奈落の鎧
「最上階だな」
抜けるような青空にユウキはそう確信した。
どうにも陰鬱だった塔内とは打って変わって、
新鮮な空気が流れている。
最上階は8角形をしていて、幅、奥行き共に
70メートルほど。
ここも石造りではあるが、床の表面は滑らかで
コンクリート製のタイルを敷き詰めたようだ。
8角の頂点にそれぞれ柱が立っていて、何かの
ステージを彷彿とさせた。
「あれが妨害魔法の発信装置じゃない?」
アキノが1番奥を指差した。
そこには左右で対になる4体のガーゴイル像が
置かれた祭壇があった。
祭壇は自販機を横に三つ並べたくらいの、割と
小さなもので、中央に光る宝玉がある。
「あの宝玉が」
暗雲を閉じ込めたような黒い宝玉。
それが視界にあるだけで、額に手をかざされて
いるような圧迫感がある。
だが、解術の知識がないユウキ達では、あれを
どうこう出来ない。
しかし、祭壇は確認しておかなければならない。
ユウキ達が半分ほど進むと、
「……ギ、ギ、ギアアア!」
ガーゴイル像が震え出し、雄叫びを上げた。
石の肌が柔軟に動くと、一斉に羽ばたき、飛翔した。
魔族によって作られた魔法生物ガーゴイル。
コウモリのような翼とくちばしにも見える尖った口元、
手足には鋭い爪があり、二又のスピアで武装している。
周囲を絶えず監視し、侵入者を排除するという。
突如石像が変化したが、5人はさほど驚きはしない。
この程度の仕掛けは想定の範囲内、しかも塔の中でも
既に何体も倒している。
1体がスピアを構えて上空から強襲する。
リュウドは柄に手を掛けて踏み込むと、
「フッ!」
擦れ違いざま、居合い抜きの要領で払い抜けた。
首を落とされ、ザアと床を滑走したガーゴイルの体は、
石に戻って風化した。
ガーゴイルは警備ロボのようなもので感情は無い。
もう1体が怯まずラリィに飛び掛った。
ラリィはナイフを投擲。
ガーゴイルはスピアで弾くが、この攻撃はオトリで、
本命はもう一方の手から投げられた鋼線だ。
鋼線トリックワイヤーはローグのスキルで、相手を
捕縛したり罠を作ったりと、応用が利くアイテムだ。
片足に絡ませたワイヤーをラリィが手繰り寄せる。
空中で動きの止まったガーゴイルへケンが跳んだ。
エンハンスソードの剣閃が石の皮膚を断ち切ると、
ガーゴイルは地に落ちて砕け散った。
残る2体はまとめてユウキへ迫った。
スピアで串刺しするような突進に、
「エアスラッシュクロス!」
ワンドからX型に交差した空気の刃が2枚飛び出し、
ガーゴイル達を直撃。
刃は小竜巻となってガーゴイルを上空へと巻き上げ
ながら、ズタズタに切り裂いた。
飛行状態の相手には必ずクリティカルヒットする
風属性の特殊技だ。
「これで終わり、というわけではあるまい」
ガラガラと転がる石くれを見ながら、リュウドが
気を引き締めた。
さすがにあれが最後の守りではないだろう。
ボスだとしたらあまりにも弱すぎる。
「だろうけど。ヨシュアさん達の方はどうしてる
だろう? 一緒に上がってきたはずだ」
ユウキは右の塔を見た。
向こうまで150メートル以上は離れているが、
最上階の構造は同じに見える。
「あれ? 5人とは別に誰かいるぞ!?」
人相などはとても確認できないが、1人多いのだ。
しかも位置から見て、5人と対峙しているように
見えなくもない。
他に登ってきた者などいない、だとすれば──。
「あれは魔族か? ヨシュアさん、そっちで何が」
チャットで話そうとするが応答が無い。
応じないのは既に交戦状態に入ったという事か?
