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異世界維新 大魔法使いと呼ばれたサムライ   作者: 真壁真菜
第一章 黎明
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居場所無きにて候

 始まりは澄み渡る青い空だった。


「うっ、ううん……」


 柏木十四郎は身体の痛みで目が覚めた。状況なんて分かるはずも無く、霞む思考の動き出すのを待つしか出来なかった。視界に投影される見覚えのない景色が、思考の起動を妨げる。


 見覚えのない川辺、美しい夕日、確かに存在する雪を戴いた山々、少し冷たい風は少しづつ意識を揺り動かした。


「どこだ?……橋も無くなってる」


 呟くと、自分の声が違う人の声に聞こえた。動き出した思考が状況を識別するが、最大の違いは今までは何も無かった場所に、見た事も無い山が迫る様に点在していた事だった。


 その山々は頂に雪を抱き、消し去りたいの記憶を刺激する。それはあの、忌まわしき記憶……会津磐梯山。


 十四郎は身体の震えを押さえる為に深呼吸する。冷たくて新鮮な空気で胸の中を洗うと一瞬落ち着くが、雪山の景色は脳裏に焼き付いた記憶をフラッシュバックさせた。


 それは維新での戦い、向かって来る多くの人々を斬り倒した。返り血で視界は真っ赤に染まり、耳に残るのは悲鳴と銃声。そして、鼻腔には血と硝煙が生々しく蘇った。


 飛び起きると両手を凝視する、その手は血に染まり十四郎は叫び声を上げた。血は逆流し、動悸は限界を超えそうだった。


 だが、そよ風が頬を流れ気付くと両手の血は消えていた。大きく溜息を付いて身体の中の濁った空気を入れ替える。そして、またゆっくりと大地に寝転んだ。


 そして、寝転んだまま青い空に流れる白い雲をボンやり見ていた。胸の動悸が治まった訳ではないが、空はどこまでも青く高かった……。


「確か……土手を歩いて……橋を通って……それから……」


 ゆっくりと記憶を辿る、ぼやけた記憶はどんどん霞むが考え続ける。忘れたい過去を、記憶から消し去る為の様に。


「何してるの?」


 声に脳が反応する、その声は日溜まりのそよ風みたいに耳に心地よい。子供かと起き上がり、周囲を探すと、子猫を抱いた十歳位の少女が笑顔で十四郎を見ていた。


 その少女はフリルの付いたドレスの様なスカートに、柔らかなウェーブの金色の髪。そして、空の青さとコントラストを成す濃い蒼の瞳が視野に優しく触れた。


 異国人? 人形? 天女? 頭の中を様々な固有名詞が駆け巡る。港の洋館で見た西洋人形が頭の中で鮮やかに蘇った。


「それが、分からないんです……」


「ふぅーん。髪形、可愛いわね」


 少女は十四郎の髪形を見て微笑んだ。長い黒髪は後ろで束ねられており、ポニーテール風だったから。そして、十四郎の外見は目鼻立ちこそはっきりしているが、その優しい雰囲気は初めて会う者の警戒を解かせる。


