結末、そして
ガルステンに続き、クレマンが嘆きの声を上げた。
「まさか、彼がそんな事を。私は、真面目だという
氏の話を鵜呑みにしていた」
「何を初めて聞いたような驚き方をしているのです」
お父様、とオーレリアは立ち上がった。
「私はマルクさんの素性や妹さんの名は伏せたものの、
お父様に話したはずです。ですが、詳しく話そうと
しても全く聞く耳を持ってはくれず」
「そ、それは、男女の醜聞を捏造して金をせびろうと
する者が多く、お前の話もその手の輩からだと」
「ろくに話も聞かず、私を一方的に追い払っておいて
今更そんな言い草がありますか!」
彼女の中で堪りかねていたものが溢れ出ていた。
クレマンは嘘偽りない理由を伝えたが、オーレリアの
勢いを削ぐ事は出来ない。
「お母様もです! 私が話そうとしても、お父様の
言う事を聞きなさい、噂に惑わされてはいけないと」
「それは、あなたが噂を真に受けているようだから
否定するようにと、そう言われて」
「そうです、お父様から借りた言葉を繰り返すだけ」
オルガ夫人は嫁いできてから、主義主張の強い夫に
ただ従順に生きてきた。
決して強制された訳ではなく、それが穏やかな彼女が
良しとしてきた生き方なのだ。
発言力のあるクレマンに従う事で、淀みなく物事が
動いてきたのだろう。
「どうして話を聞いてくださらなかったのです!」
オーレリアの瞳には涙が湛えられていた。
意思の強そうな大きな虹彩が揺れている。
やがて震えていた本心が発露した。
「私の人生に関わる、本当に重大な場面なのに!
お父様は亡くなったお祖父様と同じ。どんな時でも
自分勝手で、仕事も家庭も、何でも独断で決めて。
こんな時くらい、娘の声に耳を傾けてくれたって……」
涙が頬を伝った。
オーレリアは両親の性格を十分に把握はしていたが、
今回ばかりは腹に据え兼ねていた。
これが彼女の引き金となったのだ。
「オーレリア……すまん、本当にすまんかった」
クレマンは恐らく初めて、オーレリアに詫びた。
娘を案じていた様子から見て、彼を一概に悪い人間で
心無い親などとは言えない。
彼は自ら決断し、こうだと思った事へ脇目も振らずに
突き進んでしまう性質なのだろう。
良くも悪くも、であるが。
そしてその性質は、皮肉にも今回の誘拐計画を企てた
娘にも明らかに遺伝している。
一方、アントニーは一体どこに目を向ければ良いのか、
分からなくなっていた。
この中で1番弁が立つ兄は自分の秘密を暴いた敵になり、
父も疑惑の目を向けている。
室内に味方らしい者が見当たらないのだ。
何とか、婚約者のよしみでオーレリアを見たのだが、
「……な、なんだその目は」
涙を拭った彼女は軽蔑の目でアントニーを見ていた。
その視線が彼をよりたじろがせた。
「オーレリア、なんでそんな目で僕を見るんだ!? 君は、
僕の妻になる人間じゃないか!」
彼は、己の立場を理解しきれていないらしい。
まだ彼女が自分について来ると思っているのだ。
「そのように決めたのは互いの親です。ですが、最後の
決定権は誰でもない、私自身の中にあると思っています」
「なに?」
「私は生涯の伴侶に相応しいか、『観察』していました。
私は社交界で横柄な方を何人も見てきましたが、それと
比べてもあなたは相当酷い方でした」
彼女は過去を振り返り、目元を歪めた。
「目上の者がいる所では穏やかな顔で通していますが、
自分より弱い相手を見つけるとその本性が見え隠れした。
メイドが少し粗相をしただけで怯えるほど怒鳴り散らし、
人格を否定するような罵詈雑言を並べる。自分の不注意で
荷車と少し接触してシャツが汚れた時も、お前のような
貧乏人に弁償できるのか、どう詫びるつもりだ、と」
ユウキは彼等との初対面を思い出していた。
2人はドミニク一味に絡まれていたが、アントニー自身、
同じような事をしていた訳だ。
「私が噂の真相を聞いた時も、最初は笑っていたあなたも
途中から恐ろしい剣幕になり、胸倉でも掴むような勢いで
私の肩を力一杯握り──」
一体どこの誰がそんな事を言っているんだ!?
