クレアと恩人
「街のどこかに潜んでるんだよな、邪教団の
暗殺者が」
通りを歩きながらユウキは呟いた。
ラルバンは1度ファミリーの関係者と集まり、
その後に教会での葬儀に参加するという。
これ以上話せる事は無いと言われ、ユウキ達は
屋敷を追い出された。
彼としても、ファミリーの重要な集まりの前に
本来敵対している警備隊のメンバーを屋敷に長居
させているのはまずいと考えたのだろう。
「探し出そうとしても、見つけにくいのが暗殺者
というものだ」
リュウドが応えるように言った。
その名の通り、普段は平静を装い、人の目を
欺きながらターゲットに忍び寄る。
素性を隠し、ただ周囲に溶け込んでいく。
それはニンジャの忍法とも通ずるものだろう。
騎士やサムライのように、真っ向から名乗り、
正々堂々戦う必要など暗殺者にはない。
そんな、影から隙を窺い、必殺の瞬間にだけ
姿を現す者を捕らえるのは容易ではないのだ。
「見つけ出して倒すにしてもな、ガキの頃から
仕込まれてるからプレイヤーでも苦戦するかも
しれないぜ。何にしても厄介な奴らだ」
カーライルは朝から何本目かの煙草に火を点ける。
ふわりと甘い薬草の香りが漂った。
「小さい子供の頃から?」
アスターが首を突き出して聞くと、カーライルは
不味そうに煙を吐いた。
「ああ。邪教団は身寄りのない子供をさらって、
血反吐を吐くような殺人訓練をさせて暗殺者へと
育てるって言うぜ。腐った連中さ」
「……うぅん。尚更、早く捕まえなくては」
「この辺から麻薬が送られてるなら、近くに
作ってる場所があるはずでしょ? 警備隊で
そこを突き止めたらどうかな」
アキノがアスターに聞いた。
「ここは器具や材料が手に入りやすいので、
大きな工房でなくても薬の製造は出来ます。
ファミリーも所有する建物を転々としながら、
その一室で薬物を調合しているようですし」
アキノは薬草や薬学の知識スキルがあるので
薬の調合に掛かる手間は分かっている。
だがプレイヤーのベテラン錬金術師や薬師は、
自前のフラスコやビーカーであっさり薬品を
作るので、スキルの熟練度、つまり技術さえ
あれば場所は選ばないという事だ。
「さて、これからどうしたものか」
見上げた空は曇り空。
ぐずついた曇天が街を覆っている。
あと1時間ほどでお昼になるが、午後には一雨
くるかもしれない。
ユウキがそんな事を考えていると、
「あれは、クレアさんか」
前からエプロン姿の少女、クレアが歩いてきた。
手には、両手で持つほど大きなバスケットを
提げている。
「クレアさん、こんにちは」
「どうも、こんにちは」
重そうに持ちながら彼女は挨拶を返す。
「何かの配達ですか?」
「ええ、ローレン先生の所にパンを」
「ローレン先生?」
自分から話しかけておきながら今更気付くが、
ユウキは彼女の人間関係をよく知らない。
「学校の先生ですよ」
アスターが言った。
「メディ・ミラ薬学錬金術学校で教鞭をとる教師で、
重要なポストにいる、かなり偉い人です。彼女の
おじいさんとも知り合いで、一言で言えばよく人の
出来た方という感じですね」
ローレンは薬学の博士号を持つ大ベテランの
教師で、雑貨屋店主だったラウドとはパブで
意気投合する飲み友達だったそうだ。
友人の孫娘と聞いて、初対面であるにも関わらず、
彼女を色々と気遣ってくれている──と、アスターは
彼のプロフィールと人柄を語った。
ユウキは何気なく、クレアを見た。
今日も手袋をしているが、手首の辺りから
2度と消えないであろう火傷痕が見えている。
ローレンは彼女の不憫さ、健気さを思って、
助けている好人物なのだろう。
さぞ人格者に違いない。
「……その学校で、麻薬について分からないかな?
そこがこの辺りの、薬品や工房を管理しているって
聞いた事があるから」
設定集から記憶していた、街の設定だ。
「色々な薬物調合のレシピはあると思いますが、
すぐ麻薬に辿り着ける保証は──」
アスターはそこで、ハッと気付いた。
「違法薬物取り締りを掲げた議会議員ですが、
その中に教師と兼任で議員をやっている人達が
いるんです」
「教師と兼任?」
「議会議員は選挙で選ばれますが、あの学校の
教師は信頼が置けると言われていて、薬学と
錬金術で発展したこの街をより良くするために
立候補し、実際当選する人も多いのです」
それがこの都市でのシステムなのだろう。
地方自治の話は今は関係ないとして、議会議員と
教師を兼任している者がいるなら、事件に新しい
点と線が生まれる。
「さっき言ったローレン先生も、その1人です」
「そうなのか。手掛かりがある確証は無いけど、
その学校で話を聞いてみないか?」
ユウキが提案する。
それに異議を唱える者はいなかった。