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冒険者達の集い  作者: イトー
カーベインへの道
41/173

屋敷にて

 

「何!? 直訴だと?」

「わ、私の息子が何をしたと言うのだ!?」

 クレマンとガルステンが声を上げた。

 ウィリアムはただ静かに眉を寄せた。


「貴様っ! 何を言い出すかと思えば、また僕に

妙な言い掛かりをつけようと言うのか!」

 アントニーは立ち上がり、身を乗り出して反論した。

 だがマルクは負けじときつく睨み返す。


「言い掛かり? 言い掛かりなものか! もう1度

聞くぞ、ディスタンという姓に覚えはないか!?」

「何度言わせる! 知るか、そんなもの!」

「そうか……妹は名前さえ覚えられていないのか」

「妹?」

「ああ。エリーザ・ディスタン……お前に手篭めに

された私の妹だ!」


 その瞬間、マルクの告白に誰もが言葉を失った。

 オルガ夫人は両手で口を押さえている。

 オーレリアはそっと目を伏せた。

「な……な、何を言うんだ、突然」

 アントニーはほんの僅かだがその場でよろめいた。

 目が泳いでいる。


「こ、この男は頭がおかしいんじゃないか? 事件の

顛末を話すと言うから皆わざわざ集まったというのに、

その場でこんな酷い誹謗をするなんて。噂の件といい、

本当に不愉快だっ! 警官に言って叩き出してやる!」

 アントニーはそう言うと、退室しようとドアへ向かう。

「そうやってまた誤魔化すのか」

「なんだと!?」

「弁護士に脅させたように、また有耶無耶にする気か!」

「な、なんの話だ!」

 たじろぐアントニーをマルクは鋭い視線で射抜く。

 2人を見比べてから、クレマンが言った。


「君、さっきから一体どういう事なのかね。犯人が彼に

恨みを持っている、という話ではなかったのか?」

 そう言ったクレマンは更に困惑した。

 犯人だけではないのです、と即答されたからだ。

「私達家族は、このアントニーという男に悲惨な目に

遭わされました。誘拐犯達も、うちと同じ目に遭った

者達から頼まれて事件を計画したと」

「同じ境遇だから誘拐犯達を説得出来たと言うのか」

 クレマンが納得しかけるが、全く馬鹿馬鹿しい、と

アントニーが根本から否定した。


「クレマンさん、こいつはいい加減な噂話を屋敷まで

吹聴しに来た怪しい男なんですよ。こんな奴の適当な

与太話なんかまともに取り合う必要なんてない!」

「与太話なんかじゃない!」

「ふん、でまかせを言ってるだけに決まってる!」

 喧々囂々(けんけんごうごう)、本当だ嘘だと応酬になる。

 ガルステンは下手に口を挟む事も出来ず、オルガ夫人は

気弱におろおろするだけだ。

 事態さえ飲み込めていないかもしれない。


「2人とも黙らないか!」

 クレマンが制した。

 そしてマルクを糾弾するかと思えたが、アントニーに

向かって諭し始めた。

「例の脅迫状には、君に恨みがあると明記されていた。

犯人が娘と身代金を返したという事は、彼の直訴には

それなりの信憑性があるのではないか?」

「オーレリアをかどわかした犯罪者やマルクとかいう

そのみすぼらしい商人の言い分を鵜呑みにするという

のですか? 僕が不利になる嘘を並べ立てて、でっち

上げる事も出来るはずだ」

「人質も金も返した上で、そんな事をして何になる?」

「そ、それは」

「全て鵜呑みにするとは言わない。君も事実と違うと

思ったら、すぐに反論するがいい」


 彼の立場上、娘婿になる者を信じる方が常識的だろう。

 だが脅迫状には恨みが元で娘を誘拐したのだと書かれ、

疑念は少なからず高まっていた。

 マルクという、想像より誠実そうな青年が話した事も、