そんなでたらめを吹聴する奴は絶対にただじゃおかないぞ!
そいつの名前を教えろ! 教えるんだ!
「その時はまだ、噂の全てを信じていたわけではなかった。
ですがその変貌ぶりを見て、噂は真実なのだと悟りました」
「そんな、オーレリア」
「初めてお会いしてから数ヶ月足らずですが、こんな事が
続いて……私はとおに、あなたに愛想が尽きていたのです」
アントニーは言葉を失った。
高級なブランド物をステータスとして持ち歩く者のように、
彼が自分の権威を表す存在として身近に侍らせていた女性が、
自分をそんな風に見ていたとは。
「この場を借りて、申し上げますが。この度の縁談は両家の
ためにはならないと判断します」
「ぼ、僕とは結婚出来ないと」
オーレリアはゆっくり瞬きし、頷いた。
「あなたに私を大切にしようとする気持ちがあれば、私も
まだ目をつぶろうと思えたかもしれない。ですがあなたは
誘拐犯達が現れた時、自分がどうしたか覚えていますか?
あなたは私を庇おうとするどころか、私を犯人の方へと
突き飛ばし、自分だけ逃げようとしたではないですか」
変装して待機するキスケ達の所まで誘導したのは彼女だが、
その時はまだアントニーに対する負い目があった。
日頃酷い態度を取っていても、本気で自分を守ってくれる
気概を見せられたら計画遂行を躊躇するかもしれないと。
だが幸か不幸か、その心配は杞憂に終わった。
庇う事も、身に付けたという魔法を唱える素振りも見せず、
バタバタと逃走したのだ。
アントニーは何も言えず、奥歯をギリギリと鳴らした。
怒りと失望感で彼の中の何かがぐらぐらと煮え立っている。
思い通りに生きてきた者にとって、今感じるストレスは
何物にも例えられない苛立ちを呼んだ。
「兄さん! 兄さんはなぜ調べた事をここで話したんだ!?
黙っていれば僕はこんな思いをせずに済んだのに!」
「私はお前の事を思って話したんだ。私の耳には、お前が
権力を良いように使っている話が少なからず届いていた。
弟だからと今までは甘い目で見ていたが、あれだけの事を
しておきながら平然と他人を見下し続けているお前を見て、
ここで反省させなければどこまでも堕ちて行くと──」
アントニーには兄の真意はまともに届いていなかった。
四面楚歌、八方ふさがりの彼には、自分が侮辱されている、
プライドを傷付けられた、としか。
それが余計に彼の頭に血を上らせた。
いつもの作り笑いでごまかし通し、逆に笑い飛ばすくらい
すれば、何とかやり過ごす事も出来たかもしれない。
彼だって大学で商業を学び、優秀な成績を修めた身だ。
「兄さんが指摘した帳簿は、きっと僕がミスしたんだ」
と謙れば、とりあえずこの場を治めるくらいは不可能では
なかったはずだ。
だが、そんな余裕も無いほど彼の頭は煮え滾っていた。
視界にあるもの全てが怒りの色で染め抜かれてしまうほどに。
「元はと言えば、マルクとかいう奴! お前が告げ口をしに
来たりしなければこんな事にはならなかったんだ!」
限界に達した彼は案の定、逆上した。
そしてその鉾先はマルクへと向けられた。
「なんでこの僕が、お前みたいなみすぼらしい貧乏商人に
こんな目に遭わされなきゃならないんだ!? 僕はなあ、僕は
ベルカー家の男だぞ? なんでこんなつまらない事で糾弾を
受けなきゃならないんだ!」
「つまらない? 妹を含め、一体どれだけの女性を」
「ああ、遊んでやったさ。それが何だって言うんだよ!?」
アントニーは開き直った。
怒りのあまり、恥も外聞も意に介さなくなったらしい。
「あ、遊んだだと?」
「僕にはベルカー家の肩書きと金がある。だから年がら年中、
それを目当てに有象無象の品のない女が群がってくるんだ。
列を作って砂糖菓子にたかる蟻のようにな」
「い、妹はそんなんじゃ」
「お前の妹がどうだったかなんて、いちいち覚えちゃいない。
酒が入る場で近くにいたから、ノリで適当に相手してやった
だけじゃないか。ただそれだけ、ただそれだけの話なんだよ。
こんな話どこにだってある。他の金持ちだって同じような事を
やってる、社交場で自慢話にもならない世間話のネタになる
くらいにな」
「好き放題やって、自分に逆らう相手には圧力をかけて……」
「アントニー、お前のその傍若無人な振る舞いはなんだ!?
