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冒険者達の集い  作者: イトー
始まり
9/173

王都への帰還

 

 3人が西城門を潜った時には、とっぷりと日は暮れていた。


 ちょうど夕飯時なのだろう。

 民家からは夕食の支度をする匂いが漂い、食堂や酒場には客足が増え、通りには串焼きなどの屋台が出ている。


 酒場の窓から、太いソーセージにかぶりつき、ビールを飲み干す男が見え、屋台ではケバブのような豪快な肉料理が売られている。


 ユウキは食欲をそそる匂いに、思わず腹が鳴った。

 こちらに来て、これだけハードに動き回ったのは初めてだ。

 腹が減って当然だ。


「この辺は安くて美味しい店が揃ってるんだよ」

 アキノが、ドーナツのような揚げパンの屋台を見ながら言った。

 何度か利用した事があるのだろう。


 ユウキは、夕飯はここで取ろうかな、と考えながら、通りを抜けて、王立警察署に向かった。


「お疲れ様」

 署の入り口でリンディが出迎えた。

「あれ、そちらはどちら様?」


「前にパーティーを組んでたアキノ。山で会ったんだ」

「アキノです。リンディさんとはどこかで会った事があるような」

「きっとギルドの合同集会ね、話した覚えがあるもの」

 全くの知らぬ仲では無いようだ。


 アキノがパーティーに加わった経緯を伝えると、3人はテーブルとソファのある応接間のような部屋に連れて行かれた。


 村から簡単に連絡したが、ユウキは委細を報告した。

 リンディはふんふんと聞いている。

 多分頭の中でメモウインドウにメモしているのだろう。

 これはイベントで必要なアイテムなどを記入しておける機能だ。


「こっちも連絡受けてちょっと調べたんだけど、オークのダンギにはゲザン鉱業から暴行の被害届けが出されてるわね。その会社が絡んだ話の通り、ルイーザは国土管理局に土地の調査を依頼してたみたい」


「国土管理局?」

 ユウキが聞いた。


「王立の機関で、ルーゼニア王国の土地はそこが全て管理しているの。調査も採掘も事前にここに手続きしないといけないし、採掘目的で土地を売買するなら、調査結果を伝えて許可書を出してもらわないといけないの」


 リンディはこの国の法規に詳しかった。

 ゲームで得た捜査官の称号が、その辺の知識を与えていると思われる。


「勝手に地面ほじくり返して、妙なものが出てきても困るでしょ」


 この世界では、調べずに掘ったら何が出るか分からない。

 水道管やガス管は無いが、古代の遺跡があったり、モンスターが封印されて埋められている可能性もある。


 ゲームでは、鉱山から封印されていたモンスターが出てきてしまい、それを倒してくれと言うクエストがあった。

 国土管理局は確かそのクエストで出てきた名前だとユウキは気付いた。


「それで、ルイーザが出した依頼はどうなっているのだ?」

 とリュウド。


「無かった事になったみたい。依頼者である彼女が死んじゃったから」

 そうそう死因が特定できたのよ、とリンディは眼鏡を掛け直した。


「致命傷になったのは刀剣による傷で、正面から斜めにばっさりやられてトドメにお腹を一突きね。見回りの途中だったから、防具は革製の簡単な胸当てくらいしか付けてなかったみたい。傷から見て、凶器は一般的なロングソード。この手の武器は幾らでもあるから、特定は難しいわね」