「そうですかぁ――」


 褒められたのは初めてだったので、十四郎はニガ笑いした。そして、何時の間にか叫んだ過去は脳裏から消えて、胸の高鳴りは治まっていた。


「スカートも可愛いけど、色がちょっとね」


「すかーと? 袴のことですか?」


 少女は珍しそうに袴を見詰め、目を輝かせた。


「ねぇ、腰に剣を差してるってことは……騎士なの?」


「キシ?」


 少女の言葉に思考が固まる。武士の間違いじゃないのかとも思うが、少女の笑顔にそんなことはどうでもいいと、十四郎もつられて笑顔になった。


「外国人みたいだけど、フランクル語上手ね」


 少女の言葉は衝撃だった……自分の方こそ、少女の日本語が上手いと思っていたから。十四郎の頭の中は、また混乱の霧が掛る。


「私、マーガレット・アン・フォーリング」


 お日様みたいな笑顔は、まだ霧の掛った思考を大空に解き放った。


「私は柏木十四郎です」


「カシワギジュシロウ?」


「十四郎と呼んで下さい」


「十四郎? 変わった名前ね。私のことはメグって呼んで。この子はアミラって言うんだよ」


『お前、変わった服だな。何処から来た?』


 突然のボーイソプラノ。十四郎は周囲を見回すが、周囲にはメグ以外は居ない。


「空耳……か」


 呟いた自分の声が、違和感を伴い耳の奥に木霊した。


『聞いてるのか? どこから来たんだよ?』


 また聞こえた。空耳じゃない、確かに余韻が残っていた。そのエコーの掛かった様な声は、メグに抱かれた銀色の猫からだった。


「お主、喋れるのか?」


『何だよ』


 驚いた十四郎は、猫に詰め寄った。


「凄い十四郎! アミラの言葉が分かるの? もしかして魔法使いなの?」


 目をハート型にした、メグが嬉しそうに飛び跳ねた。


「魔法使い? 妖術師みたいなものか……メグ殿、あなたにも猫の言葉が分かるのですか?」


「分かる訳ないじゃない、メグは普通の人だよ」


 首を傾げる仕草は人形みたいに可愛くて、十四郎は思わず微笑んだ。


『さっさと答えろよ』


 呆れた様なアミラに、渋々と十四郎が答えた。


「生まれは武蔵ですが、今は江戸、いえ東京に住んでいます」


『聞いた事無いな』


 多分、そう言うだろうと十四郎は思ってたので反対に聞く。


「ここはどこなんです?」


『ここはモネコストロ王国の首都、モンテルカルロス。首都と言っても、ただの田舎町だがな』


 言われても分かるはずも無く、十四郎は小さく溜息を付いた。


「十四郎、ウチにおいでよ」


「えっ……それは、その……」


 状況の把握が出来てない十四郎は、混乱という文字が頭の中で盆踊りを踊っていた。


「行くとこないんでしょ?」


 即答しない十四郎に、メグはまたお日様みたいに笑った。二度目の言葉は十四郎の胸に突き刺さる……”行く所がない”……そうだ、そして居場所も無い。維新を信じ、自分の信じた道を進んで来た。


 しかし、維新が成就した後の世界には、十四郎の行く場所も帰る場所も無かったから。


「無いですけど……見ず知らずの私が、お邪魔してもよろしいんですか?」


「おじゃま? よく分かんないけど、いいよ!」


『そうした方がいい、親切には素直に従うもんだ』


 年寄りみたいな言い方のアミラが、流し目をする。


「そうですね。それでは、お言葉に甘えまして」


 何故か力の抜けた十四郎は小さく頷いた。アミラがヒゲをピンピンさせてニヤリ? と満足そうに笑った。


「よかった」


 十四郎太の手を、小さなメグの手が掴む。暖かくて柔らかい、優しい感覚は忘れかけていた何かを十四郎の中に思い出させてくれた。行く場所が無いと言う事は、何処にでも行ける……何故か、そんなふうに思えた十四郎だった。


_______________________



 街は海沿いに沿って連なり、その情景はを不思議の世界に誘う。平地の少ない土地は山の斜面に白い家々が並び、断崖の上にも、教会や立派な建物が佇んでいた。


 中性ヨーロッパを思わせる街並み、服装や人種もどう見ても西洋人なのに、十四郎は普通に全ての会話を理解することが出来た。

 

 何故なんだと疑問が思考から溢れる前に、人々の十四郎を見る視線に二重の戸惑いが覆い被さる。どう見ても人種の違う外見と服装なのに、まるで違和感なく許容していることが、逆に整理しようとする頭を余計に混乱させた。


 街の中心に入ると人混みがあり、明らかに何か揉め事があるみたいだった。数人の兵士が老人を前に大声で怒鳴っている。


「どうしたの?」


「またお城の兵隊よ、ポルコさんの馬を献上しろって騒いでるの」


 メグの問い掛けに、年配の婦人が怪訝な顔で呟いた。


『やめて下さい! ご主人は悪くありません』


 十四郎には主人の前に出て、必死で庇う馬の声が聞こえた。さっきのアミラで少しは慣れたつもりだったが、まだ少し違和感が漂う。しかし、以前から動物にも喜怒哀楽はあると思う事は何度もあった。


