ベガと青年
ユウキ達が救助に出発して、しばらく経った頃。
ベガは落ち着かない様子で宿屋の前にいた。
非常時の連絡役、というポジションで納得はしたが、
アルスが心配な事に何ら変わりはない。
自分がもっと強ければ、一緒に行けたのに。
このままではずっと足手まといになるかもしれない。
レベル相応の実力はあるが、弱気ゆえにネガティブな
思考になりがちなのが彼女の性格だ。
本人も悪い癖だと自覚はしているが、だからと言って
すぐに直せないのが生来の気質というものだ。
「お仲間がいなくなって心配なのは分かりますよう」
店先を掃き掃除しながら、コリンヌが言った。
「でも、そんなつらそうな顔で待っていては気持ちが
疲れてしまいますよう。果報は寝て待てと言うでしょう」
コリンヌには仲間を探しているとしか伝えていない。
アルスが眠らされて連れ去られてしまったのに、自分が
寝て待っているなんて出来るはずがない。
そう思いつつも、何が出来るわけでもなく、ベガはただ
宿の前をウロウロしていた。
「落ち着くようにお茶でも、あっ」
「?」
コリンヌが何かに気付き、前の通りを指差した。
ベガがその先に視線を投じると、そこには1人の青年が
歩いていた。
20歳くらいで、中肉中背の平凡な青年である。
「どうかしたのですか?」
「あれ、あの男の人。あの人、前にオーレリアお嬢様に
会いに来ていた青年なんですよう」
「えっ!」
ベガはユウキの話を思い出す。
アントニーに悪い噂があると告げに行った青年がいると、
そしてその青年がもしかしたら今回の誘拐に何かしら
関わっているのではないかと。
「お嬢様に何かあった時に見掛けるなんて、妙な偶然も
あったものですよう」
青年は混雑する通りへ入って行こうとする。
ベガはその後ろ姿を見ながら、思わず駆け出していた。
その行動に明確な理由があったわけではない。
ただ、何か事件へのヒントが得られるかもしれない。
皆の役に立ちたい、その思いがベガを突き動かしていた。
「あ、あの、すみません!」
「……なんですか?」
呼び止めたところでベガは気付いた。
素性も知らない相手に、事件の内容を軽々しく話しては
いけないのではないか。
会話があまり得意ではない人間の共通点として、相手と
アドリブで話すのは苦手だ。
「あの、その、私の仲間が昨日いなくなってしまって」
「? いなくなって?」
「それで、えーと、自分からいなくなったのではなく、
誰かに連れ去られてしまったようで、その、あの」
ベガとしてはアルスの拉致からオーレリアの誘拐へと
アプローチしていくつもりなのだが、頭の中で上手く
まとまらないうちに話し出すから、こうなってしまう。
「今街では連れ去りが流行っているのですか?」
青年が真面目な顔で言った。
ベガへの冗談ではなく、何か覚えがあるようだ。
「流行ってはいないのですが、ある事はあるみたいで」
「……私は今朝、グロリアス家のオーレリアさんに用が
あって街に来たのですが、立ち寄った店や通行人の話で、
お嬢さんがいなくなった、行方不明になってるらしいと
耳にしたんです。お屋敷のそばに行ってみたら、警官が
何人もいて物々しい雰囲気で」
「あ、あの……貴方はオーレリアさんについて、何か
知らないのですか?」
唐突にベガが聞いた。
彼女なりに質問する決心がついたようだ。
「え、どうしてそれを私に聞くんです」
連れ去りの噂について聞いていたのに、逆に聞かれた
のだからこうリアクションするのは普通だろう。
ベガは周りやコリンヌの目を気にして、青年を近くの
細い路地へと呼び込んだ。
「オーレリアさんは、連れ去られてしまったんです」
「じゃ、じゃあ私が聞いた噂は本当だったんですね。
でも、何故私に心当たりがあるかのように」
「それは、誘拐した犯人はアントニーさんという人に
恨みがあると脅迫状に書いていたそうなんです」
──アントニー。
口の端を微かに震えさせながら、青年はその名を呼んだ。
「あの家に、アントニーさんには悪い噂があると言いに
行った人がいると聞きました。それは、貴方のことでは
ないかという推測が出たんです」
「……そうです、それは私のことです」
「だからその、共通点と言うか、連れ去った人について
何か知っているのではないかと」
青年は唇を噛み、地面に目をやってから、
「誘拐を計画していたのは、私です」
ぼそりと言った。
「ひ、ひええっ」
ベガはその一言に大いに慌て、妙な悲鳴をあげた。
もしかして主犯格に直接話し掛けてしまったのかと。
縮こまってビクビクするベガに、青年も慌てていた。
「違う、待って、違うんだ。今のは思わず口をついて
出てしまった言葉で。私はオーレリアさんの誘拐は
何も知らない。あの、順を追って説明させて下さい」
涙目のベガをなだめると、青年は話を始めた。
