堕ちて来た悪夢
「フレイムジャベリン!」
最上階の縁に立ち、ユウキは攻撃魔法を放った。
連射された炎の槍はドラゴンゾンビの脇腹に
続けて命中する。
だが弱点属性であっても効果は芳しくない。
射程距離ギリギリであること、そして炎への
耐性が上がっているようにも見える。
肋骨を燃やしながら、ドラゴンゾンビの体は
降下を始めた。
ダメージで飛行能力が低下したのではない。
島の作りから見て、塔のすぐ近くに海岸へと
続く岩壁があり、その下に結界がある。
つまり最上階から飛び立った後に飛び続ける
必要はなく、すぐ降下に入ったのだ。
緩やかに滑空しながら、ドラゴンゾンビは
魔法の射程圏外へと離れていった。
ユウキは、1度は肩を落とすものの、すぐに
立ち直った。
「ヨシュアさん」
(ああ、こちらはこれから2階へ降りる)
「すみません、足止めに失敗しました」
(な、なんだって!?)
ヨシュアは愕然とした。
倒すのに苦労していると言うのなら分かるが、
経験豊富で各モンスターの対処法を知り尽くす
ユウキが、みすみす相手を取り逃してしまうなど、
あまりにも予想外だったからだ。
「翼を2つとも破壊して、後ろ足にもかなりの
ダメージを与えたんです。でも……新しい翼が
生えてきて、下半身を自分で切り離したんです!」
(新しい翼!? 体を切り離した!?)
ネクロマンサーはアンデッドを自在に操る。
だがドラゴンゾンビがそんな変化を起こすなど、
ゲームではありえなかった。
その常識を覆す能力は、オディールが魔族から
授かった力で作り出したのだろうか?
考えるのはまた後だ、とヨシュアは自分自身に
言い聞かせた。
(それは予測できなかったとしても仕方がない。
君達も下へ向かってくれ、僕等は海岸へ向かう!)
「ヨシュアさん達が海岸へ向かうそうだ」
「ああ、私達も急ごう。……どうした、ユウキ、
早く行かねば!?」
急いで踵を返した4人だったが、ユウキだけは
その場に留まった。
「皆は先に行っててくれ。俺は、考えがある」
「考え? お前何言ってんだ? こんなとこで
突っ立っててもどうにもならねえだろ!?」
ラリィに続き、ケンが口を開く。
「お前、あれを逃がしたからと言って、ここで
1人ふて腐れてるわけじゃないだろうな」
「ユウキがすねて助けに行かないなんて、そんな
ことするわけがないでしょ!?」
アキノがフォローする。
だが彼女もユウキの真意は汲み取れない。
怪訝な視線を集めながらユウキは、それぞれに
目で訴える。
リュウドは彼に強い決心があると受け取った。
「ユウキにはきっと何か策があるのだ。私達は
海岸へ向かうぞ」
ユウキを残し、4人はエレベータールームへと
入って行った。
海岸では満身創痍のCチームが休息していた。
想像以上のモンスターの襲撃にチームは疲弊し、
戦闘力はかなり低下している。
まず隊員2人がブラッドロクスタとの戦いで
大怪我を負った。
1人は触覚で肩を深く突き刺され、もう1人は
尻尾を叩き付けられて左腕を骨折した。
ベガは激しい出血とおかしな方向に曲がる腕に
ショックを受けながら、マジックポーションで
MPを維持しつつ治療に専念している。
キャプテンは欠員をカバーする為に奮闘して、
逞しい海の男と言えど疲れは隠せないようだ。
メリッサがそれを労い、使える範囲で回復の
魔法を使っている。
救護テントのようになっている岩壁付近から
砂浜へ出た所に、アルスとまさおはいた。
彼等は支給品の傷薬を使って自ら傷を治療し、
ヒールポーションでHPを保っていた。
2人にとって、ここまでの持久戦は初めての
ことだった。
「上に行った人達、まだ戻ってけぇへんのかな?
