ファミリーのマーケット
暗殺者の襲撃から2時間ほど後。
ユウキ達はファルロファミリーが所有する中で、
最寄の屋敷へ来ていた。
あれから怪我人に回復魔法を施し、その最中に
教会の司祭の連絡で警備隊が駆けつけた。
すぐ敷地内が立入禁止となり、周辺住民への
注意が促される事となった。
ファミリーとしてはこの無様を公にしたくない
思いだったろうが、街を騒がす暗殺者の襲撃が
行われたとあっては隠し通す訳にもいかない。
最初に現れた警備隊から少し遅れてアスターが
現場へとやってきた。
暗殺者が行動するのは日が落ちてから、という
既成概念を覆す1件なだけに彼は酷く驚いた。
アスターは襲撃の場に居合わせた者達に事情を
聞こうと考えたが、被害者側はファミリーであり、
幹部や大ボスまでもが勢揃いしている。
断固拒否されるかと思われたが、警備隊以外の
者が話を聞いて彼に報告するという手順だったら
応じる、という妥協で手を打ってくれた。
暗殺者は共通の脅威ではあるが、ファミリーと
警備隊はそれでも簡単には相容れぬ仲なのだろう。
ここに長居しては教会に迷惑だろうからと
近くにある屋敷を使うという運びになった。
この指示は大ボスのブルーノが出したらしい。
こういった配慮が、地域密着型の組織形態を
感じさせる。
午前中に行ったラルバンの屋敷に比べると少々
小さいが、こうしてその屋敷へと向かう事に
なったのだ。
雨はいつの間にか止んでいた。
ブルーノは聴取を手下に任せ、奥の部屋で1度
休む事になった。
彼はまだまだかくしゃくとしているが、心臓に
持病もあり、大事を取るとの事だ。
リビングで、ユウキ達は、ラルバンを含む幹部
数人とテーブルを挟んだ。
ファミリー側の後ろには部下達が立っている。
ちなみにだが、ファントは警備隊員に家まで
送っていってもらったようだ。
「俺達だって、警戒してなかった訳じゃねえ」
30代前半、坊主頭と目元に残る傷が印象的な
幹部ピリオが言った。
ユウキ達は気付かなかったが、敷地の八方には
ボディガードが配置され、葬儀の間に怪しい奴が
現れないか見張っていたという。
「おまえら、誰も気付かなかったのか!?」
「あ、怪しい奴は誰も。教会の前に花売りが何人か
通り掛かったくらいで」
部下を代表した男は、緊張した面持ちで答えた。
花売りとは、冠婚葬祭の場で胸元に付けるための
小さな花飾りを手作りし、現地で売る者達の事だ。
これを家計の足しにする者は多く、花の入った
カゴを持ち、売り歩く姿はどの街でも見かける。
「ガルザの葬儀が行われるのは誰だって知ってる。
前々から潜んでいたのかもな」
シャープな顔立ちの幹部ソルカが言った。
「どこにいたか何て、んな事はどうでもいいんだ。
あいつは俺達とブルーノさんを狙っていた」
ラルバンが言うと、ピリオが、
「俺はそれがさっぱり分からねえ。ガルザといい、
幹部や大ボスを殺して何の得があるってんだ?」
ユウキはタイミングを計り、
「ラルバンさん、例の事はもう皆さんには?」
「ああ、伝えてある」
ファミリーの関与しない薬がこの辺りから流れて
いたという話だ。
もしかしたら、と幹部の中でもリーダー格である
ギルモアが額にシワを寄せた。
50代、眼光と口髭が凄味を感じさせる男だ。
「我々が築き上げてきたマーケットを横取りする
つもりか」
メディ・ミラの街にはファルロファミリーが長年
かけて作ってきた、違法薬物や輸出量規定のある
素材横流しといった非合法売買ルートが存在する。
売り手と買い手が集まる地盤があるのだ。
「俺達を皆殺しにして、それを奪おうって算段が
あるって言うんですか? そんなバカな話が」
幹部の1人、面長で細身のノーラスが作り笑いで
余裕を演じるが、ギルモアは表情を変えない。
「今は我々が仕切っているが、幹部や大ボスに揃って
何かあればファミリーは揺らぐ。そうなったら市場も
揺らぎ、よそに入り込まれる隙が出来る」
「シェアの奪い合いになって、老舗であるあんたら
ファミリーが負ける可能性も出てくるって事か」
カーライルが言った。
今は遠慮しているのか薬草の煙草は吸っていない。
その通りだ、とギルモアがカーライルを見た。
彼は中折れ帽とスーツ姿のため、ファミリー側の
席にいた方が違和感がないくらいだ。
「我々ファミリーが弱体化すれば、今まで作り上げた
売買ルートに割り込んでくる者が出てくるだろう。
そうなれば買い手を掠め取られる」
力が物を言い、なめられたらお終いの世界だ。
1度そうなってしまえば、いくら歴史があろうとも
這い上がれない所まで追い落とされてしまうだろう。
ピリオが何とか否定しようと、
「暗殺者を使う邪教団は、得体の知れない集団だ。
そんな薄気味悪い奴等に俺達がやるような仕事が、
ビジネスとしての大きな取引なんて出来るのか?」
だがそれを受けてカーライルは、
「邪教団は世界中にやばい麻薬を広めてる。買う奴が
いるんだから当然売ってる奴もいるってわけだ。なら
あんたらの同業者、中でも結構有力な所と、既に手を
組んでるって可能性も考えられるよな」
暗殺者を使って組織を切り崩し、弱った所に自分達が
手を結んだ別の組織を押し込んで制圧する。
シンプルだが、それだけに事が綺麗に運べばかなりの
威力を発揮する。利益も大きい。
「暗殺者、殺るしかねえな」
ラルバンが静かに言った。
だがその目からは、こらえた憤然が垣間見える。
「こっちは売人2人とガルザをやられた。生かして
この街を出すわけにはいかねえ」
「ファルロファミリーに手を出したらどうなるか、
分からせてやる」
ラルバンとピリオはいきり立つが、ソルカは、
「それは分かるが、暗殺者は恐ろしいやつだ。あれ
だけいた護衛を物ともせず」
冷静な判断に、リュウドも同意した。
「腕っ節に自信があるくらいでは、返り討ちになる
のは目に見えている。立ち向かえる力が無くては」
「俺で良ければ手を貸すぜ」
中折れ帽をグッと上げ、カーライルが幹部達に
視線を送り、それから仲間に目配せした。
「この人達に協力するつもりなの?」
「ああ。そっちは議会議員と学校関係から追って、
俺はファミリーから暗殺者を追う。どっちも標的に
されてるなら、両方に戦力があった方がいいだろ」
どちらにも襲撃を仕掛けられる可能性がある。
ならユウキ達が固まって行動するより、分散して
待ち構える事で暗殺阻止の確率は上がるはずだ。
「手を貸してもらえるなら、是非働いてもらいたい」
ギルモアは墓地でのカーライルの戦いぶりを見て、
即断した。
身内の仇は身内で仕留めたいだろうが、そんな意地を
張れないほどの力の差を、暗殺者に見せ付けられたのだ。
「俺、結構ギャング映画とか好きなんだよな」
それが真意なのかどうかは不明だが、ユウキに別行動の
許可を貰うかのようにそう言うと、カーライルは煙草を
吸い始めた。
あっちも薬、こっちも薬か。
この符合は何を意味するのだろうか。
また学校へ行って、何か進展があればいいのだが。
そんな事を考えながらユウキは、カーライルを置いて、
リュウド、アキノと屋敷を辞した。