女性を物のように扱い、子供じみた仕返しでよその店を潰す、
人としてやってはならない事だぞ!」
アントニーは兄を睨み返す。
「兄さん、小さな店の3つや4つがどうしたと言うのです?
上下の立場をわきまえずに盾突いて、グダグダ抜かすから
分からせてやっただけだ! おい! マルクとかいう奴!
僕はな、お前のような貧相な商人とは格が違うんだ!」
アントニーは癇癪を起こした子供のように叫ぶと、今度は
大きな声でマルクをあざ笑った。
そこにはユウキが初めて会った時の貴公子然とした青年とは
程遠い、奇態を晒す男がいるだけだった。
自分の言葉に、自分で刺激を受けて興奮している。
冷静さを失い、もう自分がどこで何を言っているのかさえ、
分かっていないのかもしれない。
ガルステンがその異様さに震えている。
「アントニー、お前は、お前は本当にそんな事を……」
「父さんだって、囲ってやって小遣いを渡してる愛人くらい
いるんじゃないですか? それと、適当な女を見つけて遊ぶ
事の何が違うと言うのですか」
「お前は、な、なんという事を」
自分の前で、息子の化けの皮が何枚も剥がれて行く。
内に秘めた性格を察する事がまるで無かったわけではないが
まさかここまで歪んでいたとは。
ガルステンはがくりと肩を落とした。
「そうか、分かったぞ」
自らの言葉に、アントニーは合点した。
「うちに謝れとか何だとか怒鳴り込んできた連中は、ようは
金が欲しかったのか。愛人が、決まった額を要求するように。
なら最初から、素直にお金を下さいと言えばいいんだ」
「金? 私が、金目当てだと!?」
「ああ。いくら欲しいんだ? 言い値を払えばそれでお前も、
お前の妹とやらの気も済むんだろ?」
「き、きさま……」
「おいどうした、遠慮しないで言ってみろ」
「貴様!」
マルクは弾け飛ぶように席から駆け出すと、アントニーを
殴り付けた。
だが怒りのあまり目測を誤ったのか、拳は中途半端に当たり、
気圧されたアントニーがよろめいて尻餅をつく形になった。
「うう、殴ったな。なんで、なんで僕が殴られなきゃ」
当然、誰も彼の暴力を非難しない。
アントニーは驚きと共に、周りに同情を誘うような表情を
向けるが、待っていたのは冷淡な視線だけだった。
当たり前だ。
アントニー君! と厳しい声が飛んだ。
「頭に血が上って、売り言葉に買い言葉の勢いがあるとは
言え、君の発言や態度はとても看過できるものではない。
君のお父様から評判を聞いて、うちの跡目を継がせる事も
考えていたが、どうやら私の認識が間違っていたようだ!」
そしてクレマンは、
「君にはとても娘を任せられん!」
と語気強く結んだ。
完全な破談の通告だった。
「……クソッ!」
こうなる事は騒ぎ出した時から見えていた結果だ。
しかし現実味が湧いてきたのか、アントニーは震え出す。
だがそれはショックではなく、怒りに打ち震えて。
自分は何も悪くないのに何故こんな仕打ちを受けるのかと。
その身勝手な怒りの鉾先は、またしても彼が諸悪の根源と
考えるマルクに向けられた。
「お前が、お前が余分な事をしなければ……」
わなわなと全身を震わせながら、立ち上がる。
彼の右手が発光を始めていた。
その光り方は魔法、しかも攻撃魔法発動の予備動作だ。
達者だと自称していたが、本当に魔法を習っていたのか。
大した魔法でなくても、あんな至近距離で直撃されたら
とても怪我では済まない。
マルクもただ事ではないと察したのか、後ずさる。
脅しではない──アントニーは明らかに血迷っている。
「止すんだ!」
ウィリアムが叫ぶ。
「何をする気だ! 止めないか!」
クレマンも叫ぶ。
「アントニー!」
ガルステンも。
「お前が悪いんだ! お前が全部っ!」
アントニーが光る右手を振りかぶった。
マルクが両手を前に出し、身を守ろうとする。
だがその程度で魔法の直撃に耐え切れるものではない。