「魔法による麻痺もあるんじゃなかったか?」

「そう、背中と右足のスネ。剣と魔法が同じ者の仕業か分からないけど、犯行は多分複数人によるもの。色んな方向からの打撲痕が多数あったの」


「滅多打ちにされてたって言うの?」

 アキノに、唇を噛みながらリンディは頷いた。


「斬られた傷で身動きの取れない所を棍棒と拳で叩かれたんだと思う。これで分かったのは、やっぱり犯人はオークじゃないっていう事ね」

 リンディは手の甲を見せて、握り拳を作る。


「拳で出来たと思われるあざの大きさが、人間サイズだったの」

 オークの拳は成人男性の物と比べて、倍以上ある。

 それで殴り付ければ、あざも相応の物が出来るはずだ。


「ルイーザは設定上、剣の達人であったはずだ。体に麻痺が出ていても、死に至るほどのダメージを与えるには、それなりの腕が必要になる」

「だよなあ、剣の使い手か」

「騎士団で聞いてみたらどうかな?」

 アキノが言った。


 騎士に転職するには一定レベル以上の剣術スキルが条件になってくる。

 腕に覚えのある者の情報は自然と集まるだろう。


「騎士団なら警察から伝手があるわよ。今夜これからはさすがに無理だろうけど、明日にも話を聞けるように連絡しときましょうか」

 そうしてくれと頼んで、ユウキは思い出した。


「そうだ、村長から手掛かりになりそうな物を預かってきたんだ」

 リュックから小さな木箱を出して、差し出した。

 リンディは蓋を開けて、中にある布の切れ端を確認した。


「ルイーザが死んだ時に握ってたらしいんだ。何か分かりそうか?」

「これはその辺で売ってる衣服の切れ端だろうけど、何かしらの意味はあるかも知れないわね。一応、魔法薬での分析検査に回してみる」

 分析検査は薬品を使った科学捜査に近いものだとリンディは説明した。


「容疑が晴れたなら、これでダンギとその仲間は釈放だろ?」

「そうなるけど、すぐにすぐ警察から出すのは危ないかもしれない」

「危ないって何が?」


「広場の騒ぎが色んな所に飛び火してね。犯人であろうと無かろうと、オークの村を討伐してやるって騒ぎ立ててる連中が出てきてるのよ」


 オークへの迫害は根強く残っており、オークはモンスターなのだから共存せず殺してしまえと主張する者はまだまだ多い。


 その層が今回の件を受けて、活発になり始めているという。

 オークを半ば無理矢理引っ張ってきたが、今度は放せないという訳だ。


「何だかお粗末な事やってるな、ここの警察は」

「ええ、お叱りごもっともです。悪いけど、もう少しだけこの不甲斐ない警察の代理を務めてちょうだいよ」



 騎士団に顔を出して良い時間は約束が取れ次第連絡する、と言われ、ユウキ達は警察署を出た。


 仕事帰りと思われる王都民が加わり、通りにはさっきよりも人通りが多くなっていた。


 人の流れを見ながら、ふとユウキが目をやった南城門から、冒険を終えてきたと思われる疲労したパーティーが入って来る。

 ゲームの中のように、お疲れと声を掛けるとどうもと声が返って来た。


 何でも早朝から今まで南東のマップを探索して、戻ってきた所らしい。


 これから定宿(じょうやど)にしている宿屋に戻り、明日もまた探索に出ると言って、彼等は体を引き摺るように街中へ消えていった。


「3人になってパーティーらしくなったし、うちらも宿を取るか?」

 ユウキの提案に2人は異議を出さなかった。

 別の街に移動すれば、王都にある自宅は使えなくなる。


 アキノは簡易宿泊所を使っていたそうだが、これからの事を考えるとパーティーで寝泊りする宿屋に慣れておくのも重要だ。

 さてどこに泊まろうかとユウキがプランを立てようとしていると、


 グゥ~グキュルル


 隣から大きな腹の虫の鳴き声が聞こえた。

「ま、まずはご飯にしよっか」

 照れながら、アキノが言った。



 3人は夕飯を取る為、西城門へと続く通りのPUBに入った。

 適度な間隔で10の丸テーブルが並び、ほぼ満席だ。


 空いたばかりの奥の席に腰を落ち着けると、ユウキはオーダーを取りに来たエプロン姿の店員に、

「とりあえずビール3つ」

 と言いながら、メニューを開いた。


 酒場なら、異世界であっても通じてしまうフレーズなのだ。


 エルドラドにはビールがあり、他にも似たような飲み物がある。

 ただ炭酸飲料のジュースはまだ見掛けていない。


 メニューを見ると現在魚介類の料理は出せないと言われた。

 潮の都合で仕入先である漁港では不漁続きらしい。


 どこかのパーティーからの情報で、他の大陸に移動する船が出ていないと言うのは、これに関係しているのかもしれない。

 初めての店だから手堅くポテトフライ、唐揚げ、サラダを注文する。


 オーダーが通ると、すぐに木製のカップでビールが運ばれた。


「それじゃあ、一応パーティーが組めたという事で……乾杯」

 ユウキが幹事のように音頭を取り、3人は乾杯した。


 ゴクゴクと喉を鳴らし、ビールを流し込んでいく。

 心身共に疲労した体に、じわじわ染み渡っていくようだ。


 ユウキはアルコールはそれほど得意な方では無いが、飲んでみると慣れてしまうものだ。


 何か摘みたいと思っていると、料理が運ばれてくる。


 山盛りのポテトフライはカリカリのホクホクで塩加減も丁度良い。

 唐揚げの盛り合わせには柑橘系の香りがする果物のくし切りが添えてある、これをレモンのように搾れという事なのだろう。


 リュウドは律儀に2人に確認して、唐揚げに果物の汁をかけた。


