オークの村へ
王都の周りは森に囲まれていて、周囲の風景はどこも大差ないが、西にしばらく進むと森が開け、平原へと続いている。
ユウキ達は西城門からフィールドマップへと出た。
ウインドウに表示される現在地が西城門前に変化する。
隣の町へと向かうであろう行商人達が2人のそばを通り過ぎていく。
近くでは最弱のモンスターである不定形生物スライムを相手に、戦闘の練習をするパーティーの姿があった。
20メートルも歩くと木製の立て看板があり、矢印が出ている。
北西 オークの村
西 ラウフッド
ラウフッドの街を通り、その先にあるカーベイン到達が当初の予定だったが、今回目指すのはオークの村だ。
ラウフッドへと続く道を左に見ながら、2人は林道に入った。
木陰にスライムが這いずり、木の幹には人の頭ほどある昆虫。
少し離れた木々の辺りでは、ヒヨコをそのまま大きくしたような鳥が地面を啄ばんでいた。
この辺りのモンスターは弱く、積極的に襲ってくるタイプではない。
ゲームの中ならば、低レベルでも苦戦せず、一定以上のレベルなら武器の一振りで難無く倒せてしまうだろう。
ただし、生身での交戦となると話は違ってくる。
数々のベテランパーティーが戦闘で難儀していると聞き、2人はこの数日で実戦を試しつつ、その理由を独自に分析してみた。
MMORPGにおいて戦闘は、やはり肝になってくる部分だ。
冒険に戦闘は付き物で、戦いにはまずステータスの把握が重要となる。
エルドラドは種族ごとに基礎ステータスの数値が違い、レベルアップ毎に与えられるポイントをステータスに割り振っていく事で成長する。
所謂ステ振りで強化出来るステータスは筋力、体力、素早さ、器用さ、魔力、精神力の6つ。
筋力は刀剣や斧などの腕力での攻撃ダメージに関係し、両手で扱うようなバトルアクスといった大型武器の命中率にも影響する。
体力は身体の頑丈さで、これに防具の数値が加わったものが防御力。
この数値が高いほど麻痺等の肉体的ステータス異常を受けた際の自然治癒速度が上昇し、休息時のHP自動回復速度も上がる。
素早さは動きの早さを表し、攻撃速度や回避に関わり、身のこなしを必要とする技の威力にも関わってくる。
器用さは宝箱開錠や罠解除、鍛冶屋の装備品修理など指先を使うスキルの精度に影響し、また戦闘においては命中率やクリティカル発生率、サーベルや弓などの技巧を重視する武器のダメージ補正もある。
魔力は魔法攻撃力、精神力は回復魔法と一部魔法の効果時間や範囲に関係し、更にこれが高いと精神的ステータス異常からの立ち直りが早まる。
この魔力と精神力の合計値がMPの自動回復速度に影響する。
これらステータスの基礎値は種族ごとに違う。
人間は可も無く不可も無い、どんな育て方も自由に出来るバランスタイプ。
この世界にいるエルドラドの民も大半がこの種族である。
長い耳とスリムな体型のエルフは筋力と体力が若干低めだが、魔力と精神力が高めで、その端正な容姿とあいまってゲームでは人気の種族だ。
リザードマンは魔力が低いが、全種族で筋力体力が2番目に高く、戦士向き。
利き腕は左腕で設定されるが、別に困る事は無い。
獣人は全身が毛皮で覆われていたり、耳や尻尾だけが獣のようになっている種族でバランスが良く、中でも素早さの高さが光る。
オーガは長身で岩のような逞しい肉体を持ち、外見通り、筋力と体力に特化した純然たるストロングファイター。
妖人は病的なほど色白な肌を持ち、肉体面は最低だが魔力と精神力がずば抜けて高い、魔法を極める種族だ。
どの種族も得手不得手があり、向いている職業がある。
