表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者達の集い  作者: イトー
カーベインへの道
39/173

明かされた悪事


「お待たせしました」

 着替えを済ませたオーレリアが戻ってきた。

 シャツにパンツルック、背中で揺れていた髪も

適当な長さに縛ってある。

 動きやすく、お忍びで行動する時の服装だろうか。

 ドレスの時と印象が違い、確かにこの格好ならば

街中に溶け込むように思えた。


 5人は彼女を護衛しながら森を出ると3頭の馬に

分乗した。

 アルスはラリィの後ろ、オーレリアはリュウドの

後ろに乗った。

 街道を行く人に悟られないように、オーレリアには

頭装備のフードを深々と被ってもらっている。


 多少は心配したが道中で誰かにバレた様子はなく、

門番の警備兵にも気付かれずに、開放された正門から

街の中へと入れた。

「クレマンは戻っているだろうか」

 馬を返すと、リュウドが呟いた。

 見捨てたわけではないが、犯人の追跡を優先して、

あの後どうなったか分からないのだ。

「もう戻ってるとよ。さっき門番が言ってたぜ」

 護衛役と馬を残らず眠らされ、金だけを持ち去られ。

 途方に暮れていた彼だったが、街道を行く行商人の

馬車に乗せてもらい、少し前に帰ってきたそうだ。


 いずれ、と言っても恐らく数時間としないうちに、

オーレリアは屋敷に戻る事になるだろう。

 その前にまずは宿屋に行かなければならない。

 マルクと、今までとこれからの話をするために。



「あっお帰りなさい」

 宿の前にはコリンヌがいて、出迎えてくれた。

「探してたお仲間は見つかったようですね」

 2人増えているが、彼女はどちらもユウキの仲間

だと思っているらしい。

 顔を伏せていたフードの少女がオーレリアだとは、

さすがの元メイドでも気付けなかったようだ。

「部屋にはベガさんと、ほら、お嬢様のところへ

来てた青年がいるんですよう。なんだかお客さんを

待ってるようで」

「うん、そういう話になってるんだ」

「お疲れのようならお茶でもお淹れしましょうか。

お昼がまだなら、準備したお食事もありますし」

 コリンヌは『お』をたくさん付けて接客をしたが、

「いや、いいよ。それより仲間内だけで大事な話を

するから、良いと言うまで部屋には入らないでね」

 ユウキはそう断って、宿に入っていった。

「どんどん新しい連れが現れて、どうにもお連れの

多いお客さんですよう」

 コリンヌは少し不思議そうな顔をした。



「戻ったよ」

 軽くノックして、6人はぞろぞろと部屋に入った。

 部屋にはベガと例の青年──マルクがいた。

「アルス!」

 しおれた花のように俯いていたベガは、咲き誇る笑顔を

取り戻し、アルスに駆け寄った。

「……良かった。ずっと、ずっと心配してたから」

「うん、心配かけてごめん」

 アルスは安心させるようにベガの両手を握った。


 そのやり取りを青年は彼女の後ろから眺めている。

 オーレリアは1歩前に出ると、フードを外した。

 マルクとオーレリア、2人は対面した。

「あっ……」

 マルクはオーレリアに何と声をかけるべきなのか、

戸惑っているようだった。

 それはそうだろう。

 自分が関わるはずだった企みを止めさせた張本人が、

その代わりに計画を遂行し、完遂したのだから。

 無事でしたか──そう言いかけてマルクは止めた。

 彼女は人質を演じていた誘拐犯側なのだ。


「……なぜ、このような事を?」

 彼は言葉を探し、ようやく質問を発した。

 シンプルだが1番聞きたかった事だろう。

 オーレリアは逡巡と煩悶の表情を浮かべてから、

「一言では言い尽くせませんが。あなたの話を聞いて、

私は強いショックを受けました」

 1つ息を吐き、彼女は続ける。

「マルクさんと家族、何より妹さんが不憫でならなくて。

それを伝えに来たあなたは鬼気迫る表情で、精神的に

追い込まれているのが分かりました」

 今の彼が平素の顔を作ろうと努めているのは分かるが、

表情から鬱屈とした影が滲み出ているようだった。


「普段の態度から何となく人格は察せましたが、まさか

結婚相手として現れた方が、あんな人間だったなんて。

父も母も私の話をまともにとり合ってくれず、こんな

思いで結婚しなくてはならないのかと考えると……」

 ユウキは通りでの揉め事の直後、彼女がアントニーを

侮蔑的な目で見ていたのを思い出した。

 あれはそのままずばりの意味だったのだろう。


「私は気晴らしに1人外出しました。そこで誘拐の話を

聞いたのです」

 以前聞いたように、喫茶店で偶然会ったのだ。

「私は急いで止めました。被害者側が一矢報いる為とは

言え、ただでさえ苦しんでいるマルクさんが犯罪に手を

染めるなんて余りにも気の毒で。そう思って」

「私は驚いているんです。そう思って下さった貴女が、

どうして計画を受け継いだのかを」

 オーレリアは噛み締めるように考え、

「……あの時、私の視点は既に被害者の側だったんです。

これ以上苦しませたくない思い、そして家にあるお金を

把握している私ならより確実に身代金を調達できると。

そう考えて、私が偽装誘拐という形で代わりになろうと

思ったんです」

 オーレリアはそう告白した。


 部屋が沈黙に包まれる中、アキノが尋ねた。

「あの、こんなこと聞くのは変だけど。オーレリアさん、

家がお金持ちなんでしょ? 何か理由をつけて、その

50万ゴールドくらいのお金を自由に持ち出したりは

出来なかったの?」

「財産を管理しているのは父です。私は衣装や習い事に

ならお金を使わせてもらえますが、自分で自由に使える

金額なんて実際大した額ではないんです」

 資産家の基準なのでどの程度か不明だが、大金をポンと

出せる権限は娘と言えど無かったのだろう。


「今思えば、私が事件に関わったのはアントニーや父に

対する私怨に近いものもあったのかもしれません」

「……貴女が気を遣ってくれたのは、よく分かっています」

 動機を語ったオーレリアをなだめるように声を掛けてから、

マルクは心配そうな面持ちでユウキを見た。

「あなた方はこれから彼女をどうするつもりなんですか? 

