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冒険者達の集い  作者: イトー
薬学と錬金術の都市メディ・ミラ
91/173

クレアと暗殺者

殺害された者の名前を思い違いから「カナハ」と

書いていましたが、「ナント」に修正しました。

 

「すまないが、また目撃談を話してくれないか。

こちらの、捜査に協力してくれる方達に聞かせて

あげたいんだ」

「……分かりました。こんな道端では何ですから

店のほうへおいでください」


 少女から目撃談を聞く事になった3人は、彼女の

言う店へと足を運ぶ事になった。

 そこは歩いて数分とない、すぐ近くにあった。


 大きなショーウインドウがあり、様々な小物や

生活雑貨が置かれている。

 ラウドの店と看板が掲げられ、雑貨屋のようだ。


 カランカランとドアベルを鳴らしながら入ると、

レジ横のショーケースには手作りだと思われる

菓子パンやクッキーが並べられていた。


「雰囲気があってなかなか良いお店ね」

「この店は?」

 ユウキが聞くと、

「ここは彼女の店だ」

 アスターは少女を見ながら言った。


「その歳で、1人で経営しているのか?」

 リュウドはそう尋ねながら、まだ少女の名前を

聞いていなかった事に気付く。


 少女もそれに気付き、

「私はクレアと言います。このお店は祖父から

引き継いだんです」


 彼女は少し事情があってね、とアスターが話す。

「ラウドっておじいさんが店をやってたんですが

突然倒れて亡くなったんです。彼は生前、自分が

死んだら離れて暮らす孫娘に引き継がせたい、と

言っていて」


「その報せを聞いて、私引っ越してきたんです。

3ヶ月ほど前に。まだ商売が下手で、他のお店の

お仕事を手伝ったりしながら何とかやっています」


 クレアは、狭いですがどうぞ、と4人を店の奥へと

通す。

 そこは隣にキッチンのあるダイニングで、何とか

4人で座れるテーブルがあった。


 少々窮屈だが、元々1人暮らし用の家なのだろう

から仕方がないだろう。

 狭くはあるが、小瓶に詰められたドライポプリが

置かれていたりして可愛らしく工夫が利いている。


「お茶を淹れましょうか」

「いや、おかまいなく」

 断ったユウキはクレアの手に意識がいった。


 室内なのに手袋を取らないでいる。

 この辺りは、厳冬期でなければ防寒具は必要ない

くらいに温暖な気候なのに。


「早速だが、また話を聞かせてもらおう」

 アスターが頼むと、クレアはこくりと頷いて見せ、

その場で思い起こすように話し始めた。


「4日前の夜でした。お仕事の手伝いを終えて、

ちょうど上流階級の居住区の近くを通った時に」

 状況を思い返しているのか、彼女は目をつぶる。


「その辺りにはポツポツと魔法石の街灯があって、

その光の下に血まみれの男性が倒れてて」

「都市議会のナント議員、2人目の被害者です」

 アスターが言い添えて、説明した。


「その人のすぐ近くに、まるで影法師のように、

立っているものが見えて」

 人だとは認識できなかったような口振りだ。


「声も出せない私にその黒いものが近付いてきて。

顔にはマスク、手には血の付いた刃物が」

 ここで1度話を聞いているアスターがその詳細を

ユウキ達に説明した。


 黒いものとは、漆黒のクロークにその身を包み、

目深にフードを被った人だったという。

 フードの下には顔全体を隠すマスクを付けていた。


 マスクは特に変わった意匠などは施されておらず、

ただ目元に2つぽっかりと穴が開いていると。


 マスクの下には実は顔が無いのでは、と錯覚する

ような、虚無の暗い穴だったと彼女は言った。

 そしてそれはドクロのようでもあったと。


「着ている物のせいか、とても大きいようにも、

酷く小柄にも見えました」


 暗殺者は身体のラインが出ない服装を好むと言う。

 身元などはともかく、体のサイズを見破られれば

仮の姿から正体を絞られる可能性も出てくる。


「私は殺されると思い、足が震え、逃げ出す事も

ままならずに。でもその男は目の前にまで来ると、

一言二言呟いて、凄い速さで走り去りました」

