仮組みの者達へ
「おお、ありがとうございます。これでしばらくは
村に被害が出る事はないでしょう」
村長から定番の台詞を聞き、俺達のクエストの課題は
終了となった。
トムとムクも多少の擦り傷はあったものの、無事に
村へと帰してやれた。
2人は腰痛に悩む村の老人のため、よく効くという
薬草を洞窟まで取りに行ったのだそうだ。
何とも心温まる、良い話だなー。
その救助にも一役買ったシノヅカは、洞窟を出て
すぐパーティーから離れた。
今回の助っ人はあくまで個人的な助っ人であって、
報酬は本来の依頼者から貰うだけで良いそうだ。
がめつくなく、人間のよく出来た人だ。
種族はオーガだが。
ただモモが作った野草のドレッシング和えだけは
箱ごと持っていった。
どうやらいたく気に入ったらしい。
その辺の草であれだけ人を喜ばせられるのだから、
調理スキルは取っておいて損は無いんだろうな。
「さて、後はアドベンチャーズギルドで成功報酬を
貰えばクエスト達成だな」
「久々のまとまったお給金、やったー!」
モモは万歳する。
冒険に連れて行ってもらえず、荷物運びを生業に
してたんだったな。
本業で金を貰えたのだから、喜びも一入だろう。
俺達は村を後にした。
時間は4時。
もう少しすると薄暗くなってくるだろうが、日が
暮れた頃には街に戻れるだろう。
4人はもと来た森の道を進む。
「これ直して、ギリギリ赤字にならないくらいね。
骨折り損の草臥れ儲け」
アリシアが歪んで変色した鎧とボロボロになった
スカートを撫でながら言った。
クエスト自体はそれほど難しくはなかったものの、
皆蟻酸を浴びて少なからず装備が劣化している。
今回はこれと言うようなお宝も無かった。
プレイヤーは英雄視されているが、冒険の後は
装備の修理やドロップアイテムの分配といった、
所謂金勘定の話になる。
生々しい話になるが、怪我を覚悟で体を張って
稼いでいる訳だから、その辺はシビアなものだ。
俺はまあ、次の依頼まで食っていけるくらいの
収入があればそれほど文句はないタイプだが。
グキュルルル
派手に腹が鳴った。
ああそうだな、あれだけ動き回れば腹も減るさ。
ただし、鳴ったのは俺のではない。
「どうも、今日は虫と縁がある日のようだな。
虫は虫でも、今のは腹の虫だが」
「………」
「そんなキリッとした顔で歩いてても、バレバレ
なんだよなあ」
「バレバレ? 私がお腹を鳴らした事について、
隠すような真似でもした?」
「いいや。誤魔化してるのかなと思って言って
みただけ」
「冒険で急激にカロリーを使ったせいで、一種の
生理現象としてお腹が鳴っただけよ。別に空腹感
なんてそれほど無いし」
グキュルルルル
「……くっ」
「口では強がっていても体は正直なものだな」
全く、見かけに寄らず、貪欲な女よ。
俺はごそごそとバッグの中を漁る。
「ほれ、食うか?」
干し芋を差し出した。
「1枚100ゴールド?」
「おう。と言いたいとこだが、金なんかいいよ」
アリシアは無言で受け取ると、硬い芋をあむあむと
しゃぶった。
モモにも渡してやり、俺も1枚かじる。
中が半生で自然の甘味があって良いじゃないか。
しばし干し芋をかじりながら、パーティーは森を歩く。
自分で配っておいて何だが。
これが、横文字で書かれるようなファンタジー世界を
冒険する者の姿なんだろうか。
美少女エルフや獣耳少女が皆して芋食ってるって。
いやいや、古典的ファンタジー小説や世界的に有名な
超大作RPGなどでも、きっと描かれてはいないだけで
皆こんな風に何かしら食っているに違いない。
あの彼も、あのクールなイケメン主人公も、きっと。
「そういや聞いたんだ、シノヅカさんに」
食い終わる頃に俺はアリシアに言った。
彼女は何が話されたか、すぐに察したようだった。
「俺は誤解してた。ギルド壊しなんて話を聞いて」
「私が関わった事で1つのギルドがグズグズになった
のは変えられない事実でしょ」
「それはそうだが、君は被害者でもあるだろ」
「加害者とか被害者とか、キレイに分けられるような
話じゃないから」
突然始まった話に、モモがおずおずと聞いた。
「アリシアさんは、前に何かあったんですか?」
「いや、何と言うかだな」
「別に、今更隠す事でもないし。折角だから、さっぱり
するように全部聞かせてあげる」
アリシアは歩きながら、訥々と話し出した。
「私がゲームを始めて少し経った頃、あるギルドに
入ったの。一緒に冒険した人の誘いでね。よくある
所属理由よ」
それが曰くグズグズになったギルドか。
「まだビギナーだった私に皆良くしてくれて、時には
レアアイテムを貰ったりしたわ。当時は知らなかった
けど、私はギルドメンバーの中の所謂姫だったの」
姫は姫だったのだろう。
だが俺が聞いた話では、問題はそこからなのだ。
「私が入る前から、姫ポジションだった人がいてね。
はっきり言ってワガママで、自分が中心にならないと
何もかも許せないって人だった。そんなだから、私の
事が邪魔で仕方なかったのよね」
それが事の張本人だ。
「自分が持ってるアイテムでも、私がそれを貰うのが
許せない。自分以外がちやほやされてるのがどうにも
我慢できない。でも自分が何か言って悪者になるのは嫌」
シノヅカもそういう人格の者がいたと言っていた。
「その結果、何をしたかって言うと、ギルドマスターに
遠回しに、私を排除して、私に良くしてくれた人達が
また自分になびくようにって色々とお願いしたそうなの」