彼女のお父さんに全てを明かして、警察に──」

 ユウキは首を横に振る。

「俺達はばらそうとは思いません。事情があるようだし、

隠して上手く行くならそれが良いだろうと」

「そうですか。安心しました」

「ですが、アントニーが何をしたのかは教えて下さい」

「え?」

「教えないならばらす、と言っているわけではありません。

でもこうして関わった上で口をつぐむ以上、明確な事実を

知らなければ、納得して庇えない」

 発端はいつなのか、元凶は何なのか。

 関わったからには知っておくのがスジというものだ。

 マルクは眉根を寄せていたが、

「そうですね。あなたの言い分は尤もだ」

 お話します、と言って簡素なテーブルセットの椅子に腰掛けた。




「私は隣の街ベルクトで両親と小さな商店を営んでいます」

 ベルクト──ベルカー家が、この街と同じように商家の力で

大きく発展させた街である。

「私には2つ下の妹がいまして、商人の国家資格を取る為に

街の学校へ通っていました。そこはベルカー家当主が理事長を

務める、王都の大学とも関係を結ぶ立派な学校です」

 妹の年齢はオーレリアと同い年くらいだろうか。

 通っていました、という過去形が少し引っ掛かる。

「学校では定期的に『商人は社交的でコミュニケーションが

取れなくては商売も商談もこなせない』という口実で学生が

開く食事会がありました」

 と言っても、ようは若者向けのパーティーの事なんですが。

 注釈を付け加えて、マルクは続けた。

「料理やお酒も並び、なかなか賑やかな集まりだそうです。

そこには理事長の息子という事で、あの男……アントニーも

取り巻きを引き連れて度々顔を出していたらしく」

 アントニーの名前が出た途端、彼は説明を区切った。

 彼の膝に置かれた手はぶるぶると震えていて、指が食い込む

ほど力が入っている。

 微かに体も震えていて、すぐには話を続けられなかったのだ。

 それくらいその名に憤怒を抱いている。


 兄が妹の話をする時、ここまで表面化される怒りとは。

 もうユウキには、悪い予感と最悪の予測しか浮かばなかった。

 庶民を見下し、人から女好きの好色だ、ゲスだと評される男が、

そのシチュエーションで取る行動と言ったら。

 アントニーの陰険さを知るアキノとリュウドも、何となく

彼の口から次に出る言葉を察している。


 触れねえほうがいいんだろうが──坊主の男は言っていた。

 頼んでまで話させるべきではなかったか。

 少なくとも後から関わったラリィ達は退室させておくべき

だったかもしれない。

 もういいと止めさせようとした時、マルクは喉から血でも

吐くように、苦々しく己が言葉を継いだ。

「ふた月ほど前……パーティーから帰ってきた妹の様子が

おかしかった。それから塞ぎ込んでしまい、何も話さない。

体調が悪いからと言って学校にも行かなくなり、私は一体

何があったのだと問いただしたんです。すると」

 マルクは目を閉じて回想し、再び見開いた。


「突然、妹はぼろぼろと涙を流して頬を濡らし」

 もういい。

「あの男に声をかけられ、強引に酒を飲ませられ」

 それ以上は。

「酔って動けないところを狙って、あの男は妹を──」

 その先は言わないでくれ。

 心の中で懇願するユウキの前で、

「マルクさん、もういいんです」

 オーレリアが彼の肩に手を置き、止めさせた。

 それは心を震わせる彼にとって救いの手だった。

 マルクは大きく、はあぁ、とため息をついた。

 そのため息がより一層、部屋の空気を重くする。