その職業もステ振りや取得スキルによって、数々のタイプに分類される。
当然、タイプにより装備品の方向性も変わってくる。
たとえばサムライで、両手持ちの剣術スキルと素早い立ち回りで戦う剣客というタイプであるリュウドは、装備をその戦法に合わせてある。
体防具の剣豪の着物は動きやすさ重視で素早さと回避も上がる。
防御力に加え、それぞれ筋力と素早さにボーナスが付く、鬼力の小手と飛天の具足も、腰に差した長光を使った剣術を生かす為だ。
サムライは基本的に盾を持たず、リュウドはダメージ軽減やステータス異常防止の効果があるアクセサリー、お守りアミュレットを幾つか懐に忍ばせている。
装備重量というステータスがあり、体力からそれを引いた数値に素早さを足したものが戦闘での移動速度となる為、ゴテゴテの重武装だけが良いとも限らない。
ユウキのソウルユーザーは元々使用人口が少なく、出来る事も限られているのでタイプ分けはほとんど無い。
特殊技は一部の物理攻撃を除き、大半が魔法と同じ扱いなので、ステ振りや装備は魔力を中心に上げる魔法使い系のそれだ。
銀装の胸当て、術者のマント、魔石の腕輪は魔力の向上と魔法防御力に優れ、星振のワンドは魔法詠唱時間の短縮効果を持ち、鍛冶屋に材料を持ち込んで作ったスティレットオブサクションは敵からMPを吸い取る短剣だ。
この職は一般の装備品とは別扱いになる専用のタリスマンを所持していて、そこにモンスターの宝石をはめ込む事でステータスにボーナスが付き、特殊技を使えるようになる。
独自スキルであるソウルバリアントを狙った敵に当てると、戦闘後に低確率で名前の付いた宝石をドロップ(敵がアイテムを落とす)する。
それはタリスマンに1度に5個まで入り、いつでも自由に交換可能だ。
ユウキは現在、巨人ギガンティスで体力を、風の精霊で素早さを、暗黒魔導士やヘルウィッチで魔力と精神力を高めてある。
職やクエストで得られるスキルは3種類に分類される。
オンにすれば常にその効果を得られるパッシブ、自分で発動させるアクティブ、そして戦闘では使い道が無いサブ。
2人で何度か試した結果、戦闘が上手く行かないのはアクティブスキルや魔法による「意識と肉体のずれ」だと判断した。
アクティブスキルや魔法は任意に使うため、ショートカットウインドウに入れておかなければならない。
ウインドウは頭の中、つまり意識の中にあるという解釈なので、この敵にこれを使おうと頭で一旦考えてから発動となる。
だがその流れが、始めのうちは上手く行っていないようなのだ。
たとえば小石を拾う時、石を見て、手を伸ばし、指を曲げ、握り、拾い上げる。
このプロセスを1つ1つ意識して行う者はいないだろう。
しかし皆、スキルや魔法に慣れるまで、工程をいちいち意識してしまっている。
その為、放つタイミングが想像よりワンテンポずれてしまい、ぎこちない動作で武器を振ったり、魔法をあらぬ方向へ飛ばしてしまう。
もう1つは体のずれだ。
高く跳び上がり、敵の頭部に両手剣や戦斧を叩き付ける兜割り。
地面と水平に滑空しながら無数の蹴りを放つ疾風連脚。
職ごとに戦闘スキルがあるが、プレイヤーとしてゲームの外にいた時には、そんな動作はまず不可能だった。
この世界に来てそれが可能な肉体を得た訳だが、頭の中にはまだ出来ないという意識の方が強く残っているらしく、その思い込みが抜けないでいるとスキルの性能を完全に引き出せないらしい。
そういったずれを徐々に修正して、スキルや魔法を自分の物にしていく事でレベル相応の強さを発揮出来る。
たとえ高レベルだとしても、そのずれに戸惑って力を出し切れていなければ、戦闘力は1/10にも満たないという事だ。
