ファントと教師達
「こんにちは、どうもどうも」
声を掛けてきたのは長身痩躯に眼鏡の男。
クレアの店で会ったファントだった。
「あなたはここの人だったんですか」
ユウキが尋ねた。
「ええ。前から先生のアシスタントみたいな
事をやってまして。今日はお昼でお終いです」
よく言えばインテリなのだろうが、その言葉が
持つポジティブで知性的なイメージは、彼には
あまり似合わない。
それは全て、情けなそうなファントの容姿や
立ち振る舞いから来るものだろう。
20代半ばくらいに見えるが、冴えない空気を
これでもかと全身から醸し出している。
「皆さんお揃いという事は……まさか、事件の
ことでも聞きにいらしたんで?」
この、まさか、は何故そんな事を学校に聞きに
来たのかという疑問を表しているのだろう。
「殺された議員がこの学校の教師でもあったと
聞いたんで、ちょっと話を聞きに来たんです」
ユウキが言うと、ファントは顔をしかめた。
「取り締まり強化の逆恨みで殺されたって噂を
聞きましたが、酷い話ですよ。良い先生方が
亡くなって、校内もどこか沈んだ雰囲気で」
「その教師の間で何か妙な話があったとかで。
学校名義で勝手に器具などが買われていたと」
「?……はあ、初耳ですが」
「もしファントさんも何か心当たりがあったら、
ああ、その先生方がどんな人柄なのかだけでも
良いので俺達に教えてもらえませんか?」
「最初の話はよく分かりませんが、人柄について
なら別に構いませんよ。その代わり」
「その代わり?」
「家の近くまで一緒に来てください。暗殺者の
話を聞いてから、昼間でも一人歩きが怖いもので」
極度に臆病なのか。
やはりファントは頼りない顔でそう言った。
ユウキ達はファントを伴って校門を出た。
するとアスターが、
「この近くにも警備隊の詰め所があるので、例の
ローレンさんの護衛の依頼を通しておきます」
と言い、午後にまた学校で合流すると約束して、
街中へと消えていった。
気さくで朗らかな青年だが、仕事に熱心だ。
調査対象に対して率先して行動していく積極性は、
警備隊の小隊長として優秀である証と言える。
ユウキはそんな評価をしながら、彼を見送った。
「そう言えば、クレアさんが学校に来ていたと
聞いたんですが……?」
「もうローレンさんにパンの届け物を済ませて、
帰ったと思うけど」
「そうなんですか。僕も頼めば良かったなあ」
いい歳をしてファントは泣きそうな顔になる。
彼はクレアに相当入れ込んでいるようだ。
しかし、クレアという、緩めに巻かれた亜麻色の
長髪を持つ美少女に対し、この男の外見ときたら。
長身だが猫背気味で姿勢が悪い。
不潔ではないが、髪は寝起きから1度もブラシを
通していないと分かるボサボサ具合。
上着の襟はよれよれで、サイズもダブダブだ。
服装には頓着しないタイプなのかもしれないが、
それでも限度があろう。
人間、外見が全てではないが、外見がいい加減な
者は内面まで見てもらえないのが現実である。
ファントのルックスなど、どうでも良い事なので、
ユウキは教師達について聞く事にした。
通りを歩きながら、彼は話し始める。
「いやあ、惜しい人を亡くしたものです。ナント
先生は大変お優しく、スタイナー先生は真面目で。
ああ少し几帳面すぎる人でしたねえ」
「几帳面過ぎる?」
「はい。よくいるじゃないですか、書類の些細な
記載ミスに気付くと執拗なくらい、それを調べて
解明しようとする人。そういうタイプです」
だからこそ学校名義で器具や材料が買われていた
ことに気付いたのだろう。
「まあ、薬学や錬金術の世界では、本当に微量の
差で別物になる薬などありますから、ああいった
性格の人は向いているのでしょうね」
「では、ワイズナー先生はどのような方です?」
「ああ、僕がアシスタントをしているのがその
