あるプレイヤーの冒険
『冒険者達の集い』と同じ世界にいるプレイヤー達のお話。
アリシアは魔法戦士だ。
魔法戦士は打撃、魔法を状況によって使い分けられ、
その上、魔法の効果を武器に付与できるスキルは
後半でもダメージソースとして通用し、消費MPの
コストパフォーマンスを考えれば使い勝手は良好だ。
冒険の空きメンバーに困ったら魔法戦士を入れろ、
と言われるくらいにポピュラーかつ汎用性のある
職だが、それに加えて彼女は基本的な回復魔法も
習得済みだ。
攻守兼ね備え、パーティーにいれば心強いだろう。
誰もが彼女に冒険に加わって欲しいと考えるが、
それは能力だけに求められている訳ではない。
アリシアはエルフの美少女だ。
キャラメイクで美男美女の作成は自在ではあるが、
その中でもアリシアは、凡人の中には没落しない
美しさを持っていた。
透き通るような、白く瑞々しい肌。
手を通したらさぞ心地よいであろう、長い金髪。
大きな虹彩に囲まれた意思の強そうな瞳。鼻筋は
綺麗に通り、月並みな表現だが唇は花の蕾のように
可愛らしい。
細身で手足はすらりと伸びているが、たわわに実る
ボリューミーな胸、くびれたウエスト、女性らしい
ヒップライン。そこから続く、程よい肉付きをした
太ももなど、何ともわがままで輝かしい。
それらを防具の内に内包し、それでもなお輝きを
放っている。
10人に聞けば10人がその美貌を認めるだろう。
極論を言えば、能力を差し引いてもパーティーの
華として是非とも欲しい存在だ。
では逆に、彼女自身が希望するメンバー構成や
理想的なパーティーとはどんなものだろう?
それについて彼女から具体例が示される事はない。
アリシアは仲間を望んでいない。
彼女は誰とも組まない、所謂ソロプレイヤーだ。
プレイヤーは大なり小なり、規模は違えども
仲間同士やギルドといった集団に属している。
コミュニティに身を置いているわけだ。
何故集まるかと言えば、冒険を共にして育んだ
友情や絆のため。あるいはステータスが一長一短で
得手不得手が顕著になるRPGのシステム的に、
グループで行動した方が効率的だからだ。
そこに何を求めるかは人それぞれであろうが、
帰属意識は安心感を得られる。
集団を追い出されて、行く当てが無かったら
どうしようと大多数は不安になるものだ。
パーティープレイでバランスが取れるように
製作側も作っていて、基本的にソロは厳しい。
それを承知の上でソロプレイを重視するのは
彼女のポリシーなのか、故あっての事なのか。
その真意は彼女と親しい者に尋ねなければ、
掴めないだろう。
そんな彼女に俺は共感を持った。
かく言う俺も特定の集団に入らず、決まった
仲間を持たない、ソロプレイヤーだ。
場合によってパーティーを組むが、深入りは
しないというスタンスを保っている。
彼女から感じた、同族が持つ匂いのような。
そういった物を嗅ぎ取った俺が、アリシアと
同じクエストを請ける事になったのは、何か
縁があったのだろう。
縁。
MMORPGの付き物だが、ソロプレイヤー
には馴染みの薄い言葉だ。
「俺、今度アリシアと組むんだ」
アドベンチャーズギルドのロビーで、俺は
ライオに言った。
彼はこちらの世界に来てすぐに知り合った
人間の男で、賢者と同等の力を持つセージだ。
友人関係という訳ではなく、お互いここに
入り浸っているので時折会話をする。
「何をだ? ローンでも組むのか?」
「アリシアは金貸しじゃない」
「知ってるよ、彼女と組めるものが他には
思い付かなかったんでな」
テーブルで冷たい物を飲みながらライオは
笑った。
30代くらいの彼はとても大人に見えた。
俺の年齢設定が17、8だからか。
「組むと言ったら、パーティーだろ?」
「誰とも組まないアリシアと? 一体何が
あった? お前、弱みでも握ったのか?」
「金髪美少女エルフの弱みを握るってどんな
シチュエーションだよ。18禁の同人誌か。
それでエロい事される感じの同人誌か」
その界隈でもエルドラドオンラインは人気だ。
「冗談だよ。でも何か理由があるんだろ?」