ユウキ達はこの数日、情報集めをしながらスライム相手に戦闘を繰り返した。
練習を重ねて慣れてくると、一瞬スキルを使おうと思っただけで、ウインドウからの選択をそれほど意識せずに使えるになった。
その感覚は、格闘ゲームの対戦中、技を繰り出す際にコマンド入力を意識せず、自然に指が動くのと似ている。
ユウキは狙った相手に魔法を放てるようになったし、リュウドの太刀捌きは素人目にも鋭い物となり、戦闘のコツを掴んだとは断言出来ないが、基本動作は
大分身に付いたと言えた。
林道に入ってから1時間ほど歩いただろうか。
急に木々の密度が増し、道の傾斜が微かに出てきた気がする。
思った通り、現在地がオーク村への山道へと切り替わっていた。
2人の間に流れる空気に、緊張感が増す。
「ここからは気を引き締めていかないとな」
「この数日でやった事が実を結べば良いのだが」
マップが変わり、生息するモンスターの種類も変わる。
自分のテリトリーに入り次第、攻撃を仕掛けてくるタイプへと。
「ユウキ、このマップに現れるモンスターは分かるか」
「獣系のフォレストウルフとワイルドボアだな、どちらも単独では出てこない。この地域ではレベル15くらいに設定されてたはずだ」
「そうか。その知識は頼りになるな」
「生息地とレベルと特殊技、ドロップ品なんかも大体分かる。攻略サイトのモンスターの項目は俺が結構編集してたんだ」
2人は何かしらの気配を感じながら、慎重に山道を進んだ。
まだ昼間であるが、空を枝に覆い隠された森は少し薄暗い。
実際に山歩きなどした事の無いユウキにとって、鼻孔から嫌でも入り込む緑と土の匂いは、酷く濃厚なものだった。
家でのんびり遊べると思っていたゲームで、こんな体験をするとは。
似たような感想を持っているプレイヤーも多いだろうなとユウキは思う。
道幅が広がり、ようやく一休み出来そうな開けた場所へと足を踏み入れたその時、前の茂みから何かが飛び出した。
背後からもガサッガサッと音を立て、それは2つ飛び出してくる。
「さて、出てきたな」
「……ああ」
鋭い牙を持ち、茶色の毛皮を持つフォレストウルフだ。
前に立ちはだかる1匹、退路を断つように後ろに2匹。
ユウキはワンドを右手に持つ。リュウドも長光をすらりと抜き放った。
魔獣使いで得たスキル、サーチで情報を探る。
フォレストウルフ レベル15
と表示が見えた。
「でかいもんだな、間近で見ると」
「ゲーム画面ではただの犬みたいに描かれていたが」
ユウキは実物の狼を見た事は無いが、フォレストウルフは大型犬の、しかも一番大きい犬種くらいのサイズがある。
牙を剥く3匹は、2人を中心に円を描くように歩きながら唸り声をあげて威嚇する。
群狼は狩りをする時、獲物を取り囲むと言う。
自分達は今狙われているんだな、とユウキは妙に客観的だった。
良く言えば冷静に状況を把握出来ているとも言える。
背中合わせで迎え撃つ2人を、3匹はギラギラした目で窺っている。
「俺から、仕掛けてみる」
宣言するように言うと、ユウキはワンドを前に向けた。
「ウィザードショット!」
前方へ、球状にした魔力を発射する魔法使いの初級魔法。
ワンドの先端から魔力の光弾が放たれた。
「なに!?」
フォレストウルフは光弾を横にステップして避けた。
モンスターは生き物、危険を感じれば当然防御行動を取るのだ。
ゲームと違い、馬鹿正直に当たってくれたりしない。
光弾が後ろの木に当たり、幹を揺らす。
それが戦いのゴングとなった。
ユウキは跳び掛かられ、ワンドで牙を防いだものの、そのまま押し倒される。