「何と呟いたんですか?」

「……我らを恐れよ、と」


 その時、ドアベルが鳴った。

 続いて、

「クレアさーん」

 と彼女を呼ぶ、少し間延びした声が響いた。


「あれは、常連さんのファントさんです」

 彼女が店に出て行くので、ユウキ達も何となく

後に続いた。


「ああ、クレアさん。さっき人相の悪そうな

奴等に貴女が絡まれていたと聞いて。僕はもう

急いで来たんです!」


 レジカウンターの向こうには、必死そうに喋る

長身痩躯の男がいた。

 眼鏡をかけた学者風の若い男だが、ボサボサの

髪と上擦った喋りが冴えなさを割増させている。


 男はアスターを見つけると、

「警備隊の方ですね? クレアさんは暗殺者を

目撃したのですから、命を狙われているかも

しれません。厳重に護衛をしてください!」


「夜間の見回りはしていますから。こちらも

平和を守る為に努力していて」

「何かがあってからでは遅いんです。もうね、

何かあったらと思うと……お願いしますよ!」



 大声でわめき散らす、とまでは行かないものの

ファントがハイテンションで話を始めたので、

4人はクレアに礼を言って店を出る事にした。



「なんなの、あれ」

「彼は常連客ですよ。薬物の研究者とかで、彼女

より前に引っ越してきたんだったかな。よく店に

通っているそうで」


「ただの常連客と言うより、クレアさんに熱を

上げているように見えるけど」

 分かりやすいキャラクターだとアキノは思った。


「聞きそびれたが、暗殺者の武器は分かるか?」

 リュウドがアスターに聞いた。

「話からすると、恐らくダガーの類でしょう。

暗殺に用いられる物としてはポピュラーですね」


 邪教団が擁する暗殺者集団には様々な殺人技術を

持った者がいるという。

 刃物1つ取っても、種類や流派まで辿っていけば

戦い方は千差万別。


 暗殺者がよく使う、俗に言うアサシンダガーは

プレイヤーの武器としても安定した人気を持ち、

アサシンダガー系という1カテゴリーになっている。


 刃が薄く、剣身の幅はショートソードより若干

狭いが、細身ながらも力強く人体に刺し込めて、

骨に当たっても欠けない強度を持つ。

 急所へ鋭く刺し、抉り、死に至らしめるという

殺人性能だけを徹底追及された短剣だ。


「どうでもいい事なんだけど、気になった事が」

「なにか?」

「どうして彼女はずっと手袋を外さないんだ?」


 ああそれは、とアスターは説明する。

「彼女は幼い頃に火事に遭ったそうなんです。

おじいさんも自分の孫は小さい頃に火事に遭って

火傷をしたんだと、何かの時に言ってました」


 些細な疑問が解けて、ユウキは頷いた。

 酷い火傷の痕があるなら、隠そうともするだろう。

 美少女であるだけに、体にそうした消えない傷が

あるのが気の毒になってくる。


 暗殺者のヒントは得られなかったが、ユウキ達は

とりあえず、警備隊詰め所近くにホテルを取って、

しばらく滞在する事にした。




 その夜。

 派手に着飾った女達に見送られ、高級なバーから

出てくる3人の男達がいた。

 1人は値の張りそうなスーツに身を包んだ、少し

腹の出た中年の男。

 あとの2人は割とラフな服装だ。


 酒場街を抜けた3人は人気のない道を進む。

 彼等はファミリーのメンバー、そして太めの男は

幹部の1人だった。


「しかし今夜はよく呑んだな」

「へへ、ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした……」


 礼を言った男の1人が顔色を窺いつつ、

「ガルザさん。もう夜も深い事ですし、この辺で

帰りましょう」


「どうした? ローバン。うちらの稼業が、夜に

ビビっててどうする」

「いえ、その、暗殺者の話があるじゃないですか」


「そらお前なあ、狙われてるのは議員だろうがよ。

うちらにゃ関係ねえ」

「でもですね、ラルバンさんが俺達にも狙われる

可能性はあるかもしれないと」


「ああ、あれか。少し前にあった、あの売人の」

「うおっ!」

 ガルザとローバンの会話に割り込むかのように、

もう1人の男ダスクが叫んだ。


 目の前の暗がりから、伸び上がる影法師のように、

