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冒険者達の集い  作者: イトー
商業都市カーベイン
43/173

商人の街

 

 ルーゼニア王都から西へ向かう街道を、馬で数日。

 そこにカーベインの街はある。


 商業都市カーベイン。

 生まれ故郷で所帯を持ち、子を生み育て、そこで

生涯を終える者が少なくないこの世界においても、

その名は誰もが知っている。

 市場に出回っている道具や生活必需品の中に必ず、

そこを経由してきたものがあるからだ。

 洋服を仕立てる生地や香辛料、お茶、大量生産で

作られた鍋など、挙げていけばきりがない。

 それくらい生活に浸透している。


 カーベインの沖では幾つかの海流が交わっている。

 これが世界各地と行き来する海路のコースを作り、

この街は自然と交易の拠点となった。

 金が動けば活気が増して、そこは当たり前のように

商人の街となった。

 富の有無は優劣となり、金儲けが上手い者は人使い

も上手いとされ、街には有力な商人ギルドによって

自治が敷かれていた。

 それは揺るぎないもので、事実、世界が乱世だった

頃からその自治が侵された事はない。

 基本的な法令は遵守され、治安は安定しているが、

国王であってもギルドの決定においそれと意見する

のは難しいとされている。


 この世界のお金は『ゴールド』という通貨で概ね統一

されているが、同じゴールドでもルーゼニア以外の

ゴールドは硬貨のデザインが違い、外貨の扱いとなる。

 ややこしいがその外貨ゴールド──国際通貨としての

ゴールドは国を問わず信用がある。

 その外貨を国に大いにもたらしてくれるカーベインは、

言ってしまえば、国王と言えども深くは介入できない

一種の小国なのだ。


 あらゆる語弊を恐れずに言えば、財力とは力である。

 財力が無い国は民が食うや食わずの生活を強いられ、

国を守るための軍隊も貧弱だ。

 貧すれば鈍するで、国民は法を守らなくなり、政治も

先行きが立たず、弱体化の道を歩む事になる。


 金と生命を天秤にかけるような真似はしないが、金の

有無はこの商業都市においてステータスの基準である。

 商人特有の人情や絆はあるものの、カーベインとは、

つまりそういう街だ。

 そんな街にプレイヤーが仕切る最大規模の商業ギルド、

『フェリーチャ商会』

 は自社ビルとあだ名される拠点を構えていた。



 朝、馬で街を出たユウキ達3人は、昼過ぎには目的地の

カーベインへと到着した。

 一定の規模を超えた街はどこも周囲を塀に囲われていて、

ここも例外ではない。

 だが他と違って道幅が広めに取られている。

 荷車や荷馬車が渋滞せずに通れる配慮だ。


「色々あったけど、やっと着いたなあ」

「どうする、フェリーチャの所に直行するか?」

「そうしたい。いつもみたいに『業務』をしていたら、

すぐ会えるか分からないけど」

 馬屋に馬を返し、3人は街の中へと進んだ。


「ここはお店ばかりあるけど、ギルドはもっと奥かな」

 心地よい潮風に髪を揺らしながら、アキノが言った。

「この辺は店エリアで、次に荷揚げする港があって、

その先にギルドの拠点があるんだと思ったよ」

 街の入り口付近には多数の店が軒を連ねている。

 だが相手は一般人ではなく、買い付けに来た商人だ。


 荷車を引く商人や大きなリュックを背負った行商人と

擦れ違いながら、賑やかな通りを歩いていく。

 所々から値段交渉や営業トークが聞こえてくる。

 まとめて買うから幾らまけてくれ、こっちも合わせて

買うから少し勉強しろ、とどれも玄人のやりとりだ。

 過言ではなく、ここは街全体が業者用の市場なのだ。


 店舗の店先には数々のアイテムが置かれている。

 アイコンのように分かりやすい看板が立てられており、

武具は勿論、貴重な香辛料や珍しい薬剤なども豊富だ。

 しかし目移りするほどに物は多いのだが、殺風景だ。

 シルグラスは商人の出入りが盛んで、街としての景観も

考慮されていたが、ここは問屋が売買を行う為にある

街であり、見てくれよりも効率性を求めてデザイン

されている。

 ちょっとした花壇や植え込みもなく、無駄は省かれて

いるのだ。

 ある意味、不要な物にはお金をかけない商人の気質が

表れているのかもしれない。



 店舗街を抜けると、広々とした港に出る。