「私はマルクといいます。君の話通り、お嬢さんの
所へアントニーの本性を伝えに行ったのは私です」
「本性……?」
「私はその……家族と友人がアントニーに酷い目に
遭わされたんです」
「それはどんな?」
「いや、それは……」
どう言葉を選んでも、口にしたくない話のようだ。
とても軽々しく話せない内容なのだろう。
ベガは気持ちを察し、マルクの次の句を待った。
「私は近くのベルクトという街に住んでいて、そこは
ベルカー家がトップとして力を持っている街です」
アントニーの家は商人として大きな力を持っている。
この街と似たような経緯で発展した街なのだろう。
「私は最初、ベルカー家の屋敷に直接出向きました。
彼がやった事について、正直に謝ってもらいたいだけ
だった。けど何度も門前払いを受けて、それどころか
盾突いたと思ったのか、逆恨みでうちの店に取引先を
通して圧力を」
「は、犯罪なら法の力に頼れば」
「私達には落ち度はないのですが、少し事情があって、
警察には言いたくないんです」
ベガは彼が何故拒むのか分からなかった。
法的な手続きが始まって、アントニーが誰に何をした
のかが分かるとまずいのだろうか。
「そんな男が結婚すると言う、あのオーレリアさんと」
「オーレリアさんと面識があったのですか?」
「経営についての講演会の場で、私と私の妹が何度か。
商家の子供が親の決めた相手と結婚するのはよくある
話です。でも、何も知らずにあんな男と結婚するのは
絶対にオーレリアさんの幸せには結び付かない」
彼にはアントニーが蛇蝎のように見えているようだ。
「私は話をしに行ったのですが、結局結婚を取り止めに
するような事にはならないようだった。無性に悔しくて、
つい酒場で1人やけ酒をしていると、突然見知らぬ人が
話しかけてきたんです」
「見知らぬ人? それはどのような?」
「君のような異界人。頭に布を被った、少しくせのある
喋り方をする男で、他には仲間が2人」
例の3人組とは違う、とだけベガは思った。
「その人は聞き上手で、何か困った事があるのでしょう、
愚痴があるなら全部吐き出した方が良いと、言われて。
酔っていたのもあって私は全てを話してしまった」
「そ、それで」
「その男は、なら困らされた分、男から金をぶん取って
やりましょうと言ってきたんです」
家族を酷い目に遭わされて店もそいつのせいで傾いてる、
ご友人や他の被害者にも謝罪の1つもねえときた。
それなら金を取って、賠償って事にしていいはずだ。
悪党をぎゃふんと言わせて金を取る。
これが悪事のわけがねえ、当然の報い、こいつはまさに
因果応報ってやつですぜ。
やるなら手助けいたしやしょう、なあに分け前もらおう
なんてケチな事は言いやせん。
あっしはね、人助けがしたいだけなんでさあ──。
「法の罰も謝罪も望めないなら、一泡吹かせてやりたい。
不安もあったが私は勢いで話に乗ってしまったんです」
ベガは何となく、マルクに共感出来た。
もし自分が追い詰められている時に、逆転への兆しを
示してくれる人がいたらきっと従ってしまうだろう。
「次の日、街中の喫茶店で彼らの考えた計画を聞きました。
アントニーをさらう、という内容でした」
「さらうのはアントニーさんだったんですか!?」
「ええ。彼をさらい、罪を公に暴露した上で、身代金も貰う。
逆恨みでの報復をさせない為に首謀者や関係者の名は伏せると」
「で、でも、アントニーさんはさらわれていませんよ」
「計画が、話したその場で頓挫したからです」
「どうして、ダメに?」
「神様が見ていたかのような偶然が起きて。話している所を
オーレリアさんに聞かれてしまったんです」
マルクは、彼女がたまに目立たない格好で1人街に出る事が
あるらしいと話した。
気を遣われずに過ごしたい時間があったのかもしれない。
ドレスで着飾った輝かしい美貌の持ち主だが、簡素な服装で
いれば、同じ店にいても気付かない事もありえるだろう。
「誘拐計画の事は誰にも言わない、だから貴方はこんな事を
やってはいけない。私達の席に来て、彼女はそう言いました」
警察に通報する事も出来たはずだ。
だがそうせずに直接伝えたのは、彼女が彼の苦しい胸の内を
酌んだからだろう。
「私は彼らの話を断る事にしました。そして、口をつぐんで
自分の街に戻ったんです」
「それから、その人達と連絡を取ったりは?」
「あれから一切、彼らとは会っていません。今日この街に
来たのは、オーレリアさんに結婚の中止はもう出来ないのか、
聞きに来たんです」
ベガはこれらの出来事をユウキに簡潔に伝えた。
(マルクという人は関係ないみたいです。何かあったら
近くにいるから教えて欲しいと言われて)
(待て、待ってくれ。事情は分かった。……1つだけ確認
するけど、オーレリアがそのプレイヤー達と顔を合わせた
というのは間違いないね?)
