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異世界維新 大魔法使いと呼ばれたサムライ   作者: 真壁真菜
第三章 確立
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オレンジ色の炎

 数日後、船は最初の予定通りイタストロアの港アルマフィに到着した。何処までも澄み渡るエメラルド海と、胸の奥まで浄化する目に優しい青い空。


 海岸周囲の斜面には、パステルカラーの小さな家々が整然と並んでいた。


「綺麗……」


 目をハートにしたリズが、ビアンカの耳元で囁く。モネコストロの海岸も白い家が立ち並び美しい絵画の様だが、アルマフィは別格だった。


「あの家……可愛い」


 ビアンカは絶壁に建つ青い小さな家を見て、夢見る様に呟いた。


「素敵、十四郎様との新居は決まりだね」


「なっ、何言ってんの?」


 お約束のリズの突っ込みに、ビアンカは声を裏返した。十四郎を含めた男達は下船準備に追われ、景色を楽しむ余裕なんてなかった。


 そして、クックルは乗員に的確に指示を出し、十四郎達の下船をサポートした。全てが終わると、クックルはマルコスと十四郎に交互に握手を求めた。


「手筈通りに……」


 マルコスは握手の際に、クックルの耳元で囁きクックルは力強く頷いた。


「旅のご無事を祈ります」


「ありがとうございます。お世話になりました」


 クックルから差し出された手を、十四郎も握り締めた。それ以上クックルは何も言わなかったが、想いは確かに十四郎に伝わった。


 下船すると、アルフィンは船酔いの苦しさも忘れ大はしゃぎで十四郎の苦笑いを誘い、シルフィーも胸の高鳴りを抑えられなかった。


 多くの者は馬車に分乗し、十四郎とビアンカ、ココを含めた数人が馬で移動し、ツヴァイやゼクス達は馬車の手綱と取っていた。


「緊張する……」


 聞こえない様に呟くリズの乗った馬車には、ラナとバンスが乗り、リルとノインツェーンも護衛という形で乗り合わせたいた。当然、手綱はランンスローが取り、集団の真ん中辺りで進んでいた。


「ココ、先導しろ」


 先頭の馬車の手綱を握るマルコスは、ココに先導を命じる。今日の目的地は、隣街のサンルノだった。イタストロア東部、最大の街で最初の宿泊地であると同時に最初の公演場所だった。


 リズは隣り合わせで座るリルとノインツェーンが喧嘩を始めないか、心配でたまらなかったが、直ぐに危惧だと分かった。二人とも言葉を交わす訳ではないが、大人しく座っていて喧嘩の兆候さえ見せなかった。


 それ以前に驚いたのはラナの様子で、船内で見せた態度は消え去り普通の女の子の様に見えた。そして、更にラナはリズを驚かせる。


「私は何も出来ない……どうすればいい?」


 リズを見詰めながらの言葉は確かにラナの声だが、トーンや感じは全く違って感じた。


「ご心配なく。何もして頂かなくて、大丈夫です」


 リズは、そう言うしかない。出来るだけの笑顔で言った。


「私は……」


 急に声を落とし、俯くラナを優しい笑顔のバンスが見守っていた。


「踊りは出来るのか?」


 急にリルが口を開いた。その言葉遣いにリズはドキッとするが、ラナは意に介した様子も無く普通に答えた。


「舞踏会でワルツなら踊った」


「明日、サンルノで公演する。見て覚えろ」


「分かった、そうする」


 表情を変えないリルと、少し笑顔になったラナの顔を交互に見たリズは不思議な気分になった。今、目の前にいる皇女殿下が、凄く近くに感じた。


_______________________



 夜にはサンルノに到着した。街外れの広場で直ぐにツヴァイ達が野営用のテントを立て、リルやノインツェーンが夕食の準備に取り掛かる。昼間は途中休憩があったものの、簡単な昼食しかとらなかったので皆、空腹だった。


