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冒険者達の集い  作者: イトー
薬学と錬金術の都市メディ・ミラ
97/173

教会

 

「教会に、立ち寄るんですか?」

「ちょうど葬儀をやってると思うんですよ。

昨日殺されたファミリーの幹部の」

 目的地へ続く道を歩きながらユウキは答えた。

 教会は住宅街の中ほどにある。


「お知り合いなんですか、その殺された人の」

「いや違いますけど。ちょっと行ってみようと」

「……はあ」

 ユウキの考えを察したのか、仲間は誰も彼の

行動に異を唱えない。


 ファルロファミリーの葬儀に顔を出す義理など

ユウキ達にはない。

 だがユウキはある可能性、もしくは虫の知らせを

感じて葬儀の場に向かおうと考えたのだ。


「ああいう人達、苦手なんですよねえ。なんか

目が合っただけで因縁でも付けられそうで」

 相手は非合法組織だ、ファントが渋るのは分かる。


 特に気弱そうな彼は、ファミリーのメンバーに

オイコラと絡まれただけで、自分に非が無くとも

(へりくだ)って謝ってしまいそうなイメージがあり、確実に

相性が悪そうだ。


「最近クレアさんに絡んでいたようだし、ああいう

連中は暗殺者に狙われても僕は同情できないなあ」

 住民の中には信頼している者も多いようだが、彼は

私情も混ざって、相当嫌悪しているのだろう。



 ファントが控え目にぶつぶつ(こぼ)すのを聞きながら、

ユウキ達は教会の裏手へ辿り着いた。

 教会の敷地は広く、裏手にある墓地を含め、周りを

高さ1.5メートル程の鉄柵で区切られている。


 鉄の柵と言っても、体を横にすれば通れるくらいの

簡素なもので、敷地と隣の土地を分ける為のものだ。

 そもそも、理由も無く教会に裏側から侵入しようとする

ような不届き者はそういないだろう。


 その柵を挟んだ墓地の中では現在、ガルザの葬儀が

執り行われていた。

 100メートル弱ほど離れているので人数までは

分からないが、スーツを着た黒服がかたまっている。


 ラルバンも参加しており、ファミリーをまとめている

他の幹部達も十数人以上いた。

 皆、緩みのない面構えをしている。


 その中にいて周囲にまるで引けを取っていない、いや

誰よりも貫禄のある白髪の老人がいた。

 大柄ではないが、幹部達や巨躯のボディガードよりも

大きく見えるその男。

 ファルロファミリーの大ボス、ブルーノ・ファルロ。


 60代半ばで、現在は息子が後継ぎになっているが、

今でもその威光は失われていない。

 一幹部のために彼がわざわざ顔を出して死を悼む──

それが単なる犯罪組織と、ファミリーという結束した

集団の差を如実に表していた。



 司祭が祈りの言葉を終え、棺が墓穴へと納められる。

 周りの者達が各々悼む気持ちを述べ、シャベルで

土がかけられていく。


 音もなく、小雨が降ってきた。

 部下達が幹部に傘を差す。

 静かに葬儀の時間が流れていく。


 その様子をユウキ達は柵の外から眺めていた。

「あのぉ、葬儀も終わりそうですし、雨も降ってきた

のでもう行きませんか。ああ、こっちにも僕行き着け

のレストランがあるんですよ。そこにでも」


 ユウキの不安は杞憂だったのだろう。

 ファントに促されて踵を返そうとした時、ふと上に

目線を向けた。

 何の事はない、雨足を確認するためにだ。



(───あれは、布か?)

 遠目に見た、教会の塔の上。

 地上30メートルは下らない、先ほど鳴っていた

大鐘の横で布が揺れている。


 風でどこからか飛ばされてきた布が引っ掛かって、

ぱたぱたとはためいているのだろう。

 最初はそう見えた。


(───違う、あれは服だ。人が立っている)

 それが人なのだと認識すると、ユウキにはその

シルエットがはっきりと見えた。


 風に揺れるクローク、そして頭部にはマスクが。



「暗殺者だ!」

 ユウキが叫んだ。

 突然の大声に何事かと、ファルロファミリーの

関係者はこちらに注目してしまう。


 その一瞬の僅かな隙を利用し、暗殺者が飛んだ。

 教会と埋葬中の幹部達の距離は約20メートル。

 あの高さから飛んだ事に驚愕するが、落下地点を

調整すれば彼等の間近に着地する。


 ユウキ達は柵を飛び越え、うろたえるファントを

尻目に墓地を駆け出した。

 それがかえって良くなかった。

 葬儀への突然の乱入者だと見なされ、誰も頭上を

見ない。


「弾き落とす!」

 カーライルが右手でピストルの形を作る。

 突き出された人差し指に丸いエネルギーが集まり、


「レイ・スティンガー!」

 バッという小さな発射音と共に、青白い光線が

真っ直ぐに打ち出された。


 さながら、SF作品のレーザー兵器を思わせる

その光が、高速で宙に白い軌跡を描く。

 空間に引かれた直線は、落下中の暗殺者を捉え、

吹き飛ばした。


 詠唱時間の短さとスナイパーの如き、命中精度。

 魔術師ギルドを率いるカーライルの能力あっての

狙撃だ。


 魔法の直撃を受けた暗殺者は、空中でクルリと

回転し、何事も無かったかのように着地した。

 威力より当てる事に意識を回した為、ダメージは

それほど与えられなかったか。


 これを見て、その場にいた者達は事態を把握した。

 ボディガード達は幹部達を背後に移動させると、

短剣を抜き、魔法の心得がある者は構えを取った。


 暗殺者による急襲。

 ファミリーと因縁があり、1人目の幹部が殺され、

その葬儀が行われるという。

 