その心の傾きを強くした理由と言えた。



 アントニーはその場に佇んで、マルクを睨みつける。

 マルクは屈せず、話し始めた。

「妹はベルクトの学校に通っている。ガルステンさん、

あなたが理事長をやっている商業学校です」

「ん、あ、ああそうだ。うちが作って、王都からも公認

された学校だからな」

「なら定期的にパーティーがあるのはご存知でしょう」

「一部の生徒が商人に必要な社交性を磨くための食事会を

自主的にやっているとは聞いたが」

「……私の妹は……ガルステンさん。妹が逆らえないのを

いい事に、彼は無理矢理酒を飲ませて、そして」

 おい止めろ! とアントニーが叫んだ。


「何か証拠でもあってそんな事を言ってるのか」

「証拠は無い。だが本当のことだ! 他にも同じような

手口で襲われたと、法律に詳しい知人が何件もの相談を

受けたと言っていた。それは証人になるはずだ!」

「なら騒ぎになって警察が動いたりするはずじゃないか。

なんでそういう事件にはならないんだ?」

「被害者が表沙汰に出来ないのを分かっていながら……。

中には直接屋敷に謝罪を求めに行った者もいたという。

私もその1人だ。だがそこで、脅しをかけて口止めを

してきたじゃないか!」

「さあ、来客は人に任せてあるから僕は知らないなあ」

 嫌味ったらしくおどけて見せる。

 この男は格下だと思った相手には終始この態度なのだ。


「お前があのお抱えの弁護士に命じたんだろう! 私が

一言で良いから謝ってくれと言ったら、言い掛かりだと

突き放され、逆に訴えると脅された。それだけじゃない! 

うちと取引している所に圧力をかけて、取引を止めさせ、

経営が傾くように報復されたんだ! 私の友人もお前に

意見したというだけで、大切な店を潰された……!」

「うちの屋敷にふらふらと怪しい奴が来れば、誰だって

追い返すだろうさ。それに経営の悪化は自分の責任だろ。

そんな事まで僕のせいにされたらたまらないな!」


 アントニーは見る見る勝ち誇った顔になる。

 相手が取り入るような証拠など残していない。

 一商人の根拠の足りない言葉など、全て言い掛かりだと

難癖をつけて放っておけば良いのだ。

 それが出来るだけの力と肩書きを、彼は持っている。


「根も葉も無ければ花も実も無い、ただの逆恨みだな。

そんなお前の言葉なんて一体誰が信じると言うんだ?」

 アントニーはハッと鼻で笑ったが、

「私は信じます」

 顔を上げて、オーレリアが言った。

「なっ、オーレリア、どうして君が」

「彼が話した事と全く同じ事を犯人から聞かされました。

誘拐犯側は加害者ではありましたが、実際は被害者でも

あったのです」

「どうしたんだい、オーレリア。急に、そんな」

 アントニーは動揺した。

 誘拐された、1番の被害者であるはずのオーレリアが、

何故か犯人とこの男の肩を持っている。

 澄ました顔のこの女は、自分の妻になる女ではないのか。


「オーレリア、どうしてそうも犯人に同情的なの?」

 オルガ夫人が不思議そうに尋ねた。

 彼女は娘が犯人に責められたのではないかと思っている。

「誘拐と言いますが、私は犯人から、酷い扱いなどは一切

受けていません。ただ犯人から、両親に伝えてくれと話を

聞かされました。犯人達は彼、マルクさんと同じような

境遇の者から頼まれて犯行に及んだそうです。身代金も

遊ぶ金ではなく、苦しめられた分の賠償として必要だと

思ったからだと」

 それはただの虚言だ、とアントニーが割って入った。

 その表情には優しさなど微塵もない。


「そんなのは、誘拐を正当化するためのただの戯れ言だ! 

上手く行かずに捕まった時に同情を誘うための演技だ!」

 そこで彼はマルクをねめつける。

「大体、偶然犯人と同じ境遇だったから説得出来ただと? 

