正装を買いに
翌朝、ユウキは遅くに目を覚ました。
今日からトレーナーの仕事は休みで、王国に
招待されたパーティーまではフリーだ。
「10日くらい先だったっけ」
正装を新調して、作法やちょっとしたダンスの
練習をして、まあやる事はそのくらいだろう。
ミナから指示された内容を思い返していると、
くっついて寝ていたアプリコットがモゾモゾと
動いて起き出した。
ユウキの体をよじ登るように移動すると、
「ユウキ、おはようのチュー」
頬に唇を押し付けてくる。
よしよしと背中を撫でてやり、ユウキも柔らかい
ほっぺに同じように返した。
こんなじゃれ合いに平和を感じつつ、ユウキは
ベッドを出た。
遅めの朝食でも取ろうと、普段着に着替えて
宿泊棟を出ると、アキノにばったり会った。
「あ、アキノおはよう」
「おはよう、ユウキ」
2人がこうして会うのは久々だった。
元は同じパーティーだったが、トレーナーとして
別のパーティーになってしばらく経つ。
リュウドも同様だった。
「今から朝食行くんだ。もう済ませた?」
「うん。私はお茶でも付き合おうかな」
「わたしもユウキとご飯いくー」
アプリコットは、一緒に朝ごはんを食べる目的で
部屋から着いて来ている。
彼女からすれば遠慮する必要などない。
遠慮などという言葉は彼女の理念に無いだろうが。
3人はギルド拠点から程近い、オープンカフェで
食事を共にする事となった。
ユウキはサンドイッチ、アキノはお茶を頼み、
アプリコットはホットケーキにした。
ホットケーキは塔のような10枚重ねが大皿で
出て来て、たっぷりのシロップをかけて食べる。
アプリコットがもふもふと食に没頭している中、
2人は近況を語った。
「ビギナーは結構レベル上がったよ。このまま
続ければ、いずれはトレーナーになれる人材も
育つかもなあ」
「アルスとベガも順調に強くなってるみたい」
彼等は双角の塔で自信をつけ、強くなる事への
モチベーションも高い。
特にアルスは、パーティーを率いるだけの器を
持っているとユウキは考えていた。
「トレーナーは結構楽しいけど、パーティー
までは休みだなあ」
「ユウキ。着ていく服、買いに行く予定ある?」
「全然考えてないな。これから選びに行こうか」
「え? あ、うん、そうしよ」
誘おうと思っていた所を逆に誘われて、アキノは
自然と笑みがこぼれる。
そしてやはり、アプリコットも着いて来る事に
なるのだった。
王都の一等地に、その正装の専門店はあった。
スーツ、ドレス、アクセサリーに至るまで全てを
取り揃え、上流階級御用達の店である。
一見の客はどことなく断りそうな雰囲気だったが、
国王陛下から直々に招待されたと話すと、ベテラン
らしい女性店員は手の平を返すように態度を変えた。
商売人らしいと言えば、商売人らしい。
正装と言っても、スーツなど店に売ってる吊るしを
適当に買うタイプだったユウキは、どれを選んだら
良いのか迷ってしまう。
パーティー用の正装とされるデザインはタキシードと
酷似しているが、普段から着る習慣を持たないので、
気に入ったものを選びようがないのだ。
何着か試着し、アキノのアドバイスもよく加味して、
オーソドックスだが着心地の良いものを購入した。
変に気張らないものが一番だろうという結論だ。
次にアキノのドレス選びだが、パーティードレスは
色からデザインから物凄い種類があった。
逸品と名高いシルグラスから取り寄せた物も多く、
さすが超一流の専門店だけはある。
ユウキは基準が分からないが、派手すぎても地味な
衣装でもダメだろうと考えていた。
だが1番大事なのは似合うかどうかだ。
アキノは楽しみながら試着し、8着目の姿を見て、
ユウキはしっくりと来るものがあった。
白を基調とし、大きく開いた胸元、腰にはリボンが
あしらわれ、スカート丈は膝下くらい。
上品で、普段着ているローブの色と合っているので
何とも似合って見える。
「それ良いね。俺、良いと思うよ」