真っ黒いクローク姿の人影が現れた。

 フードの下には表情を覆い隠すマスク、それは

闇夜に浮かぶドクロのようであった。


 人目を避け、スラム街を徘徊する物乞いではない。

 その証拠に、右手には鈍く光る一振りの短剣。

 純然たる殺意の表れ、アサシンダガーだ。


 ローバンとダスクが前に出る。

 彼等はガルザ直属の部下であり、幹部の護衛役

でもあった。


「何者だ!? てめえ!」

 ダスクが誰何するが、当然返事はない。

 返答の代わりに、暗殺者はすぅと動き出す。


 実体を持たぬ霊体モンスターのように、一切の音、

衣擦れの音さえさせない。

 これが暗殺者の特殊な歩法なのか。


「ガルザさん、逃げて下さい。ここは俺らが」

「あいつはやばい。……あれは本物だ」

 そう言うと2人は、懐から短剣を抜いた。


「やれ! 誰だろうと構わねえ! やっちまえ!」

 威勢良く命令すると、ガルザは一目散に逃げ出した。


 酒場へ通い慣れた道ではあるが、何本もの路地が

絡み合い、通った事のない場所もある。

 とりあえず応援を呼んで、安全を確保せねば。

 彼は肉付きの良い体を揺らし、夢中で走った。




 どのくらい走っただろうか。

 もう少しで売人の集まる裏通りに出る。

 そこまで辿り着けば、そいつらを護衛させるなり

ファミリーの本部へ連絡するなりして──。


「なっ!?」

 前の暗がりに、先ほどの暗殺者が立っている。

 そしてやはり、音も無く、生ぬるい風のように

不気味に歩み寄ってきた。


 散々走り、もう酔いは覚めている。

 決して悪酔いが見せる悪夢ではない。


 暗殺者はさっきとまるで同じ姿、ではなかった。

 1つ違うのは、握られた短剣が血塗られている。


 あいつらはもうやられちまったのか!?

 部下の安否が一瞬よぎったが、それよりもまず

自分の身を守らねばならない。


 ガルザは懐から短剣を抜き放った。

「何故俺を狙う!? 俺をファルロファミリーの

幹部だと知っての事か!?」


 暗殺者は歩みを止めない。

 そうだろう、この期に及んで人違いなどという

間抜けがあるはずがない。

 幹部だと承知の上でやっているのだ。


「何者か知らねえが、返り討ちにしてやる!」

 ガルザは構え、気合を入れた。

 今は肥えてしまっているが昔はファミリーの中

でも、武闘派でならした経験の持ち主だ。


「だりゃあ!」

 踏み込んでから、豪快な突き攻撃を放つ。

 ガルザは相手が防御する、避ける、後ろへ退くの

どれかを選ぶだろうと思っていた。


 だが、

「ぐぎゃ!」

 短剣を握っていた、ガルザの親指が宙を舞った。

 暗殺者はほとんどその身を動かさず、切り払った。

 ガルザは素人ではない、その刺突攻撃にいとも

容易く反撃するとは。


 ガルザは剣を落とす。

 指を落とされた右手で拾う事は叶わないだろう。


 攻撃は最大の防御であると同時に、その身を1番

相手に近付ける瞬間でもある。

 暗殺者はその精妙な剣技で一瞬にして切断したのだ。


 激痛に耐えながら、それでもガルザは左手で剣を

拾った。

 これはもうファミリー幹部としての意地である。


 だがそんな精神論は暗殺者には通用しなかった。

 彼が拾った剣を構えようとした瞬間、真一文字の

剣閃がガルザの喉元に走った。


「がっ! かはっ……ぁっ」

 パッと鮮血が飛び散り、彼の体は大きく痙攣した。

 アサシンダガーの一撃は喉を切り裂き、その傷は

気管にまで達している。


 ひゅうひゅうと、風が柵を揺らす、もがり笛の

ような音を立て、ガルザの喉から息が漏れる。

 彼は傷を左手で押さえながら、右手と膝を着き、

 這うような姿勢になる。


 暗殺者は彼の真横へと近寄ると、何の躊躇もなく、

ガルザの首の後ろを突き刺した。

 一瞬だけ彼の体がグッと硬直し、それからすぐに

力が抜け、血の海に倒れ込んだ。


 絶命し、地に伏した男を2つの黒い穴が見下ろす。

 そして、マスクの下から呪詛の文言のように、

ある言葉が繰り返された。

「我らを恐れよ、ただ恐れよ」



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