 世界最大級の荷揚げ能力を持つとされる交易港。

 その評価に嘘偽りはないと言わんばかりに、多数の

大型船が係船岸壁に係留されている。

 近くの船からは積み下ろしが行われていた。

 大きな木箱、樽、穀物が入った麻袋などが船員の手で

運ばれている。


「あっ、もうあんな物まで取り入れてるのか」

 ユウキが指差した先にあったのは、人が乗れる機械だ。

 全高2.5メートルほどでフレームに囲まれた操縦席が

あり、重い荷物を持ち上げられるフォークが付いている。

 その下にはタイヤではなく、決して転倒する事がない

ように設計された、幅広の足底を持つ太い脚部が2本。

 ちょうどフォークリフトに手足が生えたような感じだ。


 この世界観に何故こんな作業マシンが、と思われるが、

これも魔法石を使った一種の道具である。

 以前のバージョンアップで、魔法石を動力源にして動く

マシンを盛んに開発する街──機械都市オルテックが追加

され、そういった機械が存在する、という設定が加わった。


 存在はするがよそへの輸出はごく少数となっている。

 その内の何機かを購入したライザロス帝国は、独自の

技術と機構を研究し、自軍の兵器に取り入れている。

 ユウキもイベントで乗る機会があったが、戦闘用に

装甲を施され、魔法石から出力されるエネルギー砲が

装備されているものだった。

 帝国が買った機体以外は、作業用としてカーベインが

買い取ったのかもしれない。


「本物を間近で見ると凄いもんだな」

 関節のジョイント部を鳴らして、マシンは運搬作業に

従事している。

 レバーで操作するので重機と大差ないが、フォークで

荷物を支えながら歩く姿はロボットの挙動だ。


「男の人ってこういうの好きね」

「そりゃあ、浪漫があるからさ」

 ユウキはいつになく興奮している。

 色んな角度から見ようと、体を捻って傾けていると、

「皆、珍しがって足を止めるんだ」

 後ろから声を掛けられた。


 振り向くとそこには、1人の女性が立っていた。

「アレックスじゃないか」

「ああ、しばらく」

 腕組みして立っていたのは、鍛冶屋職の人間アレックス。

 20代前半で髪は肩まで無造作に伸び、ノースリーブの

タンクトップに年季の入ったオーバーオール、腰にある

ポケットから押し込んだ手袋がはみ出している。

 露出した肩や腕は筋肉質で、ガテン系の逞しさだ。


 鍛冶屋は、筋力と体力と器用さが一定値を超え、商人で

得られる『アイテムの知識』スキルがあると転職できる。

 鍛冶屋はスキルを上げていく事で鉱石の精製、武具作成、

修理、強化を行う事が可能。

 通常の武器に特殊なアイテムで属性効果を付与したり、

作成スキルでしか作り出せないレアアイテムもあるので、

鍛冶屋は職人技でプレイヤーの冒険に貢献している。


「そっか、鍛冶屋ギルドも拠点はここだもんね」

「今は昼休みの帰り。珍しい顔を見つけたから」

 アレックスは訥々と言った。

 あまりペラペラと喋るタイプではない。

 彼女がリーダーで率いるアレックス・アイアンワークスは、

鍛冶屋職が集まった鍛冶屋ギルドだ。

 他人の装備品を扱う職業上、彼女は大抵のプレイヤーと

顔見知りで、腕の方も確かだ。

 ユウキもワンドやスティレットを素材から作ってもらい、

最大値まで強化を施してもらっている。


 あれさ、とアレックスが話し出す。

「あれ、フェリーチャ商会が買って3日前に納品された。

乗ってるのは商会の人間で、メンテもうちの機械関係に

詳しいのが担当してるんだ」

 そう言われて操縦者をよく見ると、プレイヤーだった。

 マニュアルが無くても、過去にイベントで乗った経験が

あるから器用に使えているのだろう。

 彼女のギルドはフェリーチャ商会の鍛冶部門という形で、

傘下ギルドになっている。


 アレックスも機械仕掛けが好きなのか、腕組みしたまま、

動いているマシンを眺めていた。

「あの、俺達、フェリーチャに会いに来たんだ」

「ん、ダンジョン攻略のメンバー募集を見たのか」

 彼女はぼそりと言った。

 ラリィもそんな事を話していた。

 だがその詳細までは聞かされていない。


「私達はそうではないのだが、腕利きを集めているという

話は聞いたな」

「私は詳しい事は知らないけど。ここのアドベンチャーズ

ギルドにフェリーチャが何か出したみたい。やりたいなら

