ラルバンの邸宅
ファルロファミリーが所有している建物は
メディ・ミラの各所に点在していた。
ファミリーの創始者一族がこの街の出身で、
至る所の土地の所有権を持っている。
アスターを連れ立って、カーライルを含めた
ユウキ達5人はその1つに向かった。
普段ラルバンとその部下達が管理していると
言われている邸宅だ。
高級住宅街の隅にその屋敷はあった。
2階建てで豪邸というほどではないが、そこそこ
羽振りの良い商人なら、即決で購入しても決して
おかしくないくらいに風格のある良物件だ。
ファミリーの一幹部ともなると、それなりの家を
宛がわれるようだ。
所謂、なめられたらお終いの世界である以上、
情けなそうに見られる生活は出来ないのだろう。
鉄柵と塀で囲まれた屋敷の門前には、スキンヘッドで
スーツの似合う強面の男が立っていた。
肩幅と身長のある威圧的な体躯は、その場にいるだけで
十分門番の役割を果している。
「ラルバンと話がしたい。昨晩の事で取り込み中
なのは分かってるが」
アスターがごく自然体で話した。
警備隊とファミリー、取り締りの上では対立する
組織だが、それだけに接している機会も多い。
門番の男とアスターは面識があるのだろう。
門番はジロリと眼球だけ動かして彼を見ると、
「アスターさん。こちらは突然幹部をやられて、
あんたの想像通りなんだ。分かってるんだったら、
こんな時は弁えてもらえませんかね」
「まあ礼儀としちゃそうなんだが。警備隊として、
ファミリーは暗殺者や邪教団と一切関わりが無いと、
断言する。だから、少し顔を合わせてもらえないか」
アスターに繋ぎを頼まれた男は少し考えると、門から
屋敷の中へと入って行った。
「会えるかな」
「会ってもらえると思います。暗殺者は私達だけで
なく、ファミリーも敵に回したわけですから」
ユウキの問いに、アスターはファミリーの事情を
踏まえて答えた。
数分すると男が戻ってきて、
「お会いするそうです」
と面会が許可された事を告げたのだった。
屋敷の中に通されると、すぐにリビングらしき
広々とした部屋へ案内された。
大理石のテーブルを挟んだソファにラルバンは
座っていた。
スーツ姿で衣装にはシワ1つ無く、昨日のラフな
格好より引き締まって見えた。
正装は恐らくガルザの葬儀に備えてのものだろう。
ユウキ達が部屋に入ると、見張り役らしい2人の
男がドアの前に立ったが、ラルバンは、
「外せ」
と人払いして、改めて5人を迎え入れた。
「午後からガルザの葬式、その後には彼の後任を
決めなきゃならない。暇じゃないんだがな」
「分かってる。そのガルザを殺った暗殺者を
こちらも早く挙げたいと思ってるところだ」
「で、用件は? 単刀直入に言え」
彼はアスターに尋ねるが、そこに横からユウキが
入った。
「俺はユウキと言います。あなたは昨日、暗殺者や
邪教団には迷惑している、というような発言をして
いましたが、それは私達以上に彼等について知って
いる事があるという意味ではないですか?」
「………どういう意味だ」
今度はアスターが答える。
「違法薬物取り締り強化を掲げる議会議員と、その
薬物を扱うファミリーの幹部が同じように殺された。
そこに何かしら因縁があるんじゃないかと思ってな」
「……因縁か」
ラルバンは両手を組み、肘を膝へと乗せた。
そして少し考えると、あるな、と言った。
「売人2人が殺された事件、知ってるな?」
「ああ、それを取り扱った警備隊では、通り魔強盗が
やったという形で処理されていたが」
「なら調査し直せ。あれは、邪教団の報復だ」
邪教団という、ある種の呪詛にも等しい言葉が出た
瞬間、6人しかいない部屋の空気が変わった。
「売人が殺される数日前の話だ。俺達は街で見かけ
ねえ奴が薬を捌いてるのを見つけた。知らねえ顔が
この街で俺達に黙って商売するってのは、あれだ、
うちらの世界じゃ行儀が良くねえ」
誰に断って商売してやがる、というやつだろう。
「少しばかり分からせてやった後、そいつが売って
いたブツを見たんだが、それがとんでもない物でな」
「とんでもない?」
「このところ聞く、使用者が発狂して暴れ回った挙句に
死ぬってぇ新型の麻薬だったんだ」
「この街でも数人、それに該当する死者が出ていたと
思うが」
「世界中で少しずつだが広まってるぜ、それ。しかも
作って売ってるのは邪教団だって噂だ」
アスターにカーライルが、冒険で得た情報で補足した。
「俺達はさすがにそんな薬は扱わねえ。どこの誰に
売れと言われたか聞き出す為に多少痛めつけたんだが、
分からねえままそいつには逃げられちまった」
その2日後だ、とラルバンは継いだ。
「ファミリーが使ってる売人が殺された。売り上げを
持ち去られてたから、行きずりの強盗だと思われたん
だろうが、俺達のメンバーに手を出したらどうなるか、
知らない奴がいるわけがねえ」
殺された者達は腕っ節に自信があり、護身用の短剣を
持っていたという。
そんな彼等は剣を抜く間もなく、喉を一突きにされて
殺されていたそうだ。
通り魔的犯行でここまで緻密な殺人が出来るだろうか。
殺害した者はプロ、そして相手がファミリーの関係者
だと分かっていて手に掛けたのだ。
「それから、ファミリーと邪教団の因縁は始まった。
俺達は問題の麻薬を世界中にあるツテを使って調べた。
どんな運び屋が運搬に関わったか、どこで誰が薬を
荷受したか、幅広くな」
これぞ、蛇の道は蛇、なのだろう。
警備隊は都市の内部で取り締まるための知識はあるが、
各国に通じるコネクションはない。
「調べていった結果、思いも寄らない所に行きついた」
「それは?」
「その麻薬の何割かはメディ・ミラ、この都市の近辺
から発送されてたんだ」
馬鹿な! とアスターが声を荒げた。
「警備隊は随時、都市を念入りに調べている。そんな、
この近くで薬が作られたり、運び出されるなど」
「だが事実だ。天下のファルロファミリーが笑い者に
なっちまわなあ。すぐそばでこんな真似されて」
ラルバンは手で口元を覆う。
「ガルザが殺られたのは、俺達が調べていた事を
邪教団が知ったからかもな……」
「彼も幹部でしょう。その情報を知らせてなかったん
ですか?」
ファミリーの仕組みは知らないがユウキが聞いてみると、
「知らせていなかった。この街の近くで麻薬が作られて
いたなら、万が一、ファミリーの中に裏切り者がいる
可能性もある。そんな事は断じてないと思いたいが、
何の証拠も無しにそれらしい事を言い始めたりすれば、
ファミリーに嫌な空気が流れかねない」
疑心暗鬼ほど恐ろしいものはない。
ファルロファミリーの結束を考えれば、身内にも話を
しなかったラルバンの判断は間違ってはいない。
「俺が話せる事はこのくらいだ。けどな、邪教団の
信者や奴らが飼ってる暗殺者はこの街に入り込んでる
はずだ。雑草のように、目立たず根を張ってな」