カーベインで起きたこと
一緒にお昼を食べるというアプリコットを含めた
5人はリビングに移動した。
以前呼ばれた時に食事をした所だ。
部屋に入ると、アイランドキッチンで大柄な男が
調理に勤しんでいた。
ゴワゴワの髪に傷だらけの顔。
最高位の調理スキルを持つ、ハンターのブラッドだ。
「おう、ユウキ戻ったか」
「ブラッド、今日もここでおさんどんなのか?」
「おさんどんって言うなよ。冒険に出るまで時間が
あったから、新しい食材で料理をな」
料理はほとんど完成していて、コンロの大鍋からは
食欲をそそる何とも良い匂いが漂っている。
嗅いだだけでホワイトシチューなのだと分かった。
ブラッドは慣れた手つきで料理をよそり、人数分を
テーブルに手早く配膳した。
王都に自分の店を持っているだけはある。
雑穀パン、マカロニサラダ、キノコと根菜のソテー、
そしてゴロゴロと大きな具の入ったシチュー。
豪快な外見の彼のイメージとは違う、栄養を考えた
ヘルシー志向の献立だ。
5人は席に着き、
「はい。それじゃあ、いただきます」
ミナの号令で食事を始めた。
ずしりとして噛み応えのある雑穀パン、マカロニ
サラダはマヨネーズ仕立てでブラックペッパーが
程好いアクセントになっている。
キノコと根菜のソテーは、きんぴら風の味付けで、
柔らかいキノコとサクサクの根菜の歯触りが楽しい。
主役のホワイトシチューは大きな牛肉と数種の野菜が
よく煮込まれており、とろみのあるソースは旨味も
後を引くコクも抜群だった。
「これ美味いなあ。どんな食材が使ってあるんだ?」
ユウキが聞くと、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに
ブラッドは誇らしげに答える。
「その肉はバーサーカーホーンの肩肉だ。暴れ回って肉が
発達してるからほどよく締まってる。野菜は、植物系から
厳選した、おばけジャガイモ、オニオンソードマンとかを
1度煮込んで柔らかくした。だが何と言っても、1番の
決め手になる食材はこいつだな」
そう言って彼が食材用のバッグから取り出したのは、
「これだ、ホワイトワーム!」
30センチほどのワーム系モンスター。
外見は、サンドワームをスケールダウンさせたような、
虫嫌いは無理無理と絶対遠ざける姿をしている。
当然、スプーンが止まる。
「こいつの内臓をすり潰してな、中に溶け込ませると
その辺のチーズやクリームじゃ出せないようなコクが
加わるんだ。ワームシチューは伝統のレシピなんだぞ」
「おいしー!」
皿をスプーンでかき混ぜるふりをしながら聞いていた
4人とは逆に、アプリコットだけがおかわりに走る。
そして溢れんばかりの大盛りにして席に戻った。
それに気を良くしたブラッドは、
「そろそろ出発だ。今日の冒険先は濁った猛毒の沼地。
今度はよく毒抜きしたポイズンサーペントの丸焼きに、
中和させたポイズンスライムのジュレがけをご馳走して
やろう」
ブラッドは食材バッグを担ぐと、ガハハと笑いながら
部屋を出て行く。
アプリコットだけが、がんばれーと声援を送った。
「聞かなきゃ良かったなあ」
グロテスクな食材ほど美味や珍味、などと言うものの、
そっち方面に偏らないでもらいたいとユウキは思った。
何とか1人前を完食して後片付けすると、4人は報告
するムードに入った。
「むずかしい話はわからないから帰るね」
アプリコットは大鍋の残りを携行食料用のボトルに
ドボドボと注ぐと、それを土産に部屋を出て行った。
「それじゃあ、報告をお願い」
「ああ。馬車で王都を出た俺達は途中でちょっとした
トラブルに遭いながらも、カーベインに辿り着いた」
「着くまでに3人うちのギルドに加入してるようだけど」
「それはシルグラスで知り合ったラリィ、アルス、ベガ
の3人だ。リーダーは腕利きで、あとの2人は若いけど
立派なプレイヤーになってくれそうだったから」
権限を与えられているのでユウキのスカウトは問題ない。
経緯の確認のためだろう。
「カーベインでは、近くの島に2つの妙な塔が立ったと
騒ぎになってて、フェリーチャの話では、そこから転送
魔法陣を妨害する魔法が発せられているそうで、彼女は
それを攻略する為にメンバーを集めていた」
「2つの塔?」
ミナが聞くとアキノが答える。
