バカっ娘一点振り
俺達は沢沿いの道を進んだ。
沢は傾斜のある崖の下に流れている。
足でも滑らせたら大変だが、道幅は7メートル
くらいあり、余程の事が無ければ平気だろう。
「モモはどのタイプの神官を目指してるんだ?」
「タイプ?」
初耳といった顔で、モモは首を傾げた。
「精神力に全振りの支援型とか、筋力にも少し
割り振って打撃バランス型とかさ」
「そういうのよく分かんないです」
「分からない? え、だって攻略サイトとかに
ステータスの成長サンプルとか出てるよ?」
「全然見た事ないです。私、初心者なんで」
先人達が試行錯誤して、実践的なデータを集めて
築いた攻略サイトを見てないと。
いや、見るのを強いる訳ではないが、初心者こそ
知っておくべき情報が盛り沢山なんだが。
「じゃあ、ステ振りとかはどうしてるの?」
「それはですね、最初の頃、通りすがりの人から
聞いたオススメを取り入れているのです!」
んー? 通りすがり?
それは豊富な実績で信頼と安心のアドバイスを
お約束する、通りすがりなのか?
ベテランの意見なら鵜呑みでも平気だろうが。
ガサガサッ
その時、生い茂る草木をかき分ける音がした。
早くも第一村人発見か?
いや違う、この音と息遣いはモンスターだ。
ガフッと荒い鼻息を飛ばしながら現れたのは、
猪によく似たワイルドボア4体。
主に体当たりで攻撃する獣系のモンスターだ。
しかし今の俺達ならどうとでもなる相手だ。
俺とアリシアは剣を抜き放った。
「う、うおお~!」
突然の遭遇に興奮したのか、モモが間延びした
雄叫びを上げて武器を取り出した。
木のクラブと最弱の盾である割れ鍋のフタ。
彼女のレベルにしてはちっとばかしチープだ。
「モモ、今から俺達は前衛後衛に隊列を整えて
戦う。分かるな?」
「たいれつ? ……な、何となく」
「それならいい。相手の体当たりに気をつけろ、
弾き飛ばされて崖から転落したら軽い怪我じゃ
済まないぞ。でかい岩がゴロゴロしてるからな。
いいか? 絶対に不用意な動きだけはするなよ」
「はい! うお~!」
モモはクラブを掲げ、敵に猛然と駆け出した。
何が、はい! だ。
こいつ俺の言う事、全然理解してねえ!
「ちょ待てよ!」
どこかで聞いたような台詞で呼び止めようと
したが、モモは猪突猛進する。
まさか打撃戦重視のステ振りなのか?
絶対あんなモンスターなんかに負けはしない!
と誇れるような。
「うひゃあ!」
彼女は頭突き1発でバタンと転倒した。
やっぱりモンスターには勝てなかったよ…。
すかさず、頭突きした個体の隣のワイルドボアが、
起き上がろうとする彼女に体当たりした。
「うあっ! ああ~!」
モモは跳ね飛ばされ、きりもみ状態で崖の下へ。
そして2秒後──
ドグシャアァ!
うわー逝ったー! 回復役いきなり逝ったー!?
俺が落ちるな落ちるなと、芸人の前振りみたいに
繰り返し言ったのがまずかったのか!?
救助するにも、まずはこいつらを倒さねば。
ワイルドボアはヒヅメでガッガッと地面をかくと、
トオコに向けて突進した。
ボーっと突っ立っていたトオコに直撃。
だがビクともしない。
動いたのは、ぷるるんと揺れた胸だけだった。
メイド服はあんな防御力を持っていないはずだ。
カチューシャは兜、服は鎧、カフスは小手へと
データが書き換えられているのかもしれない。
攻撃を受けたがトオコは対処しようとしない。
まさか、BOTは指示しないと動かないのか?
「えーと、トオコ、あいつらと戦え!」
コクコク。
トオコは頷くと武器を装備状態へと切り替え、
両手に2本の剣が現れた。
攻撃回数の多い薄刃の剣ツインスライサーと
HP吸収効果を持つ真紅の剣ブラッドサッカー。
両方レアで、狩り場における撃破速度と継戦
能力の効率のみを考慮して持たされた武器だ。
トオコは手近な敵をX字に切り裂くと、次の
獲物へと一足飛びで接近する。
片方の剣を突き立て、もう一方で別の敵を。
そのまま勢いを殺さずに、駆け抜けるように
最後の1体を仕留めた。
俺もアリシアも、無駄を省かれ、洗練された
デザインのような動きに息を飲んだ。
指示は面倒だが、これは頼りになる強さだ。
モンスターは全滅し、残らず消滅した。
一刻も早く崖下からモモを救助しなくては。
俺は恐る恐る、下を覗き込んだ。
頭が割れて血まみれになってないか?
手足が変な方向に曲がってたりしてないか?
