薬学錬金術学校
メディ・ミラ薬学錬金術学校は都市の中心にあり、
学校でありながら街のシンボルとなっていた。
それはメディ・ミラが、この世界では教科書に載る
レベルの偉人で、そんな彼女が創設に関わった学校が
更に多くの薬師・錬金術師を世に羽ばたかせ、名実共に
世界的な知名度を誇っているためだ。
その学校の造りはまるで神殿のようで、授業を行う
特別教室やいくつもの講堂を持ち、実技と実践のための
施設も敷地内に完備されていた。
生徒の数も多く、通いと寮生を合わせると2000人
近いと言われている。
若者が多いが、技術を学ぶ年齢に制限は設けられて
おらず、壮年から中年の学生がいない事もない。
ブロックの敷き詰められた校庭に作られた水路には
澄み切った水が流れ、調合等に使われる希少な草花が
校内の花壇に植えられている。
校門前にあるローブ姿のメディ・ミラ像を通り過ぎ、
学校の事務所へ向かったユウキ達は、ここの総責任者、
ハルデル校長との面会を求めた。
警備隊、そしてルーゼニア国王公認の異界人という
肩書きを出すと、すぐに面会が出来る事になった。
権力を笠に着たわけではなく、身分証明の意味だ。
相手も嫌々ではなく、快く応じてくれたようだった。
5人は応接間へと通される事になった。
ちなみに途中まで一緒にいたクレアは、ローレンに
パンを渡してすぐ帰るからと彼の部屋に直接向かった。
彼女以外に店番がいないのだから仕方ないだろう。
応接間で待つと、すぐにハルデル校長が現れた。
三角帽子に星屑を散らしたような刺繍の黒いローブ。
70代で、眼鏡の奥の瞳は老いてなお知識の光に溢れ、
白い頭髪は長く豊かで、あごひげは胸に届いている。
校長と呼ぶより、大魔法使いと呼ぶ方がしっくりと
来るようなルックスをしている。
ファンタジー映画に出てきそうだ、とユウキは思った。
「面会のお時間をいただき、ありがとうございます」
アスターが礼を言った。
ハルデルは嫌な顔1つせず、
「いやいや。今日の話は殺人事件のことですかな」
「はい。こちらの教師であり、議会議員でもあった
ナントさんとスタイナーさんが殺された件でして」
ハルデルは悲しそうな顔をする。
実際悲しいのだ。
フェルト細工のような太い眉が八の字に下がった。
「2人とも生徒に好かれる良い教師でした。校内は
悲しみに暮れております」
「こんな事件を起こしてしまったのは私達警備隊が
不甲斐なかったせいもあります。誠に申し訳ない」
「過ぎてしまった事は仕方がない。これ以上被害が」
そこでハルデルは1度言葉を切り、それから、
「また殺されてしまったと聞きましたが。なんでも、
今回はファルロファミリーの人間だと」
「はい。私達は当初、議員が薬物の取り締まり強化を
掲げたために、ファミリーが刺客を送ったのだと考えて
いたのですが、どうやらそうではなかったようで」
「ローレン先生がよく面倒を見ている、クレアという
少女が邪教団の暗殺者を目撃したと聞いておりますが」
「ええ。そこで調べたところ、ファミリーと邪教団に
因縁があるという話をつい先ほど知りまして」
アスターはスムーズに会話を続けていく。
この辺は警察権を持つ警備隊、聴取や情報を収集する
技術は優れているのだろう。
ユウキ達はやり取りを横から見ているだけになったが、
しゃしゃり出る幕でもないので今は耳を傾ける事にした。
「何でも事の発端は、邪教団が世界中で広めていると
いう麻薬を、ファミリーがこの街で見つけたからなんだ
そうです」
「あれは悪魔の薬です。大きな快楽を得られる代償に、
死に至ったり、中には突然凶悪なモンスターと化して
しまい、暴れた挙句に肉体が崩壊してしまうとか」
薬学界のトップだけあり、薬全般の知識は豊富らしい。