「ユウキ、ぬぅ!」
一瞬、そちらに気を取られたリュウドに2匹が襲い掛かった。
1匹は左手の小手に噛り付き、もう1匹は右側から圧し掛かってくる。
リュウドはまだ自由な右手で右側の1匹を振り払い、続いて左腕に噛み付く横っ面を殴り飛ばした。
2匹は1度跳び退くが、前足に力を込め、頭を低くして唸る。
「ユウキ!」
ユウキは襲い来る牙を前に返答する余裕も無い。
ワンド1本を挟んで、涎を飛ばす口が、獣の匂いが、迫ってくる。
「うぅ、ショックブラスト!」
衝撃波で敵を弾き飛ばす、魔法使いの初級魔法を放つ。
ウルフは10メートルほど後ろに飛ばされたが、すぐに立ち上がる。
吹き飛ばす事が目的の魔法であり、ダメージは軽微だ。
2人は背中を合わせ、体勢を立て直した。
「はあ、はあ、手強い。皆が苦戦するはずだ」
「ああ、だがそれほどダメージは受けていないようだ」
2人は各々自分のHPを確認するが、ほとんど減っていない。
防御力のステータスはそれ相応に機能しているようだ。
相手はレベル15、大丈夫、やれるはずだ。
気を強く持ち、ユウキはワンドを振るった。
「レイシュート!」
特殊技で、尾を引く青白い光の矢が発射される。
前方のウルフはその敏捷性で再び避けようとするが、矢はその動きを追尾して胴体を撃ち貫いた。
前の1匹が倒れ伏すのと同時に、2匹がリュウドに跳び掛かる。
青眼の構えを取っていたリュウドの動きが一瞬で静から動へと変わり、右のウルフを斬り上げると、返す刀でもう一方を斬り払った。
2匹はギャンッと悲鳴を上げて倒れると、先の1匹と一緒にすぅっと透けて消えてしまう。
それはゲームでモンスターを倒した時の演出と同じだった。
「……やったな」
「ああ、なんとか初戦を勝利で飾れたようだ」
「焦ったなあ、おっかなかった」
「あれだけのレベル差でこのザマだ。もっと戦闘経験を積まなければ」
スライムとの戦闘と同じで、異界人が倒したモンスターの死体は例外を除いてすぐに消えるようだ。
ウインドウの端に取得経験値の表示、そして自動的に金が増えている。
3体で15ゴールド、回復薬を使っていれば足が出る金額だ。
エルドラドオンラインでは、モンスターが落とす金より、クエストでの報奨金とそこで拾う宝箱やドロップ品が収入源となる。
「思い切り齧られたけど、ワンドに傷は無いようだ」
「こちらも装備品に損傷は無いな」
ゲームのシステムで、武具は損耗、劣化し、破損もする。
厄介な敵は損耗を進行させ、金属装備にサビを出す技を使う。
壊れたら街の鍛冶屋か鍛冶屋職のスキルで修理しなくてはいけない。
それをケチっていると、武器や防具が破壊されて装備不能となり、ダンジョンのど真ん中で丸腰になる危険性も出てくる。
武器を収めると2人は山道を歩き出した。
その後もフォレストウルフのグループと何度か戦闘になったが、集中する事で敵を追尾するレイシュートと、寄った敵から切り払う守りの剣術でその全てを撃退した。
敵わないと分かったのか、それからエンカウントが減った。
ゲームでも、レベル差がありすぎる戦闘では、一部のモンスターの行動に逃走が加わる設定がある。
ユウキ達は逃げる敵を追い回して倒すほどの戦闘狂では無く、戦う理由が無いのならそれに越した事は無い。
山道の作りはゲームとほぼ同じで、曲がり道の下に小川があったり、倒れて朽ちた大木や丸太の橋などはそのままだった。
2つ目の橋を渡り、道順から行くとそろそろ村に着くはずだ。
岩の突き出たカーブを曲がった所で、ユウキは指差して声をあげた。
「なんだ? あんな所に人がいる」