俺もアイテム詐欺に遭ってから人との深い関わりが苦手に
なっていたが、つくづく面倒な話だと思う。
「ギルドマスターからのメッセージを見て察した人が、
不穏な空気を感じ取って意見して、メンバーの間に派閥
みたいな妙な空気が出来上がっちゃったのよ」
そこからの瓦解は早かったと言う。
「私も止めとけば良いのに、ちやほやされていたから
無意識に気が強くなってて、自分が出て行く理由なんて
ないって公の場で言ったもんだから。結局は、相手の
根回しが上手くて、擁護してくれる人はいたんだけど
私がギルドを追われる事になって」
それで終わりではなかった。
「私は悔しかったけど身を引いて。でもそのすぐ後に
ギルド内で意見のぶつかり合いが多くなって、最初の
姫が無責任にあっさりギルドを抜けて。人間関係が
歪になったまま、ギルドは無くなったの」
そして全てが終わり、彼女のしがらみとなる。
「その後、誰が流した噂か知らないけど、私がギルドの
中を無茶苦茶に壊した挙句、酷い捨て台詞を吐いて、
後ろ足で砂かけるようにギルドを抜けたって言われて。
……それでもう、誰かと関わるのが嫌になったのよ」
彼女が何か悪い事をしたとでも言うのだろうか。
中の人間、プレイヤーがいるゲームだからこそ起こる、
悲しいの一言では言い表せない出来事だ。
アリシアの口から事の次第を直接聞いて、俺の胸は
苦しい思いでいっぱいになった。
どこか、自分の体験と重ねてしまう所もある。
俺達は、合流地点だった立て看板に辿り着いていた。
「ここで2人とはお別れね。あなたもパーティーを
解除して良いから。これで皆、お役ご免、解散よ」
──なんだろう。
今まで何度も経験してきたパーティー解散なのに、
今回は何だかとてもつらい。
この打ち寄せてくるような寂寥感はなんだ。
もう少しで完成するパズルをバラバラに砕かれて
しまうような、酷く惜しい気持ちは。
答えが定まらないうちに、言葉が口をついて出た。
「アリシア、本当に解散で良いのか?」
「……なに?」
「俺達、色々事情を抱えてパーティーを組めないで
きた者同士だろ。それが何の偶然か、パーティーに
なって、それなりに冒険をこなせたじゃないか」
「……解散しないでいろと?」
あ、あの、とモモが前に出た。
「あの私、今まで誰にも相手にされなかったけど、
今回は皆さんと出会えて色々知れて、気付かせて
もらった事も多くて、とても成長出来たんです。
自分からは言えないでいたんですけど、もしも、
もっと一緒にいられたら楽しいと思いながら冒険が
出来るような、そんな気がするんです」
いつも省かれていたモモの真摯な思いだろう。
皆と一緒に行動する、それを楽しいと思えるのは
ゲームの根源、本質ではないだろうか。
モモに共感を示しているのか、トオコもコクコクと
頷いている。
「アリシア、本音ではどう思ってるんだ?」
「え?」
「俺は本音を言えば、人と深く関わりたくはないと
思いながら、いつもどこかで、更に1歩踏み込んだ
関係になれたら、もっと楽しいんだろうなって」
ソロスタイルを貫いてきた俺だが、仲間を求める
気持ちが全く無かったと言えば嘘になる。
「今だから言えるけど、アリシアからはなんだか
俺と似た匂いを感じるんだ。本音も、近い部分が
あるんじゃないかって……どう、思ってるんだ?」
「……私は」
彼女は美しい顔のまま懊悩し、逡巡し、唇を噛み、
そして───
「私も、信頼し合えるような仲間が欲しいわよ。
でも、私には背負い切れないしがらみがあって、
そんな私が誰かと組んでやっていくなんて」
「それならそれで良いじゃないか。脛や心に傷を
持つ者なんてどこにでもいる、モモみたいに他人と
繋がれずにいた者もいる。言い方は悪いが、そんな
周囲に溶け込めない者同士だって、パーティーを
組んで何とかやっていけるはずだ」
彼女の瞳の奥に、何かの兆しが見えた気がした。
悲しみを深く湛えた瞳が、その兆しによって新たな
光を与えられ、緩やかに輝きを取り戻していく。
「組んでも、大丈夫なの?」
「何を怖がる必要がある。不安を抱えてたって、
それを少しずつでも共感していくのがパーティー
なんだろう」
自分でも尤もらしい事を言えたと思う。
だが集まって何かに挑んでいくのがパーティーだ。
それが強大な敵であろうと、自分自身への挑戦で
あろうと変わりはない。
「それなら私は……このパーティーを継続したい」
「ああ、俺も付き合うぜ。周りからあぶれ者扱い
されようと、俺達は俺達でやっていけるはずだ」
「私も多大な迷惑をかけちゃうと思いますが、
一員として頑張りたいです」
ゆっくりと日が暮れ始める。
落日の中にありながら、俺は昇ったばかりの
朝日を浴びるような新鮮な心持ちだった。
かくして、ここに俺達のパーティーが誕生した。
今は仮組みだが、一緒に何かを成し遂げられる日が
いつか来るだろう。
まだ何が出来るとは明言はできない。
だがそれは決して、遠い未来の事では無いはずだ。
その日の夕暮れ時。
俺達は1つのパーティーとして、アドベンチャーズ
ギルドに足を運んだのだった。
番外編。急ぎ足でしたが一先ず終了。
もっと色々出来事を体験させてからの方が
パーティー結成に説得力が出たかも。
ふざけた一人称文が書いてみたくて書いた
お話。
このメンバーはまたどこかで出てくるかも
しれないです。
妙なノリで終わったエピソードですが、
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