そんな都合良い話があるか!? 犯人とマルクという男は

グルなんじゃないか。最初からこの僕を陥れるつもりで

誘拐事件を企んだのかもしれないっ!」

 勘が良いのか、偶然なのか。

 アントニーは最初の真実に近付きつつあった。


 何かフォローすべきかとユウキが考えていると、

「だからアントニー君、わざわざ君の評判を落として、

何の意味があるのだね?」

 クレマンが再度聞くが、

「会社の中に、僕の結婚を好ましく思っていない者が

いると聞いたことがある。僕に役職や仕事を奪われて

しまうと心配していると。きっと結婚を妨害する為に

後ろから糸を引いている者がいるんですよ」

 唐突だが、ユウキ達が最初に思い当たった理由だけに、

これには相応の説得力があった。


「た、確かに、私の決定に反発する者もいたが」

「そうでしょう。やはりこれは言い掛かりだったんだ」

 そんな事はない! とマルクが否定した。

「私は誰かに頼まれたりしていない! ただ本当の事を、

妹や被害に遭った人達を」

「証拠も無いのにまだ騒いでるのかっ。お前を信じる

なんて奴はもういないぞ!」




「私は信じるぞ」

 声を上げる者がいた。

 意表を突かれたアントニーは、

「ど、どうして。………兄さんは関係ないはずじゃ」

 ベルカー家長男である兄のウィリアムを見た。


「兄さん、なんだよ、急に」

「色々と調べたんだ」

「調べた? な、何を?」

「以前から、お前が何やら派手に遊んでいるという噂は

私の耳にも入って来ていた。だがこれも若気の至りだと

思ってあえて触れずに来た。だがな、やって良い事と

悪い事がある」


 ガルステンは事情を飲み込めず、呆気に取られていた。

 だが息子達の意見が割れ、衝突の気配を感じる。

 堅物と軽薄、正反対で元々ぶつかり合いの多かった

兄弟ではあるのだが。

 ウィリアムは居住まいを直すと話し始めた。


「数日前、私の所にある噂話を伝えに来た者がいた。

変わった風体の男で、弟に悪い噂があり、その被害を

被った者達が泣き寝入りさせられていると」

「どんな男だったんだね?」

「ヤシマの僧侶のようにも見える、クセのある口調の

男でした。最初はゆすりでもするのかと警戒したが、

そんな素振りは見せない。ただ、噂を詳細に伝えて

きた。あなたの弟さんが女性を傷付けている、それに

意見する者には身勝手な制裁を加えていると」

 兄の言葉に弟は奥歯に物が詰まったような顔をした。


 男の特徴、それは──。

 ユウキは無意識にオーレリアと目を合わせた。

 キスケがこの話し合いを想定して仕込んでいたのか。

 堅物で厳格な兄に事実を伝える事で、敵陣に味方を

作り、内側から崩しにかかるというやり方か。


「アントニー、最初はお前を信じた。家族だからな。

だからこそ、結婚を前に念のために調べたんだ」

「兄さんは何を調べたって言うんだ!?」

「帳簿さ。お前は後学のために、父さんから、個人が

経営している小さな商店との取引を幅広く任されて

いたな」

「僕はしっかりやっていた。それがなんだって」

「お前、何の落ち度もない店を故意に切っていたな? 

彼が家族とやっているディスタン商店は、なかなかの

優良店だったはずだ。利益を出し、評判も良い」

「そ、それはその店が」

 アントニーはしどろもどろになる。

 取引先が手を引く理由は、店側には存在しないのだ。


「帳簿と金の流れを見れば、身勝手な理由で潰そうと

していたのは簡単に分かるんだ」

「アントニー、それは本当なのか?」

 父が聞くが、彼は笑顔を取り繕った。

「僕はまだまだ若輩者の商人です。店の評価や商機を

見誤って仕事をしてしまった、それだけの事ですよ」

 それだけではないだろう、とウィリアムが追及した。


「クレームや不始末があった時のために、父さんから

顧問弁護士を1人与えられていただろう。お前が彼に

どんな指示をしていたか、聞いて来た。何でも自分に

文句を言いに来た奴がいたら追い返せ、しつこいなら

訴えるぞと脅してやれと言われていたと。彼はそれが

仰せ付かった仕事だと、張り切っていたようだが」

「別に何もおかしくないじゃないか。うちには何かと

理由をつけては金をせびりに来るような奴等が来る。

そういう面倒を取り除くために指示していただけで」


「彼は几帳面な性格でな、門前払いした相手の事情や

屋敷に来た理由を控えていたんだ」

「な、なんだって。あいつ、余計な」

「その中でお前に謝罪を求めに来た者と、急に取引を

止められて経営を悪化させた経営者や店の関係者が、

全て近しい関係にあると分かった。一致したんだ」

「あっ……う」

「これは単なる偶然、ではないな? 自分にとって

厄介な者を力で押さえ込んだという証拠だ」


 アントニーはぐうの音も出せなかった。

 記録として残っていた物を、まさか探し出してきて

露見させる者がいるとは思っても見なかったのだ。

 しかもそれが実の兄だとは。


 彼等の父は喉の奥で小さく呻いた。

「そんな、これは一体なんだ、どういう事なんだ? 

私も息子の悪い噂を全く聞かなかったわけではない。

だが屋敷に遊びに来る息子の友人達は皆してそれを

否定して、そんな事は絶対ないと」

 その姿に、向かいに座るマルクがこう言った。


「あれは取り巻き、いや、下僕みたいなものですよ。

彼等もベルカー家と取引のある家の子供だと聞いた。

中には彼を崇拝して、甘い汁を吸っていた者もいる

ようですが。いつもおべっかを使っているそうです、

だから悪く言うはずがない」

 ガルステンは肩を落とし、

「……私まで、欺いていたのか」

 名家の長とは思えない声を漏らした。


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