「ああ。アドベンチャーズギルドでアリシアが
請け負う予定だったクエストの条件が、相手の
都合でパーティーじゃないと不可能になってさ」
依頼人が条件を加えるのは割とある話らしい。
別に無茶を突き付けてくるという事では無いが。
「それで彼女が断ろうかどうか悩んでた時に、
俺と、他に2人が代理でやると名乗りを上げた。
そこでギルドスタッフの手違いがあって、その
4人で依頼を請けた形になったんだ」
4人はもう固定なので、彼女が離脱を申告すると
その時点でクエスト失敗の扱いになるらしい。
アリシアは仕方なく、その条件を飲んだ。
「そんな事もあるんだな」
「ここで彼女と待ち合わせして、道中で残りの
2人と合流して現地に向かう手はずになってる」
「金髪美少女と同伴出勤とはオツだなあ」
ライオはそこで少し笑ったが、
「けど気を付けろよ。アリシアは気が強くて、
しかもギルド壊しなんて噂もあるからな」
「ギルド壊し? なんだ、その物騒な名前は」
「俺もそれほど詳しく知らないが、あるギルドで
姫プレイヤーがわがまま放題をして、人間関係が
ボロボロになったとか、どうとか?」
姫とは王族の事ではなく、男性プレイヤーから
守ってもらったり、極端な事を言えばアイテムを
貢がせたりするプレイヤーの事だ。
「アリシアがその姫プレイヤーだと?」
「そりゃ分からないけど、彼女がそのギルドにいて、
レベル不相応のレアアイテムを複数持ってたって話も
あるし──」
そこでガチャリと入り口のドアが開いた。
流れる金髪に、ワンポイントだけの髪飾り。
銀の軽鎧に身を包み、腰には鞘に咲き乱れる花が
彫られた長剣。
白いミニスカートと藍色のニーソックスの間から
覗く太ももが何とも目に眩しい。
話をすれば何とやら。
アリシアが現れた。
無論、俺との待ち合わせだ。
彼女が俺達にキッと強い視線を送り付ける。
さっきの話が聞こえていたわけではあるまいが、
ライオは急用を思い出したような小芝居をして
出て行ってしまった。
「どうも、アリシアさん。タツキです」
俺は怯まず挨拶。
自己紹介を怠るようでは失礼に当たる。
ソロプレイヤー=コミュニケーション能力が低い、
というネガティブイメージがあるが、決してその
ような事はないのだ。
クエストを請けた際に、1度顔を合わせているが、
アリシアの表情に色はない。
だがこちらを見る目は、何と言えばいいだろうか、
頼りなさそうなものを見る眼差しだ。
「今回の冒険で世話になる。どうした? 一緒に
行くには頼りなく見えるか?」
「ええ」
えーそういうのはっきり言うんだー。
主張するのは良い事だが、オブラートに包むという
美徳が日本語にはあるだろうに。
「まあそう言うなよ。お互いレベル50前後だから、
ステータスは似たようなもんだろ」
俺はすぐに気を取り直す。
メンタルの強さが俺の長所だ。
アリシアの表情は変わらない。
こちらの言葉が聞こえているのか、いないのか。
リアクションが無いのが、何より困る。
「ほら、そんなブスッと殺伐とした顔してないでさ。
一時とは言え、パーティー組むんだから。協力の
意味で握手の1つもしよう」
俺は右手を伸ばす。
それが彼女の不可侵のテリトリーを侵してしまった
のだろうか。
アリシアは、フレンドリーに差し出された右手を掴み、
それをひと息に捻ると、
「え、ちょ、ぐわーっ!」
俺は一瞬で重心をずらされ、世界がぐるりと一転し、
投げ飛ばされてしまった。
「パーティーだからって、馴れ馴れしく触っても
良いわけじゃないでしょ?」
「……ゆ、油断してたとは言え、俺を突然投げるとは。
ま、まあ、これだけ強いなら安心して背中を任せられ
そうだ」
俺は起き上がりながら言った。
改めて言うが、俺はメンタルが強い。
だからこれは決して強がりで言っている訳ではない。
しかし、こいつは取っ付き難いなあ。
ライオが言っていた、ギルド壊し。
それが真実か、はたまた汚名なのか。
冒険が終わる頃には分かるかもしれないな。
間も無く、2人はアドベンチャーズギルドを後にした。