 この、かけるかけないで仲違いして最悪分裂してしまうパーティーも中にはあるのかもしれない。


 唐揚げのレモンとは、ただの付け合せに見えて、人間関係を左右する重要性を孕んでいると言えなくも無い。


 カリッと揚がった香ばしい唐揚げはあっという間に3人の胃袋へと消え、サラダも時を置かずにその後を追った。

 全く足りず、追加で串焼きとソーセージの盛り合わせを頼む。


 ユウキとアキノはすぐお茶に切り替えたが、リュウドはアルコールを頼んではカップをパカパカと空けていく。

 強靭なリザードマンだからではなく、元々酒に強いのだ。


 ユウキは少し上気した顔を、窓から入る夜風に当てた。

「なんかこうしてると、オフ会を思い出すなあ」

「……ああ」

「ギルドで参加出来る人を集めて、盛り上がったね」


 あの時はもっと大勢だった。

 小上がりのある居酒屋で行ったオフ会は、まるでギルド集会をリアルで行うような楽しさがあった。


 他のメンバーもこちらに来ているのなら、こんな風に1度顔を合わせて食事がしたい。

 ユウキは冷たいお茶を啜りながら、そんな事を考える。



「てめえ、文句あんのかコラァ!」

 突然店内に怒声が飛び、食器の割れる音が鳴り響いた。

 どうやら男が殴り倒されたようだ。


 酒場内が一瞬で静まる。

 そちらを事前に横目で見ていたユウキは何となく状況を把握していた。


 柄の悪い集団がいるテーブルにいた、やはり柄の悪い20代半ばの男が、近くの席の女にこっちに来て一緒に飲めと誘いを掛けた。


 だが何度も拒否され、女の連れの男に止めてくれと割って入られた事に逆上したようだ。

 誰かが止める間も無く、倒れた男に蹴りが入る。


「お、お客さん、ちょっと暴力沙汰は困ります」

 店員が慌てて止めに入るが、

「うるせえ!」

 男が思い切り振り払った拳が顔に当たり、転がって倒れた。


「ナメた口ききやがって、このっ! クソがっ!」

 女のやめてという悲鳴も虚しく、2発3発と続けて蹴りが入る。


「おい、いい加減にしたらどうだ」

「あぁ? なんだ、てめえは!」

 毅然として男の前に立つリュウド、その隣にはユウキ。


 2人の姿を見た男は、目を吊り上げた。

 この手のタイプは、正当な注意を、喧嘩を売られたと解釈する。

 そしてその返答は暴力だ。


「すっこんでろ!」

 男は大振りのパンチを放つ。

 だがその拳はリュウドの左手で容易く受け止められた。


 大剣や戦斧を振り回して戦う戦士系職の腕力は超人の域に近い。

 万力か何かに挟まれたように、男は手を動かせなくなる。


「は、放せっ! 放しやがれ!」

 リュウドが解放してやると、男は腰の剣に手をかけた。


「ジェス、抜くな」

 ジェスと呼ばれた男が自分のいたテーブルへと振り返る。

 声を掛けたのは、ジェスよりも更に荒んだ目をした男だった。


「なんで止める、この野郎は俺が!」

「その異界人はやるぞ。斬り合えば床のシミになるのはお前だ」

 ジェスはリュウドが放つ無言の迫力に、そして腰の業物に気付く。


 ここで剣を抜いたら、引くに引けなくなる。

 察したジェスは舌打ちすると、自分は負けてないと言わんばかりの目付きで後ずさり、テーブルに戻った。


 代わりに先程の男が立ち上がり、前に出る。

 荒んだ目と険のある表情は、偏見を持たなくても柄が悪い。


 黒っぽいマフラーを巻き、体にフィットした服とズボンを身に付けている。

 腰には、ジェスの物より上等な長剣が提げられていた。


 対峙するように、リュウドが1歩前に出る。

「随分とカッコつけてくれるじゃねえか、ええ?」

「別に格好をつけた覚えは無いのだがな」

「俺はな、善人面でしゃしゃり出てくる奴がでえっきれぇなんだ」

「ほう、奇遇だな。私も悪ぶって威張り散らす奴には虫唾が走る」


 視線がぶつかる。

 どちらも全く逸らそうとしない。

 目に見えるような剣呑な空気が広がり、張り詰めていく。


 場が作るプレッシャーに、誰も動けず、声すら出せない。

 一触即発とはまさにこういう状況を呼ぶのだろう。

 どんな些細な物音であろうと、それが引き金になってしまう。

 そんな予感に部屋全体が絡め取られている──。


 ドォン!


 そこに大きな音がして、入り口のドアが開いた。

 呪縛された者達の視線が一気にそちらへと集中する。


「喧嘩騒ぎがあったのはここか!」

 入ってきたのは、T字のスリットが入ったバケツ型の兜に鎧姿の王都警備兵2人組だ。

 近くをパトロール中に通報を受けたのだろう。


 張り詰めた空気が解け、睨み合う2人からも微かに力が抜けた。


「チッ、店を変えるぞ」

 テーブルに代金を放り投げると、男とその仲間達は警備兵の横を通り抜けようとする。

 脇を通られた警備兵が男の肩を掴んだ。


「おい、ここで何があった」

「少し揉めただけだ、酒場にゃあ付き物だろうがよ」

 手を振り払い、男は外に出た。仲間が続く。


 男達が出て行ったのを確認すると、店長らしき男が警備兵に駆け寄り、事情を説明し始めた。


 街中で何かと騒ぎを起こしている奴だと言う話が聞き取れる。

 後ろでは、アキノが殴られた男と店員に回復魔法をかけていた。


「どこにでもああいう輩はいるものだな」

 リュウドが小さく息を吐く。

 ユウキは嫌なものを感じながら、入り口のドアを眺めていた。

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