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冒険者達の集い  作者: イトー
カーベインへの道
38/173

首謀者の名は

 

「オ、オーレリアさんが首謀者って、どういう事?」

 アキノが叫ぶように言った。

 そしてユウキとオーレリアの顔を交互に見る。

 オーレリアの表情に色はなく、座ったまま何もない

地面の一点を見詰めていた。

「だってオーレリアさんは人質になって」

「誘拐されたところをはっきり見た人はいないだろ」

 アキノの声に3人も近寄ってきた。

 ユウキは立ち上がる。


「誘拐の首謀者がオーレリアさんって、ユウキさんは

一体何の話をしてるんですか?」

「お嬢がボスで、あいつらは手下だったってえのか?」

「手下とは言わないけど、実行犯だ。ベガから連絡を

受けて、俺の中で考えがまとまった」

「お前がどう考えているのか、委細までは察せないが、

これは偽装誘拐だったと言いたいのか」

 偽装誘拐? とアキノ達が声を合わせた。

「ああ、そうだと思う」

 ユウキは再びオーレリアに視線を戻した。

 彼女は追い込まれた犯人がするような仕草はしない。

 反論せず、睨みもせず、憐れみを誘う表情でもない。

 ただ、ユウキがどうやってその結論に辿り着いたのか?

 それを確かめたい、そんな目で訴えかけていた。


「貴方が今おっしゃった事は間違っていません」

 誤魔化しなく、彼女は認めた。

 その対応が、ユウキの突飛な発言に信憑性を与えた。

「でもどうして、そのように気付いたのですか?」

「最初はこんなこと、思いもしませんでした」

 パーティーにも説明するように、ユウキは話し出す。


「誘拐されたのはあなただけだった。身代金が目当てなら、

2人を誘拐するはずです。普通の人には困難でも、俺達の

ような異界人にはそれが出来るだけの能力がある」

「だから、指示をした者が他にいると思ったのですか」

「ええ。脅迫状にはアントニーを恨む者と書いてあった。

そこで最初は、彼が結婚すると会社での立場が不味くなる

者がやったのかとも思いました。が、どうも納得行かない。

次にクレマンさんと屋敷に勤めていた元メイドの話から、

あなたにアントニーの悪い噂を告げに来た青年がいたと

分かり、そちらの可能性も考えました」

 ほんの僅か、オーレリアの表情が動いた。


「わざわざ噂を告げに来るのは、それは噂ではなく事実で、

彼も何かしら被害を被ったに違いない。そう思いました。

アントニーを貶めたい、というのは脅迫状の内容からも

分かりましたが、でも助言に来た彼があなたを誘拐するのも

おかしな話だと思いまして」

「……そこから、どうやって私に見当を付けたのですか」

「いくつか気になる点が増えていって、見当が付いたのは

ついさっきの事です」

「気になる点?」

 力無く座っていたオーレリアの背すじは伸びていた。


「1つは、大富豪であるグロリアス家の一人娘の身代金に

しては、提示された額が50万ゴールドと安かったこと。

身代金集めがスムーズに行くようにと思っていましたが、

1番気になったのは要求額とクレマンさんが万が一の為に

家に置いておいた額が一致した事でした」

「その一致が何を意味するかすぐ気付いたと?」

「いえ、最初は全然です。ですが気になる事は他にもあって。

物置にでも放り込んでおいてもいいのに、さらわれた仲間が

客のように扱われていたこと。例の3人組が、アントニーは

寝かされているのに誘拐されたあなたは何もされてなかった

のを見たこと。そして、誘拐犯が何故か合鍵ではない本物の

屋敷の鍵を持っていたこと」

 ユウキは指を折って数えた。

 それは解答へのカウントダウンのようにも見える。


「1つ1つは些細な事ですが、街にいた仲間からのある連絡で

それらに意味があると気付きました」

「? お前はベガからどんな話を聞いたのだ?」

 リュウドが尋ねる。

「ベガは街で見かけたんだ、例のあの青年が歩いていたのを。

そして何があったのか、聞ける範囲で聞いたんだそうだ」

 アキノ達には簡単に説明していたが、リュウドは知らされて

おらず、むうと1つ唸った。


「マルクという青年をご存知ですね? 講演会で会ったとか」

「……ええ」

「聞けば、彼はアントニーに家族や友人を酷い目に遭わされ、

