謁見の機会
「俺達のおかげって?」
「あなた方が解決に導いたルイーザ殺害事件の
ことです」
彼等が偶然関わる事となった事件だ。
解決の為に奔走した結果、容疑者となっていた
オークの濡れ衣を晴らし、女騎士ルイーザの死に
隠されていた黒い陰謀を暴いた。
「自国の騎士団を単なる駒か戦力としてしか
見ない権力者もいますが、ルーゼニアの王は
国を守る騎士達を心から誇りに思っています」
ユウキ達が見た騎士団はよく訓練されていた。
王の信頼とそれに応える騎士の忠誠心。
単なる主従を超えた関係がそこにはあった。
「王立騎士団の団長は王の息子、即ち王子が
務めていて、見事なまとまりを見せています。
その中でも、ルイーザは特に民から慕われて、
王も期待を寄せていました」
だが、例の事件が起きてしまった。
そして彼女は、あまりにも無残な亡骸に。
「あの死に様は、名誉を重んじる騎士にとって
最大の辱め。闇に葬られようとしていた真実を
白日の下に暴き出し、彼女の雪辱を晴らした
あなた方を、王は高く評価されているのです」
「それは知らなかったなあ。すぐカーベインに
向かっちゃったし」
「ユウキさん達が旅立った後、ギルドに王の
使者が来て、解決に関わった者はどこにいるの
かと。西へと旅立ちましたが近いうちに戻るで
しょうと伝えると、急ぎではないので帰ったら
連絡をくれ、一言礼が言いたいと」
「王様が謁見の機会を与えてくれたのね」
アキノが言うと、マキシはええその通りですと
誇らしげに返した。
「ユウキさんの名は上がっていますし、真犯人を
一騎打ちで打ち破ったリュウドさんも騎士団から
賞賛の声が上がっているそうです」
団長は王子で、他の騎士も社会的地位は高い。
そちらからも好印象でお墨付きとあらば、国王が
謁見の使いを送るのも必然だろう。
「その上、国は事件解決の副産物として、大量の
魔法石を手に入れられました。魔族に抗う戦力を
高めなければならない今、魔法石は何よりの国益」
強力な武具製造や堅牢な結界術に魔法石は必須。
それを、莫大な量ストック出来た事は国にとって
大きな利益となる。
「無償でこれだけの大手柄を立てたのですから、
王も労ってくれるでしょう」
「気前良くドーンと褒美でもくれんじゃねえか」
ラリィがホクホク顔で言った。
マキシにとってそこまでは恐らく計算の内。
それを機にギルド公認の話を差し込んでいこうと
いう目論見ではないだろうか。
「王様と会うのか。なんか緊張するなあ」
ゲームの中では、城内や謁見の間を我が物顔で
歩き回れたが、今はそういう訳にもいくまい。
「ユウキちゃん。謁見のための正装を見繕って
あるから、後でサイズを合わせましょう」
「あ、うん。おねえちゃん、こんな大きな話題が
あるなら、言ってくれれば良いのに。俺達が報告
した時、こっちでは何も無い、なんて言うからさ」
「別に悪気があって隠してた訳じゃないのよ?
3人には、王様にこのギルドを公認して欲しい、
っていう話と一緒に伝えようと思っていたの。
だってこんなチャンス、滅多にないでしょう?」
ユウキは何となく察した。
公認や王族と結び付く話は、決してマキシ1人の
発案ではないのだろう。
それとなく話はあったが、謁見という絶好の機会を
ユウキ達が得たから、是非使者をやって欲しいと。
とどのつまり、そういう事だ。
普段絶えずニコニコしているミナだが、この時折
見せる抜け目無さと強かさは、大所帯のギルドを
運営する者には必要となる資質だ。
ユウキは、それを心強く思っている。
「何をどう伝えれば良いか、吟味した内容を僕が
まとめてあります。それを良く読んでもらえれば
王とも緊張せずに話が出来るでしょう」
スピーチ用原稿みたいなものだろうか。
全く用意の良いこと。
だが大きな助けになるのは確かだ。
ユウキは富豪や大商人とは話してきたが、彼等は
財力があるというだけで一般人だ。
王族は根本的に生まれも地位も違う。
話す上での手本があるなら、越した事はない。
しかし、公認とは具体的に何を認めてもらえれば
公認と言えるのだろうか。
ユウキが考えていると、ドアが開いた。
「お菓子の匂いがする!」
クンクンとやりながらアプリコットが入ってきた。
拠点の中をうろついているのか、神出鬼没である。
彼女はテーブルの菓子を横目にミナに近付くと、
「大工さんが、べつむねが完成するって言ってたよ」