もう結界も消えてもうたし」
「さっき、塔の上の方で何かが光って見えた。
きっとボスか何かと戦ってるんだよ」
ボスを倒せばすぐ戻ってくるさ、とアルスは
勇気付けるように言った。
「しっかし、しんどいわ。フェリーチャさんに
追加ボーナスもらわな、こら、割に合わんで」
「はは、きっと出してくれるよ。……ん?」
急に暗くなった? 雲が出てきたか?
アルスがそう思い、見上げようとした時、
──ドゴォォンン!
最初は砂浜が爆発したのかと思った。
だが、何かが目の前に落下したのだと分かる。
大量の砂が舞い上がり、それを手で払うと。
「ド、ドラゴン!?」
「なんや、死骸? 今塔から落ちてきたんか?
……うわ、くさっ! こいつ腐っとるんか!?」
ズル、ズルル……
「うわ、動いた!?」
「死骸やない、こいつアンデッドや!」
ただれた傷に砂が付着し、正視するに耐えない
醜さでドラゴンゾンビは体を起こした。
動作が鈍く、ユウキから受けた魔法のダメージが
蓄積していた為、ドラゴンゾンビは着陸に失敗した。
ドラゴンらしく威厳たっぷりに舞い降りる事など
ドラゴンゾンビは考えていない。
指示された標的を爪で切り裂き、牙で咬み潰す事
しか、その頭の中には無いのだ。
「こないな死に損ないのモンスターなんぞ、俺が
仕留めたるわ!」
初めて見たドラゴン種を前に、まさおは興奮し、
戦斧を構えた。
「無茶は駄目だ。あんなに大きいし、僕等じゃ、
とてもじゃないけど戦えない!」
「見てみい。あいつの体、腰から裂けてんのやぞ?
図体はでかかろうと、こいつでガツンとドツいて
頭カチ割れば倒せるで!」
戦斧を頭の上に構え、まさおは駆け出した。
「おりゃあー!」
「駄目だ、相手が何なのかも分からないのに!」
勇んで飛び掛かるまさお。
首をもたげたドラゴンゾンビは、左前足を僅かに
上げると、彼に激しく打ち付けた。
「げぅ!」
一瞬でまさおはきりもみ状態になって吹き飛び、
浜に転がった。
瞬時に麻痺毒が回ったのか、微かに痙攣している。
爪に接触した鋼の胸当ては、金属とは思えない
ほどズタズタになって、その裂け目から大量の
血が流れ出ていた。
ドラゴンゾンビは、アンデッド化して筋力も
リミッターが外れている。
市販の鋼鉄製防具など、そのパワーの前では
コーンフレークも同然だ。
慌てて剣を抜いたアルス。
だが何をどうすれば良いのか分からない。
そこにチャットウインドウが開いた。
(アルス君、そちらは今どうなってる!?)
「あ、ヨシュアさん! 変なドラゴンが急に
空から降ってきて! まさおさんが一撃で!」
声が震えているのも無理はない。
あれに立ち向かえるレベルではないのだ。
そんな声を震わせる若者に、残酷な指示を
伝えなければならない。
ヨシュアは心の底から申し訳なく思った。
(アルス君、魔術師のメリッサは無事か?)
「はい、そちらにはまだ攻撃されてなくて」
(良かった。あいつは彼女を狙ってるんだ。
今僕等は塔の2階からそちらに向かっている。
僕が駆け付けるまで彼女を守ってくれないか?)
「ええ!? あんなのを僕1人でどうやって!?」
(すまない。時間を稼ぐだけでいい、何とか
頼む。僕が駆け付けるその時まで、頼む!)
「………分かりました、やってみます!」
自分が何とかしなければならない。
その思いが、彼の正義感を燃え上がらせる。
ヨシュアさん、ユウキさん──。
早く戻ってきてください……!
アルスは雷帝剣レプリカを構え直した。