双角の塔攻略
波の音が遠くから聴こえてきて、ユウキは
緩やかに意識を取り戻した。
ああ、そうだ、海の近くに落ちたんだっけ。
目を開けずにただぼんやり考えていると、
柔らかい物に頭を乗せている事に気付いた。
ユウキはゆっくりと目を開ける。
彼の視界で逆さまの顔が像を結んだ。
「………アキノ」
「ユウキ、意識戻ったんだね」
胸があり、その上から覗くアキノの顔があった。
となると膝枕をされてるのか。
ユウキはそう気付いて体を起こそうとするが。
「──ん、痛みがない。アキノが?」
「うん。エルザさんも手伝ってくれて。酷い
もんだったよ、骨も内臓も相当傷めてて」
落下した瞬間、体が上げる悲鳴を聞いた。
リアルだったら、即集中治療室に入るような
怪我を負っていたに違いない。
どうやらまだ砂浜にいるようだった。
空はまだ青いが、少しすれば夕暮れだろう。
くたびれた体をすぐに動かすのは億劫だし、
しばらくこのままでいようとユウキは決めた。
「魔術師メリッサは無事だったんだよね?」
「ええ、爆発で砂を被っただけだって」
「良かった。これで妨害魔法が止まるな」
「うん、でもユウキ無茶しすぎ」
「無茶を承知の上であれくらいやらないと、
もう間に合わないと思ったからさ」
「そうだけど、上手く行かなかったら自分も
死んじゃうところだったよ?」
「死ぬのは怖いけど、復活出来るって思いが
あったから思い切れたんだよ」
アキノがユウキの額にそっと触れる。
「確かに生き返れるんだろうけど、それでも
身近な人が苦しむような姿は見たくないから」
アキノの目元がほんの少しだけ腫れていた。
傷だらけのユウキを見て、涙を流したのだろう。
半狂乱とは言わないが、心配で慌てたに違いない。
思い付きとは言え、さすがに無茶をし過ぎたか。
ユウキは反省しながら、アキノの手に自分の手を
重ねた。
「おう、目ぇ覚ましたか」
「随分とまた派手にやったようだな」
ラリィとリュウドが歩いてきた。
「あそこから飛び降りるってなあ、あたしでも
さすがに考え付かねえな」
「しかし突飛な事を思い付くものだ」
「急に飛ぶ作戦のインスピレーションが湧いて
きてさ。火事場の馬鹿力みたいなものかな」
ははは、と笑いながらそれらしい事を言った。
そんな中、離れた所から無表情でこちらを
見ているケンにユウキは気付いた。
いつも表情に色が無く、得体の知れない男だ。
「ユウキさん!」
アルスとベガ、キャプテン、それとメリッサが
ユウキの元へ歩み寄ってきた。
「ユウキさん、助かりました。あそこで上から
攻撃してもらわなかったら、多分、皆やられて
ましたよ」
「アルスも頑張ったんだろう? ライトニング
ブレードの光が見えたよ」
彼の果敢な攻めも勝利へのアシストとなった。
ドラゴンゾンビにレベル20で挑んで、生還を
果したのだから大したものだ。
生還と言えば、致命傷を負っていたまさおは
エルザの回復魔法が間に合い、死なずに済んだ。
負傷した隊員と一緒に体を休めているようだ。
「ユウキ君、意識が戻ったね」
颯爽と駆け寄ってきたのはヨシュアだ。
「君が僕の頭の上を飛んでいったのを見た時は
何事かと思ったが。本当によくやってくれた」
「いや、まあ。ヨシュアさんが完全なトドメを
刺してくれたお陰で、安心して気絶できました」
一か八かの大勝負だったが、成功したからこそ、
こうしてジョークにも出来る。
「僕も、時間稼ぎをしてくれと彼に無茶なお願いを
頼んだからには、絶対にドラゴンゾンビの被害者を
出してはいけないと思ってね」
当のドラゴンゾンビは灰になって完全に崩れ去って
いた。死骸があった所は小さな山になっている。
しぶとかったが、もう2度と動く事はないだろう。
皆さん、とメリッサが1歩前に出た。
「塔の攻略と護衛、本当にありがとうございました。
随分と困難が続きましたが、全ては塔の妨害魔法を
停止させるため。私は魔力を十分に溜めてあります。
今すぐにでも解術に向かいましょう」
そう、全ては妨害魔法を止めるため。
終わりではなく、これでようやく準備が整ったのだ。
もう一踏ん張りするか。
気合を入れ直すユウキだったが、大勢のギャラリーを
前に、自分がいつまでも膝枕されていた事に気付き、
ちょっとだけ気恥ずかしくなった。
回復魔法やポーションでコンディションを安定させた
攻略チームは、戦闘力に優れるヨシュアのパーティーが
メリッサを連れ、ユウキ等と共に再び2つの塔に入った。
だが──モンスターは既に1体もいなかった。
オディールがここを放棄したからか、人魂1つ現れない。
アンデッドモンスターで溢れ返っていたこの死者の塔は、
ただの寂しい廃墟になっていた。
邪魔者がいないのは好都合だ。
2つのパーティーはスムーズに最上階へと辿り着いた。
モンスターと違い、妨害魔法を発する祭壇はそのままで
魔法の発信は続いている。
メリッサは黒い宝玉に触れたり、祭壇の様式を調べると、
「分かりました。この術はすぐに解けます」
と告げた。
彼女が言うには宝玉同士が共鳴して魔法の効果を生み、
並び立つ塔が共振してそれを広めていたのだと言う。
塔そのものが発信装置だったわけだ。
宝玉の片方を止めればもう1つも機能しなくなるそうで、
メリッサは解術に取り掛かった。
彼女は自他共に認める解術のエキスパートで、宝玉の
状態を確認しながら慎重に解除魔法を掛けていく姿は
爆弾処理班のような緊張感があった。
「………解術に成功しました」
宝玉はたちまち輝きを失い、そこから発せられていた
圧迫感も消えた。
左の最上階で待機していたユウキ達も、宝玉から力が
失せていくのを確認した。
すると島にいたプレイヤー全員の目の前にウインドウが
展開した。
そこには、
・転送魔法陣の機能が限定的に解除されました。
・検索機能が一部地域で復帰しました。
とゲームの定期メンテナンスが終わった時によく見た、
不具合修正情報と酷似した文章が表示されていた。
「これで双角の塔のクエストは無事クリアって事か」
最後は何ともシュールだったが、ユウキは妨害魔法の
消失を確信したのだった。
夕暮れ。
日が沈む中、桟橋岩から全員が船に乗り込んだ。
クルーザーはスタンバイを完了し、出発を待つばかり。
「こちらヨシュアだ」
(……フェリーチャよ。どう? 上手くいった?)
「色々アクシデントはあったけど、皆と協力して何とか
成功にこぎ付けたよ。これから港へ戻る」
(良くやってくれたわね! そう言ってくれると思って、
こっちではささやかな祝勝会の準備をしてるところよ)
「分かった、楽しみにしておくよ」
クルーザーが名も無き島を発つ。
フェリーチャが待つカーベインへ向けて。
空も海も、夕日で朱に染まっていた。