(はい。マルクさんの話だと、偶然その場に居合わせた
オーレリアさんが、計画を止めるように言ってきたと)
おいおい、どういう事だ。
ユウキは右手で頭を抱えた。
青年に話し掛けたのは今逃げていった、あいつらだ。
オーレリアと誘拐犯には事件以前に面識があった事になる。
青年とプレイヤーを通して、思わぬ線が繋がった。
点と線が繋がって、ユウキには想像もしていなかった
事件の形が見え始めていた。
ベガに了解したと告げて、ユウキはウインドウを閉じた。
「ユウキ、誰から?」
「ベガからだ。ついさっき、例の青年と会ったらしい」
「青年? 屋敷に来てたっていう、あの?」
「ああ。宿の近くを通ったんだそうだ。それで話をして、
誘拐とは直接関係は無いらしいんだけど。……けど」
ユウキが続けようとしたところで、新たなウインドウが
開いた。
リュウドからの連絡だ。
(あ、リュウド。今何をしてるんだ?)
(身代金を持った犯人を、姿を隠しながら追っている。
向こうは馬でこちらは足だが、何とか距離は保っている)
普通に喋る会話と意識でするチャットの会話は別物だ。
なので息が上がっていても、問題はない。
(そちらはどうなった?)
(実はあれからすぐ犯人と鉢合わせして)
(鉢合わせだと? それでどうした)
(何も出来ずに逃げられた。アルスの救助については不問で、
俺達が事件に関与してないという事にしてくれたけど)
(それは気前が良いな。金が入るのが分かったからか)
(多分。金を確認したら、オーレリアは返すって)
(そうか、誘拐犯側は目的達成直前といったところか)
こちらの行動は受動的のため、後手後手に回るしかなく、
事態は誘拐犯の想定内で進んでいるはずだ。
(身代金を持った犯人はどんな状態なんだ?)
(受け取った男は変装を解いた。逃げ出した時から周りを
警戒しているようだったが、さっきから更に時間を使って、
何もない草原で止まったり、道を外れて移動している)
(こっちではリュウドの事は何も話していないが、犯人は
不在を怪しんでるようだった。もしかしたら尾行に注意
しろと連絡されたのかもしれない)
飄々としている男だったが、観察眼は確かだと思われる。
ここにいないなら別の場所でやるべき事をやっている、
そう考えて仲間に警戒の指示くらい出すだろう。
(金を運ぶ男は念入りに方角を変えてはいるが、恐らく
向かっている先は西の森だ)
西の森、厄介そうな場所だとラリィが話していたが。
「ラリィ、西の森はモンスターが多いんだったな」
「ん、ああ。あそこはフィールド上の森林っつうより、
森のダンジョンって考えたほうがいいくらいだ。商人が
気安く入れば、モンスターのエサになるのがオチだ」
広く深く、モンスターも多く徘徊している森。
それはつまり入る者が少なく、出口も定められない。
1度逃げ込んでしまえば、追っ手を上手く撹乱しながら
逃げ切るには最適の土地と言える。
(今更だが、無理に追わなくても良いのではないかとも、
思えてきたのだ)
(オーレリアの安全を最優先に、ということか)
(そうだ。犯人を捕まえねばならない理由はこちらにも
あるが、これ以上の介入は人質の安否に大きく関わって
くるのではないかと思ってな)
ユウキは沈黙し、考える。
彼の中で、事件の全体像が出来上がりつつあった。
動機の部分が一部欠けているが、完成間近のパズルの
ように首謀者と実行犯の絵はほぼ形になっている。
(俺は、森まで犯人を追おうと思ってる。多分そこに
オーレリアもいる。止める選択肢もあるが、それでも)
(ユウキ……お前、何か勘付いたのか?)