「………あ、あの、警察には?」

 アキノの問いに、マルクは力なくかぶりを振った。

「妹が言わないでくれと。事件になったら全てを公に

しなければいけない。どこで何をされたのか」

 アキノは俯いて閉口した。

「それに家に迷惑がかかってしまうからと」

「お前の住む街が、ベルカー家に関わる街だからだな」

 腕組みをしていたリュウドが言葉で突いた。

「そうです。ここと同じく、あの街に住む者の大半が

ベルカー家を領主のように敬っている。仕事だって、

大部分の人間があの家が営む紡績業に関係している」

 その街でベルカー家の者に盾突く事が何を意味するか。

 深く考えずとも分かるはずだ。

「上に文句を付けて逆らえば、自分達がどのように

見られるか。あの男も暗にそれを匂わせてから無理に

酒をすすめたと。……妹はそこまで心配して」

 従順なコミュニティの中で上に意見する者が出れば、

理由はどうあれ白い目で見られてしまうだろう。

 どんな集団にも村八分はあるのだ。


「ここで黙れば、あの男に媚びへつらうも同然だと

私は考え、法律に詳しい知人を訪ねました」

 しかし、とマルクは思い出しながら唇を噛んだ。



 あの男は自分の立場を上手く使って、こういう事を

何度もやっているそうなんだよ。

 警察か、警察に話してもなあ。

 世間の目を気にして訴えた者は少なくて、訴えても

証拠が無いとかさあ、まあ色々とあって事件にまでは

ならないそうなんだ。

 俺も何度か相談はされててさ。

 やつが王都の大学にいた頃から、この手の悪事を

働いてたってのは分かってる。

 ああ、一応相談に来た人達の名前は控えてあるけど。

 残念だけど、相談されても皆泣き寝入り状態なんだ。

 分かるだろ、仕返しが怖くて何も出来ないんだよ。



「私は無念に思い、ただ一言で良いから謝ってくれと

ベルカー家の屋敷に直訴に行きました。しかし最初は

門前払いを受け、再度行った時にあの男の専属という

顧問弁護士が現れ、言い掛かりをつけるならこちらが

訴えるぞと脅されて」

 一商人が、相手に非があるとは言え、大商家に物申す

だけで相当な度胸だろう。

 彼はそれだけの覚悟があったのだ。


「それから数日後、何軒かの取引先から突然、今後は

取引が出来ないと言われました。どこも理由は曖昧で、

とにかくうちとはもう取引はしないのだと」

「それがあの男からの報復というわけか」

「そうなのでしょう。店の経営は傾きました。後から

聞いた話では、別の街で商店を営んでいた私の友人が

別件であの男に意見した後、同じように取引の相手に

縁を切られ、仕事が続けられなくなってしまったと」

「そんな! あなた方は何も悪くないのに!」

「アントニーという人はひどいですっ!」

 アルスとベガが叫んだ。

 誰もが思う正論である。

 だが正論など自分のルールでねじ伏せてくる相手なのだ。


「どうしたものかと悩んでいたある日、あろう事か、あの男が

オーレリアさんと婚約するという話を聞きました。私の妹を

傷付けておきながら冗談じゃないと。そして私は」

 真実を告げに行ったんです、と彼は結んだ。

 ここから今回の誘拐事件へと繋がったのだ。

 心なしか、部屋の空気が淀んでいると皆が感じた。

 こんな話を聞けば、誰もがそうだろう。

「胸クソわりぃたあ、このことだな」

 吐き捨てるようにラリィが言った。

 その場にいた全員が同様の心境のはずだ。


「そんなひでえ事情があんなら、誰も話しゃしねえよ。

例の金を堂々と持ち帰って、好きなように配りゃいいさ」

