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冒険者達の集い  作者: イトー
俺達は仲間になりたい
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クイーンアント

 


 アリシアは壁に貼り付けられた少年の姿を

確認する。

 村長が言っていた、栗色の髪に白いシャツ。

 もう1人に間違いない。


「あ、ムク、はやく、むぐぐ」

 騒ぎ出しそうになるトムの口を押さえる。

 気付かれたらまずい。


「あれがムクね」

 手を離しながらアリシアが囁いた。

「そうだよ、助けて。あのままじゃムクは

食べられちゃうよ」


 慌てるトムにアリシアも共感はするものの、

どうしたら良いか迷ってしまう。

 部屋はドーム型で彼がいる壁まではおよそ

50メートル。


 プレイヤーの脚力で走れば5秒程度。

 だが。

 そこに辿り着くまでにある障害は大きい。


 ボスであるクイーンアント。

 全長は乗用車2台分以上、8メートル強は

あるだろう。


 冠でも被っているような形の頭部。

 手足やアゴは発達しており、透ける羽を持つ。

 大きな腹には産卵機能を持っている。


 アリ系モンスターは種類ごとに女王がいて、

これは弱い部類に入る。

 だが1人でどうこう出来る強さではない。


 どんな理由があるかは知らないが、最初に

モンスターがいると指示された北東ではなく、

この北の洞窟に巣があったのだ。


 アリからしたら出入り口が北東の洞窟だった

というだけかもしれない。

 何にせよ、結果的に戦力の分散を誤った。

 討伐隊に応援を要請しなければならない。


 昆虫系は炎に弱いものが多く、このアリ達も

例外ではない。

 火炎属性を付与させれば、有利に戦えるかも

しれないが、多勢に無勢では厳しいだろう。


「仲間に、頼らないといけない、か」

「おねえちゃん仲間がいるの? なら仲間に

来てもらって、早くあいつをやっつけて」

「うん、分かってる……」


 こんな時に意固地になるなんて馬鹿馬鹿しい。

 アリシアはそう思うが、自らソロで冒険して

きた身として、やはり抵抗を感じてしまう。


 彼女がほんの少しだけ躊躇したその時、

「ああっ! ムクが食べられちゃうっ!」

 トムが大声を上げた。


 ! ! !


 ゾロゾロと動いていたソルジャーアントが

一斉に2人のほうを向いた。

 ──見つかった。


 トムが叫んだのは仕方がない。

 動けないムクを何匹かのアントが囲んだのだ。

 獲物は食い千切られ、ミンチ状にされてから

幼虫などに与えられるという。


 彼の声でムクから注意が逸れたのは幸いだが、

今度はこちらが危機を背負う事になる。

 ソルジャーアントの群れが向かってきた。


「下がって、隠れてて!」

 アリシアは、トムをもと来た洞穴の奥へと

押し下げると、穴を塞ぐように立ちはだかる。


 彼女は白百合の長剣を抜いた。

 トーチの光を浴び、美しい剣がきらめく。

 剣に写り込んだアリシアの顔に気迫が漲った。


 間も無く戦闘が開始されるだろう。

 戦いに突入したら、仲間への連絡は繋がりづらく

なる。


「ファイア・エンチャント!」

 細身の剣を掌でなぞると、剣身が赤熱したように

赤く変わっていく。


「さあ! かかってきなさい、アリンコども!」

 体をもたげ、威嚇するソルジャーアント相手に

アリシアは剣を振りかざす。


(ボスと交戦に入る。助けに来て)


