現れた塔主
ユウキ達がエレベーターを降りたのとほぼ
同じ頃──。
「ここが最上階か」
空を仰ぎ、ヨシュアは最上階のステージへと
踏み出した。
真正面には祭壇らしきものがあり、黒く輝く
宝玉が祀られている。
「あそこから妨害魔法が」
エルザが眉を寄せた。
頭を押さえ付けられるような不快な圧迫感は、
精神力と魔力のステータスが高いほど明確に
感じ取れるらしい。
リーリンも軽い頭痛を覚えているようだ。
「とっととあの宝玉をぶっ壊して──っつうわけ
にもいかねえんだったな」
「ああ。デリケートな物かもしれない。術は
あの魔術師に解いてもらわないと」
「じゃあ、ここを確保してお終いか。なんだ、
ボスも出てこねえし、張り合いがなかったな」
「このダンジョンはお気に召さなかったようね」
どこからともなく声がした。
女のものだ。
「何者だ!? 正体を現せ!」
ヨシュアの誰何に呼応するかのように、最上階の
中心部に黒いもやが発生した。
その黒煙に近いもやの中から1つの人影が現れ、
5人の前に姿をさらけ出した。
現れたのはモノクロームの女だった。
黒いローブで頭から足までをすっぽりと覆い、
露出している顔と手は病的なまでに白い。
若い妖人だが重篤な病人のように生気に乏しく、
ありきたりな比喩で言えば死神である。
モノクロ映像から抜け出してきた、そんな錯覚
すらさせる女はすぅと音も無く近寄ってくる。
7、8メートルまで近付いた女の顔を見て、
「お前はオディール!」
ヨシュアが叫んだ。
「……あのオディールか」
アベルがヨシュアに聞いた。
「ああ、そうだ、あの──」
「ええ。冒険者達の集いギルドをぶち壊すのに
一役買った、あのオディールよ」
女──オディールは口元だけで笑った。
「お久しぶり。会ったのはギルドの騒動以来?」
「そうなるな」
ヨシュアはひたすら冷静に努めた。
冷静沈着はパラディンの性質であると同時に、
彼は自分の怒りを必死に押し殺していた。
「ネットにある事ない事、散々書いて回って、
わざと炎上騒ぎを起こして喜んでたクソ女が。
あんた、なんでここにいんの? 私達以外に
探索のプレイヤーがいるなんて聞いてない」
ヨシュアに共感するリーリンは喧嘩腰だが、
オディールは涼しい顔をしていた。
「なんで? なんでって、この塔は私の担当
なんだもの」
「おい、担当ってなぁなんだ? フェリーチャ
以外の誰かから何か頼まれてるのかよ?」
「そんなとこね。私はこの塔を任されてるの。
あんた達が嫌いな───魔族からね!」
「魔族だと!?」
くろうが忍者刀を抜き、低く構えた。
「……ヨシュア」
アベルが槍を構え、ヨシュアに目配せする。
彼もシャインブレードを構えた。
魔族とプレイヤー、2つの影が交差したと
される事件を彼等は知っている。
「まさか。いや、やはりライザロスで村が
壊滅させられた虐殺は、プレイヤーの仕業か!」
「待って、ヨシュア。もしかしたら彼女は
魔族に操られている可能性も」
「そう。私は哀れにも洗脳されてしまった。
そして本心では嫌々ながら、魔族の手先に
されているの。ああ、なんて気の毒な運命。
どうすればこの呪縛から逃れられるの……」
繊細な、悲痛な声でオディールは言った。
──だが、
「………ヒヒヒ、なんてね」
「!?」
「ウソよ。こんな風に言って欲しかった?
プレイヤーは関わり無いって。ざんね~ん」
オディールはのどの奥からケケケと笑った。
彼女の体から、魔力と瘴気が渾然となった
紫色のエネルギーが噴出する。
その勢いは最強装備のヨシュア達が両腕で
身を庇わねばならないほどだった。
はためくローブの肩口を掴み、オディールは
それをバリバリと剥ぎ取った。
千切れたローブの下から現れたのは──。
獣の髑髏とタリスマンが埋め込まれたマント、
呪文がペイントされた上半身は半裸で、肋骨を
思わせる骨が豊満な胸やウエストを覆っている。
下はローライズのビキニ、黒革のブーツを履き、
太ももにも脊髄のような骨が巻き付いていた。
「ネクロマンサー!?」
アンデッドを支配し、使役する死霊使い。
高度な魔法スキルを多数所持している者だけが
その道を選ぶ事が出来るという。
「ネクロマンサーは、新バージョンで追加される
闇を司る職の1つだ。どうやってその姿に!?」
「フフフ、魔族が私に与えてくれた闇の力よ?