うわー見たくない見たくない。
俺はメンタルは強いが、グロは苦手なんだ。
「助けてくださーい!」
俺の心配は外れ、モモは2本の足で立ち、
諸手を挙げて救助を待っていた。
驚くべき事にほとんど無傷だ。
下まで7、8メートルはあるというのに。
俺はロープを下ろし、彼女を引き上げた。
「体力に全振りしてるだと?」
「はい、だから頑丈なんです!」
近くの開けた場所で腰を落ち着けると、
モモは誇らしげに言った。
アリシアが眉を寄せ、腕組みをする。
「あなた、ステ振りについて、さっき言った
通りすがりに何て聞いたの?」
「モンスターにやられないようになるには、
何を上げたら良いですか、と」
無垢な瞳でモモは言った。
ああ、そういう事か。
通りすがりは何1つとして嘘を教えていない。
体力を上げればHP、防御力が高まり、毒や
麻痺の肉体的状態異常にも抵抗ができる。
彼女はそれをやり過ぎてしまったわけか。
冒険に呼ばれないのも説明がつく。
精神力に振らなければMPが伸びず、回復魔法の
回復量は低いままなのにガス欠は早い。
お荷物扱いで冒険の回数が少なければ、基本的な
前衛後衛の役割も理解できず、そのままズルズルと
来てしまったのだろう。
ただのアホの子ではなかったんだな。
「後で多少はステの調整は出来るけど、キャラを
作り直して修正した方が早いパターンだな」
この世界に来たら、作り直しなど出来ないが。
「良いんです。私はこの事を恥ずかしがったりせず、
ありのままをさらけ出して無修正で頑張ります!」
心が汚れた人にはいやらしく聞こえそうな発言を
して、彼女は決意を新たにした。
俺達はモンスターを退けたのを機に、一旦休憩を
取る事にした。
依頼の村まであと少し、急ぐ必要はない。
モモはお弁当だと言って、バッグからカリカリに
焼かれた特大パンを取り出し、食べ始めた。
「HPが多いと、すぐお腹が空くのです」
高いHPを誇る戦士系職は皆、よく食べる。
体を保つために、カロリーが必要なのかもなあ。
俺も例外ではなく、腹が減ってきた。
モモにパンを分けてくれと言うのもなあ。
あんな装備しか揃えられないんじゃ、食費だって
切り詰めてそうだし。
トオコは1日に少量の水と果物を摂取するだけで
動き回れるらしい。低燃費で経済的だ。
お腹がペコちゃんで困ったぞなどと思っていると、
アリシアが倒木に座って何か咀嚼していた。
固焼きのビスケットのようだ。
おいおいまた食べてるよ、この女。
またランチでございますか。健啖でいらっしゃる。
ああ、ダメだ。腹減ってイライラしてるな、俺。
「なあ、それ。余ってたら少し分けてくれよ」
「余ってない」
そう言った矢先、彼女は平然と新しいビスケットを
取り出して口に入れた。
「あるじゃないかよ」
「あなたにあげる分は無いって言ったの」
おのれぇ、食い意地の張ったやつめ。
「じゃあ譲ってくれ。そうだよな、アイテムはただ
じゃない。ちゃんと適正な代金を払わないと」
「1枚100ゴールド」
「たけえよ! ボルタ○ク商店だってそんな暴利を
貪るような商売はしないぞ」
こいつ、最初はクールビューティーな美少女かと
思ったが、相当ふざけた奴だな。
「村まで我慢するか、その辺の草でも食べたら?」
「このゲームに、草食って満腹度を上げるシステム
無いからな!」
「この辺の草、食べられますよ」
パンを半分以上食べたモモが言った。
「私は野草の知識と調理スキルを持っているのです」
「いや、食べられるって言っても」
「大丈夫ですよ。これなんか毒消しの効果もあって」
モモは近くの草を引っこ抜き、葉をモシャモシャと
食べ始め──。
「うえぇ、まずいぃ。……もう1本」
うわ、生で食っておかわりまで?
無毒の植物だから一応食えるんだろうけどさ。
それとも獣人だから野生の草も余裕なのか?
「あ、これ根っこに近いとこは甘くておいしい」
美味い部分を見つけたのか?
スティック菓子感覚でポリポリとやりだした。
「マヨネーズかけたら、もっとおいしいかも」
懐から調味料のマイボトルなんか出してきたぞ。
しょぼい初期装備しか持ってないくせに、なんで
あんな物は持ってるんだ。
1人サラダパーティーを始めたモモを放置して、
俺はアリシアの方へと向き直った。
「ビスケットくらい、ケチらずにくれても良いだろ。
高価なレアアイテムを貢いでもらってた事だって、
あるんだろうからさ」
「っ!」
痛い部分を突かれたように、彼女は俯いてしまった。
少しイラついたからと言って、不確かな情報で皮肉る
ような言い方は良くなかったか。
モモが勧めてくる野草のマヨネーズがけを拒否し続け、
俺達の休憩は終わった。