エネルギーで形作られた球が今右手から──
「っぐわぁ!」
一筋の光跡が部屋を駆け、ドンと衝突音が鳴り響いた。
吹き飛んで壁にぶつかった──のは、アントニーだった。
彼は、うう、と唸って壁からずり落ちた。
部屋にいた者達が光跡の元を辿ると、そこには、
「すみません、マルクさんを助けるにはああするしか」
椅子でワンドを構えたユウキの姿が。
衝撃波で相手を弾き飛ばすショックブラスト。
思い切り手加減して威力を殺したので、大した怪我は
無いはずだ。
「今の音は!? 何事ですか?」
外に控えていた警官が数人入ってきた。
そして、床で気絶しているアントニーに気付く。
「こ、これは一体!?」
ユウキが自分がやったと説明しようとすると、
「連れて行ってくれ」
とガルステンがいち早く言った。
「息子が色々と人様に迷惑をかけていた。それを指摘
されて暴れ出し、そこの彼に危害を加えようとして。
異界人の彼が、魔法で止めてくれたのだ」
仔細を説明する気力は失せているようで、それだけを
言うと彼は椅子にもたれた。
こうして警察に引き渡すという事は、息子がしでかした
過ちに真っ向から向き合うつもりなのか。
名家の中から犯罪者が出るという事実を受け入れると。
警官達はそれ以上の説明を求めようとはせず、倒れた
アントニーを慎重に運び出していった。
使用人達が不安げな顔を覗かせながら、ドアが閉まる。
ガルステンは頭を抱え、再び嘆いた。
「私の責任だ。私は息子の育て方を間違えてしまった。
ウィリアムを厳格に育て過ぎてしまったから、あれは
放任で自由にさせてきたが……まさか、あんな歪んだ
人間になってしまったなんて」
後悔をしながら、彼はクレマンに詫びた。
「本当に申し訳ない。息子の本性を見抜けずに縁談を
持ち掛けてしまい、しかもこんな事件まで。ああ……」
「あなたに全ての責任があるわけではない。親として
至らない部分があったのは、私とて同じこと。縁談の
件は、縁が無かったとして……破談としましょう」
クレマンは誘拐の責任を追及するつもりはないらしい。
巻き添えで無関係の娘がさらわれたのだから、責任の
一端をベルカー家に負わせる事も可能だ。
だがこれ以上、角を立てたくないのだろう。
誰もがうんざりした心持ちになっている。
部屋に萎れた空気が流れ始める。
頃合を見計らって、オーレリアが言った。
「お父様、ご相談があるのです」
「どうした、急に。相談とはなんだ?」
「身代金として1度払った50万ゴールド、あれを私に
全額くださらないかしら」
「なに!? あの金を全額!?」
クレマンは沈んだ気持ちなど吹き飛ぶほどに驚いた。
日本円に換算すれば約5千万円に相当する額だ。
それを全てくれとは、どういう了見があるのか。
「お前には必要な時に不自由なく金を与えているはずだ。
あんな大金を何に使おうと言うのだ?」
「賠償に使うのです。マルクさんのように、被害に
遭った方々のために」
「と、突然言われてもなあ。あれは非常時に使うために
用意しておいた金であってだな」
「身代金として払ったもの、1度は私の命と引き換えに
されたお金なのでしょう。なら私が自由に使ってもいい
お金だと、そう考えても良いではないですか?」
オーレリアは尤もらしい理由をつけているが、こじつけ
もいいところだ。
人質には返って来た身代金を使う権利があるなど詭弁に
過ぎない。
だがこうする事で形の上では、騙って取った身代金が
善意から生まれた綺麗なお金に変わる。
これも便宜上での話だが。
「俺はお礼とかいらないんで、その分オーレリアさんの
気持ちを酌んでやってもらえませんか」
「お父様は船旅の途中で寄港した街のカジノで、1晩で
何万ゴールドも負けたと笑いながら話していたでしょう。
それなら人助けに、気前良く50万くらい出して下さい」
「しかしだなあ」
人助けは大切であるが、クレマンは渋った。
