97匹目 幼兎退行
わたしは机に積みあがる書類が憎い!!
「ごめーーん!待ったーーー?」
「まったく。お前はいつも遅いんだよ!」
自分で場所も時間も指定してくせに重役出勤してきたシルフが、片手でドリンクが入ってるのであろうカップを握りながら反対の手を振りまわしつつ俺達の元へと小走りで駆け寄ってくる。
まさかとは思うけどその飲み物を買っていて遅れたとか言わないよな?
「や、ごめん。なにしろ喉が渇いていてたから」
渇いてたから……なんだ?
そもそもゲーム内で飲み物を飲んでも喉は潤わないだろうに。下手な言い訳すぎるだろう。
というか口の横に何かのタレみたいのが付いているぞ。
汚れのたぐいは自動で消えるのにまだ残っているってことは直前に何かを食っていたっていう証拠だと思うんだが?
「や、ゴメン!なにしろあそこはチキンがウマいから」
ウマいから……なんだ?
当然だがゲーム内で何を食べたところで現実のお腹が膨れるわけが無い。
料理スキルって本当に趣味スキルだよな。まぁ、そんなこといったらFWOっていうゲーム自体が趣味そのものだけどさ。
「きゅいきゅい」
「ん?ボーパル?どうした?」
俺の足元にぴょこぴょこと近づいてきたボーパルがニーソをくいくいと引っ張って俺に何かを訴えている。かわいい。
んー、もふもふのおててをふりふりして何かを伝えようとしているのは分かるんだが、なんだろう?握ればいいのかな?
もふっ「きゅい!」うん。やっぱり違ったらしい。ふりふりしている両のおててをもふっと握った瞬間ぺっと捨てられてしまった。
ノゾミみたいにぷにぷにの肉球あんよも好きだけど、ボーパルの肉球の無いもふもふあんよも気持ちいなぁ。……まぁノゾミはなかなかあんよを触らせてくれないけどさ。寝てるところを襲ったときか、ぺちぺちと俺の頬を叩いてきたときしか触ってない。
まぁ、嫌われているわけじゃないことは分かってるし。そんなところもかわいいんだけどさ。
「きゅい!」
俺がノゾミの肉球に思いをはせていると、ぺっと投げ捨てた俺の右手の人差し指をボーパルが両手で掴んでちっちゃなお口へ……
はぅ!
「ちゅぷ……きゅっぷい……」
ボーパルが!ボーパルが俺の指を咥えてちっちゃな舌でぺろぺろしてくるんだけど!!
え?何この状況!?かわいいんだけど!めっさかわゆいんだけど!!ズッキューンて、ハートに矢が刺さった音まで幻視したぞ……。空中に書いてあった。それも2本分。
そのもう一本の矢が刺さった先であるシルフだが、目がヤバイ。人を2、3人は殺してそうな狂気の目をしている。
アイツのファンが今の顔をみたら百年の恋も冷めるんじゃないかって程ヤバイ。放送コードに引っ掛かるレベルだな。まったくアイツは昔から突然スイッチが入って暴走するんだよな……いったい誰に似たのやら……
さて、自分よりも取り乱しているシルフを見て、俺は冷静に戻ったわけだが、なんでボーパルは急に幼女退行。もとい幼児退行。でもなく幼兎退行してるんだ?
母うさぎが恋しくなったとか?いやボーパルは召喚魔法で召喚したわけだから親はいないよな。
じゃあ……お腹がすいたとか?
んん?。あぁ、なるほど。
「喜べシルフ。お腹がすいて倒れそうなお前のためにボーパルが食料を分けてくれるってさ……花と草とどっちがいい?」
「きゅい!」
「ボーパルのオススメは花だってさ。ボーパルが自分から食べ物をプレゼントするのはシルフだけだぞ?よかったな」
ボーパルが俺の言葉を肯定するように飛び跳ねながらシルフを振り返ると、犯罪者のようなヤバイ顔をしていたシルフが処刑間際の死刑囚のようなヤバイ顔になってジャンピング土下座を決め込んだ。
「この度は私の不注意により約束の時間に遅れてしまいまことに申し訳ありませんでした。今後この様なことが起こらぬ様細心の注意を払って参りますので、それだけは堪忍してつかぁさい!」
「なんで広島弁なんだ?」
謎言語を交えたふざけている様にしか見えない謝罪だが、本気で反省しているのは微妙に震えている背中から感じ取れるしこれぐらいで勘弁してやるか。というかただでさえもシルフの遅刻で時間がおしているんだから早く行って早く帰りたい。具体的にはアイギスのMPが全回復する前に。
まぁ、それはムリだとしても早く終ればそれだけ早くキツネ狩りにもどれるからね。目指せ今日中に妖狐封印率20%!
