緒に。ココはビアンカ様、リルは十四郎を追え、私はフォトナー殿の援護に回る」
マルコスの指示て、戦いは幕を開けた。
「全く、段取りが滅茶苦茶だな……」
呆れた様に呟くマルコスは、走り去る十四郎の背中に苦笑いした。だが、味方に被害を出さない為には待ち伏せより、もう一歩先に出る方が被害の確率は減る。心の中で賛同したマルコスは弓を持つ手に力を込めた。
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リルが全速で馬を飛ばしても、アルフィンに追い付けるはずもない。あっと言う間に見えなくなると、リルは唇を咬んだ。
アルベルトは混乱していた。回り込んで森に入ると様々な罠が仕掛けられ、味方の兵が餌食になっていた。だが、その罠が命を奪うモノではなくて殆どが木に宙吊りになったり、腕や脚を負傷するという類だった。
「前方、一騎が突っ込んで来ます!」
配下の兵の報告に、アルベルトは首を傾げた。
「一騎だけだと? どんな奴だ?」
「暗くて確認出来ませんが、物凄い速さです! あんな速さで走れる馬など見た事がありません!」
報告の叫びがした瞬間、先頭を行く騎馬から騎士が地面に落ちた。まさに白い疾風! 擦れ違うだけで次々に騎士達は地面に叩き付けれれた。
相手を見くびっていたアルベルトは重騎兵ではなく、軽装備の騎兵を揃えていた事も仇となり、次々に倒されて行った。
「何がどうなった!」
目の前の光景が幻か夢の様に霞む。相手は槍さえ持たず、月明りを反射するのはどう見ても剣だった。
「アルフィン殿! 傍を駆け抜けて下さい!」
「十四郎! 振り落とされないでね!」
十四郎の声に、アルフィンは嬉しそうに叫んだ。十四郎の刀の威力とアルフィンの速度が重なり、その破壊力は倍増していた。
「矢で追い落とせ!」
アルベルトは叫ぶが、有り得ない速度で縦横無尽に走るアルフィンに、弓の狙いは定まらない。あまりの速さに目で追う事も出来ず、まるで宙を駆ける様なアルフィンの走りは、戦いの最中でも見る者全てを魅了した。
「まるで……天馬だ」
呟くアルベルトの目には、確かにアルフィンの背中に美しい羽根が見えた。
「馬を狙え! 的が大きい!」
直ぐに配下の騎士が叫ぶが、アルフィンに当たりそうな矢は身を乗り出し離れ業的な動きの十四郎が、全ての矢を叩き落とした。
「何だこいつは……」
現実に戻ったアルベルトが茫然とした時には、先行する十騎程の騎馬隊は全滅していた。
十四郎は正面に止まると、ゆっくりとアルフィンを降りた。そこにリルが到着し、飛び降りると十四郎の斜め横で素早く弓を構える。
「敵は二人だ! 一気に潰せ!」
アルベルトの号令で徒歩の騎士、約十数名が突撃する。リルは的確な狙いで、弓兵へ向かって矢を射った……十四郎に言われなくても、腕や脚を狙って。
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マルコスは木の上から先頭を走る騎馬に弓の狙いを付ける。そして、少し笑うと狙いを頭から腕に変えた。
「マルコス殿!」
見上げたゼクスは叫ぶが、マルコスは振り向きもしないで敵兵の腕を射抜いた。見届けたゼクスは口元だけで笑うと、敵兵に斬り込んだ。
「何だ、どういう事だ?」
フォトナーはゼクスの戦いに唖然とする。相手の剣は受けるが、倒すのは蹴りやパンチで剣で斬ろうとはしないのだった。
「フォトナー殿! 真似はしないで下さいよ!」
マルコスは叫びながら次々に矢を放つ。当然、狙いは腕や脚で致命傷は与えないが、その破壊力は凄まじく、腕などに命中した矢は貫通するものもあった。その圧倒的な戦闘力の前では、フォトナー達の出番など無いに等しかった。
「噂には聞いていましたが、あれが伝説の弓手マルコス……弓の魔人」
フォトナーの部下は唖然と呟くが、フォトナー自身も戦いを忘れ茫然と立ち竦んだ。
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「ビアンカ殿! 前に出過ぎです!」
ツヴァイの静止も聞かず、ビアンカはシルフィーと共に前に出る。如何に軽騎兵だと言っても相手は槍を振りかざし、凄い勢いで向かって来る。
直前まで抜刀もしないビアンカにツヴァイの背中は悪寒に包まれるが、次の瞬間! 相手の軽騎兵の槍が真っ二つに斬れ、ほぼ同時にシルフィーは超高速ターン! 並び掛けるとビアンカが相手の後頭部に回し蹴りを喰らわせた。
乗ってる馬を飛び越える程の威力! 相手の騎士はそのまま悶絶した。シルフィーは直ぐにまた超高速でターンすると、次の獲物に向かう。
「ビアンカ様の手綱捌きも凄いが、噂通り素晴らしい馬だ」
感心するツヴァイは、飛ぶ様に走るシルフィーの姿に感心した。
「ビアンカ様の愛馬、神速のシルフィー! 天馬アルフィンと双璧をなす最強の馬よ!」
自分の事の様に嬉しそうにノインツェーンが叫んだ。
「シルフィー! 前を行く二騎に追い付ける?!」
「当然!」
回り込んだ二騎とは距離が開いていたが、シルフィーやや体制を低くすると猛然とダッシュした。地面を蹴ると言うより、宙を蹴ると言う例えが当てはまる強烈な加速は、あっと言う間に二騎に追い付いた。
物凄い気配に一人目が振り向いたと同時にビアンカの超絶抜刀、鯉口を捻りながらの峰打ちは一人目の鎖骨を砕く! まさに阿吽の呼吸! 瞬時にシルフィーが二人目の前に回り込むと返す刀で横薙ぎ! 今度は肋骨を粉砕した。
落馬した騎士は完全に気を失い、主人を無くした馬が迷走する。ビアンカは、直ぐに馬達に声を掛けた。
「ごめんなさい! 後で助けに行ってね!」
驚いた馬はビアンカを唖然と見るが、その優しい眼差しに怯えながらも頷いた。
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ランスローは洞窟の入り口で苛立ちながら、熊の様にうろついてた。ビアンカの事が心配で、遠くに聞こえる戦いの”音”に拳を握り締めていた。
「ランスロー殿、お行きなさい」
穏やかな表情のバンスが、槍を持って出て来た。
「しかし……」
行けと言われても簡単に返事など出来ず、ランンスローは言葉を濁す。
「よいから、行け」
今度はラナも出て来て、ランスローの背中を押した。リズも気になり、ラナの後を追って出て来たが、ラナやバンスの言う事が理解出来なかった。
そんなに自分を信頼してくれているのかとも思ったが、槍を持つバンスの様子は明らかに普段とは違っていた。
伸ばした背筋と、腕まくりによって見える腕の発達した筋肉。顔立ちも精悍に見え、とても初老の付き人とは思えなかった。ラナは首を捻るリズを見て、嬉しそうに笑った。
「こう見えてもバンスは、元十字騎士団随一の槍の使い手。老いたとは言え、まだまだそこらの雑兵には引けは取らない」
「バンス殿が?」
リズは驚き目を丸くするが、ランスローは更に驚いた。
「まさか、あの魔王の槍がバンス殿?」
「昔の話です……」
照れ臭そうにバンスは言うが、ランスローは深々と頭を下げると馬に飛び乗った。
「バンス殿! 後は、お願い致します!」