アリの洞窟
「随分と落ちたわね」
アリシアは、崩れてぽっかりと穴の開いた
天井を見上げた。
さっきまであの上に自分は立っていたのだ。
二手に分かれてから程なくして、彼女は
北の洞窟に着いた。
1階部分しかないと言われていたが、いざ
入ってみると中で幾つも分かれ道がある。
1つ1つ行き止まりまで行けば、子供達は
見つかるだろう。
トーチを唱え、割と楽観的に考えながら
探索を始めると、
「……子供の泣き声?」
鼻を啜って泣く声が聞こえた。
同じ階からではなく、遠くから響くような、
そんな微かな音量だった。
こっちから?
音を頼りに奥に入っていくが、行き止まり。
「この奥? ……いえ、下から? あっ!」
何の前触れも無く、床部分がガラガラと崩れ、
岩と共にアリシアは落下していった。
登れなくはないだろうけど──。
10メートルほど上にある穴を仰ぎ見ながら、
アリシアはどうしたものかと考える。
彼女は落下の際、とっさに近くの岩石を蹴り、
飛び移るようにしながら着地した。
無傷だったのは高い体術スキルの賜物だ。
怪我は無く、肉体的に登る事は難しくない。
彼女が習得しているクライミングスキルなら
登って行けるが、踏んだだけで床が崩れる
ような状態にあるなら、途中で更に崩落する
可能性も考えられる。
「……うっ……うぅ」
近くで子供の声がした。
嗚咽、泣き声だ。
アリシアはトーチに魔力を込め、明度を上げる。
落ちた場所は10メートル四方ほどの空間で、
声の主はその隅の方で泣いていた。
泥まみれの9歳くらいの少年で、涙と鼻水で顔が
くしゃくしゃになっている。
所々擦り剥いていて血が滲んでいた。
近くに散らばっている岩から見て、彼も落下した
のだと察しがつく。
村長から聞いていた、茶色の髪と赤茶色のシャツ
という特徴で彼がトムなのだと分かった。
「トム?」
「うっ……おねえちゃん、誰?」
「私はアリシア。村長さんに頼まれて、あなたを
助けに来た、異界人よ」
うえーんと大きな泣き声がこだまする。
アリシアは寄り添ってやった。
「もう大丈夫。安心して、泣かなくていいから」
「うう、う、あ、安心なんかできない」
「?」
「大丈夫じゃない! ムクがさらわれたんだ!」
「さらわれた?」
トムがよろよろと立ち上がる。
岩壁を弾むように転がり落ちたのか、骨折などは
していないようだ。
「ぼくたちが落っこちたら、虫のモンスターが来て、
ムクをつれて行ったんだ。ぼくは岩に埋まってて
そいつらに見つからなかったけど、ムクは……」
トムは体を痛打して、意識が朦朧としたまま瓦礫に
埋まっていたのかもしれない。
ムクは下手に動けた為に見つかってしまったか。
地割れでモンスターの洞窟と繋がったかもしれない
という村長の話はこの事か。
昆虫型モンスターは雑食で動物の肉も食べる。
すぐに探し出し、一刻も早く助けなければ。
アリシアは即断し、辺りを見回した。
1ヶ所、大人が擦れ違える程度の大きさの洞穴が
あった。
「あそこね」
「おねえちゃん、ぼくも一緒に探しに行きたい!」
トムがアリシアの手を引いた。
「友達を助けにいきたいんだ!」
「まずはあなたを外に助け出さないと」
「そんな事してたら、ムクが食べられちゃうよ!
異界人の人は冒険の仲間を大事にするんでしょ!?