ワイズナー先生です。半年前に引っ越してきて、
勤め先の当てもない若輩の研究者だった僕を
雇ってくれた、良い人ですよ。恩人だ」
彼を見て、助手にしたいと思うだろうか。
いや、ファントは見かけに寄らず、優秀な能力を
持っているのかもしれない。
「ワイズナー先生は亡くなった先生方の下の位に
いたのですが、今回の件で後任として昇進される
そうです。と言っても、本人は複雑でしょうけど」
優秀な教師が続けて殺害されたのだ。
薬学や錬金術のぼう大な知識を持ち、またそれらを
生徒に教えられる教育者としての技術を持つ者を
すぐに揃えるのは難しいだろう。
「まあ、どんな話があったのかは知りませんけど、
皆さん大変良い先生方ですよ」
とファントは結んだ。
ユウキは、そうですか、と無難に答えた。
校長の話題にあがった教師達の事を聞いてみたが、
別段怪しいと思われる者は見当たらない。
やはり夕方にでも、ローレンとワイズナーの2人に
直接聞いてみた方が良いだろう。
「私達は暗殺者の行方も追っている。それらしい
人物の話を聞いた事はないだろうか?」
リュウドが尋ねたが、ファントは気弱そうな顔を
作る。
「そんなおっかない人の事なんて、知りませんよ。
どうしてそんな事を僕に聞くんです?」
「学校には年齢、性別、出身を問わず、数多くの
学生がいると聞いた。万が一、その中に紛れている
可能性が無いとも言い切れん」
ファントは、うーんと唸り、
「定期的に行われる試験に合格すれば、今言われた
ように誰でも入学できます。魔術師の家系で才能に
恵まれず、薬師を目指す子もいれば、己の実力を
高めようと中堅の錬金術師が国家資格を取る為に
入ってくる事もあります。ですから、合格すれば
紛れ込んでいる可能性は無くは無い。ですが」
彼は、へへん、と嘲るように笑うと、
「暗殺者なんて野蛮人に試験を合格できるような
知能がありますか? 人殺しが達者でも、試験は
受かりませんよ。ここの試験は簡単じゃないんだ」
そして今度は冷静な顔になり、
「それと生徒の顔は入学時に魔術で記録されます。
暗殺者らしく、人知れずに1人殺して生徒のふりを
するなんて事は出来ません」
「そんな魔術があるんだ」
アキノがそこそこ興味を持って呟くと、
「写真とか動画みたいなもんだよ。ゲームの中で、
フォトが撮れるシステムのNPC版だな」
カーライルが説明した。
キーボードの特殊操作で場面ごとの画像を残せる
システムがあったが、現在プレイヤーがその機能を
使えるかどうかは不明のままだ。
ファントから事件に関係する情報は得られそうにない。
暗殺者探しも、そう簡単には行かないようだ。
アスターと再度合流し、手掛かりのありそうな所を
地道に回っていくしかないだろう。
ユウキは何気なくステータスウインドウを開いた。
時間は昼を過ぎている。
思えばホテルを出てからバタバタと歩き回った。
「ああ、もうお昼過ぎか。何か食べて一息入れて、
またアスターと捜査の続きだなあ」
「それなら僕の家の近くにある、スープ屋さんが
おすすめですよ。薬膳で栄養もあって」
カラーン カラーン カラーン
ファントが、こんな薬草が入っていて、と説明を
し始めた所で、鐘の音が聴こえた。
小さなものではなく、建物に吊るされるような
大鐘のものだ。
音の方に彼等が目をやると、教会の塔の上にある
鐘が鳴らされていた。
時報ではなく、何かの式が執り行われている時の
鳴り方だ。
そう言えば、ファルロファミリーが葬儀をして
いるんだっけ。
幹部の葬儀だけに、他の幹部やファミリー直系の
人間も大勢参加するって言ってたか──。
ユウキは無言で、教会へと足を向けた。
「あの、そっちだと僕の家には遠回りになって
しまうんですが……」
「悪いけど、ちょっと寄り道させてもらうよ」