あんた達じゃ到底得られないようなね」
尾を引く髑髏の死霊を漂わせて、オディールは
勝ち誇った。
「そうか。あの男もそうやってダークロードに
なったんだな!」
「ふーん、もうそこまで情報が広まってるの。
なら隠す必要も無いわね。そうよ、彼も、その
仲間達も、皆こっちでよろしくやってるわ」
オディールがケケケと笑った。
声にエコーがかかり、既に人の声ではない。
アベルが力強く歩み出た。
「ふん、何を勝ち誇っている。闇の力だと?
粋がったつもりなのだろうが、貴様等は魔族の
使い走りになっただけだろう」
「パシリ? この私に向かってパシリ? なら
その身を以って知るといいわ。闇の力を!」
オディールは20メートルほど飛び退いた。
ふわりとした跳躍をしながら、空中で詠唱が
始まっている。
避けようのない戦いが始まろうとしている。
ベテランのパーティーは、瞬時に自分の役目を
把握し、指示が無くても行動に移す。
強豪パーティーともなれば、それは条件反射の
レベルにまで高められている。
「セレスティアル・フィールド!」
エルザがロッドを掲げ、防御魔法を展開した。
光がドーム状に広がり、5人を包み込む。
物理・魔法の防御力、状態異常の耐性を一度に
高める最上位の魔法だ。
ヨシュア、アベル、くろうは前衛の隊列を組む。
半歩前に出たヨシュアがクリスタルシールドを
構えると、前衛の防御効果が高まった。
仲間を守る、パラディンのシールドスキルだ。
「まずはこれの相手をしてみて」
オディールが複数の魔法陣を展開。
中から骸骨系モンスターが呼び出された。
斧と盾で武装したオークスケルトン5体だ。
太くて密度の高い、頑強な骨格を持つオークの
スケルトンは人骨ベースの戦闘力を遥かに凌ぐ。
だがヨシュア達はその辺のパーティーとは訳が
違うのだ。
シャインブレードが、剣閃の中でその輝きを
見せた後には、崩れた骨の山が築かれていた。
「じゃあ、まとめてこれよ」
魔法陣から次々に骸骨が召喚される。
まずは剣で武装したスカルラミアが5体。
蠱惑的な肉体と相手を誘惑する美貌は失われ、
人骨の腰から下が蛇の骨のスケルトンだ。
続いてボーンビースト5体。
名前の通り、獣のスケルトンだが、別種類の
骨を組み合わせて1つにまとめたモンスターだ。
好きなパーツで組んだブロックとも言える。
迫り来るスカルラミアの群れに、アベルの槍が
唸りを上げた。
蛇の下体を利用した、変則的な攻撃を仕掛けて
くるが、歴戦を経験した彼の目には子供騙しに
等しい。まるで相手にならなかった。
ボーンビーストはくろうが受け持つ。
高速の斬撃で前足を切り落とすと、もがく所に
かんしゃく玉を投げて瞬時にとどめを刺した。
忍具のかんしゃく玉は所謂手榴弾のような物で、
衝撃に弱い骸骨系モンスターには効果が高い。
3体を仕留めた所で、後方から火球が飛ぶ。
リーリンの放ったフレアバーストが2体の獣を
焼き、炭化させた。
「材料は撒き終えたわね。それじゃあ、これよ」
工程の仕上げであるかのようにオディールが言った。
魔法陣から大量の骨が溢れ、互いが癒着するように
組み上がっていく。
先ほどの戦いで散らばっていた骨も吸い寄せられて、
それはやがて人型になっていき──。
ネクロゴーレム、骨で構成された8メートルを超える
巨人型スケルトンだ。
数え切れないほどの頭蓋骨が体の表面上に顔を出し、
おぞましい事この上ない。
捻り殺した相手を吸収して傷の復元、更なる巨大化を
はかるモンスターで、骸骨系の最終形とも言える。
こんな悪夢のようなモンスターが相手でもヨシュアは
怯まない。
「シャイニング!」
エルザが、ロッドから何条もの眩い聖光を放った。
それはレーザー光線のように屍の集合体を焼き切り、
解体していく。
「聖星十字斬り!」
ヨシュアがジャンプし、グズグズのネクロゴーレムに
聖なる十字を刻み込んだ。
十字は体の奥へと浸透し、集合体の核部分となる
髑髏を粉砕する。
ネクロゴーレムは骨の1本1本をボーリングのピンの
ように四散させながら崩れ去った。
「どうした? 闇の力とはこんなものか?」
「手厳しい事言わないでよ。初めてやった術にしちゃあ、
上出来だと思わない?」
5人は驚愕した。
アンデッド使役には高等なスキルが必要となる。
オディールの発言が本当なら、今のスケルトンの群れを
あっさりと作り上げた事になる。
彼女が元から実力者だとは言え、後から上乗せされた
『闇の力』は、やはり常識の範疇を超えている。
「フフ、向こうも良い具合に苦戦してる」
オディールが手でひさしを作り、遠くを眺めるポーズを
取る。
ヨシュアは釣られるように同じ方向に視線を送った。
左の塔では、ユウキ達が巨人兵と攻防を繰り広げていた。
あれもオディールが操っているのだろうか。
気にはなるがヨシュアは目の前の敵に集中した。
「これだけやれば十分かな。最後にちょっと遊んでから
おうちに帰ろうか」
オディールは握った右手を前に突き出す。
手の中からどろりとした黒い粘液が溢れてきて、それは
瞬時に剣の形に硬化した。
「さて。力比べ、付き合ってよね」
オディールは剣を構え、アベルに突進した。
十数メートルの距離を1秒足らずで肉迫する。
アベルは鋭敏な反射神経でこれを受ける、が。
馬鹿な、僅かだが押されている!?