「俺も異論はないよ。嫌なことを話させてすまなかった。

さあ、これを」

 ユウキは腰の道具袋から布の袋を取り出す。

 そして重量感のある音をさせて、テーブルに置いた。


「これが……50万ゴールド」

 小さな商店の経営者では生涯見る事のない金額だ。

 マルクはしばらく眺め、それにゆっくり手を伸ばした。

 袋に指がかかり、グッと握るかと思われたが、

「やっぱり、これは受け取れない」

「? どうしてだ?」

「最初は金が欲しかったし、奪い取るのも当然の報いだと

思っていた。オーレリアさんの協力もあった」

「それなら、なぜ?」


「商人にとって、金は金。綺麗も汚いもないが、いざあの

計画で身代金として奪ってきた金なのだと思うと、これを

配るのはどうなのだろうかと」

「割り切れば良いんじゃないの。これはオーレリアさんの

家から払われたお金、オーレリアさんも納得してるし」

「急ぎで父が支払いましたが、脅迫状の内容から言って

ベルカー家が補填するような形になるでしょう。なので

このお金はあの男から取ったと考えていいと思いますわ」

 オーレリアはアントニーをあの男と呼んだ。

 もう彼女の中で婚約者でも何でもないのだろう。


 マルクは俯いて考える。

 額にしわを寄せて深く考え、そして顔を上げた。

「このお金ですが、1度オーレリアさんにお返しします。

オーレリアさんには大金の為に体を張ってもらった。それを

何もしなかった私がただ受け取るだけ……そんな幕引きには

したくないんです」

 マルクは雄々しく立ち上がった。

「これから犯人に解放されたと言って屋敷に行くのでしょう? 

私も連れて行って下さい。私は、直訴したいんです!」

 彼は納得がしたいのだ。

 金は確かに大切でこれから必要にもなろう。

 金品で全て解決とは行かないが、賠償の形にはなる。

 だが己の気持ち、妹の無念を届けずにはいられない。

 合理的かどうかは別として、けじめをつけて人生を前向きに

したいと考えるのは当たり前の事だ。


「分かりました」

 オーレリアは頷いた。

 そしてユウキの方へ凛とした顔で向き直る。

「是非とも彼を連れて行きたいのですが、どうしましょう」

 異界人ではなかった誘拐犯を撃退し、彼女を救い出してきた

というのがユウキの考えていたシナリオだ。

 何の理由もなくマルクが出てきても違和感があるだけだろう。

 しかもアントニーの悪い噂を告げに来た話をすれば、犯人の

関係者ではないかと1番に疑われてしまう。

 上手い具合にシナリオを工夫しなければならない。


「彼も何らかの形で事件解決に貢献した、という事にしたい。

そうすれば発言にも信憑性が増すはずです」

 ちょっと相談しましょう、とユウキは言った。

 屋敷に入ったら、オーレリアとマルクがアントニーの悪事を

暴露する展開になる。

 多少力押しの舌戦になるのは避けられないだろう。

 なら内容に説得力があるに越した事はない。


 そう言えば、とオーレリアが切り出した。

「キスケと名乗った、あの頭を剃り上げた方がおっしゃって

いたのです。タイミングが合えば、私達に協力してくれる方が

屋敷に来るかもしれないと」

「協力? 誰ですか?」

「さあ。確証は出来ないが話は通した、とだけ」

 ユウキは他のメンバーと顔を見合わせる。

 これ以上、事件に関わっている者などいるだろうか。

 了解したとだけ答え、ユウキは話を続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