 絆を大切にするファルロファミリーでは、必ず

関係者が多数参加するだろう。

 なら、絶好の機会と考えるのではないだろうか。

 ユウキの嫌な予感が当たってしまった。



 大勢の護衛を前に、暗殺者は襲撃失敗を悟るかと

思いきや、

「……恐れよ」

 マスクの裏からくぐもった声を発し、クロークの

袖からするりと刃物を出した。


 光を反射しない、鈍い鉄色のアサシンダガー。

 それを右手に持ち、這うように体勢を低くする。

 誰かの手から傘が舞った、そして──。


「あいつを近づけるな!」

 魔法を使える護衛3人が、手から魔法弾を連射した。

 曳光弾のような光弾の火線が弾幕を作る。


 暗殺者は光弾の雨に怯まず、真っ向から突っ込んだ。

 クロークがパシッと音を立てて光弾を弾く。

 魔法に対する何らかの耐性加工が施されている、

先ほどの直撃に耐えたのもこれがあってか。


 正面にいた1人が一気に肉迫され、両腕を斬られる。

 発射の構えが取れなければ魔法を狙って当てる事は

出来ない、痛みで詠唱への集中力も欠ける。


 1人目が自らを抱くような姿勢で倒れ始めた瞬間、

暗殺者の左手から何かが飛んだ。

 それが、肉抜きされた数本のスローイングナイフ

だと分かったのは、残りの2人の両腕に刺さって

からだった。



 3人を退け、尚も暗殺者は前進する。

 ターゲットは恐らく、幹部とボスのブルーノ。

 彼等を逃がしながら、短剣を持った護衛10人が

立ちはだかった。


 暗殺者は左手の袖から新たに刃物を出す。

 片側が櫛歯状の短剣、ソードブレイカー。

 突破する気なのだ、全ての剣を叩き折ってでも。


 護衛は広がりながら一斉に飛び掛った。

 一対一の真剣勝負ではない、人数で押さえ込んで

相手を戦闘不能にしてしまえばそれで良いのだ。



 だが──セオリー通りの作戦は失敗に終わった。

 その人数で攻撃しても、暗殺者の動きを捕捉する

事は叶わなかった。


 多くの剣に狙われる中、まるで少女が蝶と戯れる

ように軽やかに、それでいて鋭く、また変則的な

動作で暗殺者は対応した。


 紙一重で避けて脚を切り裂き、パリングの要領で

攻撃を弾いて太ももを突き、挟み込んで剣を折る

勢いで相手を転ばせ、(かかと)を斬る。

 息もつかせぬ立ち回りで9人の移動力を奪った。


 最後に残った1人が剣を叩き落され、無理を承知

で掴みかかっていく。

 丸太のような手足を持ち、掴んでしまえば相手の

腕などへし折ってしまいそうな巨漢だ。


 暗殺者は右手のダガーを宙に投げ上げる。

 伸びてきた男の右の手首を、(から)になった右手で

掴むと、一気に背中へと捻り上げた。


 そして間髪を入れず、スネを蹴って足を払う。

 すると引き上げられた腕に倒れる勢いが負荷となって、

ゴキリと乱暴に肩の骨が外れた。


「ぐぎゃあ!」

 悲鳴を上げて倒れる男の横で、暗殺者は空に放って

おいたダガーをキャッチし、前に進む。


 2人だけの護衛を連れた幹部達とボスは、脅威から

かなり距離を離したが、それでもすぐに追い付かれる

のは目に見えている。


 そして現に、暗殺者は地を滑るような足捌きで彼等へ

接近した。

 その動きは実体を持たないファントムのそれだ。


「ぐわ!」

「ぐぅ!」

 何とか守ろうと前に出た2人は、スローイングナイフ

を両肩両足に浴び、役目を全うする事は出来なかった。


 ボスを守れ、と誰がともなく言い、幹部達はブルーノの

前に立った。

「お前の目的は、邪教団の目当ては何だ!?」

 ラルバンが懐から短剣を出し、切っ先を向ける。


「恐れよ」

「なに?」

 喉を潰して出したかのような声がマスクの裏から響いた。


「邪教団の凶手は語る舌を持たず」

 息を吐きながら話す、呪詛がこもっていそうな独特の

話し方で暗殺者は言う。


 構えに入る暗殺者。

 グッと腰を落とし、ダガーを持つ手がゆらりと上がり、

そして、


「レイ・スティンガー!」

 (くう)を裂いた光線が右手のダガーを叩き落した。

 マスクに開いた2つの穴が、恨めしそうにそちらに

向けられる。


「ゴチャゴチャしてて援護が遅くなったが、間に合ったな」

 カーライルが光る指先で相手を指す。

 隣には武器を構えたユウキ達の姿が。


「お前の凶行もここまでだ!」

 時代劇の同心よろしく、ユウキがワンドを十手のように

突き付ける。


 邪教団の凶手──暗殺者は、だらりと両手を下ろした。


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