そう伝えると、
「お菓子ちょうだい」
ワゴンのケーキを、椅子に座って食べ始めた。
「別棟? 拠点の増築をしているのかい?」
ヨシュアが言った。
拠点は増改築費を払えば、改良が可能だ。
「ええ。こちらの世界に来る前から別棟の建築
工事を2棟頼んでて、こちらに来た時点でもう
完成間近だったの」
「別棟は何用の施設に当てるんだい?」
「これから更にメンバーが増えるでしょうから、
宿泊施設にしようと思ってて」
きっとホテルの宿泊棟のようなものだろう。
「すげえなあ。いずれは世界中のプレイヤーが
集まるような場所になるんじゃねえの」
くろうが冗談半分に言うが、
「一応、それも構想のうちよ」
「え、マジで!?」
「魔族と戦うには、今はバラバラに動いてる
プレイヤーを結集させないと」
ギルドは本来プレイヤー達の集合体なのだが、
何ともスケールの大きな話だ。
彼女の真剣な瞳からは、大勢のプレイヤーを
束ねようという明確な意図が見て取れた。
「でも、そこまで大きくなるとギルド運営の
資金も相当かかる計算になって。金銭的な
バックアップも考えないと」
「それなら、フェリーチャにお願いしたら
どうかな」
ヨシュアが言った。
「僕等が塔を攻略して、海運が正常に戻った。
それで商人衆は大喜びして、その末席にいる
フェリーチャもかなり信頼を得たらしい」
「だからと言って、守銭奴なんて言われてる
彼女がポンポンお金を出すかしら?」
大商人ほど出費にはシビアなもの。
「今回の件で魔族との戦いを支援したいって。
資金援助はともかく、王都にはプレイヤー用
アイテムを格安で卸す、という話はしてたよ」
「タダじゃないんだ」
アキノが言うが、ミナは、
「彼女は経営者だもの。それでも、利益を
削ってプレイヤーを支援してくれるんだから
助かるわ」
フェリーチャがアイテム代を負担してくれる
分だけ、プレイヤーの懐に余裕ができる。
結果、プレイヤーからのギルドへの上納金も
増えるという事になるだろう。
「ユウキ君達が転送された後、彼女と少し話を
したんだ。彼女は自分なりに、魔族との戦いに
備える取り組みをするそうだ」
「最大の商人ギルドが協力的なのは本当に
心強いわ。こちらの設備が整えば、そうね、
ギルド無所属やソロでやっているプレイヤー
にもどんどん集まってもらって──」
ソロか。
ユウキはそれを聞き、一時的に仲間になった
吟遊詩人の彼を思い浮かべた。
「ユウキちゃん、どうかした?」
外に分かるほど顔に出てしまったか。
ミナがその様子を案じた。
「いや、塔の攻略の時にソロのプレイヤーと
パーティーを組んだんだ」
「ケンだな」
リュウドが言った。
「ああ。その彼が何だか印象に残ってて」
「どんな人なの?」
「魔法戦士マスターの吟遊詩人でレベル140」
「かなりのベテランね」
「ああ、相当のベテランなんだけど、俺は彼を
1度も見た覚えがないんだ。そのレベルなら、
どこかで見かけてても全然おかしくないのに」
そう言えば、とヨシュア達のパーティーが
顔を見合わせだした。
彼等も見覚えがないらしい。
「それだけじゃなくてさ。塔でボスとして
現れた、見た事もないモンスターの弱点を
言い当てたんだ」
「今のバージョンで追加されたモンスター?」
「多分。公式にも雑誌にも載ってないやつ。
本人はスタッフに知り合いがいて、そこから
聞いたとか言ってたけど」
なんだか怪しい奴だな、とくろうが言った。
「もしかして、そいつも魔族側のプレイヤー
なんじゃないか?」
「いや、あまり喋らなかったけど、こちらに
敵意を持っていたり、何か探りを入れてくる
ような素振りは無かったと思う」
今その彼は? とミナが聞いた。
「報酬を貰うと、行き先も告げずに何処かへ
行ってしまったんだ。ただの変わり者だった
のか、何か裏があったのか……」
ユウキが唐突に思い出した男の事で、部屋は
妙な空気になってしまった。
「いや、良いんだ。別に何か悪さされたとか、
そういう訳じゃないから。プレイヤーは大勢
いるから、変わった人もいるんだなって」
ユウキは自分に言い聞かせるように、そう釈明
した。
今はそんな男の事より、謁見についての予習を
しなければ。
それがきっとギルドの、プレイヤー達の明日に
繋がるはずだから。
新たな展望を思い描けそうなユウキのそばでは、
「これおいしい」
アプリコットがパクパクとお菓子を食べていた。