(ああ。今は詳しく話している時間は無いが、何となく
だが、分かりかけてる気がする)
リュウドは反論などせず、分かった、と告げた。
そして現地で合流しようと言い、ウインドウを閉じた。
「今度はリュウドから?」
「ああ。今金を運んでる犯人を追ってる最中らしい。
行き先は多分西の森だと見てる。俺達も向かうぞ」
断言するユウキに、アルスが心配そうに聞いた。
「あの、僕は誘拐は許せないですし、誘拐犯も捕まえる
のがすじだと思います。でも犯人を追い詰めていったら
今度こそオーレリアさんに危害が加えられるんじゃ」
「何言ってんだ、お前。ここまで来たら、1発ガツンと
やらなきゃならねえだろ」
「ユウキ、私も逃がしたくないけど、下手に追い込んで
それこそ自暴自棄な行動に出られたりしたら」
「分かってる。でも、それはきっと……大丈夫だ」
リーダーであるユウキはその根拠を何も示さなかったが、
アルスを含め、アキノもラリィも指示に従う事にした。
彼の言葉に確信めいたものがあると気付いたからだ。
屋敷を離れ、森を抜けた4人は街道へ出た。
西の森はここから10キロほど北西に向かった先にある。
急ぎたいところだが、彼らには今機動力が欠けていた。
ちょうどそこに馬に乗った3人のパーティーが通りかかった。
3人とも若い女性でエルフ、人間、妖人だ。
パーティーは5人で満員だが、ダンジョンに潜ったりしない
旅ではこのくらいの人数がポピュラーなようだ。
シルグラスに着いたら服を買いたい、まずショッピングだと、
観光客のような会話ではしゃいでいる。
すみません、とアルスが道を塞ぐように前に出た。
「僕達、今から急いで行かなきゃならない場所があるんです。
その馬を貸してもらえませんか?」
「いきなり出て来て何言ってるの? 急に貸せって言われて
貸せるわけがないでしょ」
「あたしらは本当に急ぎなんだ、四の五の言わず貸してくれ」
ラリィがアルスに加勢した。
ただまだ犯人への怒りが静まり切っておらず、無意識に剣に
手を掛けながら話したものだから、こじれた。
「ちょっと、ハイウェイローバーでもやらかすつもり?」
「そんな喧嘩腰で来られたら、貸すものも貸せなくなるわよ」
「そーだそーだ」
3人は当然ながら、事件のことなど知りはしない。
ラリィが目に見えてイライラしているのが見えたので、間に
アキノが入った。
「私達、ホントに急いでるの。用が済んだら3頭とも馬屋に
返しておくから貸してくれない? 代金は全部こっち持ちで
良いから。浮いたお金で余計買い物できると思えば、ね?」
「え? 良いの? そういうことなら話は別よ」
全額負担という、通販会社のような条件が効いたようだ。
3人は素直に降りると、どうぞどうぞと馬を差し出した。
そしてまた買い物の話などしながら歩いて行った。
何とも、のん気なものである。
ラリィが飛び乗り、アルスも隣の馬に乗った。
残り1頭だと気付き、彼はユウキとアキノに馬を譲ろうと
したが、ユウキは申し出を断った。
ユウキは3頭目に乗ると、アキノを呼んだ。
アキノは二つ返事でユウキの後ろに乗ると、オートバイの
タンデムさながら背中に抱きつく。
3頭は北西へと疾駆した。
全速力で飛ばし、4人は10分程度で西の森へ到着した。
入り口からでもモンスターの気配が伝わってくる。
こんな森の中に屋敷があるとは到底信じられないが、以前は
モンスターもそれほどいなかったのだろう。
旅用の馬で行けば、高確率でモンスターの餌食にされる。
4人は馬を降り、自らの足で森に踏み入った。
「あたしが先頭で警戒しながら進む。気ぃ抜くなよ」
南の森同様、モンスターの接近を警戒しながら緑の中を進む。
それなりに人の通れる道はあるが、モンスターの唸り声や
獣の匂いが常に危機感を刺激してくる。
ユウキがふと地面に目をやると、
「なんだ、あれ」
白くて丸みのある硬質な棒が何本もまとめて落ちている。
「……っ! 棒じゃない、骨だ」
それはどうやら草食動物か、それに類するモンスターの
骨だった。
自然死した後の白骨体と言うより、皮と肉と内臓だけが
溶けて消えたように見える。
強酸で肉を溶解させて吸収する、攻撃性の強いスライム
でもいるのだろうか。
骨が散乱する辺りには、何か大蛇でも這いずったような
跡が残されていた。
大型の蛇系モンスターの仕業だったら、骨さえ残さずに
丸飲みするだろうに。
一体何が該当するだろうと、頭の中でモンスター事典を
開きながら歩いていると、
「きゃあー!」
「今の悲鳴は!? 何だってんだ!?」
「もう少し行った辺りからです、急ぎましょう!」
「ユウキ、さっきの悲鳴、あれってもしかして」
「ああ、オーレリアのものだ」