ぼくも友達を大事にしたいんだ!」
アリシアは思わず、彼の眼差しから目を背けた。
思い出したくない事が頭をよぎったからだ。
こうしてる間にも時間は無情に過ぎていく。
アリシアは今後の動きをシミュレーションする。
最初にトムを助ける場合、いくつかのプロセスを
踏まねばならない。
上までよじ登り、ロープを何かに結び付けるか、
近くを探している村人を呼びに行くかしてから、
再度下りてトムを引き上げる。
彼を村人に預けたら、自分はムクの捜索へ──。
「時間が掛かりすぎる」
アリシアは決断し、トムに回復魔法をかけた。
「?」
「それで満足に歩けるわね? 離れちゃダメよ」
彼女は少年を連れ、洞穴に足を踏み入れた。
「はあっ!」
俺はソルジャーアントの頭を叩き割った。
苦戦するような相手じゃない。
ゾロゾロ出てくるアントに各々奮戦している。
腕の立つシノヅカ、黙々と敵を切り裂くトオコの
活躍は然る物ながら、モモのパワーアップは最初に
比べれば目覚しい。
鍛冶屋で攻撃力と命中力を強化されたフレイル
そのものの性能に加え、体力が有り余っている
モモは武器を振り回し続けても疲労しないのだ。
フレイルのチェーンをグルグル回すと、
「あたぁ! あたぁ! ほぉーあったあ!」
怪鳥音を発し、アント達をボコボコにしていく。
迫力だけなら拳法の伝承者に近いものすらある。
元々獣人は俊敏性が高く、近距離戦は得意だ。
トロそうに見えたが、なかなかセンスもある。
彼女には改めて戦士への転職を勧めたい。
「この辺のモンスターは大体片付いたかな」
落ち着くと、俺はマップをチェックした。
通過部分は明るく表示され、現在地には味方の
位置を表すマーカーが四つ点滅している。
村長からもらった地図に照らし合わせると、
洞窟内部はほとんど探索済みだ。
後はこの先の行き止まりくらいか。
「ボス部屋が見当たらないけど」
「そういう気配が無いのよね。隠し部屋でも
あるのかしら」
どうしたものかなと歩きながら考えていると、
目の前にウインドウが開いた。
アリシアからだ。
(こっちは子供を1人確保。もう1人はその、
少し探す事になると思う)
「そっか。こっちはまだ女王を探してて」
(そう。頑張ってね、ファイト。それじゃ)
心にも無さそうな台詞でウインドウは閉じた。
ソロでも、もっとこう、コミュニケーションを
大事にするべきなんだよなあ。
「一方的に連絡来て、すぐ切られちゃったよ」
「彼女掴みどころないでしょ。クールなのかと
思えば、よく喋ったり」
「俺も最初はあの外見に騙されましたけどね。
そういや巷で流れてるっていう、ギルド壊しの
噂、シノヅカさんはなんか知ってます?」
シノヅカは少し鼻の頭を掻くと、
「尾びれ背びれがついて、色々と言われてる
みたいね。でもそれは噂、本当は彼女ね──」
───。
「……そうだったのか、実際はそんな事が」
「少なくとも彼女は私と組んだ時、そういう風に
言ってた。変な誇張は無いはずよ。多分だけど」
話が一段落する辺りで、行き止まりへと続く
曲がり角を曲がった。
「あれ? ここは地図と違うぞ」
行き止まりのはずなのに道が続いている。
岩の様子から最近崩れて出来たように見える。
「どこに続いてるか分からないけど、きっと
女王はこの先にいるはずよ」
シノヅカの発言に根拠は無いが、多分そうだ。
俺達は北西へと伸びる、その道を進んだ。
「女王はまだ倒されてない、か」
連絡を終えたアリシアは何気なく呟いた。
その自らの一言が、彼女の記憶をプッシュし、
不快なフラッシュバックを起こさせた。
「……女王か。そうね、あの女は姫って言うより、
女王って感じだったわね」
嫌な記憶を振り切るようにアリシアは言った。
「仲間? 仲間と話してたの?」
興味津々といった表情でトムが言った。
「……そんなとこ」
「前、村に来た異界人の人達はすごく強くて、
皆仲良くしてたんだ。仲間と一緒に世界中を
冒険するって、楽しんだろうね」
彼は異界人に憧れを持っているらしい。
皆が皆、仲良しで楽しいわけじゃない。
そう言いたかったが彼女は言葉を飲み込んだ。
そんな現実を子供にぶつけてどうする。
冷たい現実を突き付けて夢見がちになるなと
強く諭す事が正解だとは、アリシアは思わない。
それは捻くれた大人がカッコつけでやる事だ。
何よりそんな説教じみた事など、自分がして
いいはずがない。
自分は誰とも関わらず、ソロでやっている、
マイノリティなプレイヤーなのだから。
大部分のプレイヤーは友人を、仲間を作り、
それなりに仲良くやっている。
当たり前のように、皆で冒険して──。
「私だって、あんな事さえなければ」
感情がどくどくと溢れ、その蕾のような唇から
苦い本音が口をついて出ていた。
「……! ここは?」
洞穴を進んだ先には、ホールのような空間があった。
ここへと通じる穴は壁にいくつもあり、そこから
頻繁にソルジャーアントが出入りしている。
「……あれは!」
部屋の奥にはソルジャーアントとはまるでサイズの
違う、大きなアリ型のモンスターが1匹。
そしてその近くの壁には、粘液で貼り付けられた
子供の姿があった。