その疑問符はすぐ消し去られた。
エルザが防御魔法を展開したのだ。
「始まったみたい」
アキノが誰にともなく言った。
彼女には、今張られたのが最上位の防御魔法だと
分かっている。
彼等のレベルであれを使うからには、それ相応の
敵とやり合うという意味だ。
「おいおい。相手は魔族って言うより、あたしらと
同じプレイヤーに見えるぞ!?」
シーフのスキル、遠距離まで見通すホークアイで
様子を見ていたラリィが言った。
「なんだって!? そんな、あっ!」
ユウキは思わず言葉を切った。
こちらの床の中央に突然魔法陣が広がったのだ。
この演出は何度も見た事がある。
ボスがステージに召喚されてくる、戦闘前演出だ。
脈打つように赤く光る魔法陣。
その中心部から、まるで水中から上がってくるかの
ように敵が浮上してくる。
現れた、それは──。
「なんだ、あのダークアーマーの親分みてえのは!?」
ラリィの表現は的確だと言える。
出てきたのは、ダークアーマーと似た鎧だった。
しかし遥かに大きく、倍の6メートル以上はある。
色は全体的に青黒く、角を頂く兜のスリットからは
赤い光が漏れている。
ショルダーアーマーはスパイクになっていて、胸には
ダークアーマーには無いプレートが追加されていた。
どっしりした重厚な鎧の防御力は計り知れない。
「向こうの事は今はいい。あれを迎え撃つ!」
リュウドが構え、5人は隊列を作った。
ヨシュア達や彼等と戦う相手の正体は気になるが、
あちらを気にしながら戦えるほど余裕はない。
ユウキはサーチで鎧系モンスターを調べる。
だが、表示は『UNKNOWN(正体不明)』だ。
「ダメだ、判別できない。ダークアーマーの上位種
でも亜種でもない。新モンスターなのか?」
青竜刀に似た分厚い大剣を振り上げ、正体不明の敵
アンノウンは前進を始める。
動きは緩慢の部類だが、遅いとも言い切れない。
歩く度に、鎧の継ぎ目から紫色の光が漏れ出した。
「プロテクション!」
アキノが防御魔法を張ると、5人の前に円形の光が
展開し、薄っすらと消えた。
物理防御を上げるのは基本だが、アキノは当たれば
即死しそうなあの大剣に危機感を覚えたのだ。
リュウドが小手調べとばかりに、一撃を打ち込んだ。
「! ……?」
僅かに顔をしかめ、バックステップで距離を取る。
斬撃を受けたレッグアーマーは切創が出来ただけで、
ダメージは表面で止まっている。
「次は俺が試そう」
ケンはレア防具のミラーシールドで身を守りながら、
アンノウンへと斬り込んだ。
剣には既に氷属性が付与されている。
「ブリザードスラッシュ!」
脇腹に斜めの剣閃が走り、その部位が凍結した。
「……魔法剣を防ぐだと」
凍結はした。
だが凍っただけで、ダメージは浸透していない。
物理防御も魔法防御力も尋常ではないのだ。
着地したケンに、大剣が真一文字に振り抜かれた。
伏せて回避するが、剣からは、ユウキが以前に見た
暗剣波と同じエネルギーが飛ぶ。
やはりただの鈍い巨人兵では無いらしい。
ユウキは弱点を探るため、様々な属性魔法を放った。
「──ダメージらしいダメージが通ってない……!」
アンノウンが左腕で胸元を覆い隠すだけで、全ての
魔法がほとんど無効化されてしまう。
「アーマーウィークス!」
アキノも防御力低下を狙うが、鎧の素材の耐性が
高いのか、妨害魔法さえ受け付けなかった。
「こいつ、どうしたいいの?」
挫けそうになるアキノに、アンノウンは左手の指を
揃えて向けた。
指先には穴があり、黒いエネルギーが溜まっていく。
「まずい! 避けろ!」
ユウキが飛び出したのと同時に、指先から黒い塊が
5発発射された。
アキノを押し倒すと、今まで彼女の頭があった位置を、
そのどす黒いエネルギー弾が通過していった。
「ユウキ、あ、ありがとう」
「あれは冥府の雷を球状にして放つカオスボルトだ。
それを5発同時に発射する機構が、奴には備わってる
らしい。とんでもない奴だ!」
堅牢な装甲、遠近共に隙の無い攻撃力。
どう対処すれば良いというのだろうか?