魔法職であるネクロマンサー相手に、デュエルマスター
の俺が力負けするのか?
相手から湧き上がる力にアベルは何かの片鱗を見た。
それを確かめ切れる前に、オディールが鍔迫り合いを
止めて飛び退いた。
「悪いけど、おうちにゃ帰さないわよ!」
着地の隙を狙い、リーリンがフレアバーストを2連射
した。
オディールはこれを爆風の範囲外までひらりと避ける。
続けて放たれた熱線魔法も苦も無くかわして見せた。
「ヒヒヒ、当たんなきゃ魔法も持ち腐れねえ?」
「やろう! 俺と勝負しやがれ!」
その素早い身のこなしに挑発されたのか、くろうが
忍者刀で斬りかかった。
上から下から、バックステップで距離を離そうとする
ところを追って右から左から、フェイントを絡めながら
斜めの切り上げと切り下ろし。
が、オディールはその全てを防ぎきる。
魔法職でありながら、まるで剣豪並みの剣捌きだ。
それが彼に焦りを生じさせてしまったのか?
ジャンプで逃げるオディールを不用意に追ってしまい、
「ぐはっ!」
逆に懐に入り込まれ、漆黒の剣先が、くろうの腹から
背中までを貫いた。
「馬鹿な奴、何も考えないで動くから────えっ?」
彼女が気付くと、くろうは丸太に変わっていた。
「馬鹿はテメーだ」
背後からの声。
振り向く前に、オディールの体は飛来してきた何本
もの鎖分銅で雁字搦めにされてしまった。
「剣を防ぎ切って余裕こいたな。引っ掛けってのは、
そういうタイミングで仕掛けるもんだぜ!」
くろうは彼女の影にクナイを投げつつ飛び退いた。
影縛り、影を打ち付けて動きを封じる忍者スキルだ。
「リーリン、やっちまえ! 容赦するな!」
「言われるまでもないわよ!」
彼女は高速詠唱スキルで高等魔法を数秒で唱えきる。
『焼殺の咆哮』
リーリンの前に展開した魔法陣から、赤い鱗を持った
20メートル級のドラゴンが召喚された。
ドラゴンは1つ羽ばたくと、180度近い大口を開け、
強烈な熱と閃光を放つブレスを吐き出した。
破壊のエネルギーの波間にオディールが飲まれる。
炸裂音、閃光、そして振動。
数秒でドラゴンは消え、白けた視界に色彩が戻ってくる。
「……やっちまえって言ったけど、オーバーキルじゃ
ねえか?」
「あの騒動に加担した奴なんだから、すっ飛んだほうが
清々するってもんで……あっ」
リーリンは最小の感嘆詞を漏らした。
「嫌われたものねえ、私も。日頃の行いのせいかなあ」
数ヶ所火傷しているが、オディールは健在だった。
とっさに何かの防御魔法で対処したのか。
それとも別の力で直撃を防ぎ切ったのだろうか。
「あれ、もうやられちゃったか」
何事も無かったかのように、彼女は左の塔を眺めている。
5人が見ると、巨人兵の姿は無く、ユウキ達がこちらを
気にしている様子が確認できた。
「ま、今回はこれでいっか。折角だから面白い置き土産を
残してってあげる」
あっけらかんとして、それでいてサディスティックな
表情を作ったオディールが呪文を詠唱し始める。
右の塔からは、ユウキ達が何やら騒ぎ始めた所が見えて
いた。