「私も赤とか青より落ち着いてて、良いなって」
アキノはこの後、何着か試着したが、白いドレスを
購入する事にした。
寸法の調整をし、後日に完成品が届くのだそうだ。
「アクセサリーとかも見せてもらったら?」
それを聞いて、店員は2人をアクセサリーが陳列
されたコーナーへと導いた。
どれも職人の手によるワンオフ物だ。
リアルの世界には存在しない宝石で飾られた物も
あり、その細工は見事としか言いようがない。
「こちらなどいかがでしょう?」
店員は白手袋をした手で、ネックレスを出した。
この世界でしか採掘されない宝石が散りばめられ、
なかでも中心に埋め込まれた赤い魔法石の、なんと
煌びやかな事か。
「お客様がお選びになったドレスは清楚なデザイン
ですが、このネックレスが胸元で輝いていますと、
それはもう周りに華やかな印象を与えますよ」
アキノの目は釘付けになっていた。
ユウキもアクセサリーにそれほど興味は無かったが、
人の目を惹きつけるだけの魅力を感じた。
良い素材を職人が高い技術を用いて、丹念に仕上げた
一品は見るだけでため息が漏れ、心奪われる。
それは鍛え上げられた名剣であれ、装飾品であれ、
本質は変わらないだろう。
「これは、お値段のほうは……?」
「5万ゴールドです」
うあ、とアキノの口から妙な悲鳴が漏れた。
それもそのはず、円に換算すると500万円になる。
「ああ、やっぱり、そうなっちゃうかあ……」
「……アキノ、あれ欲しいんだろ?」
「そりゃ欲しいけど、でもあの金額聞いちゃうと」
「なら俺が買うよ」
アキノは我が耳を疑った。
「え、だって、5万ゴールドなんて」
「5万ゴールドもするから、こんな時に買うんだろ。
偉い人が集まるパーティーなんだから、奮発してさ、
良いアクセサリーで格好つけちゃおう。な?」
アキノは言葉が出てこなかった。
彼女は決して金で態度を変えたり、金品を価値観の
基準にするような性格ではないが、ユウキの対応は
心に染み入った。
ベテランプレイヤーはそれなりに貯め込んでいる
とは言え、5万ゴールドは安い額ではない。
それをポンと自分のために出してくれたのだ。
素晴らしいアクセサリーが手に入る事以上に、その
心遣いに嬉しさが込み上げる。
ユウキに気取った他意があったわけではない。
店員の説明を鵜呑みにはしないが、あの宝石が胸元で
輝いている姿を想像し、確かに似合うだろうなあと
心から思えたのだ。
そしてその実現に、大枚である5万ゴールドを払う事を、
惜しいとは思わなかった。
彼はそんなシンプルな思いで、ネックレスの購入を
決めた。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちして
おります!」
良いお客になり、深々と礼をする店員に見送られながら
ユウキ達は店を出た。
例の宝石は後日、拠点まで届けてくれるという。
「あの、ユウキ、あの」
「ん? ああ、別に気にしなくて良いよ。エスコートする
俺としても、誇らしい気持ちでパーティーに出られるだろう
からさ」
良い買い物をしてさっぱりした気持ちのユウキとは逆に、
アキノの胸の奥は込み上げてくるもので溢れそうだった。
「なんか、つまんなかったー」
店内をウロウロしていただけのアプリコットは不満げだ。
彼女としてはポップな店で、可愛いぬいぐるみやカラフルな
キャンディーを眺めている方が楽しいのだろう。
これもキャラなのか、頭の中が幼いのだ。
正装の新調を終え、次は何をしようかと思っていると、
彼等の前にカーライルが現れた。
魔力に効果のある薬草を巻いた、甘い香りのする煙草を
吸っている。
「この界隈で買い物って事は、良いスーツが買えたかい?」
「ああ。まあ、それなりにな」
「パーティーまではオフだって聞いたが、暇か?」
「暇って言えばしばらくは暇かな、うん」
カーライルはゆっくり煙を吐き出し、こう言った。
「なら、暗殺者絡みの事件を調べてみないか?」