王都への帰還
「一体、塔で何が起きて、何と戦ってきたの?
ユウキの装備が劣化してボロボロになってた。
道中の雑魚モンスターが相手なら、ベテランは
あそこまでやられたりしないでしょ」
フェリーチャは装備の耐久度で異常事態を悟った。
修理不可能になったまさおの胸当てや、ラリィが
予備のクロークやスカートを身に付けていたのも
見逃してはいなかった。
「俺達が戦ったのはドラゴンゾンビだ」
「ドラゴンゾンビィ? そんなのが塔にいたの?
ひええ、条件をレベル100にして正解だったわ」
「正確には最初からいたんじゃない。魔法陣から
召喚されて出てきたんだ」
「それじゃあ、呼び出した魔族とも戦ったんだ?
あれ建てたの魔族だから、そりゃいるわよね」
聞かれたユウキはヨシュアを見る。
彼は答えを引き取った。
「呼び出したのは、オディールだ」
「オディール? なんか、聞いた事のある名前ね。
けどモンスターじゃないし、NPCでもないし」
「あのクソ女よ!」
リーリンがダンッと杯を置いた。
「あいつ、あの性悪クソ女! ギルド騒動の時に
ネットにある事ない事、散々言い触らして回って。
それがブログだの何だのに面白半分に載せられて、
そのせいでこっちが悪者みたいに扱われたのよ!」
「ああ、思い出した。でも彼女がドラゴンゾンビを
呼び出したっていうのは……?」
「君はライザロスの生存者が、ダークロードの絵を
描いたと言っていただろう。つまりそういう事だ」
フェリーチャはすぐに察し、額に手を当てる。
「じゃあ、村を滅ぼした魔族の中に、プレイヤーが
まじってたって噂話は、噂ではなくなったのね」
認めたくはないが、とヨシュアは表情を歪める。
「オディールは、自分は特別な力をもらったんだと
嬉々としていた。その力で闇のネクロマンサーに
チェンジし、アンデッドを使役出来るように──」
ネクロマンサー?
とフェリーチャは聞き返した。
彼女のギルドでは新職業が出るという情報が出たら、
職専用アイテムや装備品を必ずチェックしている。
その情報網にまず漏れはない。
「情報は知ってるけど、転職条件も転職アイテムも
まだ何一つ公表されてなかったじゃない。ダーク
ロードといい、ネクロマンサーといい、魔族側に
なると、その特別な力とやらでチェンジ出来るの?」
「奴はその力を、闇の力と呼んでいた」
腕組みをしながらアベルが答えた。
「ただチェンジが可能になるだけではないようだ。
俺は奴と切り結んだが、ステータス上は本来非力で
あるはずのネクロマンサーに、力で押し負けた」
「戦士職の最上位のデュエルマスターが、腕力で?」
「それだけじゃないの。私がレッドドラゴンの
ブレスを浴びせても、大したダメージを与えられ
なかった。なんか意味分かんない力があるのよ!」
フェリーチャが顔をしかめる。
「それもう、プレイヤーとは別物じゃない」
「ええ。それについて、私達は帰りの船で色々と
話し合ってみたんです」
エルザが切り出した。
「現在のレベルキャップは150。その上限に近い
私達のパーティー相手に1人で戦えるという事は、
レベルもステータスも、既にプレイヤーと呼べる
範疇を超えているのでは、と」
「そんなの出来るのは、ボスモンスターだよな?
