ファルロファミリー
「違法薬物の売人に声を掛けられましたか」
道を行きながら、ユウキが通りで会った男の話を
すると、アスターはふんふんと軽く聞いた。
取り締まる側だろうに、のん気なものだ。
「話からすると、薬効が高い分、きっと何かしらの
デメリットが身体に出るタイプですね」
「だから、ああやって隠れて売ってるのね」
「あれは野放しにしていても構わんのか?」
アスターは指摘に、顎にシワを寄せて唸ってみせる。
「こんな言い方をすると無責任になりますが、
全てを全て厳格に取り締まっているとキリが
ないんです。お目溢しと言いましょうか」
「この街にあるファミリーとの関係が、古くから
そういう風に成り立っているんでしょう?」
ユウキが言った。
カーライルの説明に加え、ゲームの設定集にも、
それらしい描写があるのを思い出していた。
「その通りです。ファルロファミリーという組織は
街全体に根付いていて、住民達も存在を当たり前の
事として受け入れている。トラブルがあった時などは
うちらより、そちらに相談する人もいるほどで」
「変な言い方になるけど、地域密着型なのね」
「まるで古いヤクザ映画に出てくる、義理と人情で
一目置かれている任侠ヤクザのようだな」
アキノとリュウドが言った。
法的な基盤が浸透するより以前から、街での法を
徹底させる力があったのだろう。
勿論、大なり小なり暴力的な面もあるだろうが。
「でも全部好き勝手させるのはまずいでしょ?」
「定期的に薬物関連の取り締まりはしていますよ。
ただね、貴族の中には隠れた趣味として違法薬物を
楽しむ方々もいて、処罰の方はまあ緩い感じで」
リアルでもそういうパーティーはあると聞く。
この都市では、違法でも害が少なければそれほど
厳しくは禁止しない、という姿勢なのだと思われる。
「ですが、本当に危険な毒物の持ち出しや麻薬の
持ち込みは容赦なく叩き潰すようにしています」
グレーゾーンに甘い分、真っ黒は許さない、と。
警察権を持つ警備隊の威厳が損なわれているという
訳ではないようだ。
4人は通りを1本奥に入る。
整然とカタログのような家屋が続いていた街並みは、
どこか古めかしい家屋が並ぶ眺めへと変わる。
清く美しくデザインされた都市で、極めて庶民的で
生活感を肌で感じる部分を見つけたとユウキは思う。
ギャップの分、余計そう感じるのかもしれない。
「目撃者はこの辺に?」
「ええ、もう少し行った所で」
アスターが答えていると、曲がり角の先から何やら
怒声が聞こえてきた。
「おい! てめえが余計な事を言ったんじゃねえのか?
俺達に迷惑が掛かるような事をよお!」
「わ、私は、なっ何も」
4人が駆け付けると、
「俺達はあれから警備隊に目ぇ付けられてなあ!」
「だから、何も知りません」
ガラの悪そうな、いかつい体躯の3人の若い男達が
誰かを取り囲んでいる。
「は、放して」
その中にいたのは16、7くらいの、ふわりとした
亜麻色の長髪をした少女。
ロングスカートにエプロン、手袋という姿だ。
掴まれた片腕を上へと引っ張られ、苦痛と恐怖に
顔を歪めている。
「何をしているか!」
「チッ」
アスターの声に気付くと、男は少女を彼の方へと
突き飛ばした。
少女を抱き止めたアスターは、彼等を睨む。
「お前ら、ファミリーの!」
「おう、世話になってるな、アスターさんよ」
「彼女に何をした!?」
「ああ? そいつが暗殺者を目撃したと話してから、
お前ら警備隊が俺達ファミリーに疑いの目を向ける
ようになったろ? だから面白くねえ事でも言った
んじゃねえのかと、お伺いを立ててただけさ」
彼女が目撃者なのか。
アスターの腕の中で未だ怯える少女を、ユウキは
凝視した。
「彼女は目撃した事を正直に話しただけだ。普段、
大目に見てやってるのを勘違いしているようだが、
薬物取り締まりを掲げる議員が殺されたりすれば
お前らが怪しまれるのは当然だろうに」
「なんだとぉ!?」
1人が肩を怒らせながらずいっと前に出るが、
「やめとけ」
横の路地から出てきた男が、一言で制止させた。
30歳ほどだろうと思われるが、目に力があり、
若いながら貫禄に溢れた男だった。
肩まである髪を整髪料でしっかりとセットし、
黒のジャケットにパンツというシックな服装だ。
「あ、兄貴」
「ラルバンさん」
ふんぞり返っていた男達は、その男が現れた途端、
態度を変える。
一目で分かるが、目上の者なのだろう。
「堅気や警備隊に軽々しく難癖つけるもんじゃねえ。
堂々としてろ。ああだこうだ騒ぐと、安く見られる」
そう言い聞かせながら近付いてきた男、ラルバンは、
アスターの前に立った。
「若いのが少しばかりはしゃいだみたいだが、大目に
見てやってくれ。しょっ引くってほどではないだろう」
「……ラルバン」
取り締まる側とファミリーの兄貴分。
知らない仲ではないのだろう。
摘発で何度かやり合った事もあるのかもしれない。
「アスターさん。警備隊が目ぇ付けるのは分かるがな、
これだけは分かってくれ。俺達はそれなりに荒事も
やるが、暗殺や邪教団と組むなんて真似は絶対しねえ。
俺達も奴等にうろつかれて迷惑してるくらいだからな」
ラルバンは迷惑と言った。
彼等も邪教団から被害を被っているのだろうか?
違法薬物を売買する組織と邪教の宗教組織、どこかに
敵対しうるようなポイントが?
ラルバンはユウキ達に一通り目配せをすると、
「行くぞ」
と舎弟の男達を連れて、去って行った。
「もう大丈夫だ」
アスターが言うと、彼のコートの襟にしがみついていた
少女はそっと離れる。
「彼女が例の?」
「ええ。邪教団の暗殺者を見た、唯一の目撃者です」