「ファミリーのメンバーが、出所を聞こうとしていた
売人を逃がしてしまった数日後、自分達専属の売人が
続けて殺されたそうです。そこでその薬がどこから
広まっているのか独自に調べ始めたと」
「……彼等ファミリーと薬学界は簡単には相容れない
関係ではあるが、依存性や危険度の高過ぎる薬物は
扱わないという彼等なりの信念は分からなくはない」
正義感とは別物ではあるが、ファルロファミリーは
それなりの節度を持ってやっている。
そこは評価するという意味合いだろう。
「ハルデル校長、ここからが話の肝です」
アスターは椅子から少し身を乗り出し言った。
「彼等が様々なルートを調べた結果、世に出回っている
その麻薬の数割がこの街、メディ・ミラの近辺から発送
されているそうなのです」
「なんと、そんな事が!?」
「売人を殺されたファミリーが必死に探り当てた情報
です。信憑性は高いと見て良いでしょう」
そう聞いても、ハルデルは握った手を震わせている。
「殺害されてしまった2人が、議会議員として薬物の
取り締りを強化すると言ったのは、今ファミリーが
扱っているような薬物はともかくとして、その麻薬が
この都市で蔓延するのを水際で食い止めようと、そう
思ったがための主張だったのです。それがこんな……」
「校長、この学校は薬学と錬金術に使う器具や材料の
流れを事細かにチェックしていると聞いています。
そういった界隈で、何か普段と違う話を耳にした事は
ありませんか? 特別よく売れている器具があるとか、
特定の材料を大量に注文する客がいるとか」
ハルデルは太い眉を寄せて考えていたが、ハッとして
アスターに向き直った。
「そう言えば、スタイナー先生がそのような話を」
「亡くなった、スタイナー先生が? なんですか?
どんな些細な事でも良いので」
「それが……この学校で仕入れている器具と材料が
あるのですが、何度か学校名義で不必要な大量注文が
あったらしい形跡を見つけたと」
「それは、麻薬の精製用や材料になるような?」
「はい。転用はいくらでも可能でしょうな」
「それでスタイナー先生は?」
「他の何人かの先生方……ナント先生とローレン先生、
それと教科補佐のワイズナー先生に何か心当たりは
ないかと確認していたそうです。皆各々で、材料や
器具や工房の管理を担当されていたので」
「ナント先生は、殺害されてしまった……。ローレン
先生とワイズナー先生から話を聞けますでしょうか?」
「彼等はちょうど特別教室で授業を始めたところです。
何時間もかけて薬物の調合を行う、非常にデリケートな
実践授業なのですぐに呼んでくるのは難しいですな」
「何かおかしな話になってるな」
外へと向かう廊下を歩きながら、ユウキが言う。
校長との面会を終えた5人は1度学校を出る事にした。
「学校に麻薬作りに協力した人がいるって言うの?」
アキノがそう口にした時、近くを生徒が通った。
変な顔をされ、彼女は慌てて口を紡ぐ。
清廉な薬学の学び舎で、麻薬という言葉はまずい。
「ここは専門分野の知識を学んだ人間がうじゃうじゃ
いるわけだからな。ウマい話に乗って、悪事の片棒を
担ごうって奴は、別に教師に限らなくてもいるかもよ」
カーライルが既に15本目の煙草に火を点ける。
「己の知識をどう使うかは本人次第。しかし、そんな
下衆な輩がいるとは思いたくないが」
リュウドが厳しい目元で言った。
極論、知識や力の使い道は使う者の心持ち次第なのだ。
「ローレン先生は議員でもあるという。理由は未だに
不明瞭ですが、暗殺者に狙われる可能性は大いにある。
警備隊に護衛任務を申請して、また夕方にでも会いに
来てみますか」
アスターが前向きに提案していると、校内から後を追う
ように1人の男が歩み寄ってきた。