本人に直接聞いてみるのもいい」

「それも気になるけど、俺達は情報収集が目的で来たんだ」

「……そう。彼女は今、うちの工房の隣の事務所にいるよ」

 アレックスは踵を返して歩き出した。

 無言だがどうやら案内してくれるらしい。

 ユウキ達は着いて行く事にした。


 4人は倉庫街を歩いていく。

 時間帯のせいか、あまり人通りは無かった。

「こっちに来てからは、どんな感じだった?」

 アキノが聞いた。

 こっちとは、この世界という意味だ。


「……どんなって?」

「自分の工房で、気が付いたんでしょ?」

「ああ。別に混乱は無かったよ。自然に体が動いて、

10分くらいしたら当たり前のように剣を鍛えてた。

うちのメンバーも普通に。何だか昼休みが終わって、

仕事に戻ったような感覚だったな」


「困ったり、うろうろしたりはしなかったか?」

 ユウキは当時を思い出す。

 自分としては割と早く決断できたと思うが、周りには

パニックで歩き回っている者も少なくなかった。

「フェリーチャが言うには、ゲームの中で毎日やる事が

決まってたプレイヤーほど、混乱はしていなかったって。

キャラが立ってるほどこの世界に馴染むんじゃないかって

分析してたよ」


 王都でプレイヤーのリンディが、警察官としてすぐに

職務に従事していたのもその理屈だろうか。

 確立されていたキャラが、プレイヤーの性格や行動に

影響を与えたと考えれば納得の行く分析だと言える。

 あくまで仮定ではあるのだが。


「それからフェリーチャ商会で働いているんだ?」

「そう。経営と現場、上手く回ってるよ。作った分は

売れるようにしてくれるし、金払いもしっかりしてる。

忙しいけど休みを取れる程度には仕事量をセーブして

くれるから。良い経営者だと思う」

 理想的な職場なのだろう。

 現代では技術者を軽んじる企業が多い中、その腕前を

高く評価してくれるのは職人側の遣り甲斐にも繋がる。


 倉庫街を抜けると、巨大なガレージに着いた。

 平屋だが2階建てほどの高さで所々に煙突が立っており、

奥行きは100メートルはあるだろうか。

 カンカンと小気味良く鉄を打つ音が聞こえてくる。

 ここがアレックス・アイアンワークスの拠点である工房

なのだろう。


 その隣に普通の一軒家があった。

 自社ビルと呼ばれるギルドベースは、その莫大な財力で

とおに最高ランクまで増改築され、中は高級な調度品で

溢れているが、この事務所は思いのほか小さかった。

 商談はベースで、簡単な書類仕事や指示などはここで

やっているそうだ。


 アレックスに礼を言って別れると、3人はドアの前に

立った。

 商業界では大物なのだろうが昔から知った仲だ。

 ノックをするとすぐにドアが開き、

「どちら様でしょうか?」

 1人の女性が顔を出した。


 カタリナ、社長付き秘書という役割のエルフだ。

 鼻筋の通った、キリッと引き締まった顔付き。

 長い髪をアップにして、シャープな眼鏡とレンズの奥の

瞳は理知的で仕事の出来る印象を与える。

 大層な眼鏡美人で20代前半という設定だが、落ち着き

のある物腰と、ブラウスにロングスカートという飾り気の

少ない服装のせいで、もっと上に見えた。

 彼女はセージとアルケミストを経験してきたプレイヤー

だけあって、印象だけでなく知性派なのだ。


「前に集会で会った事があると思うけど、ユウキです。

フェリーチャには今会えますか?」

「ご用件は?」

「用件は、何か情報交換でも出来れば良いと思って」

「それでしたら申し訳ありません、アポイントメントが

無い方との面談はお断りしております」

「え、そういうのいるの?」

 アキノが唇を尖らせた。

 3人ともフェリーチャとは何度も顔を合わせているのだ。

「アポを取れと来たか。随分と偉くなったものだな」

「そういう決まりですので」


 いつ会えるのか聞こうとしていると、彼女は少し俯いて

独り言を言い始めた。

 いや、送られてきたチャットに応答しているのだ。

「……はい、来客はユウキさんです。そうです。はい。

分かりました、ではそのようにします」

 受け答えが終わると、彼女はユウキ達に向き直り、

「大変失礼致しました。今お会いになるそうです」


 3人はカタリナに先導されて家に上がった。

 タンスなどの家具が無いだけで内装はごく普通だ。

 廊下を通って奥の部屋の前まで来ると、