一言謝ってほしいと訪ねて行ったら、門前払いを受けた上に、

自分に盾突いたと家族で営む商店に圧力を掛けられたと」

 オーレリアは目を伏せた。

 悪い噂として、その詳細を聞かされたのだろう。


「そんな時にオーレリアさんと結婚の話があると聞く。彼は

事実を伝えて結婚は止めた方が良いと告げに言った。だが」

「私はお父様に伝えました。ですが、まるで聞く耳を持たず、

いい加減な噂など信じるなの一点張りで」

 オーレリアは握り拳を震わせる。相当悔しかったのだろう。

 少し間を置き、ユウキは淡々と続けた。

「彼は何日か待って助言の効果が無かったと、無力を痛感した。

そこでやけ酒を飲んでいると、彼らが来た」

 ユウキが木陰に目をやると、見知らぬ男が倒れていた2人を

抱き起こしていた。

 リュウドが追っていた男が回復させているらしい。

 ユウキはあえて無視し、視線を戻した。


「マルクさんはそこで彼らの口車に乗ったのか、信用したのか、

後日アントニー誘拐の計画を聞かされる事になる」

「……それは偶然居合わせた私が、止めさせました」

「そうです。その計画はとめられた。けど彼らとあなたには、

そこで面識が出来た事になる」

 待って下さい、とアルスが会話に入る。

「じゃあ、誘拐される前からオーレリアさんはあの誘拐犯達を

知っていたという事ですか?」

「そう、事件の前に既に接点があったんだ」

 アルスは隣に立つラリィと顔を見合わせる。

 彼女は、マジかよと言って事件の首謀者を見た。


「あなたと誘拐犯が繋がって、俺の中で色々と納得が行った。

まず要求額の50万ゴールドですが、万が一の為のお金なんて

よほど身近な者でなければ正確な額までは知らされる訳がない。

ですが身内なら知っているでしょう。すぐに用意出来る金額を

知っていたから、身代金とその現金の額が一致したのでは」

 オーレリアは素直に首を縦に振る。


「夜道で誘拐されたと聞きましたが、普通は悲鳴を上げる女性から

眠らせるものだと思う。ですが、あなたは何もされていなかった。

その違和感も、あなたが彼らとグルなのだと分かれば納得が行く。

どちらともなくパーティー会場から出たと聞いていますが、多分

あなたが予定の場所へ誘導したんじゃないですか」

「……ええ、おっしゃる通りですわ」

「そこで偶然目撃者をさらう事になって、丁重に扱ったのは

無関係の人間は絶対傷付けたくないという配慮からでしょう」

「さらうしかない、と彼らに言われて。隠れる場所として使う

予定になっていた屋敷のうち、南を割り当てる事にしました。

偶然とは言え、本当にご迷惑をお掛けしたと」

 ラリィは釈然としない顔でそちらを見た。

 まだ怒りの炎が完全に消えたわけではないようだ。


「その屋敷で俺達は彼らと鉢合わせして、彼らは逃げる際に

鍵を落としていきました。まさか街の屋敷から盗んだのでは

ないだろうと思っていましたが、あなたが事前に鍵を渡して

いたというわけですね」

「ええ。それだけ分かっていれば、私が関わっている事も

薄々勘付かれてしまいますね」

「俺の予想だと、あの男の口振りからして、あなたは無事に

返される予定だった。そして、アントニーを恨む犯人から

伝えられたと言うていで、彼の悪事を親族の前で暴露する。

証拠の有無は知りませんが、これだけ大騒ぎになった原因が

その悪事にあると分かれば、彼もただでは済むはずがない。

追及されるだろうし、結婚の話もなんだかんだで無しになる。

そんな結末を用意していたんじゃないですか?」

「何から何まで、分かっているのですね」

「いえ、全部推測ですよ。しかし分からないのは、あなたの

動機です。いくらアントニーを懲らしめると言っても、何も

こんな事までしなくたって」

 オーレリアが口ごもる、すると、

「ユウキさん、こうするしかなかったんでさあ」

 例のくせのある喋り、あの男が近くに立っていた。

 仲間が魔法か薬で動けるまで回復させたようだ。

「お嬢さんがあのマルクって男を止めさせて代わりに自分が

やると言い出した訳だが、今回の計画を考えたのはあっしだ」

「なぜ、オーレリアさんがやるなんて」

 アキノが聞く。

 男は、へえと自分の頭を1つ撫でた。

「お嬢さんも色々腹に据えかねてたってやつでさあ。詳しい

ことは言えやせんがね」

 どうしても我慢ならない怒りが彼女の中にあったのか。