つまりよ、寝返った奴等はボスモンスターとして
キャラを作り変えられたんじゃねえのかな」
ヨシュア達が出した仮説は、一見突拍子も無いが、
ユウキ達は納得が行った。
あるイベントを思い出したからである。
隠れながら魔族を崇拝し、生け贄を差し出していた
ある貴族が、魔族に力を与えられ、ボスモンスター
となって襲い掛かってくる。
それと同じ事がプレイヤー相手にも可能だとすれば、
寝返った者達が本来ありえない能力を有していても
おかしい事ではない。
一同が神妙な面持ちになる中、フェリーチャが口を
開いた。
「神鳴の日以来、見慣れない建物が幾つも建ってる
って話だけど。そのどれもが妨害魔法を発していて、
ボスとして魔族側に寝返った者が配置されてるって
可能性もあるわけだ」
「妨害魔法について、気になった事があるのですが」
メリッサが発言を求めた。
ええどうぞ話して、とフェリーチャが促す。
「解術は妨害魔法の内容を解読し、それを打ち消す
魔法を掛けて、消していくのです」
プログラムの書き換えみたいな物かな、とユウキは
解釈した。
「その中に妨害とは関係のない、塔のモンスターが
受けた、攻撃の威力を集計する魔法があったのです」
「集計? 総ダメージを計算してるって事かしら?」
「目的は分かりません。妨害魔法の項を最優先に
解術したところ、最終的にそれも消えていて」
ユウキは考えてみる。
侵入者の強さを測るためか?
それとも蓄積されたダメージを知りたい理由でも
あったのだろうか?
「なあフェリーチャ、あの島には塔が出来る前には
何か祠があったって言ってなかったか?」
「言ったわよ。でもここの最長老のおじいさんでも
何の為にそれがあるのかは知らないって。ん、何?」
「いや、曰くつきの祠なら、その辺と関係してるかと
思ったんだけど。よく考えたらこの世界、そういうの
幾らでもあるもんな」
フェリーチャは傍らのカタリナと二、三やり取りして、
「今は分かる事だけ対処しましょう。ああ、あと
メリッサさんと商船護衛隊はこの場で聞いた話は
口外法度でお願いね」
異界人の中に魔族と結託した者がいる、などという
噂が流れたらプレイヤーの活動に差し支えが出る。
悪い噂ほど早く広まり、その上ここは人が行き交う
交易の街だ。
「フェリーチャ、転送魔法陣が使用可能になった話は
どんどん広めてくれよ。これで行動範囲が広がる」
「ええ。アドベンチャーズギルドには明日にも使用が
出来るように、使いを出しておいたから」
ここに来る道すがら、ユウキは限定解除された内容を
伝えていた。
フェリーチャは、営業にも使えると商人らしい理由で
喜んでいたので手回しも早いようだ。
「それじゃあ、こんな所かしらね。今回は、双角の塔
攻略に参加してくれてありがとう。皆の活躍のお陰よ。
細かい報酬の話は明日にするとして……今日は本当に
お疲れ様でした!」
さすがに三本締めはしなかったが、祝勝会は閉会した。
「夜の海というのも結構綺麗なものだ」
潮風に髪をなびかせながら、ヨシュアが言った。
拠点の2階にある、海に面したテラス。
拠点の宿泊施設に泊まっていいと言われ、自分の宿に
戻ったケン以外は皆そこに泊まる事になった。
最上級ホテルにも勝るほどのラグジュアリーな内装で
快適な夜を過ごせそうである。
そんな中、ユウキはヨシュアに話があると誘われた。
思い返せば、塔の攻略前に約束していたのだった。
「明日、王都に戻るんだってね」
「はい。転送魔法陣なら一瞬です。おねえちゃんに、
こっちで起こった全てを伝えなきゃいけないし」
「君は今、みんなの会のメンバーだったね」
「……はい」
ユウキは何の話だか、察しがついていた。
「単刀直入に話そう。ユウキ君、冒険者達の集いに
戻ってきてもらえないか?」
冒険者達の集い。
ユウキには何だか酷く懐かしく聞こえる響きだ。
「君がつらい目に遭ったのは分かっているつもりだ。
ギルドからの離脱も、ちゃんと相談された上で僕が
納得して首を縦に振った事だ。だから離れていた事
について負い目に感じる事はない。それを踏まえた
上で、僕は復帰をお願いしたい」
ユウキは少し逡巡し、
「俺は必要とされてる。そう考えて良いんですね?」