大商人ともなると、強引に丸め込まれようとしている事は
すぐに分かるのだ。
「その50万、私が払います。いや、払わせて頂きたい」
オークションのように、挙手で宣言したのはガルステン
だった。
「元はと言えば息子の不始末。本来はこちらに払うべき
責任がある。金で解決する問題ではないが、被害を被った
方々には心を尽くして相応の償いをしよう」
ガルステンはウィリアムを見る。
彼は無言で同意すると、マルクへと向き直った。
「マルクさん、本当に申し訳ありませんでした。私達には
お詫びの言葉もありません。店の損害は、うちが全額補填
しましょう。それと……」
言葉を詰まらせ、少し考えてから、
「その、妹さんが望めばの話なのですが、アントニーには
必ず謝罪に行かせようと思っています」
マルクはわだかまりが解け切った顔は出来なかったが、
「そう伝えておきます」
とだけ答えた。
「ああ。アントニーには法的に責任を取らせるつもりです。
家族ではあるが、贔屓はしない」
毅然としたウィリアムの言葉に嘘はないだろう。
今後について話を始めた6人を見ながら、ユウキは自分が
部外者となったのを自覚し、お茶のカップを持った。
話は最初に考えていた筋書きと大きく変わってしまったが、
キスケのフォロー、思いも寄らないウィリアムの助力で
多分最良に近い形で終えられたのではないだろうか。
はあ、とため息が出た。
1泊して発つ予定だったのに、この1日で随分と行動した。
気も遣ったし、疲れるはずだ。
すっかり冷めたお茶を含み、ユウキはそう思った。
その夜、ユウキとラリィが率いるパーティー、総勢6人は
レストランにいた。
高級店ではないが、広々としたホールは客で賑わっていて
20以上あるテーブルの大半が埋まっている。
ユウキは屋敷から戻ると、事の結末を皆に伝えた。
あまりすっきりしない出来事だった為か、後味の悪さを
感じていたが、
「こういう時はパーッと食って飲んでな、嫌な汗や垢を
洗い落としちまうに限る」
とラリィが提案し、こうして店に来たのだ。
アルスとベガ以外、各々が酒を注文した。
食欲をそそる匂いを漂わせる鶏の香味揚げ、大皿に山盛りで
出てきたポテトフライ、生ハムのサラダに熱々のドリアなど、
次々にバラエティ豊かな料理がテーブルに並べられる。
朝から駆け回り、ろくに食事の時間も取れていなかったので、
がっつくわけではないが皆一斉に食べ始めた。
ラリィとリュウドはハイペースで杯を空け、アキノが気を
利かせて料理を小皿に取り分け、その配膳をベガとアルスが
手伝っている。
普段の、冒険の後の食事と何ら変わらない光景。
それを眺めながら、ユウキは数時間前を思い出していた。
宿でシナリオを練り、ぶっつけ本番で屋敷に向かった。
2人に同行したのがユウキだけだったのは、アントニーが
減らず口を叩いたら恐らくムカついてぶん殴るとラリィが話し、
アキノもそれに大体同意見、リュウドはお前に全て任せると
言ってきたからだ。
アルスは終始正論を貫こうとするだろうし、自信無さそうに
喋るベガはやはり話し合いでの活躍は難しいと見た。
当初はマルクが救出に大変貢献したという体で話に入り、
頃合を見て事件を暴露。オーレリアが誘拐の理由と犯人への
共感を語り、マルクが他の被害者と集団で訴える準備があると
揺さぶりをかける。
実際それは準備を始めただけで、半ばハッタリなのだが。
その上でオーレリアが、マルクの店の取引トラブルとの関連を
指摘し、ベルカー家に調査してもらうというものだった。
完全に敵味方に分かれるという想定だったのだが、キスケの
仕込みでウィリアムがこちら側についた。
指摘するはずだった調査は既に結果が出ており、アントニーを
追及するための強力な材料を手に出来た。
これは大きなアドバンテージだったが、それが彼の退路を断ち、
結果的にあの暴走を生んでしまった。
「どうした、進んでいないな」