 ビアンカも夕食作りに加わりたいが、なんせやった事はなく茫然と立ち尽くす。リズだって、同じで並んでリル達が忙しく働くの見ているしかなった。


 だが、ラナはリルに教えられ、慣れない手つきで野菜の皮を剥いたり切ったりしていた。ビアンカは少し笑顔になると、その輪に入っていった。リズも慌てて付いて行く。


「私にも手伝わせて」


 ビアンカがリルにそう言うと、直ぐに仕事を言い付けられた。


「スープを作る、その大鍋にお湯を沸かしてくれ」


「分かった」


 ビアンカは水汲みに向かい、リズも面倒そうに付いて行く。十四郎はアルフィンやシルフィー、それに他の馬に水や食事を与えていた。


 飼い葉を食べながら、アルフィンが不満そうに呟く。


「何で、もっと速く行かないの? ゆっくりだと逆に疲れるよ」


「敵に怪しまれ無い様に、ゆっくりなのよ」


 宥める様に、シルフィーが言い聞かすとアルフィンは、ふぅ~んと鼻を鳴らした。笑顔の十四郎はそんな様子を見守っていた。


 忙しく働くランスローに、ツヴァイが声を掛けた。


「ランンスロー殿、手際が良いですね」


「私の家は貴族じゃない、貧しい商人だったからな。働くのは慣れている」


 必死に野菜を刻むラナを見ながら、ランスローは手を止めずに言った。子供の頃から体の大きかったランンスローは街の武闘大会で優勝し、王宮での全国大会に出場した。なんとか勝ち進んだが、決勝では貴族の息子に身なりを多くの人の前でバカにされた。


 確かに貴族の息子の立派な甲冑に比べれば貧相だったが、両親が必死で揃えてくれた甲冑や剣だった。怒りに任せ殴り掛かろうとしたランスローを止めたのは、まだ幼いラナだった。


『甲冑で強さが決まるなら、武闘大会など意味はない……見せてやるがよい、本物の強さを』


 バカにした貴族の息子を、試合で徹底的に打ちのめしたランスローに、ラナは笑顔で言った。


『良い甲冑ではないか……』


 それ以来、ランスローはラナを主君と決めたのだった。


_________________________



 中央の焚火を囲み、全員でパンとスープの夕食を取った。穏やかなオレンジ色の炎は、それぞれの思いを暖めた。


 初めて自分で作った食事、手渡した時のバンスの笑顔にラナの胸は暖かくなった。そして、何より十四郎が美味しそうに食べている姿は、ラナの不安定なココロを優しく癒した。


 ラナを見守りながら多くの日々を過ごしてきたランスローにとっても、ラナの意外な一面は驚きではなく、嬉しさに繋がっていた。その要因が例え認め難い事であっても、今は素直に喜びたいと揺れるオレンジ色の炎に思った。


 大勢で食べる食事は経験があったが、気持ちの余裕が違った。食事は補給と同義だった過去とは違い、ゼクスやノインツェーンの笑顔はツヴァイの気持ちまで優しくした。


 フォトナーにとっても覚悟を決めた旅だったが、一時の癒しの時間は張りつめた緊張を優しく解き解し、ココロを軽くした。


 ダニー達は居心地の良さを不思議に感じていた。本来なら反王政の自分達が一緒にいること事態が違和感になるはずなのに、一丸となり国の為に働こうとしている……笑顔で語り合う半王政の仲間とモネコストロ騎士の光景が、ダニーを更に言葉に出来ない感覚で包んだ。


 何時も、二人だけの寂しい食事だった。大勢の愉快な声や楽しそうな表情はココにとって、未知のスパイスだった。たかがスープとパンなのに味が違った、どんなご馳走と比べても掛け替えのない味に思えた。


 隣で笑うノインツェーンの横顔は、リルにとって言葉に出来ない感覚だった。今までは知らなった”友達”と言う観念は、とても新鮮で、壊れてしまったリルのココロや精神を穏やかに癒していた。そして、恒例の言い争いも今ではリルにとって大切なモノに変化していた。


 十四郎の隣で頬を染めるビアンカを視線の端で見ながら、リズのココロはオレンジ色に揺れていた。喜びと嫉妬? に近い何かが胸の奥で葛藤を繰り返していた。


 外での食事は初めてではないが、ビアンカの胸はドキドキが止まらなかった。待ち受ける困難さえ、暖かな思考に割り込めず今の時間に集中したいと思った。オレンジ色に染まる十四郎の穏やかな表情がビアンカの全てを救い、愛おしい時間の流れに身を任せた。


 十四郎も穏やかな時間で緊張を解いてはいたが、反対側に座るマルコスの表情が少し気になった。オレンジと黒が織り交ざり、表情は微風で揺れてはいたが、時折見せる目の輝きに背負う使命の大きさを再認識させた。


 ふと見上げた空には満天の星。十四郎は他の人々に順番に視線を移しながら、誰一人欠ける事なくモネコストロに連れて帰りたいと思った。



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