 元々気が強いそうだが、他にも理由はあるのかもしれない。

「あの放蕩息子は一言で言やあ、ゲスな野郎だ。しかも権力や

人の弱味の使い方を知ってやがる。法で解決しづれえ以上は、

こうやって裏から仕掛けていくしかねえんですぜ」

 ユウキはそこで引っ掛かる。

 法で解決しづらいとはどういう事なのか。

 ベガから聞いた中にもあったが、何故警察に被害を明らかに

するという方法を取らないのだろうか。

「どうして法で解決しづらいんだ? アントニーは一体何を

やったんだ?」

「そりゃあ、ここであっしからは言えねえ。聞くんだったら

あのマルクって男に直接聞いてくだせえ。触れねえほうが、

いいんだろうが」

 核心が見えてこない。

 それほどデリケートな話なのだろうか?

 ──そうなのだろう、きっと。

 2人の表情を見て、ユウキは何となく察した。

「ユウキさん、あっしがプレイヤーの介入をしないでくれと

書いたのは、途中で計画を妨害されたくなかったからなんで。

この計画が潰れたら、悪党を懲らしめられなくなっちまう。

金だってひでえ目に遭った被害者に行き渡らねえ」

 彼らにも彼らなりの正義や思うところがあるのだろう。

 行った事は法的に見れば黒だが、私利私欲の為ではない。

 だからと言って手放しで許すのはおかしいが、重犯罪だとして

徹底的に断罪するというのもまた正解ではないだろう。

 グレーゾーンとして見過ごすのも1つの方法かもしれない。

 事情があると分かっていれば、関わる事も控えたろうに……。

 ユウキは自分に落ち度は無いが、そんな風にも考える。

「オーレリアさん。俺達は最初に言ったように誰かに頼まれて

ここに来たわけじゃない。あなたが首謀者でしたとお父さんに

報告する義務はないんです」

「……では?」

「ですが異界人が誘拐事件を企てて大金を得た、という結果も

広めたくはない。それを知れば、必ず真似をする者が出ます」

「おめえら自分達に都合の良い事ばっか言ってるがな、こんな

事件起こしたらプレイヤー全体が白い目で見られるんだぞ!」

 ラリィが正論を言った。

 出来ると分かれば、金の為に平気でやる恥知らずは出てくる。

 そしてプレイヤーの犯罪が横行すれば、周囲から根拠もなく

犯罪者扱いされる日が来てしまうかもしれない。

 オーレリアは俯いてしまった。

 そこまで考えて、計画に乗ったわけではなかったのかもしれない。

「ユウキさん、そりゃ条件次第で黙っててくれるって事ですかい?」

「俺達は警察じゃない。踏み込んで追及出来る立場じゃないんだ」

「ねえ、誘拐で大金をせしめた事は口外法度で、犯人は異界人じゃ

なかったって言えば、少なくともプレイヤーには影響は無くない? 

ただの誘拐事件で、結果的に人質は無事解放されたって事で」

 アキノが提案するが、アルスが反論した。

「でも何もかも隠したら、僕達が犯罪の片棒を担いたのと同じ事に

なるんじゃないですか」

「相変わらずお前は真面目すぎるな。お前をさらった奴の態度は

いまいち気に入らねえが、それなりの理由があるってこったろ」

「嘘も方便、で通す場面なのかもしれんな」

「……はあ、そういうものなんでしょうか」

 2人に言われたアルスだが、完全には納得は出来ないようだ。

 しかし正義感が強いとは言え、事情が分からないわけではない。

 パーティーの各々の反応を見てから、ユウキがこう言った。

「黙っているのは構わないが、事件を起こした理由をちゃんと

教えてもらいたい。事情があったと言うけど、オーレリアさん。

あなたの御両親、それに使用人だって皆行方を心配していた。

警察だって動いてるし、街の人達も何かあったと察している。

ここまで騒ぎを大きくしたのだから、アントニーが何をしたか、

動機はなんだったのか、その説明はしてもらわないと」

 聡明なオーレリアならこうなる事は分かっていただろう。

 覚悟はしていたはずなのだ。

 こうして事件が露見し、ユウキ達が口をつぐむと言った以上、

詳細な動機を伝えるのは一種のけじめであると言えなくもない。

 それに万が一、アントニーの悪事は比較的軽いもので彼女達の

勘違いや逆恨みだった、という可能性も無くはないのだ。

「それは私の一存では……」

 そう言ってオーレリアがはばかっていると、ユウキの前に

チャットウインドウが開いた。

 ベガからの連絡だ。

(あの、今大丈夫でしょうか)