リュウドが何杯目か分からない杯を空けた。
ユウキはようやく1杯目が終わる。
「いや、少し考えてたんだ。3人で一芝居打った訳だけど、
アントニーを追い詰めるような最後になったなって」
「落ち度のない相手を責めたなら分からなくもないが、そう
気に病む事でもあるまい。あの男はとても同情できんぞ」
「あいつぁ、この世界でこんな言い方は変だが、たちの悪い
ヤリサーみてえな事したんだろ? なら捕まって当然よ」
ラリィがジャーキーをかじりながら同調した。
マルクから聞いた話では、彼の取り巻きも同じような方法で
悪事を働いていたという。
それにガルステンから聞いた話では、あの食事会の発案には
アントニーが関係していたらしい。
それらが真実なら、見逃していい訳はないのだ。
しかしそれでもユウキは、僅かにだが同情してしまう。
アントニーは子供の頃は穏やかで優しい少年だったという。
だが14、5歳を過ぎた辺りから、目上の者がいない所で
威張り散らすようになったらしいのだ。
ユウキは考える。
自分も中学生くらいで金と権力が好きなように使えたなら、
絶対ああならないとは断言できない。
そう思えるからこそ、同情の念が出てくるのかもしれない。
「どうやら、上手くいったご様子で」
「? あっお前は!?」
賑わう店内でよく通る声。
全員がそちらに向くと、そこにはヤシマの僧衣姿で、僧侶が
被る草で編まれた托鉢帽を被った男がいた。
「お前はキスケ──旅立ったはずじゃ?」
「いやいや、格好つけて去ったんですがね、どうにも結果が
気になりやして。ちょいと顔を出してみたんでさあ」
ですが、と彼は続ける。
「この様子だと上手い具合に事が進んだようで」
「上手くいったよ。アントニーは法律で裁かれるだろうし、
被害に遭った人達も補償される。これも、ウィリアムへの
仕込みがあったからだ」
キスケは微かに頬を緩ませた。
「堅物で切れ者という長男に話をしておいて正解でやした。
あの方も弟に更生して欲しいと思っておいでだったようで。
被害者も両家も、今後良い人生を送れれば幸いでさあね」
キスケは被害者の救済やグロリアス家とオーレリアの事情
だけでなく、アントニーの更生も考えていたのだろうか。
彼はどんな人間なのだろうか、全く読み取れない。
「それじゃ、あっしは旅路に戻りやす。皆様、お達者で」
キスケは托鉢帽を少し傾けると、すうと素早い摺り足で
店から出て行った。
ユウキはそれを見て、何か気持ちにけじめがついた気がした。
これで誘拐事件に関わる一件は終わった。
後にユウキは知る事になるが、最初ごねていたアントニーは
最終的に潔く罪を認めた。
被害者の心情に配慮して事件の捜査は決して表沙汰にせず、
公の場で被害者が卑下される事もなかった。
賠償もされ、潰された店もベルカー家の補填で立ち直った。
グロリアス家の騒ぎはオーレリアがアントニーと喧嘩をして
一時家出をしていた、という理由に落ち着いた。
それにより、縁談は性格の不一致により破談、とされた。
ユウキとマルクは口外しないと約束し、喧嘩で破談になった
というニュースは街中に広がっていった。
忙しく回る街にその話題はあっという間に溶け込んでいき、
やがて何事も無かったかのように忘れられていった。
「今回はややこしい話に巻き込んじまって悪かったな」
ラリィが杯を置いて言った。
「こいつが夜中出歩いたりしなけりゃ、おい頭下げろ」
「すみませんでした。僕がきっかけになって、事件に
関わらせてしまって」
「いや良いんだ。そのきっかけがあったから、事件を
解決まで持っていけたんだし」
関わらなくとも解決したようにも思えるが、ユウキ達が
西の森に駆け付けなければ、今頃オーレリアもキスケ達も
サウルスプランターの養分になっていた可能性はある。
結果的にきっかけが出来て良かったのだ。
「そっちは、明日はカーベインに向かうんだろ?」
「ああ、最初の目的地だ。フェリーチャ商会に行って、
