メディ・ミラ
「ここに来るのは久しぶりだな」
整然とした街並みを見ながら、ユウキが言った。
湖と森林の国ロウナンにある、薬学と錬金術の
都市メディ・ミラのアドベンチャーズギルドから
ユウキ・リュウド・アキノの3人が姿を現した。
ユウキ達の活躍で一部復旧した転送魔法陣は、
ヨアンナのパーティーが新たにダンジョンを突破
した成果もあり、転送可能な地域が増えていた。
ロウナンに直に来られたのも、そのおかげだ。
街の中央部にほど近いそこから少し歩いてみると、
広場があった。
人が行き来する広場の奥には石像が建てられている。
2メートルほどの土台の上にローブを着た女性像。
薬学の礎を築き、この街の名にもなったメディ・ミラ。
魔法と薬学を用いて作られた治癒術は多くの病人を
救い、その功績から聖女と呼ばれている。
彫刻の施された噴水からはこの地方の自然の恵みとも
言える、澄んだ名水が噴き上がり、輝いている。
広場から見える薬学と錬金術の学校は、まるで神殿で
あるかのような荘厳な作りになっている。
日常の風景を見るだけで、ここが薬学と錬金術で発展
してきた街なのだと分かる。
だが午後の日を浴び、絵に描いたようた整然さを誇る
この街にも暗部はある。
薬学と違法薬物。
表裏一体、と言うより、この手の技術はちょっとした
加減でどちらかに片寄ってしまうものなのだろう。
癒すも壊すも文字通り、さじ加減1つだ。
「カーライルは、街に警察権を持つ警備隊があるって
言ってたな。まずはそこに言ってみよう」
美しい街だが観光に来たわけではない。
3人はマップを頼りに、警備隊詰め所を目指した。
先導はアキノがする事になった。
ユウキとリュウドは来た事はあっても馴染みが薄い。
だが、アキノは薬学スキルのレベルアップのために
通い詰めていた時期があった。
「ここは水が綺麗だから野菜がよく育つし、お酒も
評判で杜氏みたいな仕事をしてる人もいるの」
名水は作物を育み、名酒を作る条件にもなる。
通りには薬瓶を売る店が多いが、野菜やフルーツを
置く店や酒屋も目立つ。
ここでしか売られていない商品もあり、物珍しさで
ユウキがあちこちに視線をやっていると、
「ちょっと。そこの人達、ちょっと」
日の差さない細い路地から、手招きする者がいる。
毛羽立ったローブを身にまとった若い男。
その服装が人目を避けるための物なのは何となく
勘付けた。
さすがに噂の暗殺者ではあるまい。
ユウキ達が誘われて路地に入ると、声を掛けてきた
男はローブの前を開き、懐に隠し持つ数々の薬瓶を
見せてきた。
「あんたら異界人だろ? こういうのどうだい?」
男が出したのは狂戦士薬。
興奮効果のある素材を特別なレシピで調合した薬で、
一時的に筋力が増大し、痛みを恐れぬ狂戦士の状態に
なれるアイテムだ。
「これ、私でも薬草から調合できるけど」
「いやいや、そんじょそこらの薬とは訳が違うよ。
こいつは効果が倍、持続力も倍。冒険で頼りになる
のは間違いなしだ。どうだい、欲しくなったろ?」
それほど極端なステータスアップと効果時間など、
狂戦士薬には無い。
これはつまり、この街の暗部が顔を出したか。
「それ、違法薬物じゃないのか」
「ん? そういうのが欲しくて、この街に来たって
クチじゃないのかい?」
男は意外そうな顔をする。
「ここは正規ルートじゃ手に入らないような薬を
欲しがる奴が集まるんだ。ニーズは多様だぜ」
「悪いが俺達は薬が欲しくて来たんじゃないんだ」
「じゃあ素材か? レア素材の注文も受けるぜ」
「いや、そういう件でもない。暗殺者がいるって
話を聞いて、調査しに来たんだ」
ユウキに言われると、男は顔を背け、手を振った。
「そういう話なら勘弁してくれ。関わるなって、
兄貴からきつく言われてんだ」
そう言うと、男は路地裏の奥に消えてしまった。
「兄貴分とその舎弟か。奴はファミリーの一員
なのだろうな」
リュウドが言った。
兄貴──ヤクザ映画で定番の二人称だろう。
市場近くで平然と違法薬物が売られているのか。
軽いショックを受けつつ、ユウキは警備隊詰め所を
目指した。
「どうも、調査に協力していただけるそうで。
これは願ってもない。助かります」
アスターと名乗った警備隊の小隊長は言った。
3人が詰め所のフロントで事情を説明すると、
話が通り、すぐに彼が現れたのだ。
茶色の髪に、歳は22、3。
小隊長の役には就いているが、気さくな青年
といった感じだ。
藍色のコートにズボンという制服を着用し、
腰にはロングソードが一振り。
メディ・ミラの都市警備隊は帯剣が許されて
おり、皆なかなかの腕前を持つらしい。
「いやいやしかし、あのユウキさん達が捜査に
協力して下さるならこんなに心強い事はない」
「? 俺達のことを?」
「例の事件の話はこちらにも聞こえていますよ。
ここに立ち寄ったカーライルという魔術師も
話してましたし、ルーゼニア王都のリンディ
捜査官もこの前出張でこちらに来てましてね」
ルイーザ殺害事件の顛末は他国にも知られて
いるらしい。
リンディが出張とは、この世界では国を越えて
警察が合同捜査する事もあるのかもしれない。
「多分噂ほど大した事はしてないと思うけど。
ところで暗殺者絡みの事件はどこまで分かって
いるんだ?」
「現在までに被害者は2人。どちらも街から
違法薬物と麻薬を取り締まろうと言い出した
議会議員グループのメンバーで」
「取り締まられて困るのはファミリーだな」
リュウドの言葉にアスターは頷く。
「こちらもその可能性が高いのではないかと
考えたのですが、暗殺者が邪教団のものだと
いう事が引っ掛かりまして」
妙に節度あるファミリーだと、カーライルは
言っていた。
もしもそうだとしたら、魔族崇拝者が創設した
邪教団を受け入れて、暗殺など行ったりするもの
だろうか。
「その邪教団の暗殺者を目撃した人がいるって
聞いたけど、今はどこに?」
アキノが言った。
暗殺者の存在が事実な以上、直接目にした
者から情報を集めるのはスジというものだ。
「では皆さん、その方の所へ案内しますから、
ちょっと聴取に行きましょうか」
まるでツアーガイドみたいな和やかな口調で、
アスターは3人を誘った。