「失礼します、お連れしました」

 とカタリナはドアを開け、3人を通した。


 20畳ほどの部屋の奥に置かれたデスクに、ギルドの

リーダーであるフェリーチャがいた。

 その姿は、何とも奇抜だった。

 頭上にまとめられて盛られた髪には、宝石で飾られた

カンザシ状のバレッタが左右に付けられている。

 豹柄とゼブラ柄が半々に取り入られたシャツの上に、

孔雀の絵が編み込まれているスカーフを幾重にも巻き、

その上から虎の毛皮の上着を羽織っている。

 腰には、色鮮やかな刺繍の絨毯をそのまま巻き付けた

ような腰巻きスカート。

 指には下手なカイザーナックルより威力がありそうな

意匠の指輪がいくつもはめられていて、イヤリングや

ネックレスも装備重量に関わるくらい付けられていた。

 いかんとも表現しがたいファッションである。


 彼女は宙を見ながら猛烈な勢いで独り言──ではなく

複数のチャットを通じて連絡をしているようだった。

 その視界は、多数のウインドウで埋め尽くされている

のだろう。


「特別受注を工房に連絡して。今日の夜までに急ぎで。

作業料は割増するから突貫でお願いって。よろしく」


「午後に積み込みを終わらせる荷送先はセルツ商会。

1日早く納品したいから、朝には船が出せるように」


「値引きは2割まで。それ以上だとさすがにこっちも

原価割れしちゃうから。これでギリギリ。次は送料を

こちら持ちって条件で何とか飲んでもらって。お願い」


「ドーソン&ランズ商会への支払い? あそこには、

売掛金が53271ゴールド分あったでしょ。今回は

そこから出す処理にしておいて。近々また取引あるし」


「倉庫は空けておいて、夜には荷受けの品が入るから。

まだ15ダース分のロングソードが場所を取ってる? 

ああ、じゃあ在庫は各店舗に回して、3割引きの値段で

店頭に出しておいて。まとめて仕入れる行商人には少し

勉強して売って良いから。はければ良いの、3割半まで

なら値引きしても十分黒字になる計算だから」


 次々と淀みなく指示を出していく。

 彼女の頭の中では、納期や取引内容、利益の計算まで

全て同時進行で処理されているのだろう。


「はい。じゃそれでお願い」

 指示が一段落したのか、フェリーチャはやっとユウキ達と

目を合わせた。

「おーよく来たねえ。お喋りしに来たんだって?」

 革製の高級な椅子から立ち、手招きをする。

 人間で年齢設定はカタリナと同じくらいだが、メイクが

濃く、部屋の隅で控えている彼女とは対照的だ。


「久しぶり。今日は情報交換に…・・・我慢出来ないから

一言言わせてくれ。お前、そのコーディネート凄いな。

大阪のおばちゃんでもそれは着ないぞ」

「豪華と言うか、斬新と言うか、エキセントリック?」

「既に傾奇者の領域に足を踏み入れている」

 一斉に個人の感想が飛び出した。


 フェリーチャはシャツを指で引っ張る。

「こんなの好きで着てないから。商人ってのは商談で

安い服を着てるとなめられるのよ。銭持ってるぞって

とこをまず外見で見せ付けないと上手く行かないの」

 どうやら商談用の衣装であるらしい。

 身(だしな)みのだらしない相手とは商売をするな、という話は

割とよく聞く話だ。

 王都の悪徳商人ワイダルが贅を尽くした服装をしていた

のは、そういう意味合いもあったのかもしれない。

 しかし、彼女のやりすぎ感は否めない。


「久々に会った相手にいきなりあんな感想が言えるくらい

だから、そっちはまあ元気にやってるんでしょう」

「それなりにやってるよ。でもまだこの世界で何が起きて

いるのか情報が足りなくて。大手の商人ギルドなら情報も

集まると思って、王都から遥々(はるばる)やって来たってわけさ」

「へえ、そう。私はまた、ダンジョン攻略メンバー募集の

話を聞きつけて、それも込みで来たんだと思ったわ」


「それ何度か聞いたんだけど、どういう話なの?」

 アキノが聞くと、フェリーチャは少し考えて、

「3人とも、お昼は済ませちゃった?」

「いや、俺達はまだだけど……?」

「じゃあランチでもしながら情報交換といきましょうか。

ダンジョン攻略の話もあなた達にはしておきたいし」

 腕利きが必要なのよ、とフェリーチャは言葉を結んだ。


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