「神鳴りの日と同じ頃に突然現れて。転送魔法陣だけ
じゃなく、周りの潮の流れにも影響を与えていたって」
「俺達は先にメンバーに決まっていたヨシュアさん達と
出会った。そこで、後から合流したラリィ達も合わせて、
編制した攻略隊で妨害魔法を取り除く作戦を始めたんだ」
「それはユウキちゃん達が上手くこなしたのよね」
「え、そうだけど。何で分かったの?」
「だって、転送魔法陣が無ければこんなに早くは帰って
これないでしょうし、何日も旅をしてきたばかりとは
思えない小奇麗な格好をしてたから」
ミナはよく観察しているらしい。
「ユウキちゃんが楽に攻略したとは思ってないわよ。
装備品が修理を終えたばかりに見えるから、そういう
厳しい戦いを乗り越えて、という事よね?」
ユウキは話を戻せる契機が出来た。
ここからが1番はしょってはいけない所なのだ。
「俺達とヨシュアさん達は、連動した仕掛けを持った
2つの塔をそれぞれ担当して、最上階まで辿り着いた。
そこにボスとしていたのは」
「? いたのは?」
「オディール。プレイヤーのオディールだったんだ」
「オディール………あの、オディールね」
ミナはあまり驚かなかった。
表に出さなかっただけかもしれないが、そういった
事態への覚悟はあったのだろう。
「あの女は魔族の側に付いたのだ」
リュウドが言った。
「ライザロスの虐殺も認めた。魔族から力を授かり、
その力でネクロマンサーになったのだと」
「あれは……やっぱりそうなのね」
信じたくないだろうが、目をつぶれない真実だ。
プレイヤーの中に、人を殺めた者がいた事になる。
「そのネクロマンサーって、新たな職のはずよね。
魔族の力でちゃんと変われるものなの?」
「変わったのだ。ドラゴンゾンビを召喚し、白兵戦が
専売特許であるデュエルマスターのアベルを、パワーで
押し返すほどのステータスを持って」
「そんな無茶なステータスになれるはずが」
「そう、ありえない。だから寝返った奴等は、魔族の
力で、所謂チートキャラに作り変えられたんだよ」
チートキャラとはデータを違法に改造されて作られた、
異常な性能を持つキャラの事だ。
その力は普通に育てたキャラの限界値を凌駕している。
「でも、よく勝てたわね。勝てたん……でしょ?」
「ヨシュアさん達が戦ったけど、勝てたわけじゃない。
相手が戦いもその塔も放棄して、撤退したんだ」
「撤退? あのオディールがそんなに潔く?」
「理由は分からないんだ。まだ余力がありそうだった
のに、もうここは必要ないって感じで消えたって」
ミナは少しの間、視線を落としていたが、
「分かる事だけ整理してみましょう。神鳴りの日に
突然出来た塔はプレイヤーを妨害する為の物だった」
「ああ、魔族が作ったのは間違いない。同じように
世界中に現れた建物も、同じような目的で作られた
可能性は高いと思う」
「でも、オディールは簡単に放棄した?」
「それが何の判断によるものかは分からないよ」
ミナは再び考える。
豊満な胸を腕組みの上に乗せ、熟考を繰り返す。
どのポイントについて、考えを煮詰めているのか。
「あの、おねえちゃん。塔を攻略した事で海流が
戻って、転送魔法陣と、それにまだ不完全だけど
検索機能が復活したんだ」
「あらっ、すごいわねえ! これでまた繋がれる
プレイヤーが増えるのね」
「妨害魔法は、うちらが使うシステムそのものを
機能させないように動いてるようなんだ。だから」
「攻略していけば世界中を検索できて、遠方にも
メッセージを届けられるようになるのね?」
「多分そうなんじゃないかな。潮の流れが正常に
なれば行ける場所も増えるだろうし」
「うんうん。何だか展望が見えてきたじゃない。
これで闇雲に冒険するんじゃなくて、みんなの会の、
ギルドの方針として攻略を進められそうね」
──ギルドの方針。
ああ、そうだった。
あれを伝えなければならなかったんだ。
「おねえちゃん、突然だけど個人的に伝えないと
いけないことがある」
「ん? なあに? もしかして、おねえちゃんに
プロポーズでもしちゃうの?」
ミナの冗談でユウキは少しだけ躊躇してしまうが、
はっきりと伝えずに済むものではない。
グッと下っ腹に力を入れ、そして。
「おねえちゃん。俺、『冒険者達の集い』に戻る
つもりなんだ」