アンノウンは制圧射撃をするように、カオスボルトを
等間隔で発射し始めた。
ホーミング性能は無いが攻撃魔法をばら撒かれている
ようなものだ。
「エアスラッシュ!」
ユウキはアキノを抱き起こすと、魔法を放った。
苦し紛れの1発だったが、空気の刃は真っ直ぐ飛んで
胸のプレートに傷を刻んだ。
「? あそこには、当たれば効くのか?」
左手は、カオスボルト発射時は攻撃を優先するらしく、
胸元を守ろうとしないらしい。
「クソ! だんだんムカついてきたぜ! あいつも
ダークアーマーみてえに頭潰しゃ良いんだろ!」
ラリィは、弾幕の中を臆する事無く駆け出した。
ローグの早業を持ってすれば、飛来する雷弾も容易く
避けられる。
アンノウンが接近を察知し、大剣を振り下ろした。
待ってましたとばかりにラリィはその剣から腕へと
飛び乗り、肩口へジャンプした。
「くたばりやがれ!」
兜のスリットにグレイヘロンを力一杯突き刺した。
「どうだあ!」
制御用の魔法石を砕くため、剣先をかき回す。
勝機と見たリュウドも飛び乗り、両手で刀を構え、
「斬鉄!」
一振りでアンノウンの頭部を跳ね飛ばした。
金属製の装備及び金属に該当するモンスターに対し、
特効のサムライのスキルだ。
ガァンと歪んだ兜が床に落ち、ゴロンと転がる。
体がぐらついたのを見て、2人は飛び退いた。
ラリィはユウキとアキノの近くに。リュウドは反対へ。
「さすがにこれならなあ!」
吠えたラリィの顔から、徐々に喜びの色が失せた。
アンノウンは倒れないのだ。
中身は元から無いのだろうが、首無し状態のまま、
持ち直したのである。
アンノウンは左の掌をユウキ達に向けた。
指先ではなく、掌にエネルギーが集まっていき、
グオオン! という音と共に、黒い衝撃波の壁が
放たれた。
「ダ、ダークウェイブだ!」
暗黒の魔力で対象を大きく弾き飛ばす、特殊技だ。
ユウキはとっさに、隣にいたアキノの腕を引いて
効果範囲から退避させた。
だがラリィは直撃してしまい──。
「うわ! うわあああああ!」
ワイヤーで引かれるように、ラリィの体は高速で
後方へ吹き飛ばされた。
30メートル以上飛び、最上階のステージの外へ。
塔の高さは250メートルに及ぶかもしれない、
そんな所から落ちれば墜落死は確実。
だがラリィは冷静だった。
飛ばされながらトリックワイヤーを柱に引っ掛け、
何とか落下だけは免れたのだ。
しかし上がってくるまで時間が掛かるだろう。
戦闘から一時離脱した格好になった。
「くそ、どうやったらあいつを倒せるんだ!?」
ユウキが奥歯を噛み締めていると、
「俺はあれの倒し方が分かる」
ケンが言った。
「分かる? どういう事だ?」
「攻撃パターンを見て思い出した、あいつの名は
アビスアーマー。弱点は胸のプレートの内側だ。
弱点は魔法に耐性が無い、破壊するなら魔法だ」
アビスアーマー?
ユウキが1度も聞いた事のない名前だった。
「何故あなたはそんな事を知ってるんだ? それに
思い出したって、今まであんなモンスターはゲームに
出てきていないのに」
ユウキが疑問を口にすると、右の塔で大きな爆発が
起こり、空へ向けて熱線が放たれた。
あちらでも激しい戦闘が行われているらしい。
「何故かなんて、今はそんな事はどうでもいい!
奴を倒すためにリーダーとして策を練れ」
やり取りを見て、リュウドも近寄ってきた。
「どうした? 何か攻略の手掛かりがあるのか?」
「胸の奥に弱点があるらしい。それを今から叩く」
アンノウン改め、アビスアーマーは健在である。
剣を振り被り、こちらに向かってきていた。
4人は一旦散り、防御に専念しながら、ユウキが
チャットで策を伝える事となった。
弱点を露出させ、そこに攻撃を加えて撃破する。
このパターンで倒す敵なら他にもいる。
それに胸元を守らない条件を先ほど見つけたのだ。
ユウキは自分の使ってきたパターンを応用して、
パーティーに策を伝えた。
「ブライトネス!」
アキノが魔法防御上昇の魔法を使う。
リュウドとケンはそれを受けて、一定の距離を
置いて回避に専念した。
やがてアビスアーマーがカオスボルト発射状態に
移行する。
「よし、仕掛ける!」
リュウドとケンは雷弾の弾幕を避けつつ、一気に
アビスアーマーに肉迫した。
多少の接触は魔法防御効果で和らげ、ダメージは
覚悟の上だ。
左腕での防御は無いが、右手の大剣は変わりない。
2人は斬撃を潜り抜けると、
「イヤァ!」
「ハッ!」
弱点を隠すプレート目掛け、連撃を加えた。
プレートは鎧の素材と違い、難なくひしゃげていく。
ガキン! と金属が割れる音と共に、プレートが
破壊されて脱落した。
中から脈打つように光る紫色の宝玉が露出する。
「ユウキ、今だ!」
「食らえ! レイドフレア!」
ワンドから30センチほどの火炎弾が放たれる。
2人が飛び去った胸元へ火炎弾が疾り、ぽっかりと
開いた胸の穴へと突入した。
それは獲物に喰らい付くが如く、宝玉を飲み込むと
猛り狂ったような閃光を上げて爆発した。
爆炎が鎧の継ぎ目から噴き上がり、各部が赤熱
したアビスアーマーは、ガラガラと崩れだす。
何事にも動じぬ頑強なモンスターの最期だった。
「やったな」
「うまく行って良かったよぉ」
苦戦ながらも敵を打ち倒し、リュウドとアキノが
勝利に歓喜する。
何とかよじ登ってきたラリィもそこへ合流した。
だがケンは遠い目であらぬ方を見ている。
この男は一体何者なんだ? 何を知っている?
ユウキが聞き出そうとした時、右の塔から眩い
閃光が放たれた。