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「はいというわけで、あたし達は今北エリア第二層洞窟入り口の1つに来ています。教会のシスターさんに頼まれてやってきたこの洞窟ですが。奥に行くほど暗闇が深く、今にも何か出てきそうなこの雰囲気がたまんないですね~。あたしも柄にもなく緊張してきました。お姉ちゃんはどうですか?」
「ん?まぁ俺は2回目だしそれ程……って言っても前回は明りが届く入り口付近までしか行ってないけどな」
「はい。ありがとうございました。ノゾミちゃんはどうですか?」
「……」
「はい。ありがとうございました。ボーパルちゃんは―――」
「―――ところでシルフ」
「……なぁに、お姉ちゃん」
「もしかして突っ込み待ちか?」
「……うん。できればもうちょっと早く突っ込んで欲しかったよ……」
だろうな。最初のセリフ以外辛そうだったし。ではご注文にお答えして。
なんでレポーター風な語り口やねん!無茶振りするにしてもノゾミは選択が悪すぎるだろう!
「出来れば地の文じゃなくて言葉にして突っ込んで欲しかったよ……!」
さて、全ての戦闘を回避して全速力で山越えする間にすっかり回復して、つまらないネタまで考えていたシルフと共に再び洞窟エリアにやってきた。
前回とは違い、俺は夜目を覚えてきたし、ボーパルは空間察知があるから暗闇でも問題ない。ミズキはもともと問題無いし、アイギスは……まぁいいとして。ティーニャは光魔法を覚えたし、ノゾミは基本的に俺の上から動かず歌っているだけだから問題なし。カンテラもあるしな。
んじゃ、行きますか!
「待って待って!まだあたしとパーティ組んでないよ!」
「えー、要る?」
「要るよ!パーティ組んでないと経験値も入らないし、一緒に戦闘したらペナルティもあるんだからね!」
戦闘時のペナルティ?それは知らなかった。まぁそうだよな。自由に戦闘に介入できるならパーティの人数制限の意味が薄れるしな。
「……なんか、お姉ちゃん冷たくない?今日あたしが遅れてきたことまだ怒ってる?本当に次からは気をつけるから。ごめんなさい」
「え?いやいや、冗談だって!もう怒ってないから!ほらほら。パーティ組むぞ!また後でなアイギス!」
「メェエ」
ぱぱっとアイギスを送還してシルフとパーティを組む。ちょっとアイギスの扱いがおざなりだった気もするけど、もともとアイギスには控えていてもらう予定で話をしておいたから大丈夫だろう。
「えーと、いいの?アイギスちゃんってこのパーティー唯一の盾役なんでしょ?抜けちゃって大丈夫?」
「ん?大丈夫だと思うぞ?所詮は第二層に出るレベルの敵だしな。というかアイギスは暗闇での戦闘手段を持ってないから連れて行ってもなぁって所があるし……まぁ、逆に連れて行って夜目のスキルを取らせてもいいんだが、今回はアイギスの代わりにシルフが前衛をしてくれるだろうし今度でいいだろう」
「……いや、”所詮は”って第二層は今の最前線なんだけど……確かにあたしも第二層の敵ならタイマンだったら勝てるけどさ……ホントに大丈夫なのかな?あたし、はやまった?」
「なにぶつぶつ言ってるんだ?早く来ないと置いていくぞ?」
「きゅい!」
「ホー」
「~~!」
「……んにゃ」
「あ、ちょっと待って!本当に待って!はぐれたら合流出来なくなるから~!」
てなわけで珍しくテンション低めのシルフと共に水と石を探すために洞窟探索開始だ!
シルフのテンションに関してはどうせちょっと歩いていれば回復するだろうし問題はないな。
時間も無い事だしサクサク行こうか!
もふもふ!
誤字脱字ありましたら感想のほうへお願いします。
感想で教えてもらって初めて気付きましたが前回が記念すべき100話目だったらしいです!
説明だけで終わっていきましたが・・・
いやー、我ながらよく続いているものです。これも偏に応援してくださる皆様のおかげです!ありがとうございます!
ちなみに100匹目記念SSを100匹目の時に投稿する予定です。まだ全然書けてませんが・・・