 現在地を表記したメッセージを送り、アリシアは

モンスターの群れに突撃した。





「こいつで最後だ!」

 俺はブレイズブランドでソルジャーアントの胴を

薙ぎ払った。


 火炎属性のフォローもあって、アントは真っ二つに

なって転がり、消滅した。

 レプリカとは言え、頼れる武器だ。


 俺達は地図から外れた洞窟内を進んでいた。

 うねる一本道を北西へと向かう中、幾度となく

襲い掛かってきた群れを撃退し終えたところだ。


「ふうぅ……」

 モモはフレイルのチェーンを脇の下に挟み、深く

息を吐いた。

 武術で言う残心だろうか。


 彼女のフレイルの使い方は、鈍器武器ではなく、

ヌンチャクのそれに近かった。

 誰かに教わった型ではなく、戦いの中でセンスと

勘がそうさせたのだろう。


 俺は彼女の輝かしい未来への道筋を確信する。

「モモはモンクになるべきだ」

「モンク? あのパンチで戦う職ですか?」


「そうだよ。素手以外にも武術武器スキルを取れば、

さっきみたいに武器をバシバシ振り回して戦えるぞ。

今までのステ振りは失敗だけど、そういう方面への

育成の準備段階と考えれば悪くはない」


 んー、とモモは考え、

「可愛い服はありますか?」

「女性モンクにはそれなりに可愛らしいものもある」

「んーでも、今のこれが1番お気に入りなのです」


「なら神官の服装のままで武術スキルを磨けばいい。

ほら、あれだ、僧衣で戦うなんて昔のカンフー映画に

出てくる少林寺の師範みたいでカッコイイ」


「でもでも、木人を倒したり35の修行を乗り越えて

カンフーマスターになるのは大変そうで嫌なのです」

「いや、そんな映画みたいな修行はやらないから」


 モモの今後はまだ未定かな。

 煮え切らないまま職を変えても仕方ないか。

 向き不向きと進みたい道はまた別の話だ。


「このまま進むと、北の洞窟の下に出るみたい」

 シノヅカが共有マップを開いて言った。

「距離的にそんなもんですかね」


「ええ。途中分かれ道もあるからはぐれないように

しないと。彼女、トオコさんも呼んでおいて」

「トオコ、まとまって移動するから、こっち」


 あらぬ方向を見て立っていたトオコは、トコトコと

人形のように歩いてくる。

 怪我は無いようだが、蟻酸攻撃がかすったのか所々、

服がボロボロになっていた。


「トオコさん、色んな所がはみ出しちゃってるわね」

「ホントだ。いやあ、目のやり場に困るなあ」


 目のやり場に困る? 嘘だっ!

 男が目のやり場に困ると言う時、それは建前だ。

 本音は色んな所に目をやりたいのだ。


 一部下乳は出てるし、スカートも破けてけしからん

肉付きのお尻は半分以上見えている。

 動き回ったせいか、元々Tバックなのか、紐パンの

後ろが尻肉に食い込んで見えなくなっていた。


 困るなあ困るなあと言いながらガン見していると、

何やらメッセージが届いている事に気付いた。


「アリシアからのメッセージ? ボスと戦ってる!? 

マップデータが添付されてる、ここから近いぞ!」





「はっ!」

 跳びかかってきたソルジャーアントを、アリシアは

剣で切り払う。


 赤い軌跡が円を描き、アントは切り裂かれながら

後ろへと吹き飛んだ。


 ソルジャーアントは壁中の穴からワラワラと現れ、

群れを成して迫ってくる。

 複数の足が動き、その光景はグロテスクそのもの。


 全体で1つの個であるかのように、本能で統一

された昆虫達は恐れを知らない。

 どれだけ仲間がやられようと向かってくるのだ。


「輪撃剣!」

 回転を加えた範囲攻撃の剣技スキルが放たれる。

 魔法が付与されていると、その分、威力と範囲が

上乗せされて集団の相手には効果的だ。


 攻撃を受けたアントは、甲虫のような硬い表皮を

切り裂かれ、同時に炎のダメージを食らう。

 アリシアの周囲にいたアント8体が消滅した。


 だが後続の虫達は怯まない。

 クイーンが攻撃指示のフェロモンを出したのか、

ただただ愚直に前に出る。


「……まだまだっ!」

 アリシアは気を引き締めるが、表情に疲弊の色が

見え始めている。


 パーティーで分担して敵に当たっているのではない。

 大勢を相手に単独で攻撃し、回避し、トムがいる

洞穴へ近づけないように神経を注いでいる。


 まだ戦闘時間は大した事はないが、体力と精神力は

確実に削られていっている。


 彼女がソロで苦難の冒険を乗り越えて来たからこそ、

この間合いを計りながらの継戦が可能なのであって、

これが並のプレイヤーならあっという間に囲まれて

しまい、袋叩きにされているだろう。


 アリシアは踊るように華麗に敵を切り払っていく。

 だが、その足捌きにも若干の不安が見えてくる。


 さすがにこのままだと……。

 アリシアの顔に徐々に焦りの色が表れ始めていたが、

それが次の瞬間、一気に彼女の表情を塗り潰した。


 指揮官のように前線のアント達を眺めていただけの

クイーンが、ゆっくりと、動き出したのだ。

 女王自らが侵入者を排除するために。



 まずい、まずいまずいまずい。

 直撃はしていないものの蟻酸で防具は劣化を始め、

HP・MP・SP(スキルポイント)は消耗。

 回復アイテムでカバーしても1人でボスと戦う事に

なれば、剣折れ、矢尽きる状態になるのは必至だ。



「……このままじゃ……このままじゃ」

 自分より、壁に貼り付けられたムク、そして洞穴の

奥に隠れているトムを彼女は気掛かりに思う。

 ここで倒れたら2人は必ず餌食にされてしまう。


「ああっ!」

 気を散じた所に、ソルジャーアントの体当たりを

受け、彼女はよろめいた。

 畳み掛けるようにアント達が群がろうと迫り来る。


「うう、こんなところで──」


 ドォン!


 突然、奥の壁にあった小さな洞穴の1つが吹き飛んだ。

 外部からの何らかの衝撃で内側へと岩が飛び散り、

大穴となったそこには──。


「待たせたな、アリシア!」


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