 そして、動物好きの祖母の言葉を思い出した……”話さないだけで、動物はちゃんと分かっています。十四郎、人も動物ですよ”……。


「この馬を取られたら、生活出来ません。どうかお許しを……」


 跪いた老人に兵士は更に声を上げる。


「マルワリ種は軍馬として献上が決まっておる、直ちに差し出せ」


「嫌だよぉ! ご主人から離れたくないよぉ」


 泣き叫ぶ馬の手綱を取り、一人の兵士が強引に引いた。初めは少し頭の中で響く様に違和感があったが、今は馬の言葉が普通に聞こえた。


「ご主人が好きですか?」


「うん、大好きさ」


 十四郎は馬に近付き、笑顔で聞いた。見ていたメグの背筋が凍る、兵士たちは怒りの表情で十四郎を取り囲んだ。


「何だぁお前はっ!」


「この御仁も馬を取られては生活できぬと言われてますし、第一馬も嫌がっております」


 平然と十四郎は言った。


「馬の言葉が分かると言うか?!」


 興奮気味の兵士の言葉は、何故か十四郎に違和感を抱かせた。怖さはあったが、何かがメグの背中を押す。考える前に身体は動き、咄嗟に思い切り声が出た。


「そうよ! 十四郎は魔法使いなんだから!」


 メグの叫びに兵士達が色めき立つ。


「そんな訳は無い! 第一こいつの変な格好、ただの異国人だ! やれっ!」


 リーダー各のの兵士は十四郎の異様な格好と、華奢で優しい容姿に高圧的に言い放つ。メグの中に後悔と恐怖が瞬時に駆け巡る、心臓の鼓動は氷点下の風に押し流された。


「やれやれ……」


 頭を掻き、ボソボソと呟いた十四郎は袴の股立を取ると兵士達と対峙する。一人目が上段から斬り掛る、頭をずらしヒョイと避ける。二人目は横に剣を振るが、十四郎はポンと後ろに飛び、簡単に避ける。

 

 三人目と四人目は、同時に大上段から剣を振り下ろすが電光石火で前に出る、剣が十四郎を捉える前に二人を付き飛ばした。


 一度下がり、体制を立て直すと兵士達は十四郎を取り囲む。ジリジリと間合いを詰めると、後の兵士が飛び掛かった。


 十四郎は、向かってくる兵士に後ろ向きに下がって間合いを詰め、接近する事で相手の剣筋を遮断、鞘の子尻で兵士の鳩尾を突き失神させる。


 横から同時に来る兵士には前に飛び剣をかわすと、正面の兵士に突進する。素早く鯉口を切り、驚いた兵士が剣を振り下ろすが、瞬時の抜刀! 刀で剣を受け流し素早く返すと峰打ちで倒した。


 目前の兵士が地面に倒れる。メグは人が切り殺される光景に瞳孔が開き、言葉を失った。


 素早く下段に構えた十四郎は超高速ターンで横の兵士に向かう、振り下ろされる剣を下から打ち払い胴を横薙ぎにし、振り向き様にもう一人の兵士を袈裟切りで打ち倒した。


 時間にして数十秒、打ち倒された兵士を唖然と見詰める群衆は一様に目を見開いていた。


 静まり返る人々の中で、リーダー各の兵士だけが怒りに震えていた。


「異国の騎士よ、今度は俺が相手だ」


 (確かに動きは速いが、見たところカットラスの様に湾曲した細い剣。奴の体格では我がファルシオンを受けきれまい)


 リーダー各の兵士は脳裏で分析すると、大剣を最上段から振り下ろす。十四郎は同じ様に上段から剛剣を受ける! 激しい金属音と共にファルシオンが砕け散った。


「何っ!」


 叫んだ瞬間、十四郎の刀が一閃! リーダー各の兵士は動きを止め前向きに倒れた。サッと刀を仕舞い、笑顔の十四郎がメグに近付くがメグは身体と顔を強張らせ少し後ずさりした。


「メグ殿、どうされました?」


「人が……人が……」


 言葉が震える、メグは更に後ずさりする。


「心配ご無用、峰打ちです」


「ミネウチ?」


「左様、御覧なさい」


 メグが倒れた兵士を見ると、全員が蹲って悶絶の呻き声を上げていた。


「峰打ちとは刀の背で打つ事です。確かに痛いですが、命までは取りません」


 十四郎は刀を抜いて見せる。確かに刀は片刃で、背の部分は切れそうになかった。


「十四郎!」


 泣きながらメグは十四郎の胸に飛び込み、優しく頭を撫ぜた十四郎に記憶の欠片が蘇る……それは十四郎を慕っていた下宿先の娘である、恵の姿だった。背格好も年頃もメグと似ていた、お日様みたいな笑顔も記憶と重なった。


「動きが見えなかった……あっという間に兵士達が倒れて……」


「あの強さ、そして動物の言葉が分かると……もしかして……」


「この国にも……この時代にもついに……」


 見ていた人々は口々に驚愕の言葉を呟いた。


「だから言ったでしょ。十四郎は魔法使いだって」


 振り向いた笑顔のメグに周囲の人々は羨望を越え、気韻に近い感覚に包まれた。


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