色々と情報を集めないと」
「昨日も言ったが、何やら腕っこきを集めてるらしい
からな。ダンジョン探索だか何だか、あの守銭奴が自腹
切って人集めすんだから、結構重要な事なんだろうさ」
ラリィはそう言って、しばらく無言で杯を傾けていたが、
「あたしらも行ってみるか、なあ」
とパーティーメンバーに言った。
「カーベインにですか」
「そうだよ、この辺をぷらぷらしてるのも飽きたからな。
交易で良い装備もあるだろうし、ダンジョン探索の仕事が
あるなら多少ハードでも鍛えられるぞ」
鍛えられる、とベガは小さく呟いた。
レベル不足を悔やむ彼女の挑戦心が揺さぶられる。
アルスもまた今回の不甲斐なさを払拭するため、鍛錬を
積もうと考えていた。
「僕もカーベインに行きます」
「わ、わたしもっ」
「じゃあ、明日の朝……いや、もう少し寝ていたいから、
そうだな、昼過ぎにでもここを出るか」
アバウトに言って、ラリィは再び酒を飲み始めた。
ユウキは3人を見ながら、良いプレイヤーを見つけたと
思った。
ラリィは軽く見える部分もあるが義侠心に厚く、モラルも
あり、ローグとしての能力も申し分ない。
アルスとベガは成長途中だが、志は高く、向上心がある。
特にアルスはギルドリーダーになれる器がありそうだ。
これは誘ってみない手はない。
「ところで3人はどこかのギルドに所属してるの?」
「ん? いいや。あたしは入ってた事もあるけど、今は
ギルドが機能してなくてな、根無し草さ」
「なら、『みんなの会』に入らないか?」
「あの乳のでかいおねえちゃんがやってる大手か」
ラリィも相当なものだが、まだミナには及ばないと自覚
しているらしい。
「そこはちゃんと機能してんのか?」
「ああ、俺も王都で世話になったんだ。メンバーの数も
それなりに揃ってきてるみたいで」
ユウキはミナから勧誘の権限を与えられていた。
彼がOKすればその場でギルドに所属となる。
「情報不足で誰がどこにいるかも分からない。それなら
ギルドに入って行動した方が何かと便利だと思うんだ」
「ああ、そらそうだ。別に意地張って入ってねえってわけ
じゃねえからな。そういう事なら、厄介になるか」
ラリィは2人にどうだと聞くが、拒否する理由などなく、
3人はみんなの会の所属となった。
「じゃあ、あたしらが加わった記念って事で、乾杯を
やり直すか」
「ラリィさん、まだ飲むんですか!?」
「記念すべき日だぞ、当たり前だろ。それにな、飲めば
飲むほどプレイヤーは強くなるんだよ。お前、酔拳って
拳法知らねえのか?」
「そ、そんな。う、嘘ですよね?」
アルスは大酒を飲んでいるリュウドに確かめてみた。
だが愚問であった。
「酒を飲んでレベルアップしたら、誰も苦労はしない。
そもそも酔拳とは酔った動きを模した拳法であり、酒を
本当に飲んで戦うわけでは──」
リュウドがぶつぶつと薀蓄を語り出した。
意外と酔いが回っているのかもしれない。
ワイワイと楽しむパーティーのメンバーを眺めながら、
(明日も冒険を続けていけるだろう)
とユウキは思った。
これにて2章終了となります。
長々とした話でしたが、読んで頂き、ありがとうございました。
最初はもっとシンプルな構成で、アントニーは剣と魔法が使える
お金持ちの好青年で婚約者をさらわれてしまう話でした。
誘拐犯が異界人で裏では、彼等の結婚を妨害しようとする者がいて、
彼と一緒に婚約者を探し、黒幕を見つけるという展開。
シンプル過ぎるかなと思い、いじった挙句に何だか昼ドラみたいな
ドロドロの修羅場の話になってしまいました。
新キャラのおっぱいローグとビギナー2人はまだまだキャラが薄く、
途中からアキノとリュウドもあまり喋らなくなってしまい。
次はカーベインからダンジョン探索になる予定です。
今までよりアクションを増やしたいなあと思っています。
よろしければ感想のコメントなど、どうぞ。