「ああ。特に今回の活躍を見て、一層そう思った。
君のように熱意と強い意志がある者には是非戻って
きて欲しい。君のような者こそが、皆を引っ張って
いけるんだ」
「ヨシュアさんが冒険者達の集いギルドで目指して
いるものとは、なんですか?」
「僕はギルドの規模を戻す復権や、プレイヤーの
統治を望んだりはしない。ただ、最初のリーダーが
求めていた、節度を持って皆が楽しめる、そんな
ギルドのあり方をこの世界でも示したいんだ」
法に背くプレイヤーは徐々に出てきているという。
強制ではないにしろ、プレイヤーを無法者にしない
取り組みが必要になってくるのだ。
ヨシュアは強引な統治など望んでいないだろう。
そういった強権を得たいのではなく、皆で穏やかに
生きていけるコミュニティを作り上げたいのだ。
その場合、やはり求心力のあるギルドが必要だ。
「今回の件で、魔族に寝返った者の存在が知れた。
オディールの話では、例の騒動に加担した者達が
向こう側についているという」
「俺達のギルドを追い込んだ奴等が」
「ああ。説得出来ればベストだが、恐らく彼等とは
剣を交えなければならないだろう。その時に僕は、
『冒険者達の集い』の名を掲げ、自分がその代表で
ある事を心の拠り所にして戦いたいんだ」
決して復讐心からではない。
モラルを持って楽しく活動する、その象徴として
ギルドの名を掲げ、戦いに挑もうというのだ。
「みんなの会の傘下ギルドや姉妹ギルドという形に
なっても構わない。僕はまた、皆で楽しめた、あの
時間を取り戻したいんだ。だからユウキ君。君に
是非とも協力して欲しい」
ユウキはヨシュアの目を見た。
彼は今まで1人でギルドを守ってきたのだ。
ユウキが離脱した後も、理想を持ったリーダーとして。
ギルドを抜けてから、ユウキは自分にどこか欠落感を
覚えていた。
それはきっと、同じ理想を持ちながらギルドと距離を
置いてしまった自分自身に対する負い目なのだ。
欠けていると感じていた自分を必要としてくれている。
欠けてしまったギルドのピースを埋めるには自分しか
いないという。
自分とギルド、その2つが満たされた時、プレイヤー
として理想的な生き方が見い出せるのではないか。
そしてその先には納得の行く展望があるのではないか。
きっと、長々と難しく考える必要などないのだ。
冒険者達の集いは、自分を育ててくれた場所なのだから。
「ヨシュアさん、俺に何が出来るか分からないですけど。
俺もあの時間を取り戻すために、ギルドに戻ります」
ヨシュアが頷き、無言で右手を差し出す。
ユウキはその手を、力強く握った。
「もう準備出来ますからね」
アドベンチャーズギルドの女性スタッフが言った。
ユウキ、リュウド、アキノはその時を待っている。
ここは転送魔法陣の間。
どの街のアドベンチャーズギルドにも用意されており、
大抵は建物の奥に設置されている。
魔法陣の周りに移動の砂と呼ばれるアイテムを撒き、
後はスタッフが呪文を唱え終われば転送される。
目的地までの転送は数秒とかからない。
再開されてから第1回目の使用者がユウキ達だ。
身をもって、王都に使用可能になった事を伝えに
帰るのだ。
「僕等も後で挨拶に行くよ」
「あたし等もしばらくしたら顔出しにいくぜ」
「私も時間作って、ミナに話をしに行かなきゃ」
ヨシュア達、ラリィ達、フェリーチャが見送りに
来てくれた。
一緒に行動した期間は短く、またすぐに会える訳だが、
何だか名残惜しい気持ちにもなる。
「それじゃあ、王都に向かいます。皆また近いうちに」
ユウキ達が軽く手を挙げる。
スタッフが手短に呪文を唱えると、魔法陣から光の柱が
立ち上り、彼等の姿はその中に消えた。
これにて第3章終了となります。
わりとシンプルなダンジョン物にしてみました。
バトルやドラゴンゾンビを追う場面ではいまいち
スピード感が出せませんでした。
久々にバトルシーンを書いたような気がします。
展開について感想などありましたら、気軽に
コメントをお送りください。
今回2週間ほど、その日に書いて次の日にすぐ
投稿、というペースに挑戦してみました。
毎日欠かさずにずっと連載されてる方は本当に
凄いと思いました。
まだまだ練習が足りていないです。