(……ああ、何かあったの?)

(さっき話したマルクさんが今来ていてですね、もしかしたら

オーレリアさんが事件そのものに関わっているんじゃないかと。

そういう風に言ってて、伝えてもらえないだろうかと)

 虫の知らせ、なのだろうか。

 自分が関わろうとした誘拐計画を彼女は止めた。

 その彼女が似た方法で誘拐されたとなれば、何かがおかしいと

勘付くかもしれない。


「すみません。今仲間から連絡がありまして、マルクさんが、

あなたが事件に関係しているのではないかと言っているそう

なんです。何か気付いた事でもあったのかもしれない」

「マルクさんが」

「どうします、本当の事を伝えて良いですか?」

 オーレリアは深く逡巡し、そして、

「伝えて下さい。計画が上手く遂行できたら、話すつもりで

いたんです。全てを」

 ユウキは頷き、起こった事をそのまま伝えた。

 ベガはひええと悲鳴を上げてビックリした様子を見せたが、

正確に伝言をこなしたようだった。

 それから少しして、

(マルクさんが会って話がしたいと言っています)

 当然の反応だろう。

 知らぬ間に自分の計画を継承した者がいたのだから。

 しかも身代金の受け取りまで済んでいるのだ。

「彼は会って話がしたいそうです。何と答えますか?」

「会います。もし彼が許すなら、貴方がたも同席を」

 今度は即答だった。

 ユウキが伝えると宿で落ち合おうという話になった。


「あっしらの仕事はここで終いですぜ」

 男はそう言うとオーレリアに近付き、布の袋を置いた。

 チャリ、チャリと金属の擦れ合う音がする。

「これは……?」

「身代金の50万ゴールド、それとお嬢さんがお気持ちで

くださった報酬も返しておきやす。気張ってこの計画を

進めたものの、最後にこんな大ヘマをやらかしたんじゃ、

とてもおぜぜはいただけやせん」

 本当に彼らは金目当てではなく、人助けが目的なのだ。

 彼らがゲーム内で演じてきたキャラクターが、そのまま

今の彼らの性格に上書きされたのだろう。

「この金はひでえ目に遭わされた方々に渡してくだせえ。

あっしらは誘拐の事は誰にも話しやせん、もしも誰かに

訝しがられてもそんときゃ知らぬ存ぜぬで通しやしょう。

プレイヤーに迷惑を掛けるのは、手前の首を絞める事に

なりやすからね。気ぃつけまさあ」

「お前らはこれからどこへ行く?」

 リュウドが尋ねると、男は首を横に振った。

「分かりやせん、ただ人助けは続けやすよ。あっしらは

この世界でそう生きて行こうと決めたんでさあ」

「おめえら、悪者叩くなあ構わねえが、無関係の人間に

迷惑かけるんじゃねえぞ。分かったな」

「へえ、お仲間の事はすいやせんでした。心しておきやす」

 男は何度も深々頭を下げると、

「それではお目汚し失礼いたしやした。あっしらはこれで」

 2人を引き連れ、暗い森の奥へと消えていった。

 まんまと実行犯を逃がした事になるが、彼らはプレイヤーの

悪評に繋がるような真似は今後控えてくれるだろう。

 そういった分別はある、ユウキはそう思った。



「……準備をしてきます」

 オーレリアは決心したように、目の前の屋敷へと歩き出した。

 ボロボロになったドレスを着替えるためだ。

 これで1つの事件が終わりへと向かうだろう。

 だが自分達が関わって本当に良かったのだろうか。

 品があって大人びているが、まだ少女と言えるオーレリアの

後ろ姿を見ながら、ユウキは胸中に去来する複雑な数々の感情を

見定められずにいた。

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