謁見の時
翌日の正午前。
ユウキ、リュウド、アキノの3人は登城する為、
城の前まで来ていた。
城の周りには堀があり、一般的な入り口は正面の
大きな跳ね橋からだ。
門の前には武装した衛兵が対で立っている。
非常によくある、大半のRPGで誰もが見た事の
ある光景だろう。
ゲームならスルッと入れてしまうものなのだが、
今はその正門を酷く威圧的に感じた。
これから一国の王と会うのである。
今回の謁見は公務などではなく、国王が私的に
会いたいから呼ばれたものだ。
なので畏まった式典などと違い、会って話を
するだけなのだが、その辺の一般人と立ち話を
するのとは次元が違う。
リアルで言えば、首相や大統領といったVIPと
間近で顔を合わせるようなものだろう。
この状況で緊張するなと言う方が無茶だ。
くれぐれも失礼の無いように。
マキシからの注意を再度噛み締めて、ユウキは
跳ね橋に足を掛けた。
「そう硬くなる事もあるまい。感謝の言葉を
頂きに行くだけだ」
リュウドが言った。
サムライの精神修行で、常に平常心を保てる
リュウドらしい落ち着きようだ。
「それはそうだけど。……ところでリュウド。
その服装はこの国で通用するのかな?」
ユウキが指差した。
リュウドは紋付袴に草履というスタイルだ。
正装には違いない。
確かに違いないのだが。
「サムライはマスターした際に正装の一式を
渡される。何ら場違いではないはずだ」
何もおかしくないとばかりに堂々と語る。
礼儀的な意味ではおかしくないのだろうが、
そもそもリザードマンが紋付袴姿でいる事に
インパクトがありすぎる。
袴には尻尾用の穴まで開いているのだ。
その大変印象的な絵は、それはそれとして。
国は違えど、正装なのだから大丈夫だろう。
少なくとも無礼だとは思われないはずだ。
ファンタジーの世界で紋付袴着用という、
酷い違和感には満ちているが。
「そんな事より、上手く話せるかなあ」
アキノが言った。
昨日のローブに、シルバーのワンポイントの
髪飾りを付けている。
ただ一言二言会話し、ありがたい御言葉を
頂戴して下がってくるだけではない。
タイミングを見て、みんなの会公認の話を
切り出さなければならないのだ。
「ルイーザの件で話があって、何かお礼の
話になるだろうってマキシが言ってたから、
そこで頼んでみようと思う」
「2つ返事で聞いてもらえれば良いのだが」
「多分何かしら突っ込まれる。でもその時の
ために、ヨシュアさんが遠出してくれたんだ」
ユウキは懐にある手紙に手を添える。
流石に切り札とまでは行かないが、アピールに
なってくれるはずだ。
「散々打ち合わせしたけど、予想以外の質問が
来たらアドリブで返すしかないわね」
アキノは面接と試験勉強を思い出す。
本来ならミナやヨシュア、弁の立ちそうなマキシ
にも同行して欲しかったが、謁見出来るのは事件に
関わった者だけだと言われている。
今回3人で上手く事を運ばねばならない。
国王の認否は、今後のギルド運営を左右するかも
しれない。
それは巡り巡って世界の存亡に直結する可能性も。
ユウキ達は踏みしめるように、跳ね橋を渡った。
城に入ってからはスムーズだった。
話は既に通っていて、謁見は玉座の間ではなく、
専用の『謁見の間』で行われるという。
服装から見て、かなり高位の衛兵に連れられて、
3人はその謁見の間へと通された。
部屋は広く、その辺の家が3、4軒すっぽりと
室内に入ってしまうだろう。
彫刻の施された柱が左右に立ち並び、そこには
ロウソクの火が灯されている。
周りは豪奢なカーテンに囲まれ、床に敷かれて
いるのは金糸で何かの紋章が刺繍された赤い絨毯。
1段高く作られた場所には、玉座に勝るとも
劣らない椅子が置かれている。
その奥には幾重にも幕が掛けられていた。
「ここで待つように」
衛兵に指示され、そわそわしながら待っていると、
「──国王陛下がおいでになる。粗相の無きよう」
その衛兵の注意と同時に、国王が現れた。
幕と幕の間から突然姿を見せた国王。
正面からでは確認しづらいが、幕の後ろにドアが
あるのだろう。
ユウキは慌てて、昨晩覚えたばかりの、片膝を
ついて跪くポーズで出迎えるが、
「よい、楽にするといい」
王は片手で制し、椅子に腰掛けた。
「わしがルーゼニア国王、リカール7世だ」
どっしりと座り、背もたれに身を預け、国王は
言った。
年齢は60に差し掛かったくらいか。
式典ではないので王冠やマントは身に付けて
おらず、主な服装はローブだけだ。
しかし肩までの長髪と豊かに蓄えられた口髭は
貫禄に溢れ、穏やかでありながら強い眼差しは
この者が王の器であると語っていた。
「急な呼び立て、すまなかったな」
よく通る、落ち着いた声。
その声だけで格が違うと思わせてしまう。
これも王たる者の風格の1つか。
ユウキが応答しようとしていると、幕の奥から
更に2人が入室して、王座の左右に立った。
若い男と中年の男だ。
若い男は鎧にマントを付け、騎士のいでたち。
歳は20代半ば、茶色の髪が肩まで流れている。
身長は185以上あり、顎のしっかりした逞しい
顔付きだが、鼻梁は通り、目は凛々しい。
十分二枚目だ。
どこか国王と似ている。
そう思ったユウキは彼が、騎士団の団長を務める
国王の息子だと見抜いた。
以前会った副団長のランガスより年下だが、彼の
佇まいを見れば、親の七光りによって責任ある職を
与えられたのではないと一目で分かった。
王座の反対側に立つ中年の男は、鎧姿の彼とは
対照的に、いかにも役人然としている。
飾り羽のついた群青色のベレー帽、その下の顔は
貫禄はあるものの、年齢相応に中年太りのそれだ。
帽子と同じ色のケープで覆われている体は、恐らく
顔と同じく、肉付きが良いだろう。
胸元できらりと輝くバッジは、政務で大変重要な
ポストについている証だ。
大臣の1人であろうか。
「そなたらを呼んだのは他でもない。此度の
騎士殺害事件解決の活躍を称えたく、我が城に
足を運んでもらったのだ」
国王は威厳を滲ませつつ、自然体で言った。
さあ謁見が始まったぞ。
ユウキは微笑を作りながら、奥歯をグッと噛んだ。